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51 元姉の欲しいもの
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久しぶりのレナス侯爵家は、やはり、私の中では実家なのか、とても懐かしく感じた。
もちろん、ヨウビル公爵家の居心地が悪いとかそういうわけではない。
ダークブルーのイブニングドレスに身を包んだ私を、同じ色のタキシードに身を包んだジェリー様がエスコートしてくれて、彼と共にパーティー会場の中に入った。
ソルトが真っ先に私を見つけてくれて、今日はセファ伯爵令嬢達は来ていないから安心してほしいと教えてくれた。
パーティーの招待客リストを見た際に、ソルトがこっそり抜いておいてくれたんだそうだ。
妹である私が次期公爵と婚約して、姉であるレジーノ様の相手が次期子爵ということで、社交界では面白おかしく噂をされていると聞いていたけれど、さすがに本人達の前ではそんな素振りは見せなかった。
「そういえば、最近、ジュエリーを扱う店で盗みが多くなっているという噂を聞きましたから、ミリエル姉さんが出かけられる際には気を付けてください」
「日中に泥棒に入ってくるの?」
「その場合もあるそうですよ。大体は夜のようですが……」
「それは怖いわね」
私が小さく息を吐くと、ジェリー様が言う。
「エルだけで繁華街に行くことはないから大丈夫だとは思うが、高価なものの場合は、家に来てもらうようにしよう」
「お願いします」
私の代わりにソルトがジェリー様に頼んでくれたところで、パーティーの開始時間になり、ソルトとはその場で別れた。
レジーノ様は友人に囲まれてチヤホヤされていたけれど、お相手のほうはそうでもないらしく、しばらくすると、レジーノ様の新しい婚約者であり、本日の主役でもあるフォスナー伯爵令息がやって来た。
丸い眼鏡をかけた中肉中背の温和そうな人で、笑顔で私に話しかけてくる。
「レジーノ嬢の妹のミリエル嬢ですね。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。ミリエル・レナスと申します」
挨拶を交わしたあと、フォスナー伯爵令息はジェリー様に目を向ける。
「あの、よろしければヨウビル卿には事業のことで相談にのっていただきたいのですが」
「相談にのるのは構わないが、この場でもいいか? エルを一人にさせるわけにはいかない」
ジェリー様の言葉を聞いたフォスナー伯爵令息が困ったような顔をしたのでジェリー様に言う。
「大丈夫ですよ、ジェリー様。これだけ人もいますし」
「だが……」
「目に見えるところにいるようにしますので」
お仕事の話だったら、私に聞かれたくないこともあるだろうからと気を遣うと、フォスナー伯爵令息は頭を下げる。
「お気遣いいただきありがとうございます。では、ヨウビル卿、こちらへどうぞ」
周りの人に聞かれたくない話らしく、フォスナー伯爵令息とジェリー様が会場内で人の少ない方向へ歩いていくので、少しだけ離れて付いていくと、ウェイターに話しかけられた。
「失礼いたします。こちらをミリエル様にお渡しするようにと、あちらの方から」
レナス家の使用人だからウェイターのことは知っていたので、トレイの上に置かれているブレスレットを見て問いかける。
「どういうこと?」
「あちらの方がミリエルお嬢様にお渡ししてほしいと」
オドオドした様子でウェイターが言うので、彼が手で示す方向を見てみると、そこにはテイン様がいた。
「駄目よ、受け取れないわ」
「私もそうお伝えしたのですが、どうしてもと」
「無理よ」
揉めていると、テイン様がやって来て、綺麗な宝石で彩られたブレスレットを、ウェイターの持っていたトレイの上から取ると、私に向かって押し付けた。
「これは君のものだ! そうだろう? 君が持っていた」
「何を言っているのかわかりません!」
「おい、何をしている!」
声を荒らげたからか、ジェリー様の声が聞こえ、テイン様は慌てて逃げ出して、会場の外に出ていった。
「大丈夫か?」
「大丈夫なのは確かですが、一体何をしたかったのかがよくわかりません。これを押し付けてこられたんです……」
よく見てみると、ブレスレットには七色の宝石が等間隔に埋められていて、とても高価そうなものに見えた。
「これは……」
「どうかしたのですか?」
問いかけたその時、私達の目の前が一気に開けたかと思うと、レジーノ様がこちらにやって来るのが見えた。
ワインレッド色のプリンセスラインのドレスを着たレジーノ様は、周りの男性が見惚れてしまうくらいに美しかった。
彼女は私達の前にやって来て言う。
「お祝いに来てくれてありがとう」
「婚約、おめでとうございます」
「婚約、おめでとう」
私とジェリー様が言うと、レジーノ様は満足そうな顔をしたあと、私の手の中にあるブレスレットに目をやった。
「あら、それ、どうしたの!? 素敵じゃない! もしかして、私へのプレゼント!?」
「ち、違います! これは!」
「ありがとう! とっても素敵じゃない! 返せって言っても無駄よ? これは私のものなんだから!」
無理矢理奪い取られて困惑していると、ジェリー様が言う。
「それはエルが、とある人物から押し付けられたものであって、エルのものではない。それでも欲しいのか?」
「もちろんです! とても素敵ですもの!」
レジーノ様は、ジェリー様が彼女に渡さないために嘘をついているとでも思っているのかもしれない。
私だって出来れば、テイン様に押し付けられた怪しいものを手に持っていたくはない。
それに、彼がなぜブレスレットを私に渡してきたのかは何となく意味がわかった。
大勢の前でジェリー様は私のものではないと言ってくれている。
彼が言おうとしていることを理解して、私はレジーノ様に言う。
「それは無理矢理押し付けられたものですから、私には必要ないものです。ですので、そんなに欲しいのでしたらお譲りします」
最終決戦の鐘が鳴った気がした。
もちろん、ヨウビル公爵家の居心地が悪いとかそういうわけではない。
ダークブルーのイブニングドレスに身を包んだ私を、同じ色のタキシードに身を包んだジェリー様がエスコートしてくれて、彼と共にパーティー会場の中に入った。
ソルトが真っ先に私を見つけてくれて、今日はセファ伯爵令嬢達は来ていないから安心してほしいと教えてくれた。
パーティーの招待客リストを見た際に、ソルトがこっそり抜いておいてくれたんだそうだ。
妹である私が次期公爵と婚約して、姉であるレジーノ様の相手が次期子爵ということで、社交界では面白おかしく噂をされていると聞いていたけれど、さすがに本人達の前ではそんな素振りは見せなかった。
「そういえば、最近、ジュエリーを扱う店で盗みが多くなっているという噂を聞きましたから、ミリエル姉さんが出かけられる際には気を付けてください」
「日中に泥棒に入ってくるの?」
「その場合もあるそうですよ。大体は夜のようですが……」
「それは怖いわね」
私が小さく息を吐くと、ジェリー様が言う。
「エルだけで繁華街に行くことはないから大丈夫だとは思うが、高価なものの場合は、家に来てもらうようにしよう」
「お願いします」
私の代わりにソルトがジェリー様に頼んでくれたところで、パーティーの開始時間になり、ソルトとはその場で別れた。
レジーノ様は友人に囲まれてチヤホヤされていたけれど、お相手のほうはそうでもないらしく、しばらくすると、レジーノ様の新しい婚約者であり、本日の主役でもあるフォスナー伯爵令息がやって来た。
丸い眼鏡をかけた中肉中背の温和そうな人で、笑顔で私に話しかけてくる。
「レジーノ嬢の妹のミリエル嬢ですね。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。ミリエル・レナスと申します」
挨拶を交わしたあと、フォスナー伯爵令息はジェリー様に目を向ける。
「あの、よろしければヨウビル卿には事業のことで相談にのっていただきたいのですが」
「相談にのるのは構わないが、この場でもいいか? エルを一人にさせるわけにはいかない」
ジェリー様の言葉を聞いたフォスナー伯爵令息が困ったような顔をしたのでジェリー様に言う。
「大丈夫ですよ、ジェリー様。これだけ人もいますし」
「だが……」
「目に見えるところにいるようにしますので」
お仕事の話だったら、私に聞かれたくないこともあるだろうからと気を遣うと、フォスナー伯爵令息は頭を下げる。
「お気遣いいただきありがとうございます。では、ヨウビル卿、こちらへどうぞ」
周りの人に聞かれたくない話らしく、フォスナー伯爵令息とジェリー様が会場内で人の少ない方向へ歩いていくので、少しだけ離れて付いていくと、ウェイターに話しかけられた。
「失礼いたします。こちらをミリエル様にお渡しするようにと、あちらの方から」
レナス家の使用人だからウェイターのことは知っていたので、トレイの上に置かれているブレスレットを見て問いかける。
「どういうこと?」
「あちらの方がミリエルお嬢様にお渡ししてほしいと」
オドオドした様子でウェイターが言うので、彼が手で示す方向を見てみると、そこにはテイン様がいた。
「駄目よ、受け取れないわ」
「私もそうお伝えしたのですが、どうしてもと」
「無理よ」
揉めていると、テイン様がやって来て、綺麗な宝石で彩られたブレスレットを、ウェイターの持っていたトレイの上から取ると、私に向かって押し付けた。
「これは君のものだ! そうだろう? 君が持っていた」
「何を言っているのかわかりません!」
「おい、何をしている!」
声を荒らげたからか、ジェリー様の声が聞こえ、テイン様は慌てて逃げ出して、会場の外に出ていった。
「大丈夫か?」
「大丈夫なのは確かですが、一体何をしたかったのかがよくわかりません。これを押し付けてこられたんです……」
よく見てみると、ブレスレットには七色の宝石が等間隔に埋められていて、とても高価そうなものに見えた。
「これは……」
「どうかしたのですか?」
問いかけたその時、私達の目の前が一気に開けたかと思うと、レジーノ様がこちらにやって来るのが見えた。
ワインレッド色のプリンセスラインのドレスを着たレジーノ様は、周りの男性が見惚れてしまうくらいに美しかった。
彼女は私達の前にやって来て言う。
「お祝いに来てくれてありがとう」
「婚約、おめでとうございます」
「婚約、おめでとう」
私とジェリー様が言うと、レジーノ様は満足そうな顔をしたあと、私の手の中にあるブレスレットに目をやった。
「あら、それ、どうしたの!? 素敵じゃない! もしかして、私へのプレゼント!?」
「ち、違います! これは!」
「ありがとう! とっても素敵じゃない! 返せって言っても無駄よ? これは私のものなんだから!」
無理矢理奪い取られて困惑していると、ジェリー様が言う。
「それはエルが、とある人物から押し付けられたものであって、エルのものではない。それでも欲しいのか?」
「もちろんです! とても素敵ですもの!」
レジーノ様は、ジェリー様が彼女に渡さないために嘘をついているとでも思っているのかもしれない。
私だって出来れば、テイン様に押し付けられた怪しいものを手に持っていたくはない。
それに、彼がなぜブレスレットを私に渡してきたのかは何となく意味がわかった。
大勢の前でジェリー様は私のものではないと言ってくれている。
彼が言おうとしていることを理解して、私はレジーノ様に言う。
「それは無理矢理押し付けられたものですから、私には必要ないものです。ですので、そんなに欲しいのでしたらお譲りします」
最終決戦の鐘が鳴った気がした。
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