愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ

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9   懇願する夫 ①

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 メイドにお茶を淹れてもらったあと、ミスティック伯爵令嬢とジリン様には二人がけのソファに、シリュウ兄さまには安楽椅子に座ってもらい、わたしが階段から突き落とされるまでの話をかいつまんで話した。

「な、なんて最低な方なんですの!? ブロスコフ侯爵がそんな方だなんて、思ってもいませんでしたわ! そんな方に愛されている女性も気の毒に思えてくるくらいですわね!」

 ミスティック伯爵令嬢が心底嫌そうな顔をして言うので、わたしとシリュウ兄さまは、思わず顔を見合わせた。

「どうかなさいましたか?」

 首を傾げたミスティック伯爵令嬢に、シリュウ兄さまが答える。

「君だよ」
「え……、わたくしがなんですの?」

 ミスティック伯爵令嬢は自分を指さして、きょとんとした顔をする。

「だから、ブロスコフ侯爵は君が好きなんだ」
「そうだろうと思ってたんだよなぁ」

 ジリン様はソファから立ち上がり、窓に近づくと、窓の外を眺めながら、のんびりとした口調で続ける。

「パーティーで会った時の彼の態度がおかしかったからねぇ。失礼かと思って言わなかったけど、まるで不審者だよ」
「やはり、気づいておられましたか」

 尋ねると、ジリン様は迷うことなく頷く。

「うん。ルイーダは鈍いから気づいてなかったけど、普通は気づくよねぇ。というか、もしかして、本人は気づかれてないと思ってる?」
「はい。ですので、わたしには絶対に言うなと言っていました」

 わたしからレンジロード様がミスティック伯爵令嬢が好きだなんて言っていないから、こんな話をしても約束を破ったことにはならないわよね!

「で、ですが、わたくしとブロフコス侯爵はほとんどお話をしたことがありませんのよ? どうして、そんなことになるんですの?」

 困惑しているミスティック伯爵令嬢の質問に答える前に確認する。

「話をしても良いのですが、嫌な気分になるかもしれません。それでもよろしいですか?」
「もうなっておりますから、かまいません。人に好意を向けられていると知って、嫌な気持ちになるなんて初めてですわ」

 言わないほうが良いのか迷った時、ジリン様が手を挙げる。

「僕は聞いておきたいなぁ。ルイーダは僕の婚約者だから、変な虫がつくのは困るんだよねぇ」
「……わたしはかまわないのですが、ミスティック伯爵令嬢は……」
「ジリン様が聞きたいとおっしゃるのなら、わたくしも聞きたいですわ」

 ミスティック伯爵令嬢は、ジリン様のことが大好きなようで、明るい表情で言った。
 ミスティック伯爵令嬢とジリン様の様子を見ていると、二人の間に付け入る隙はない。

 レンジロード様が勇気を出せなかった理由の一つに二人の仲の良さがあるんでしょうね。

 ……いや、やっぱり、勇気がないだけかしら。うん。そうね、きっとそう。というよりも、絶対にそうだわ。
 あの人は、母親と同じで弱いものいじめしかできないんだもの。

 どうでも良いことを考えていると、シリュウ兄さまに話しかけられる。

「リコット、俺も聞いておきたい」
「失礼しました。では、レンジロード様がお相手の方を好きになった理由をお話しますね」

 わたしは、レンジロード様から何十回も聞かされた、ミスティック伯爵令嬢との出会いの話を話した。

 それは、十年以上も前のことで、レンジロード様は繁華街の路地に野良猫の親子を見つけた。
 黒色の毛を持つ母猫と子猫が5匹。子猫も5匹とも真っ黒だったらしい。

 私たちの国の一部の人の間では、黒色の猫は縁起が良くないと言われている。レンジロード様はその猫たちに攻撃しようとした。
 当たり前だが母猫の抵抗に合ってに引っかかれ、それを見た護衛が母猫に斬りかかろうとした時、ミスティック伯爵令嬢が割って入ったのだそうだ。

 たまたま、ミスティック伯爵家が買い物に来ていたから、猫たちは助かった。

 ミスティック伯爵令嬢は、その時に泣きながら、レンジロード様の頬を打ったそうだ。伯爵令嬢が侯爵令息の頬を打ったとなると、問題になりそうなものだが、レンジロード様のやったことはいけないことだし、その時に、レンジロード様はミスティック伯爵令嬢に恋に落ちたので、大ごとにされなかった。

 話を聞き終えたミスティック伯爵令嬢は「あの時のクソ野郎だったのですか!」と憤った。

「どうして、ルイーダはその相手がブロスコフ侯爵だと知らなかったんだろう」

 不思議そうにするシリュウ兄さまに、わたしは苦笑して答える。

「先代のブロスコフ侯爵がミスティック伯爵夫妻に口止めしたそうです。レンジロード様がミスティック伯爵令嬢に嫌われたくなくてお願いしたんでしょう」
「……信じられませんわ!」

 ミスティック伯爵令嬢は怒りで体を震わせながら叫んだ。


******


 レンジロード様が恋に落ちた時の話を終えたあと、かなりの時間が経っていたので、また日を改めて話をしようということになった。シリュウ兄さまが車椅子をプレゼントしてくれたので、早速、それに乗ってエントランスまでお見送りすることにした。

「では、リコット様、お手紙を書きますわね!」
「ルイーダ様、わたしも詫び状を送り終えましたら、お手紙を書きますね」
「まあ! 詫び状だなんて結構ですわ! リコット様は何も悪くありませんもの!」

 話をしている間に、わたしとミスティック伯爵令嬢との間に友情が芽生え、わたしはミスティック伯爵令嬢ではなく、ルイーダ様と呼ぶことになった。

 わたしとルイーダ様がエントランスホールでわざと大きな声で話をしていると、声が聞こえたのか、もしくは聞き耳を立てていたのか、レンジロード様が慌ててやって来て、ルイーダ様に話しかける。

「も、もう、お帰りですか」
「ええ。思っていた以上に長居してしまいまして申し訳ございません」
「いえ! リコットも喜んでいると思います」

 レンジロード様はわたしのほうに目を向けることなく言った。彼の中では、わたしは今、この場にいないらしい。

「それなら嬉しいですわ」

 ルイーダ様がにこりと微笑むと、レンジロード様は一瞬で顔を真っ赤にした。そんな、レンジロード様にルイーダ様は言う。

「リコット様から、お友達の旦那様の話を聞いたんですけれど、それが酷いお話でしたの。あまりにも酷いお話でしたので、もっと詳しくお話を聞きたいんです。改めてまた、こちらにお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……え? 友人の旦那?」
「はい。その方は、結婚前から、お相手の方に口を開くななどの暴言を浴びせていたのです! 本当に許せませんわ! 、その方がどこの誰か教えていただけませんでしたから、次こそはお聞きしたいと思いますの」
 
 ルイーダ様の話を聞いたレンジロード様は、彼女の言っている旦那様が自分のことだと気づき、赤かった顔が、みるみるうちに青くなっていった。


    
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