24 / 59
19-2 母達の戦い②(ソルトの母)
しおりを挟む
二十年以上前から、私はレナス侯爵が好きだった。
彼が結婚をすると聞いた時はショックだった。
お別れすることを考えたから、愛人になってほしいと言われた時は、お断りすることも考えた。
でも、断らなかったのは、彼が私に嘘をつく人ではなく、私を愛してくれているとわかったからだ。
彼の奥様になる人には申し訳ないとも思ったけれど、貴族の男性が愛人を持つことはおかしくない。
感情では納得できないでしょうけれど、理解してくださっているのだと思っていた。
だから、ソルトを跡継ぎにすると聞かされた上に、レナス家に引き取られると聞いた時は「奥様はそれで納得しておられるの? 他に方法はないの?」と何度も確認した。
私はソルトを手放したくなかった。
でも、レナス侯爵家に入り込むつもりもなかった。
家族は愛人のままでいる私を良くは思っていなかったけれど、レナス侯爵の私への溺愛ぶりを知っていたから、そううるさくは言わなかったし、ソルトが跡を継ぐと聞くと喜んだ。
ソルトに会えない間は、レナス侯爵経由でソルトの話を聞いていた。
レナス侯爵は夫人がソルトを可愛がっていると言ってくれていた。
でも、それは嘘だった。
久しぶりに会ったソルトから、虐待されていたという話を聞いた時には裏切られた気持ちと、あんな男を信じていた自分に腹が立った。
今すぐ別れようかと思ったけれど、そうすると、ソルトを守ってくれる人がいない。
だから、我慢した。
そのかわり、私はレナス侯爵をソルトのために動かそうと思った。
そうしている内に、ヨウビル公爵閣下からお話をいただいた。
閣下からのお話は、ミリエル様の幸せにも繋がるものだった。
ソルトはミリエル様のことをとても大事に思っていて、彼女は小さな頃からソルトの味方でいてくれたと聞いていたから、私なりの恩返しをしようと思った。
レナス侯爵は私が別れを告げると、泣きそうになりながら拒否した。
元々、愛人としての契約を結んでいたわけではないので、私は彼を捨てて、シエス家に嫁いだ。
公爵は私と年の変わらない四十代前半の温和な人で、夫婦生活はないけれど、幸せに暮らしていけそうだった。
もちろんそれは、レナス侯爵夫人達を破滅に追い込む入口に連れて行くまではお預けだ。
必要以上にやると、ただの悪者になってしまうから、入口に連れて行ったあとは、ミリエル様達にお任せする。
ミリエル様達が幸せになれば、ソルトも幸せになり、ソルトが幸せになれば、私もやっと幸せなれるのだから、入口に連れて行ってから、もうしばらくはかかるかもしれない。
でも、何十年も待つことが出来た私には1年かかったとしても苦にならない。
お茶会の場に足を運んでみたら、セファ伯爵夫人をいじめているレナス侯爵夫人達がいた。
あーだこーだとうるさいので、今の身分を明かして差し上げたら、驚愕の表情を見せた。
昔は美しかったようだけれど、今となっては醜悪なお顔にしか見えないわ。
性格が外面ににじみ出てしまってるのね。
そんな事よりも、伝えておかなければいけないことがある。
「ヨウビル公爵夫人」
「な……、何かしら」
「あなたの御主人から、夫人が誰かに対して何か失礼なことをされている場面を見かけたら注意してほしいとお願いされていますの。ですから、先程のセファ伯爵夫人にされていたことは良しとはしませんから、お茶を飲みながら、ゆっくり説教して差し上げますわね? もちろん、ヨウビル公爵閣下にもお知らせいたします」
「そ……、そんな! 女性同士の問題に男性は関係ないでしょう!」
「あなたがやっていらしたことは、男性だから女性だからという問題ではございませんわ。妻のやったことに夫が責任を持つことも時には必要だと思いますし……」
冷たく言うと、ヨウビル公爵夫人の顔がみるみるうちに青ざめていく。
ヨウビル公爵閣下から聞いた話では、彼女がヨウビル公爵家の名を汚すような噂が彼の耳に入れば、離婚を考えるという話をされたとのことだった。
離婚なんてされたくないわよね?
人を殺してまで奪った男だもの。
それにしても、レナス侯爵夫人は自分がそうなるかもしれないということを考えずに手助けしたのだから馬鹿よね。
もちろん、私は人殺しをするほど、レナス侯爵を求めていたわけではない。
ただ、たとえ、それほどに好きだったとしても、私は絶対にそんなことはしないわ。
「レナス侯爵夫人にもお伝えしておきますわ」
「な、なんだって言うんです!?」
「ソルトに何かしようものなら、私は鬼になります。もちろん、あなたを殺してやろうだなどと短絡的なことは考えません。憎い相手ですもの。簡単に楽にして差し上げる必要はないでしょう?」
「脅迫するつもりなの!?」
「脅迫ではございません。忠告しているのです。ソルトに何もしなければ何も起きません。それから、ミリエル様に関しても同じです。ソルトから何か話がありましたら、シエス公爵家がお相手いたします」
微笑んで言うと、横で聞いていたヨウビル公爵夫人がレナス侯爵夫人に話しかける。
「私、ちょっと気分が優れませんので、本日は失礼させていただくわ」
「わ、私もちょうど、気分が優れなくなったところです。では、今日のお茶会は中止にいたしましょう」
そう言って、レナス侯爵夫人はヨウビル公爵夫人と共に部屋から出ていってしまった。
「ちょっと、お母様!?」
レナス侯爵令嬢も困惑しながらも二人を追いかけていった。
部屋に残されたのは、私とセファ伯爵夫人。
呆気にとられた顔をしている、セファ伯爵夫人に声を掛ける。
「せっかくですし、どこかのカフェでお茶でもしていきませんか?」
「は、はい……。喜んで」
セファ伯爵夫人は良い人そうだし、私は社交場に友人が少ないから、ぜひ、お友達になってもらえると助かるわね。
それにソルトの妻になる人のお母様がどんな人なのか知っておくのも大事だわ。
ちゃんと忠告したのだから、ミリエル様のほうも大丈夫でしょう。
セファ伯爵夫人を促し、廊下で待っていたメイドにエントランスホールまで案内してもらうことにした。
彼が結婚をすると聞いた時はショックだった。
お別れすることを考えたから、愛人になってほしいと言われた時は、お断りすることも考えた。
でも、断らなかったのは、彼が私に嘘をつく人ではなく、私を愛してくれているとわかったからだ。
彼の奥様になる人には申し訳ないとも思ったけれど、貴族の男性が愛人を持つことはおかしくない。
感情では納得できないでしょうけれど、理解してくださっているのだと思っていた。
だから、ソルトを跡継ぎにすると聞かされた上に、レナス家に引き取られると聞いた時は「奥様はそれで納得しておられるの? 他に方法はないの?」と何度も確認した。
私はソルトを手放したくなかった。
でも、レナス侯爵家に入り込むつもりもなかった。
家族は愛人のままでいる私を良くは思っていなかったけれど、レナス侯爵の私への溺愛ぶりを知っていたから、そううるさくは言わなかったし、ソルトが跡を継ぐと聞くと喜んだ。
ソルトに会えない間は、レナス侯爵経由でソルトの話を聞いていた。
レナス侯爵は夫人がソルトを可愛がっていると言ってくれていた。
でも、それは嘘だった。
久しぶりに会ったソルトから、虐待されていたという話を聞いた時には裏切られた気持ちと、あんな男を信じていた自分に腹が立った。
今すぐ別れようかと思ったけれど、そうすると、ソルトを守ってくれる人がいない。
だから、我慢した。
そのかわり、私はレナス侯爵をソルトのために動かそうと思った。
そうしている内に、ヨウビル公爵閣下からお話をいただいた。
閣下からのお話は、ミリエル様の幸せにも繋がるものだった。
ソルトはミリエル様のことをとても大事に思っていて、彼女は小さな頃からソルトの味方でいてくれたと聞いていたから、私なりの恩返しをしようと思った。
レナス侯爵は私が別れを告げると、泣きそうになりながら拒否した。
元々、愛人としての契約を結んでいたわけではないので、私は彼を捨てて、シエス家に嫁いだ。
公爵は私と年の変わらない四十代前半の温和な人で、夫婦生活はないけれど、幸せに暮らしていけそうだった。
もちろんそれは、レナス侯爵夫人達を破滅に追い込む入口に連れて行くまではお預けだ。
必要以上にやると、ただの悪者になってしまうから、入口に連れて行ったあとは、ミリエル様達にお任せする。
ミリエル様達が幸せになれば、ソルトも幸せになり、ソルトが幸せになれば、私もやっと幸せなれるのだから、入口に連れて行ってから、もうしばらくはかかるかもしれない。
でも、何十年も待つことが出来た私には1年かかったとしても苦にならない。
お茶会の場に足を運んでみたら、セファ伯爵夫人をいじめているレナス侯爵夫人達がいた。
あーだこーだとうるさいので、今の身分を明かして差し上げたら、驚愕の表情を見せた。
昔は美しかったようだけれど、今となっては醜悪なお顔にしか見えないわ。
性格が外面ににじみ出てしまってるのね。
そんな事よりも、伝えておかなければいけないことがある。
「ヨウビル公爵夫人」
「な……、何かしら」
「あなたの御主人から、夫人が誰かに対して何か失礼なことをされている場面を見かけたら注意してほしいとお願いされていますの。ですから、先程のセファ伯爵夫人にされていたことは良しとはしませんから、お茶を飲みながら、ゆっくり説教して差し上げますわね? もちろん、ヨウビル公爵閣下にもお知らせいたします」
「そ……、そんな! 女性同士の問題に男性は関係ないでしょう!」
「あなたがやっていらしたことは、男性だから女性だからという問題ではございませんわ。妻のやったことに夫が責任を持つことも時には必要だと思いますし……」
冷たく言うと、ヨウビル公爵夫人の顔がみるみるうちに青ざめていく。
ヨウビル公爵閣下から聞いた話では、彼女がヨウビル公爵家の名を汚すような噂が彼の耳に入れば、離婚を考えるという話をされたとのことだった。
離婚なんてされたくないわよね?
人を殺してまで奪った男だもの。
それにしても、レナス侯爵夫人は自分がそうなるかもしれないということを考えずに手助けしたのだから馬鹿よね。
もちろん、私は人殺しをするほど、レナス侯爵を求めていたわけではない。
ただ、たとえ、それほどに好きだったとしても、私は絶対にそんなことはしないわ。
「レナス侯爵夫人にもお伝えしておきますわ」
「な、なんだって言うんです!?」
「ソルトに何かしようものなら、私は鬼になります。もちろん、あなたを殺してやろうだなどと短絡的なことは考えません。憎い相手ですもの。簡単に楽にして差し上げる必要はないでしょう?」
「脅迫するつもりなの!?」
「脅迫ではございません。忠告しているのです。ソルトに何もしなければ何も起きません。それから、ミリエル様に関しても同じです。ソルトから何か話がありましたら、シエス公爵家がお相手いたします」
微笑んで言うと、横で聞いていたヨウビル公爵夫人がレナス侯爵夫人に話しかける。
「私、ちょっと気分が優れませんので、本日は失礼させていただくわ」
「わ、私もちょうど、気分が優れなくなったところです。では、今日のお茶会は中止にいたしましょう」
そう言って、レナス侯爵夫人はヨウビル公爵夫人と共に部屋から出ていってしまった。
「ちょっと、お母様!?」
レナス侯爵令嬢も困惑しながらも二人を追いかけていった。
部屋に残されたのは、私とセファ伯爵夫人。
呆気にとられた顔をしている、セファ伯爵夫人に声を掛ける。
「せっかくですし、どこかのカフェでお茶でもしていきませんか?」
「は、はい……。喜んで」
セファ伯爵夫人は良い人そうだし、私は社交場に友人が少ないから、ぜひ、お友達になってもらえると助かるわね。
それにソルトの妻になる人のお母様がどんな人なのか知っておくのも大事だわ。
ちゃんと忠告したのだから、ミリエル様のほうも大丈夫でしょう。
セファ伯爵夫人を促し、廊下で待っていたメイドにエントランスホールまで案内してもらうことにした。
107
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
【1/1取り下げ予定】本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!
gacchi
恋愛
事情があって公爵家に養女として引き取られたシルフィーネ。生まれが子爵家ということで見下されることも多いが、公爵家には優しく迎え入れられている。特に義兄のジルバードがいるから公爵令嬢にふさわしくなろうと頑張ってこれた。学園に入学する日、お義兄様と一緒に馬車から降りると、実の妹だというミーナがあらわれた。「初めまして!お兄様!」その日からジルバードに大事にされるのは本当の妹の私のはずだ、どうして私の邪魔をするのと、何もしていないのにミーナに責められることになるのだが…。電子書籍化のため、1/1取り下げ予定です。
私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる