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19-2 母達の戦い②(ソルトの母)

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 二十年以上前から、私はレナス侯爵が好きだった。
 彼が結婚をすると聞いた時はショックだった。
 お別れすることを考えたから、愛人になってほしいと言われた時は、お断りすることも考えた。
 でも、断らなかったのは、彼が私に嘘をつく人ではなく、私を愛してくれているとわかったからだ。
 彼の奥様になる人には申し訳ないとも思ったけれど、貴族の男性が愛人を持つことはおかしくない。 
 感情では納得できないでしょうけれど、理解してくださっているのだと思っていた。

 だから、ソルトを跡継ぎにすると聞かされた上に、レナス家に引き取られると聞いた時は「奥様はそれで納得しておられるの? 他に方法はないの?」と何度も確認した。

 私はソルトを手放したくなかった。
 でも、レナス侯爵家に入り込むつもりもなかった。
 家族は愛人のままでいる私を良くは思っていなかったけれど、レナス侯爵の私への溺愛ぶりを知っていたから、そううるさくは言わなかったし、ソルトが跡を継ぐと聞くと喜んだ。

 ソルトに会えない間は、レナス侯爵経由でソルトの話を聞いていた。
 レナス侯爵は夫人がソルトを可愛がっていると言ってくれていた。
 でも、それは嘘だった。
 久しぶりに会ったソルトから、虐待されていたという話を聞いた時には裏切られた気持ちと、あんな男を信じていた自分に腹が立った。
 今すぐ別れようかと思ったけれど、そうすると、ソルトを守ってくれる人がいない。
 だから、我慢した。
 そのかわり、私はレナス侯爵をソルトのために動かそうと思った。

 そうしている内に、ヨウビル公爵閣下からお話をいただいた。
 閣下からのお話は、ミリエル様の幸せにも繋がるものだった。

 ソルトはミリエル様のことをとても大事に思っていて、彼女は小さな頃からソルトの味方でいてくれたと聞いていたから、私なりの恩返しをしようと思った。

 レナス侯爵は私が別れを告げると、泣きそうになりながら拒否した。
 元々、愛人としての契約を結んでいたわけではないので、私は彼を捨てて、シエス家に嫁いだ。

 公爵は私と年の変わらない四十代前半の温和な人で、夫婦生活はないけれど、幸せに暮らしていけそうだった。
 もちろんそれは、レナス侯爵夫人達を破滅に追い込む入口に連れて行くまではお預けだ。

 必要以上にやると、ただの悪者になってしまうから、入口に連れて行ったあとは、ミリエル様達にお任せする。

 ミリエル様達が幸せになれば、ソルトも幸せになり、ソルトが幸せになれば、私もやっと幸せなれるのだから、入口に連れて行ってから、もうしばらくはかかるかもしれない。

 でも、何十年も待つことが出来た私には1年かかったとしても苦にならない。

 お茶会の場に足を運んでみたら、セファ伯爵夫人をいじめているレナス侯爵夫人達がいた。
 
 あーだこーだとうるさいので、今の身分を明かして差し上げたら、驚愕の表情を見せた。

 昔は美しかったようだけれど、今となっては醜悪なお顔にしか見えないわ。
 性格が外面ににじみ出てしまってるのね。

 そんな事よりも、伝えておかなければいけないことがある。

「ヨウビル公爵夫人」
「な……、何かしら」
「あなたの御主人から、夫人が誰かに対して何か失礼なことをされている場面を見かけたら注意してほしいとお願いされていますの。ですから、先程のセファ伯爵夫人にされていたことは良しとはしませんから、お茶を飲みながら、ゆっくり説教して差し上げますわね? もちろん、ヨウビル公爵閣下にもお知らせいたします」
「そ……、そんな! 女性同士の問題に男性は関係ないでしょう!」
「あなたがやっていらしたことは、男性だから女性だからという問題ではございませんわ。妻のやったことに夫が責任を持つことも時には必要だと思いますし……」

 冷たく言うと、ヨウビル公爵夫人の顔がみるみるうちに青ざめていく。

 ヨウビル公爵閣下から聞いた話では、彼女がヨウビル公爵家の名を汚すような噂が彼の耳に入れば、離婚を考えるという話をされたとのことだった。

 離婚なんてされたくないわよね?

 人を殺してまで奪った男だもの。

 それにしても、レナス侯爵夫人は自分がそうなるかもしれないということを考えずに手助けしたのだから馬鹿よね。

 もちろん、私は人殺しをするほど、レナス侯爵を求めていたわけではない。

 ただ、たとえ、それほどに好きだったとしても、私は絶対にそんなことはしないわ。

「レナス侯爵夫人にもお伝えしておきますわ」
「な、なんだって言うんです!?」
「ソルトに何かしようものなら、私は鬼になります。もちろん、あなたを殺してやろうだなどと短絡的なことは考えません。憎い相手ですもの。簡単に楽にして差し上げる必要はないでしょう?」
「脅迫するつもりなの!?」
「脅迫ではございません。忠告しているのです。ソルトに何もしなければ何も起きません。それから、ミリエル様に関しても同じです。ソルトから何か話がありましたら、シエス公爵家がお相手いたします」

 微笑んで言うと、横で聞いていたヨウビル公爵夫人がレナス侯爵夫人に話しかける。

「私、ちょっと気分が優れませんので、本日は失礼させていただくわ」
「わ、私もちょうど、気分が優れなくなったところです。では、今日のお茶会は中止にいたしましょう」

 そう言って、レナス侯爵夫人はヨウビル公爵夫人と共に部屋から出ていってしまった。

「ちょっと、お母様!?」

 レナス侯爵令嬢も困惑しながらも二人を追いかけていった。

 部屋に残されたのは、私とセファ伯爵夫人。

 呆気にとられた顔をしている、セファ伯爵夫人に声を掛ける。

「せっかくですし、どこかのカフェでお茶でもしていきませんか?」
「は、はい……。喜んで」

 セファ伯爵夫人は良い人そうだし、私は社交場に友人が少ないから、ぜひ、お友達になってもらえると助かるわね。
 それにソルトの妻になる人のお母様がどんな人なのか知っておくのも大事だわ。

 ちゃんと忠告したのだから、ミリエル様のほうも大丈夫でしょう。

 セファ伯爵夫人を促し、廊下で待っていたメイドにエントランスホールまで案内してもらうことにした。
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