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5 機嫌をとろうとしていらっしゃる?

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「な、なな」 
「なな?」

 ラルフ様がグラスを持つ手を震わせながら、意味のわからない言葉を発されるので、首を傾げて聞き返すと、ラルフ様はテーブルに叩きつけるようにグラスを置くと、私の両肩をつかみ、自分の方に向けさせると言いました。

「駄目だ! なぜ、そんな事を今更? 野菜を食べろと言ったからなのか? なら、食べなくていい」
「そんな子供みたいな理由じゃありませんよ」
「君の大好きな酒を飲ませようとしないからか?」
「そういえば、旅の間でも飲ませていただけませんでしたね。15歳から飲酒は可能な国ですよ? というか、どうして私がお酒を好きな事を知っているんです! それに、そんな理由でもありません!」
「じゃあ、なんで」

 焦るラルフ様を見て、申し訳ないですが思った通りになった事に安堵しました。
 やはりここは、ラルフ様が解消したがっていない事を見せつけるべきだと思ったのです。

「…解消した方が良いかと思ったからです」
「駄目だ」
「早い内に婚約を解消した方が、お互いの為になると思うのです」
「嫌だ」

 駄目から嫌に変わりましたね。
 さあ、カーミラ様、言うなら今ですよ!
 ラルフ様の意思を確認して下さい!

「ラルフ! だから言ったでしょう? リノアさんには、あなたよりふさわしい人がいらっしゃるわ」
「そうよ、ラルフ。あなたが寂しいなら、私は嫁にいかずに、この家にいてもいいのよ?」
「そうだよ兄さん。僕もいますよ!」

 カーミラ様だけでなく、家族揃ってテーブルから身を乗り出し、満面の笑みを浮かべて、ラルフ様に言いますが、彼は私の方しか見ていません。

「疲れているのに母に挨拶させに行った事が駄目だったのか?」
「ご挨拶は当たり前の事ですから、そんな事くらいでは解消したいなんて言いませんよ」
「部屋が気に食わなかったのか? それなら望む部屋に移そう!」
「ラルフ様、私をどれだけワガママだと思ってらっしゃるんですか!」

 ぺちりとラルフ様の両頬を優しく叩いてから続ける。

「話すと言いましたでしょう?」
「話す?」

 どうやら、私が思った以上に動揺されているみたいです。

「ラルフ様から言われたのですよ?」
「俺から?」

 情けないお顔をされてましたが、気付かれたのか、弾かれた様にカーミラ様の方に顔を向けられましました。

「母上、リノアに何を言われたんです!」
「ラルフ、落ち着いて頂戴! 今は食事を先にしましょう? 話はそれからよ? ね?」

 ラルフ様の怒りの声に、カーミラ様は引きつった笑みを浮かべてラルフ様を促しますが、彼はカーミラ様を睨みつけたままです。
 しょうがないので、私がお願いする。

「先に食事を食べ終えましょう? こんな時にお話した私が悪かったのです。お許し願えますか?」

 以前、ソラが彼女からこんな風に上目遣いでお願いされて、ドキドキしている様子を見たことがあるので、真似をしてみましたが、効果てきめんでした。

「婚約解消はありえないが、リノアを俺が怒るわけないだろう?」
「叱らないといけない時は叱って下さい」
「では言うが、さっきの話は誰かにそう言う様に頼まれたか何かか?」
「私からは何も言えませんわ」

 私が首を横に振ると、カーミラ様が咳払いをされました。
 言うな、という念押しなのでしょう。

「ご飯を食べてしまいましょうね?」

 ラルフ様の頭をナデナデしてあげると、耳を赤くされて首を縦に振られました。
 あてつけの為に仲良しアピールをしてみたら、ラルフ様は嬉しそうですが、カーミラ様達の顔が怖いです。

 私を呪ってやるといった表情でしょうか。
 それはもう3人共、憎悪をむき出しにしておられます。

 というか、これでわかって下さいましたでしょうか。
 私から婚約解消を申し出ても意味がないという事を。
 あと、ラルフ様も、御家族の自分への執着ぶりに気付くべきです。
 そのせいで何人もの女性が涙しているのですから。

 食事の手を止めて、そんな事を考えていたら、私の目の前の皿の上にあった、お野菜がなくなっているのに気付きました。

「…あれ?」
「リノアは好きなものだけ食べたらいい。だが、野菜は食べないといけないから、味がわからないようにして、スイーツに入れてもらおうな?」

 不思議に思っていると、優しい笑顔でラルフ様は言いました。

 んん?
 ラルフ様、もしかして、私のご機嫌をとろうとしていらっしゃる?
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