15 / 45
5−3 ロードウェル伯爵家 2−1 (メアリー視点)
しおりを挟む
エアリスが去ってから三日後の朝、ロードウェル伯爵邸は、別邸で起きた話で持ちきりだった。
「メアリー、聞いた? 大旦那様、出ていかれたらしいわよ」
「えっ!?」
近所にある家から通うメアリーは、出勤するなり、同僚の言葉を聞いて、思わず大きな声を出した。
「あの大旦那様がまさか、と思うわよね? でも、本当の事らしいの。今朝早くに出ていかれたらしいわ」
「そうなの…。詳しくは知らないけれど、大奥様に乱暴されていたのよね?」
「そうみたい。エアリス様も出ていかれたし、自分も、もう限界っていう感じかもしれないわね」
「でも、そうなると、大奥様はもっとこっちの本邸に来る様になるんじゃない?」
「そうなのよね~」
メアリーの言葉に同僚達は大きなため息を吐く。
その時、ベルが鳴る音が聞こえた。
元々はエアリスが使っており、今は、オルザベートが使っている部屋のベルの音だった。
「行ってくるわ」
メイド服に着替えたメアリーは同僚達に、そう告げると急いで、オルザベートの元に向かった。
「あなた、たしか、エアリスの専属メイドだったと言ってたよね?」
「…そうでございますが」
「エアリスの事を聞かせてちょうだい。やっぱり、誰にでも優しかったのかしら?」
「……はい。身分に関係なく、お優しい方でした」
「私のエアリスなのに…」
ぽつりと呟いたオルザベートの言葉の意味がわからなかったメアリーだが、聞き返さずに、オルザベートに話しかける。
「あの、何をすればよろしいのでしょうか」
「用事がなかったら、呼んではいけないの? ロンバートがいなくて退屈なのよ。話し相手になってくれない?」
「承知しました」
メアリーが頷くと、オルザベートは彼女に尋ねる。
「エアリスがどこに行ったか知らない?」
エアリスが先日、カイジス公爵と一緒にいたという事は、イザメルがロンバートに大声で話をしていたため、屋敷の人間は皆知っている事だった。
すぐに答えられる質問だったけれど、メアリーは躊躇し、オルザベートに尋ね返す。
「それを知ってどうなさるんです? エアリス様を追い出したのは、トゥッチ様なのでは?」
オルザベートの姓は、トゥッチという。
どうしても、オルザベート様と呼びたくない使用人がおり、メアリーもそれにならっている。
本来ならば、メイドが主人に対し、こんな事を言ってはいけない事はわかっていたが、オルザベートはまだ、ロンバートと再婚した訳では無いため、強気に出れた。
オルザベートもそれに対して、気分を害した様子はなく、逆に悲しげな表情になって答える。
「本当はエアリスと3人で一緒に暮らしたいと思っていたの。だって、エアリスが愛した男性の子供なんだもの。エアリスだって、可愛がってくれると思っていたわ」
「……」
そんな訳ないでしょう、と口に出したいところではあったが、メアリーは我慢した。
オルザベートは沈黙を肯定ととらえた様で話を進める。
「だけどね、実際は違っていたみたい」
「……どういう事でしょうか?」
「エアリスとロンバートは、身体の関係どころか、キスさえもした事がないんだって」
「そんな…」
二人きりだけの時はどうかはわからないが、少なくとも、メアリーから見た二人の仲は、イザメルの事がなければ、良好だと思っていたため、オルザベートの話は信じがたかった。
「本当の話よ。ロンバートから聞いたの。ロンバートが彼女に触れようとすると、気を失ってしまうんですって。気を失ってる間に手を出そうとした事もあったらしいけど、エアリスに触れると、電気が走るみたいにしびれて、無理だったらしいわ」
オルザベートは苦笑しながら続ける。
「だから、私を求めたのね…。でも、私も、エアリスの旦那様だったから興味を持ったの。エアリスがロンバートを好きじゃないのなら、私もロンバートなんていらないわ。エアリスと一緒にいられないのなら意味がないもの」
そう言ったオルザベートに狂気を感じ、メアリーは思わず後退った。
「オルザベート!」
その時だった。
ノックをする事もなく、部屋に入ってきたロンバートは、メアリーがいるにも関わらず、オルザベートを抱きしめた。
「聞いてくれ! 突然、取引先から契約を今月いっぱいにしてくれと言われたんだ! なぜかと問うとカイジス公爵に聞けと言うんだ!」
「あら、大丈夫よ。新しい取引先を見つければいいんだから」
「…そ、そうだよな。ありがとう、オルザベート。君はやはり、エアリスとは違う」
「そんな事ないわ」
二人の世界に入り始めたので、メアリーは無言で部屋を出た。
(この家はこれから、どうなっていくのだろう。それに先程の話はエアリス様に伝えるべきなの?)
メアリーはため息を吐いてから、勤務中だという事を思い出し、他の仕事をする為に、部屋から離れた。
「メアリー、聞いた? 大旦那様、出ていかれたらしいわよ」
「えっ!?」
近所にある家から通うメアリーは、出勤するなり、同僚の言葉を聞いて、思わず大きな声を出した。
「あの大旦那様がまさか、と思うわよね? でも、本当の事らしいの。今朝早くに出ていかれたらしいわ」
「そうなの…。詳しくは知らないけれど、大奥様に乱暴されていたのよね?」
「そうみたい。エアリス様も出ていかれたし、自分も、もう限界っていう感じかもしれないわね」
「でも、そうなると、大奥様はもっとこっちの本邸に来る様になるんじゃない?」
「そうなのよね~」
メアリーの言葉に同僚達は大きなため息を吐く。
その時、ベルが鳴る音が聞こえた。
元々はエアリスが使っており、今は、オルザベートが使っている部屋のベルの音だった。
「行ってくるわ」
メイド服に着替えたメアリーは同僚達に、そう告げると急いで、オルザベートの元に向かった。
「あなた、たしか、エアリスの専属メイドだったと言ってたよね?」
「…そうでございますが」
「エアリスの事を聞かせてちょうだい。やっぱり、誰にでも優しかったのかしら?」
「……はい。身分に関係なく、お優しい方でした」
「私のエアリスなのに…」
ぽつりと呟いたオルザベートの言葉の意味がわからなかったメアリーだが、聞き返さずに、オルザベートに話しかける。
「あの、何をすればよろしいのでしょうか」
「用事がなかったら、呼んではいけないの? ロンバートがいなくて退屈なのよ。話し相手になってくれない?」
「承知しました」
メアリーが頷くと、オルザベートは彼女に尋ねる。
「エアリスがどこに行ったか知らない?」
エアリスが先日、カイジス公爵と一緒にいたという事は、イザメルがロンバートに大声で話をしていたため、屋敷の人間は皆知っている事だった。
すぐに答えられる質問だったけれど、メアリーは躊躇し、オルザベートに尋ね返す。
「それを知ってどうなさるんです? エアリス様を追い出したのは、トゥッチ様なのでは?」
オルザベートの姓は、トゥッチという。
どうしても、オルザベート様と呼びたくない使用人がおり、メアリーもそれにならっている。
本来ならば、メイドが主人に対し、こんな事を言ってはいけない事はわかっていたが、オルザベートはまだ、ロンバートと再婚した訳では無いため、強気に出れた。
オルザベートもそれに対して、気分を害した様子はなく、逆に悲しげな表情になって答える。
「本当はエアリスと3人で一緒に暮らしたいと思っていたの。だって、エアリスが愛した男性の子供なんだもの。エアリスだって、可愛がってくれると思っていたわ」
「……」
そんな訳ないでしょう、と口に出したいところではあったが、メアリーは我慢した。
オルザベートは沈黙を肯定ととらえた様で話を進める。
「だけどね、実際は違っていたみたい」
「……どういう事でしょうか?」
「エアリスとロンバートは、身体の関係どころか、キスさえもした事がないんだって」
「そんな…」
二人きりだけの時はどうかはわからないが、少なくとも、メアリーから見た二人の仲は、イザメルの事がなければ、良好だと思っていたため、オルザベートの話は信じがたかった。
「本当の話よ。ロンバートから聞いたの。ロンバートが彼女に触れようとすると、気を失ってしまうんですって。気を失ってる間に手を出そうとした事もあったらしいけど、エアリスに触れると、電気が走るみたいにしびれて、無理だったらしいわ」
オルザベートは苦笑しながら続ける。
「だから、私を求めたのね…。でも、私も、エアリスの旦那様だったから興味を持ったの。エアリスがロンバートを好きじゃないのなら、私もロンバートなんていらないわ。エアリスと一緒にいられないのなら意味がないもの」
そう言ったオルザベートに狂気を感じ、メアリーは思わず後退った。
「オルザベート!」
その時だった。
ノックをする事もなく、部屋に入ってきたロンバートは、メアリーがいるにも関わらず、オルザベートを抱きしめた。
「聞いてくれ! 突然、取引先から契約を今月いっぱいにしてくれと言われたんだ! なぜかと問うとカイジス公爵に聞けと言うんだ!」
「あら、大丈夫よ。新しい取引先を見つければいいんだから」
「…そ、そうだよな。ありがとう、オルザベート。君はやはり、エアリスとは違う」
「そんな事ないわ」
二人の世界に入り始めたので、メアリーは無言で部屋を出た。
(この家はこれから、どうなっていくのだろう。それに先程の話はエアリス様に伝えるべきなの?)
メアリーはため息を吐いてから、勤務中だという事を思い出し、他の仕事をする為に、部屋から離れた。
45
お気に入りに追加
3,462
あなたにおすすめの小説
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、
ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。
家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。
十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。
次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、
両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。
だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。
愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___
『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。
与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。
遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…??
異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※おまけ更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる