13 / 31
12 離婚したくない夫 ①
しおりを挟む
「……リコット、何を言い出すんだ」
演技をしなければならないことを思い出したのか、レンジロード様は悲しげな顔になって、わたしを見つめた。
「レンジロード様、本当に残念です。わたしはあなたにチャンスを与えたんですよ」
「馬鹿なことを言うな。チャンスを与えたのは私だ」
レンジロード様が首を横に振ると、先代の頃からブロスコフ侯爵家に仕えている年配の側近が口を開く。
「リコット様、あなたはレンジロード様が自分を階段から突き落としたと言いたいようですが、誰がそんな嘘を信じると言うのですか? レンジロード様はとてもお優しい方です。あなたが気を失っている間、文句など何一つ言わずに招待客の一人一人に詫びておられたんですよ」
「あなたは、レンジロード様に感謝しろと言いたいのかもしれませんが、わたしを突き落とすなんて馬鹿なことをしなければ、レンジロード様は招待客に謝らなくても良かったじゃないですか!」
「……もういいよ、リコット。そんなに私が君を突き落としたと言うのなら、そういうことにすれば良いだろう。だから、機嫌を直してくれ」
レンジロード様は今までに聞いたことのないような優しい声で話しかけてきた。さっきまでは懇願していたのに、周りが自分の味方だから、妻の嘘に付き合ってやっている夫を演じることにしたみたいだ。
「罪を認めるのですか?」
「やってはいないよ。でも、君にだけはやったと言ってあげよう」
「……わたしが真実を話しても世間は信じないと言いたいのですね?」
「そうだ。みんな、私がどんな人物か知ってくれているからな。私は愛する妻を突き落とすような人間ではない」
レンジロード様が強気の表情に戻り、廊下に目を向けたので見てみると、若いメイドは軽蔑の眼差しをわたしに向けていた。
……そういえば、前に年配のメイドが忠告してくれていたわね。
使用人がレンジロード様の味方に付いているのなら、毒殺まではされないにしても、食べ物に何かを入れられたり、嫌がらせをされる可能性が高い。それをレンジロード様に訴えても「うちの使用人がそんなことをしたと嘘をついている」と言われるに違いないわよね。
そうなるとまた、わたしは嫌がらせをしてきた以外の人に嘘つき呼ばわりされるんだわ。
こんな展開になるとは思っていなかったけれど、簡単にここを出られないということくらいはわかっていた。だから、わたしはわたしで昨日のうちに連絡を入れていたところがあった。
きっと、午前中の間に何らかの動きがあるはず。とにかく、今は部屋から出て行ってもらいましょう。
「レンジロード様、わたしはわたしなりのやり方で戦います」
「何をするつもりだ? 嘘つきな君を助けてくれるのは家族くらいだろう?」
「わたしも先日まではそう思っていました。でも、そうではなかったんです」
「ミスティック伯爵令嬢に助けを求めるつもりかもしれないが、これから君が誰かに送る手紙は私が全部確認を入れる。嘘の内容を書いていたなら、君を名誉毀損で訴えなければいけなくなるので覚えておくんだな」
「訴えられるものならどうぞ!」
強く言い返したあと、レンジロード様だけでなく、まだわたしを睨みつけている側近やメイドたちに叫ぶ。
「話すことなんてもうないわ! みんな、部屋から出て行って!」
「……まったく、困ったものだ。みんな、すまないか。今日のリコットはいつも以上に気が立っているらしい」
良い夫アピールをしたあと、レンジロード様はみんなを連れて部屋から出て行った。
お母様は鍵をかけたあと、小さく息を吐く。
「レンジロード様は本当に信じられない人ね。普段は使わない階段に呼び出したり、その階段付近に限ってカーペットを替えたりしたのでしょう? それを聞いただけでも怪しいと思うわ」
「それには本人も気がついていたようで、他の場所のカーペットも発注をかけていたんです」
「届いていなかったから替えていないと言い張るつもりね?」
「そういうことです」
「でも、普段使わないほうを替えていくものかしら」
「それについては、たまたまだとかで乗り切るんじゃないでしょうか」
お母様は不安そうな顔で、ベッドの上に座ってわたしに尋ねる。
「このままじゃ、あなたの命が危なくなるかもしれないわ。どうするつもりなの?」
「大丈夫です」
「大丈夫って……」
「昨日の晩、シリュウ兄さまの配下の人に頼んで、シリュウ兄さまに助けを求めています」
「シリュウ様の!? で、でも、どうやって」
「シリュウ兄様が念の為にと、わたしのために女性の護衛騎士を一人連れてきてくれていたんです」
お母様は良い人だから、すぐに顔に出てしまう。申し訳ないけれど、お母様が部屋にいない間に窓に近い所にある木の上に隠れていた護衛騎士に、こんなことがあったと話をしておいたのだ。わたしが眠っている間に、シリュウ兄様に連絡を入れてくれているはずなので、きっと、何らかの動きがあるはずだ。
とにかく、このままでは離婚はできない。離婚はできなくても別居という手はあるのだから、反対されても、ここを出ていく準備をしようと思った時、足音が近づいてくることに気がついた。その足音はわたしの部屋の前で止まり、ノックもなく扉が開けられた。
入ってきたのはレンジロード様だった。
「リコット! どういうことだ!」
「……どういうこととは?」
「トファス公爵がシリュウ様と一緒に君に会いに来ている! どうして、トファス公爵が来るんだ!」
そういえば、レンジロード様はシリュウ兄さまに自分は侯爵で、シリュウ兄さまは公爵令息だと言っていたわね。
「先日、レンジロード様がシリュウ様を侮辱するような発言をされたからではないですか?」
「なっ……」
自分よりも身分が上である人物の登場に、レンジロード様はルイーダ様に対するものとは違う焦りを感じているようだった。
演技をしなければならないことを思い出したのか、レンジロード様は悲しげな顔になって、わたしを見つめた。
「レンジロード様、本当に残念です。わたしはあなたにチャンスを与えたんですよ」
「馬鹿なことを言うな。チャンスを与えたのは私だ」
レンジロード様が首を横に振ると、先代の頃からブロスコフ侯爵家に仕えている年配の側近が口を開く。
「リコット様、あなたはレンジロード様が自分を階段から突き落としたと言いたいようですが、誰がそんな嘘を信じると言うのですか? レンジロード様はとてもお優しい方です。あなたが気を失っている間、文句など何一つ言わずに招待客の一人一人に詫びておられたんですよ」
「あなたは、レンジロード様に感謝しろと言いたいのかもしれませんが、わたしを突き落とすなんて馬鹿なことをしなければ、レンジロード様は招待客に謝らなくても良かったじゃないですか!」
「……もういいよ、リコット。そんなに私が君を突き落としたと言うのなら、そういうことにすれば良いだろう。だから、機嫌を直してくれ」
レンジロード様は今までに聞いたことのないような優しい声で話しかけてきた。さっきまでは懇願していたのに、周りが自分の味方だから、妻の嘘に付き合ってやっている夫を演じることにしたみたいだ。
「罪を認めるのですか?」
「やってはいないよ。でも、君にだけはやったと言ってあげよう」
「……わたしが真実を話しても世間は信じないと言いたいのですね?」
「そうだ。みんな、私がどんな人物か知ってくれているからな。私は愛する妻を突き落とすような人間ではない」
レンジロード様が強気の表情に戻り、廊下に目を向けたので見てみると、若いメイドは軽蔑の眼差しをわたしに向けていた。
……そういえば、前に年配のメイドが忠告してくれていたわね。
使用人がレンジロード様の味方に付いているのなら、毒殺まではされないにしても、食べ物に何かを入れられたり、嫌がらせをされる可能性が高い。それをレンジロード様に訴えても「うちの使用人がそんなことをしたと嘘をついている」と言われるに違いないわよね。
そうなるとまた、わたしは嫌がらせをしてきた以外の人に嘘つき呼ばわりされるんだわ。
こんな展開になるとは思っていなかったけれど、簡単にここを出られないということくらいはわかっていた。だから、わたしはわたしで昨日のうちに連絡を入れていたところがあった。
きっと、午前中の間に何らかの動きがあるはず。とにかく、今は部屋から出て行ってもらいましょう。
「レンジロード様、わたしはわたしなりのやり方で戦います」
「何をするつもりだ? 嘘つきな君を助けてくれるのは家族くらいだろう?」
「わたしも先日まではそう思っていました。でも、そうではなかったんです」
「ミスティック伯爵令嬢に助けを求めるつもりかもしれないが、これから君が誰かに送る手紙は私が全部確認を入れる。嘘の内容を書いていたなら、君を名誉毀損で訴えなければいけなくなるので覚えておくんだな」
「訴えられるものならどうぞ!」
強く言い返したあと、レンジロード様だけでなく、まだわたしを睨みつけている側近やメイドたちに叫ぶ。
「話すことなんてもうないわ! みんな、部屋から出て行って!」
「……まったく、困ったものだ。みんな、すまないか。今日のリコットはいつも以上に気が立っているらしい」
良い夫アピールをしたあと、レンジロード様はみんなを連れて部屋から出て行った。
お母様は鍵をかけたあと、小さく息を吐く。
「レンジロード様は本当に信じられない人ね。普段は使わない階段に呼び出したり、その階段付近に限ってカーペットを替えたりしたのでしょう? それを聞いただけでも怪しいと思うわ」
「それには本人も気がついていたようで、他の場所のカーペットも発注をかけていたんです」
「届いていなかったから替えていないと言い張るつもりね?」
「そういうことです」
「でも、普段使わないほうを替えていくものかしら」
「それについては、たまたまだとかで乗り切るんじゃないでしょうか」
お母様は不安そうな顔で、ベッドの上に座ってわたしに尋ねる。
「このままじゃ、あなたの命が危なくなるかもしれないわ。どうするつもりなの?」
「大丈夫です」
「大丈夫って……」
「昨日の晩、シリュウ兄さまの配下の人に頼んで、シリュウ兄さまに助けを求めています」
「シリュウ様の!? で、でも、どうやって」
「シリュウ兄様が念の為にと、わたしのために女性の護衛騎士を一人連れてきてくれていたんです」
お母様は良い人だから、すぐに顔に出てしまう。申し訳ないけれど、お母様が部屋にいない間に窓に近い所にある木の上に隠れていた護衛騎士に、こんなことがあったと話をしておいたのだ。わたしが眠っている間に、シリュウ兄様に連絡を入れてくれているはずなので、きっと、何らかの動きがあるはずだ。
とにかく、このままでは離婚はできない。離婚はできなくても別居という手はあるのだから、反対されても、ここを出ていく準備をしようと思った時、足音が近づいてくることに気がついた。その足音はわたしの部屋の前で止まり、ノックもなく扉が開けられた。
入ってきたのはレンジロード様だった。
「リコット! どういうことだ!」
「……どういうこととは?」
「トファス公爵がシリュウ様と一緒に君に会いに来ている! どうして、トファス公爵が来るんだ!」
そういえば、レンジロード様はシリュウ兄さまに自分は侯爵で、シリュウ兄さまは公爵令息だと言っていたわね。
「先日、レンジロード様がシリュウ様を侮辱するような発言をされたからではないですか?」
「なっ……」
自分よりも身分が上である人物の登場に、レンジロード様はルイーダ様に対するものとは違う焦りを感じているようだった。
2,470
お気に入りに追加
3,404
あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※


完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。
しげむろ ゆうき
恋愛
キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。
二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。
しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる