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1  「嫌だよ」

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 私の母国、デルカ王国はテベンナス王国から多くの支援を受けていた。

 そのせいで頭が上がらず、デルカ国の王家はテベンナスの国王陛下にこう尋ねた。

『こんなに良くしていただいて本当に申し訳ない。我々に何か出来ることはないでしょうか』
 
 それに対して返ってきた答えは『美人で有名なブロンクス家の娘を我が息子の嫁にしたい』だった。

 美人なのは妹の方で、私は大したものではない。 
 自分で言うのもなんだけれど、どちらかというと私は可愛い系だった。

 普通なら、美人で有名だと言われているのだから、普通ならば妹を差し出すはずだ。
 でも、私の家は違った。

 ブロンクス家の娘で良いと言っているのであれば、私を差し出そうと考えた。
 両親は当時15歳だった私の妹が可愛くてしょうがなかったのだ。

 私としては、両親から姉なのだから妹の代わりに嫁にいきなさいと言われて、そんなものなのだと思いこんでいた。
 
 だから、両親に何か文句を言うわけでもなく、素直に婚約者としてこの国にやって来た。
 初めて私を見たレイシール様は、予想外だと言わんばかりに首を傾げていた。

 両陛下はとても良い方達で私を歓迎してくれた。
 けれど、両陛下はとても多忙で外交に出られていることが多く、ほとんど城にはいらっしゃらない。
 城に戻られたとしても、すぐに他国へと出向かれてしまう。

 私やレイシール様の住んでいる場所は城内ではあるけれど、両陛下の部屋とはかなり離れている。
 両陛下はレイシール様に愛人がいることは知っていても、増えていっていることは知らないはずだ。

 テベンナス王国は男性のみ愛人が認められている。
 そして、私がここに婚約者としてやって来た時も、私に男の子が生まれなかった時のために、レイシール様には愛人を作らせると言われている。
 愛人に関しては我慢できる。

 窓際に立って、窓の向こうに見える庭園を眺めながら思う。

 一度、両陛下に相談してみましょう。
 婚約者の変更だなんて簡単には許してもらえないかもしれないけれど、このまま悩んでいるよりかは良いわ。
 お忙しそうだからといって気を遣っている場合ではないもの。
 婚約者をベラに替えるのであれば、国同士の不義理にはならないはず。
 だって、レイシール様がベラを好きなんだから。
 
 顔を洗い、水色のワンピースドレスに着替えて、そう決意したところで、問題のベラが笑顔で部屋に入ってきた。

「おはようございます。エアリー様! 朝ですよ! って、もう起きておられたのですね」

 ノックもせずに入ってきたベラは、すでに顔を洗い、着替えをしようとしていた私を見て驚いた顔をした。
 ベラは私の侍女という扱いだけど、いつも黒のメイド服を着ている。
 動きやすいし汚れても大丈夫だからと彼女は言っていた。
 でも、実際はそれだけじゃなさそうだった。

 レイシール様はメイド服がお好きなのだ。
 なぜ、そんなことを知っているかというと、食事の際に何人ものメイドの顔ではなく、体を無言で見つめているからだ。
 今までは体型を見ているのかと思っていたけれど、実際は服を見ていたのね。
 何度も、メイドをジロジロ見るのは良くないと窘めても直らないから、よっぽど執着しておられるのだと思う。

 思い出せば思い出すほど、考えれば考えるほど、レイシール様への嫌悪感と、ベラと距離を置きたい気持ちが増していく。

「あの、エアリー様?」

 赤色の髪をシニヨンにしたベラが緑色の綺麗な瞳を私に向けて、小首をかしげる。

 彼女とは同じ年で、母親同士が仲が良かったこともあり、小さな頃から一緒だった。
 ベラは私のことを親友だと言ってくれていた。
 そんな彼女が私を裏切るだなんて思ってもいなかった。
 最近、彼女が綺麗になったと感じていた。
 でも、彼女に聞いてみても、その理由はわからないと言っていた。
 本当はわかっていたはず。
 ベラはレイシール様に恋をして、綺麗になったんだわ。

 私はどうだったのだろう。
 彼の事を愛するとまではいかなくても、好きではいたのだろうか。
 ただ、はっきりと言えるのは、ベラよりもレイシール様を愛しているということはない。

「ねえ、ベラ」
「何でしょうか?」
「あなたは男性と関係を持ったことはあるの?」
「い、いきなり何を言っているの!?」

 敬語だったベラの言葉遣いが、動揺しているのか砕けたものに変わった。

「驚かせてごめんなさい。でも、あなたは婚約者はいなかったわよね?」
「それは、そうですけど」
「なら、誰とも関係を持っていないのよね?」
「……どうしてそんな話をされるのですか?」
「ごめんなさい。少し聞いてみたくなっただけなの」

 苦笑して謝ると、ベラは安堵したような表情になる。

「謝らないでくださいませ。私も驚いてしまって過剰に反応してしまいました。申し訳ございませんでした」
「そうよね。婚前交渉だなんてありえないものね」
「もちろんでございます」

 ベラは表情を変えなかった。
 キスはしていたけど、体を重ねるまでの関係ではないということかしら?

 レイシール様は夜は愛人を複数人部屋に連れ込んで眠っているようだし、ベラとはそこまでの関係になっていないと言われても頷ける。

「今日のエアリー様はどこか様子が違いますわね? 何かございましたか?」
「そうね」

 どこまで口にして良いものか迷う。

 ベラたちは私に二人の関係を隠しておきたいようだった。
 今の関係を崩したくないのはどうしてなのかしら。
 私がベラの立場なら、私からレイシール様を奪い取り、自分が王太子妃になりたいと思うのが普通だと思う。
 でも、ベラはそうじゃないということだ。

 彼女の真意を知るには、やはり、昨日の話をするしかないのかもしれないわ。

「ベラは好きな人はいるの?」
「エアリー様、本当に今日はどうされたんですか?」
「昨日ね、お気に入りの場所に行ったのよ」
「……そうでしたか。のんびりすることはできましたか?」

 間はあったけれど、ベラの表情におかしな様子は見受けられない。

「いいえ。先客がいたから無理だったわ。それにしても、相手は迂闊よね。知られたくないことをしているのに、知られたくない相手のお気に入りの場所にいるのだから」

 そこで一度言葉を区切り、ベラを見つめて問いかける。

「それとも、知られたくないと言いながらも、私に知られたかったから、あの場所にいたのかしら?」

 ベラは焦った顔で否定する。

「何をおっしゃっておられるのかわかりません! 私は昨日はガゼボに近づいておりませんし、男性とも会ってはいません!」
「ベラ、私は先客としか言っていないわ。どうして、あなたは自分と男性だと思ったの?」
「そ、それは、先程からエアリー様が私に恋愛の話をしてくるからです!」

 ベラは声を荒らげて叫んでから、すぐに我に返ったのか、私に頭を下げる。

「生意気な口を叩いてしまい申し訳ございません」
「かまわないわ。でも、少し頭を冷やしたほうが良さそうね。まだ仕事が始まったばかりの時間ではあるけれど、休憩でもしてきたらどうかしら」
「……ありがとうございます」

 ベラは一礼すると、慌てて部屋を出て行った。

 少ししてから、私はレイシール様の部屋に向かった。
 レイシール様の護衛騎士は、私を見ると眉根を寄せ、レイシール様の部屋に近付くことを拒んできた。

「レイシール様は現在、来客中です。お帰りください!」
「待たせてもらうこともできないの?」
「誰も部屋に近づけるなと命令されております」

 騎士が私を睨みつけてそう言った時だった。
 レイシール様の部屋からベラが出てきた。
 ベラは私と目が合うと、驚いたような顔をして口を両手で覆った。
 騎士は気まずそうな顔をして、自分の持ち場に戻る。

 私に問われてすぐにレイシール様の所へ行くなんて、あまりにも考えがなさすぎる。
 ベラはそこまで頭が悪くないはずだ。
 ということは――

「ベラ、本当はあなた、私にあなた達の仲を知らせたかったのね?」

 尋ねると、ベラは冷たい笑みを浮かべて頷く。

「そうよ。コソコソ隠れて付き合うような真似はしたくなかったの」

 ベラが答えた時、レイシール様が部屋の中から顔を出した。

「ベラ、どうかした……って、エアリーじゃないか!」

 金色のくせのある髪に陶器のように透き通った白い肌、ピンク色の薄い唇、吸い込まれそうなくらいに綺麗な水色の瞳をもつレイシール様は、私を見て目を大きく見開いた。
 彼は私よりも1つ年上の19歳なのに、背があまり高くないからか、それとも可愛らしい顔立ちをしているからか、女の子のように見える時もある。
 
「お二人がお付き合いしているだなんて、私は知りませんでしたわ。どうして教えてくださらなかったんですの?」

 冷たい口調で尋ねると、白いフリルの付いたシャツに茶色のパンツ姿のレイシール様は眉尻を下げて謝ってくる。

「お付き合いなんてしていないよ。ただ、ベラのことが好きだというだけだ。内緒にしていて悪かった」
「お付き合いしていない?」

 眉根を寄せて聞き返すと、ベラはにっこりと微笑んで答える。

「そうよ。私たちはただ一緒にいられればいいの。だから、あなたから婚約者の座を奪おうだなんて一つも思っていないわ」
「そうだよ。僕はベラのことも、他の愛人たちのことも、君のことも好きなんだ」

 私には到底理解できないことを言い始めたレイシール様の頬を殴りたいという衝動を抑えて、冷静にお願いする。

「私とレイシール様の婚約は政略によるものです。私でなければならないわけではありません。婚約者の座をベラに変更するようにレイシール様から陛下にお願いしてもらえませんか」
「嫌だよ」

 レイシール様は考えることもなく、きっぱりと言い放った。
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