あなたの妃になるのは私ではありません

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
7 / 13

第6話  希望

しおりを挟む
 陛下が側近に問いただしたところ、ルークスは自分の存在が足枷になるかもしれないと考えて、陛下の手の届きにくい他国に逃げた様だった。
 他国の公爵家に友人がいたルークスは、その人から王家に紹介してもらい、その国の王太子から推薦を受けて、また違う他国の王族に謁見している事もわかった。

 それを聞いて思う。

 ルークスは貴族達だけでは陛下の意見を覆らせる事は無理だと考えて、他国の王家を味方につける事にしたのね。

「勝手なことをしやがって! 息子のした事の責任を取らせる! ラゼル公爵を今すぐ城に呼び出せ!」
「申し訳ございませんが、それも無理です」
「どうしてだよ!?」
「ラゼル公爵は自分の領地の管理を他の貴族に振り分け、彼や彼の家族もルークス様と同じく、この国にはおられません」
「ふざけた事を! どうして僕に何の連絡もなかったんだ!」
「申し訳ございませんでした」
「謝ればいいってもんじゃないんだぞ! くそっ! 人質に使えそうな人間が減ったじゃないか!」

 陛下は近くにあったカップを側近に投げつけた。
 中身は入っていなかったみたいだから、カーペットも彼のズボンにも雫がかかったくらいで汚れは目立たない。

「次からは貴族に不審な動きがあれば、何でもすぐに連絡しろ! 今回はリゼアの前だから多めに見てやるが、次はないぞ」
「承知いたしました。申し訳ございませんでした」

 側近は深々と頭を下げた後、それ以上は何もないと言わんばかりに口を閉ざし、カーペットに転がっているカップを拾って、元の位置に戻した。

「残念だったね、リゼア。元婚約者は腰抜けで君を取り返そうとはせずに違う国に逃げたんだ。これで吹っ切れるんじゃないか?」

 ルークスがこの国にいないとわかった衝撃で、私が命をたとうとしている云々の話は、もうどうでも良くなったみたいだった。
 ただ、私としては、シラージェからいつまでも命を狙われるのかと思うと気が気じゃない。

 結婚したくない相手と結婚させられそうな上に、そのせいで殺されるだなんて絶対に御免だわ。

「ええ。色々と吹っ切れました」

 私が少し派手に動いても、ルークスや彼の家族に迷惑がかからない事が分かったし、私にとっては良い情報だった。

 陛下は私の真意には気付いていないらしく、頬を緩めて言う。

「これで死のうだなんて思わないよね?」
「最初からそんな事は考えていませんので。もし、私に何がありましたらシラージェを疑って下さい」
「それはどういう…」
「そのままの意味です。では、失礼致します」

 陛下は何か言いたげにしていたけれど、踵を返して扉の方に向かうと、陛下の側近が扉を開けてくれた。

「ありがとう」

 色んな意味で礼を言うと、若くて真面目そうな雰囲気の側近は小さく頭を下げた。

 私と一緒に部屋の外に出た彼は、扉を閉めてから小声で言う。

「ラゼル公爵令息はあなたを見捨てたわけではありません」
「……ありがとう」

 微笑むと、側近はまた小さく頭を下げてから、部屋の中に入っていった。

 廊下で待ってくれていたメイドが私の部屋に向かう途中で問いかけてくる。

「何か良い事があったのですか?」
「どうしてそう思うの?」
「失礼ながら、リゼア様の柔らかな表情を見たのが初めてでして…」

 メイドに言われて、小さく息を吐く。

「そうね…。今までは心が休まらなかったから……。今も全てが解決したわけではないのだけど、気持ちが楽になる様な事があったの」
「それは良かったです」

 陛下は仕事が出来ないのではなく、やりだからない。

 自分の気に入った人間には優しいけれど、気に入らない人間は容赦なく殺そうとする。

 私が来てからは人を殺す事は控えているらしいけれど、私がいなくなったらどうなるかわからない。

 メイドと雑談をしながら、部屋に向かっていた時だった。
 
「どうして失敗するのよ! あなたは発注する事も出来ないの!?」
「申し訳ございませんでした。メイド長から止められてしまいました」
「私とメイド長、どちらが偉いと思っているの!?」

 誰に聞かれるかわからないのに、シラージェは私の部屋の前の廊下で、私に毒の事を教えてくれたメイドに怒鳴っていた。

「シラージェ」

 声をかけると焦った顔をして振り返る。

「……リゼア…、戻ってきたの…。陛下はなんて?」
「あなたは陛下に私が死のうとしてるなんて言ってたらしいわね?」
「そ…、それは…」
「どういう事なの?」

 厳しい口調で問いかけると、シラージェは視線をそらす。

「な、何もないわ」
「何もない事はないでしょう。どうして、そんな嘘の話をしたの」
「あなたが危うそうに見えたから…」
「ふざけないで。自分の考えが間違っていたと陛下に謝ってきて!」
「……!」

 シラージェは私を殺したい。
 だから、不審な死を遂げてもおかしくない状況を作ろうとしている。

 それなら、私は逆の行動を取るしかない。

 陛下に私は生きる事を望んでいる。
 だから、私に何かあれば、それは仕組まれたものであると思わせればいい。

 さすがの陛下でも、シラージェが私を亡き者にしようとしたとわかれば、彼女を許さないはずだから。

「陛下は私のものよ…!」
「あなたのものかどうかはわからないけれど、少なくとも私の陛下ではない事は確かよ」

 そう答えてからシラージェに続ける。

「あなたは私が死んでしまうと思って心配してくれたのなら、その気持ちは有り難いと思うわ。だけど、私は大丈夫だから。謝るのが嫌なら誤解だったと否定してきて欲しいの。あなたの陛下でしょう? あなたが言った方が信用して下さるから」

 信用して下さる、という言葉に満足したのか、シラージェは「わかったわ」と頷くと、陛下の部屋に向かって歩いていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

処理中です...