上 下
20 / 31

19  元夫の執念 ①

しおりを挟む
  シリュウ兄さまがプレゼントしてくれたのは、『ティアトレイ』という商品名のシルバートレイだった。
 貴族の女性に暴漢対策グッズとして人気があり、魔法が使える国では魔法が付与されていたりするらしい。私たちの住んでいる国には魔法は存在しないので、普通のシルバートレイかと思ったら、シリュウ兄さまがお金を出して、カスタマイズしてくれていた。

 普通のティアトレイの使い方は殴られそうになったら、ティアトレイで防御するというものだ。平らな部分には鉄板が入っていて、殴ってきた相手にもダメージが与えられる。
 わたしがもらったものは、少し変わっていて平らな部分は二重底になっている。そこに工夫がされているのだけど、これは実践してみないと、どうなるのか、はっきりとはわからない。

 今度のパーティーにはジリン様からもらった痴漢撃退用のスプレーとシルバートレイを持参して、レンジロード様の襲来に備えようと思った。


*******

 ルイーダ様たちと話をした五日後には、シリュウ兄さまが婚約を解消したという話が社交界に広まった。
 婚約者だった令嬢、ファレット侯爵令嬢は誤解だと訴えた。でも、ルイーダ様が嘘をつくはずがないし、他の令嬢もその話を聞いたと証言したため、彼女の意見は受け入れられなかった。

 本当にもったいないことをしたわよね。

 シリュウ兄さまがフリーになったことを知った令嬢たちが、我こそはと婚約者に立候補した。でも、ほとんどの令嬢にはすでに婚約者がいたため、わざわざ、婚約破棄をしてまで立候補したことがわかり、その人たちは候補から外れることになった。

 シリュウ兄さまが誰を選ぶのか、世間がその話題で持ちきりになっている間も、レンジロード様からの迷惑行為は続いていた。しかも、手紙やプレゼントだけではなく、本人が訪ねてくるようになった。

 警察に相談しても、侯爵に意見できるはずがないので、ここは例の暴漢対策グッズを使おうかと考え始めた頃、シリュウ兄さまが訪ねてきた。

 たまたま、レンジロード様と出くわしたシリュウ兄さまは、本人にこう言ったそうだ。

『他国ではブロスコフ侯爵のような人のことをストーカーって言うらしいですよ』

 レンジロード様は意味がわからなかったようだけど、シリュウ兄さまが苦手なことに変わりはないので、尻尾を巻いて逃げ帰ったそうだ。

 シリュウ兄さまから、その話を聞いたあとに尋ねる。

「レンジロード様がわたしにこだわる理由がわかりません。こんなに頑張れるなら、どうしてルイーダ様にもアピールしなかったんでしょうか」
「絶対にそうだとは言えないけど、彼の中ではリコットが相手なら勝算があると思っているんじゃないかな」
「……わたしだったらまた、レンジロード様を好きになると思われているってことですか」
「たぶん」

 今までのわたしが何を言われてもレンジロード様を諦めなかったから、そう思わせてしまったのかもしれない。でも、何かがきっかけで愛が冷めることはあり得ることだわ!

「早く相手を探さないといけないということですね」

 今はまだ、恋愛なんてしたいとは思わないし、再婚相手を考える余裕もない。でも、そうも言っていられないわ。

「再婚してくれそうな相手を探そうと思います。きっと、中々、見つからないでしょうけど……」 

 ルイーダ様のように性格が良くて美人なら、すぐに相手が見つかるでしょうけど、わたしは平凡な見た目だし、一度結婚しているから、再婚者か、かなり年上の方しかいないでしょうね。

 シリュウ兄さまが苦笑して手を挙げる。

「そのことで話があるんだけど、俺を再婚相手にするのはどうかな」
「……はい!?」
「エルローゼ家を継ぐ俺がリコットと結婚すれば、血筋も途切れないしさ。元々、リコットのお父上はそうしたかったみたいだよ。だけど、ブロスコフ侯爵家からの婚約の申し込みとリコットが強く望んだからやめたみたいだ」
「そうだったんですね……」

 子供の頃の話とはいえ、本当にわたしは馬鹿だったのね。でも、お父様もそれならそうと言ってくれれば良いのに!

「……とまあ、今日は別の話をしに来たから、話を変えるよ」
「は、はい!」
「誕生日パーティーに出席する話をしていたけど、俺がパートナーとして行っても良いかな?」
「そうしていただけると、わたしは嬉しいです!」

 有り難い申し出なので即答すると、シリュウ兄さまは優しく微笑んでくれた。

 最近の話はまだどうなるかわからない。でも、レンジロード様との縁を今度こそ断ち切ってやるわ!


◆◇◆◇◆◇
(レンジロード視点)
※イライラする可能性があるので、読み飛ばしてもらっても支障ありません。


「いつになったら、リコットさんは戻って来るの!?」

 リコットとの離婚が決まってから、母上はいつもこうやって文句を言う。
 私だってわかっている。このままでは、世間の笑いものだ。そんなことは私のプライドが許さない。

 それにしても、愛していると言っているのに、リコットはわたしと会おうともしない。どうしてだ。彼女が私を愛さなくなるわけがないのに。

「ちょっと、レンジロード、聞いているの!?」
「近々に共通の知人の誕生日パーティーがあるんです。世話になっているので、リコットは出席するでしょう」
「なら、その時に連れ帰ってきなさい!」
「わかりました。今度こそ、私の操り人形にするつもりです」

 リコットは純粋だった。だから、支配するのは簡単だった。私なしでは生きられないようにした。私のためなら死ねる人形にしたはずだった。

 それなのに、彼女は私の元から離れた。

 胸にぽっかり穴があいたような気分になったということは、彼女に情が湧いていたのかもしれない。

 リコット、この私が君を欲しているんだから、大人しく帰ってくるんだ。

しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

私を「ウザイ」と言った婚約者。ならば、婚約破棄しましょう。

夢草 蝶
恋愛
 子爵令嬢のエレインにはライという婚約者がいる。  しかし、ライからは疎んじられ、その取り巻きの少女たちからは嫌がらせを受ける日々。  心がすり減っていくエレインは、ある日思った。  ──もう、いいのではないでしょうか。  とうとう限界を迎えたエレインは、とある決心をする。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

処理中です...