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第一部

20 教えてあげてちょうだい

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「い、いつからそこにいらっしゃったんですか!?」
「ちょっと前くらいからかな」

 アットンが答えると、メイドの言い訳する声が聞こえる。

「その、さっきの話は、違うんです! 聞いた話で……」
「聞いた話をしているようには思えなかったけど? 立ち聞きしてしまったことは悪いと思ってる。だけど、誰に聞かれるかわからない場所な上に、仕事中にくだらない話をしている君達も良くないよね」

 女性達に関しては私から見えない位置にいるせいで、表情や動きが全くわからないけれど、声から焦っていることはわかった。

「あの、ノイズ嬢が気の毒だという話をしていたんです」
「一人ひとりに訂正するのが面倒なんで、わざわざ言わなかったけど、僕には恋人はいない。ノイズ嬢との話はただの噂だよ」
「そ、そ、そうなんですか!?」
「ああ。だから、君達の話に出てきた、あれくらいじゃ済ませない、という言葉が気になってしょうがない。まさか、ただの噂だけで、ノイズ嬢に何かした訳ではないよね?」

 そう尋ねたアットンの横顔を見ると、笑っているようだけれど、目が笑えていなかった。
 女性達もそれに気が付いたのか、焦った声で言う。

「違います! 誤解です! 彼女に何かしようとした人がいて、それを止めようとして……!」
「止めようとした? 僕が聞こえた言葉と上手く意味が繋がらないけど? まあ、これ以上、ノイズ嬢に何かしようとしないのなら良いよ。だけど、君達が忘れている様だから言っておくけど、騎士の試験に女性が受かるのは、男性の何倍も難しいと言われてる。そんなに難しい試験を男性に好かれたいという理由だけで頑張れるかな? もし、そういう理由だったとしても、よっぽどな気持ちだろうから、すごいと思うけどね」

 アットンが私を擁護してくれてる?
 そう思うと、何だか落ち着かない気分になる。
 
「何より、彼女は伯爵令嬢だ。メイドの君達が馬鹿にしていい相手じゃないんだよ」
「申し訳ございません……」

 二人がアットンに謝る声が聞こえた。

「じゃあ、お仕事頑張って」

 アットンはそう言うと、私のほうに向かって歩いてくる。

「まだ言いたいことはある?」
「今はない。次に言われたら言い返す」

 アットンはもしかしたら、私と彼女達が揉めない様にしてくれたんだろうか?
 私が出て行けば喧嘩になっていただろうから、そうならないようにしてくれた?
 でも、やっぱり許せん。
 言われたままなのは腹が立つ。
 それに、やったことがひどすぎる。
 ロッカーの件だけは許せない。

「あ、やっぱり言いたいことだけ言ってくるから、あなたは仕事に戻って」
「今日の仕事は終わってる。帰る時に呼び出されたから。それにまだ用事もあるし」
「じゃあ、用事を優先してよ。昨日も今日も助かったわ。ありがとう」

 アットンにそう言ってから、静かになった応接室に向かい、中に入る。
 すると、顔見知りのメイド二人が、私の姿を見て、びくりと身体を震わせた。

「私のロッカーに生ゴミ入れたの誰?」
「し、知らないわ」
「私も知らない……。いえ、知りません」

 二人は、私を恐ろしいものでも見る様な目で見ながら、なぜか手と手を取り合って、首を横に振る。

「じゃあ、ルイス様に頼んで調べてもらうわ。犯人がわかったら、この公爵家で働けなくなるどころか、他の屋敷でも働かせてもらえなくなるでしょうね。もし、私のロッカーに生ゴミを入れた人がわかったら、その人にそう教えてあげてちょうだい」
 
 私が言いたいことを言い終えて踵を返すと同時に、メイドの一人が泣き始めた。
 
 振り返ってちらりと視線を送ると、一人が床に座り込んで顔を覆って泣いていて、もう一人が必死に慰めていた。

 慰めているほうは、自分は関係ないといった感じだけど、知っていて止めなかったのなら、無罪ではないからね。

 それに、そんなことをして、なぜこうなることが予想できなかったのかがわからない。
 私がルイス様に言わないと思った?
 まあ、私も最初は言うつもりはなかったけど、あんな風な言われ方をしていたら腹が立ってきたので、ルイス様にお話しようと思う。

「生ゴミって、どういうこと?」
 
 アットンは私を待ってくれていたのか、胸の前で腕を組み、不機嫌そうな顔で聞いてきた。

「アットンには関係ない」
「僕のせいだろ」
「明日からは、そんなことをする人はいなくなるわよ」
「掃除させるよ」
「ルイス様に見てもらってからでいいから」
「僕のせいでごめん」

 素直に謝られてしまった。

 何だか落ち着かない。
 ミュウ様の話が嘘だとわかってからのアットンの態度が今までと違いすぎて、何だか胸がモヤモヤする。

 このモヤモヤが何だかわからない。
 だけど、このまま、気付きたくない気もする。

 夢に出てくる彼の顔が、最近、アットンに似ているような子になってきたから余計にだ。

「あれ、フィリア! どうして来てるんだ? 今日は休めと言ったろう?」

 ルイス様の部屋に向かって、アットンと歩いていると、ルイス様が学園から帰ってきたばかりなのか、制服姿のまま声をかけてきた。

「ご挨拶だけして、今日は帰るつもりです」
「そうか。で、体調はどうだ?」
「元気です!」
「なら良かった。ああ、アットン、呼びつけて悪かったな」
「いえ」

 何で付いてくるのかな、と思ったら、ルイス様がアットンを呼び出していたみたい。
 用事があると言っていたのは、ルイス様に呼び出されたからなのね。

 お話の邪魔をしてはいけないし、今日は大人しく帰ることにして、さっきのメイド達の話は明日にしよう。

「では、今日は失礼しますね」
「待ってくれ、フィリア」

 立ち去ろうとしたけれど、ルイス様に呼び止められた。

「なんでしょうか?」
「アットンとフィリアに頼みたいことがあるんだ」
「……」

 私とアットンは何も言わずに、ルイス様の次の言葉を待つ。

「今度、パーティーに出席しないといけなくなった。二人には会場内での、俺の護衛を頼みたい」

 ルイス様の言葉を聞いて、私とアットンは無言で顔を見合わせたのだった。
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