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 コース料理だからか、一皿一皿の量が少ないので、上品に食べるという事をあまり知らない、いや、もちろん、ある程度の常識は知っているけど、どちらかというと早食いの人間なので、すぐに食べ終えてしまうから、ひたすら食事の合間に公爵閣下に愚痴った。
 
「イザメル様はわざと食事中にスープなどをこぼして、その片付けをメイドにではなく、私にやらせてたんですよ」
「……」
「元夫のロンバートも、母上が言うことはみんな正しいと言って、味方になってくれた事は、一度もなくて、そのわりに部屋に戻ると、ごめんね、って謝ってくるんですよ。そう思うなら、その時に助けてくれって思いますよ! まあ、今となってはどうでも良いんですが!」
「……」

 閣下は何も口を挟まずに、私の話を黙って聞いてくれた。
 彼は表情は一切変えないけれど、私から視線をそらさずにいてくれたから、聞いてくれているのだと思う。 
 たぶん、全部話させてから、彼の意見を言おうとしてくれている、そんな気がした。

 ……まさか、目を開けて寝てたりしないわよね?

 そんな不安もよぎったけれど、気にせずに話す事にする。

「イザメル様にどうして嫌われているのかは、ただの親バカくらいにしか思ってなかったんですけど、本当の理由は今日になってやっとわかりました…」

 メインディッシュを食べ終え、フォークとナイフを置いたあと、イザメル様の発言を思い出して続ける。

「閣下も知っておられると思いますが、私は魔法使いの血を引いています」
「……」
「穢れた血だと言われました。でも、私にとって祖父母は英雄なんです。だから、穢れた血だなんて思えない」
「僕もそう思う」
「……え?」
「僕も君の祖父母の事を英雄だと思っているし、君が穢れた血だなんて思えない」

 弱っている心に閣下の言葉が胸にじんわりと染み込んで、涙がこぼれた。
 
「うわ、私、すみません」
「……」

 閣下は無言で立ち上がり、私の横に立つと、胸ポケットからハンカチを取り出して差し出してくれた。

「申し訳ございません。お気持ちはありがたいのですが、大丈夫です。閣下のハンカチを汚してしまいますので」
「いいから使え」
「…ありがとうございます」

 このハンカチ、いくらするんだろう。
 そう思いながら、涙を拭うと、刺繍部分に当たったのか、少し痛く感じたので、ハンカチを見てみると、やはり刺繍だった。
 そして、その刺繍の模様を見た瞬間、顔を上げて、また席に戻った閣下を見る。

「この刺繍って…」
「君のお祖母様が考えたんだろう?」
「そ、そうです! どうしてこれを!?」

 白いウサギのようだけれど、長い耳の先が尖り、満面の笑みを浮かべているウサギもどき。
 ありきたりなものかもしれないけど、作る人によって、その印象は全然変わってくるものだから、違う人が刺したものだとは思えなかった。

「君がくれた」
「え?」
「幼い頃に君がくれたんだよ、エアリス」
「…私が?」
「何も覚えてないんだな」

 閣下は小さく息を吐くと、運ばれてきた料理に手をつける。
 
 このハンカチはお祖母様が刺繍してくれたという事もあり、小さい頃の私のお気に入りだった。
 でも、いつからか、どこにあるかわからなくなっていた。
 10歳になってからの私は学園に通うため、実家を出て、学園寮で暮らしていた。
 だから、実家にあると思いこんでいた。

「閣下とお会いしたのって、いつが最後でしたでしょうか」

 恐る恐る聞いてみた。
 考えてみたら、閣下との記憶が、とある時期から、一切ない。
 その覚えていない間の期間に、私は閣下にハンカチをあげたのかもしれないけれど、どうして、こんな大事にしていたものをあげたのかしら?

 私の問いに閣下は目を伏せて、大きく息を吐いた。

「自分で思い出してくれ。あと、これから君はどうするつもりなんだ?」
「一人旅をしながら実家に帰ろうかと。本当は迷惑になるだろうから帰りたくはないんですが、行くところもないですし」
「……うちに来ればいい」
「はい?」

 今、うちに来ればいいって言った?
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