上 下
5 / 31

4   夫の苦手な人 ①

しおりを挟む
 両足を痛めているから、ベッドから一人で下りることもできず、現段階では面会謝絶ということにされ、両親にさえも会わせてもらえなかった。

 絶対に心配しているだろうから、二人に会って命に別状はないと伝えたい。

 メイドを通してそう訴えたけれど、レンジロード様からは今はゆっくり休むようにと却下されてしまった。

 いつになったら会わせてくれるのか、そう思った時、不機嫌そうな顔をしたレンジロード様が部屋に入ってきた。

 部屋の中にいたメイドを外に出すと、レンジロード様は私に顔を近づける。

「今から、トファス公爵令息のシリュウ様が来られる」
「……シリュウ様は部屋に入れて良いんですか?」
「ミスティック伯爵令嬢にお願いされたんだ! いいか。余計なことを言わないようにな。大人しくしていることができたら、手くらい握ってやる」
「いりません」

 はっきりとお断りすると、レンジロード様は舌打ちをしたあと、部屋を出ていった。

 目を覚ましてから、1時間しか経っていない。それなのに、ここまで嫌な気分にさせられるって、レンジロード様はある意味、すごい人ね。

 レンジロード様が出て行ってから数分後、シリュウ兄さまが部屋に入ってきた。正装姿のシリュウ兄さまは、わたしの顔を見て安堵の表情を浮かべる。

「良かった。本当にびっくりしたよ」
「ご心配おかけして申し訳ございません。それよりも聞いてください、シリュウ兄さま! 本当に酷い話なんです!」
「……一体、何があったんだよ」

 幼馴染であり、ノイルン王国の中では五大公爵家の一つ、トファス公爵家の次男であるシリュウ兄さまは切れ長の目を細めた。

 長身痩躯で眉目秀麗。漆黒のサラサラの髪に赤色の瞳を持つシリュウ兄さまは、わたしの遠い親戚であり、彼が20歳になると、わたしの実家、エルローゼ伯爵家の養子になることが決まっている人だ。

 エルローゼ家にはわたししか子どもが生まれなかった。

 ノイルン王国は女性が爵位を継ぐことは認められていないため、エルローゼ家の名を残すには、養子を取るしかない。
 トファス公爵とわたしのお父様がいとこで仲が良かったために養子の話が決定し、わたしとシリュウ兄さまは、お父様の死後に兄妹になることが決定した。

 世間に発表していないのは、理由があるらしいけれど、それについてはわたしは何も知らない。

 今現在、わたしの部屋で二人きりになっていたら、誤解される可能性もあるけれど、さすがのレンジロード様も公爵家に喧嘩を売るつもりはないでしょう。

 しかも、ミスティック伯爵令嬢からのお願いらしいしね。
 
 まずは、シリュウ兄さまにそう高くない位置から落とされたことと、頭を強く打たなかったため、全身打撲で済んだことを伝えた。
 そして、大事なことをシリュウ兄さまに伝える。

「わたしはレンジロード様に階段から突き落とされたんです! それなのに、本人はわたしが足を踏み外して落ちたって言うんです!」

 興奮してまくし立てると、全身に痛みが走り、わたしは顔を歪ませた。

「ゆっくり話せばいいよ。俺の今日の予定はなくなったから、時間は十分にある」
「結婚式がなくなりましたもんね」
「結婚式はやり直せるけど、リコットに何かあったらやり直しはきかない。とりあえず、命に別状がなくて良かったよ」
「ご心配をおかけして申し訳ございません」

 しゅんと肩を落とすと、シリュウ様はこぶができている所を避けて、頭を優しく撫でてくれる。

「ブロスコフ侯爵は君が階段から落ちたと言ってたけど、実際は違うんだろ? なら、リコットが謝る必要はないじゃないか。というか、階段を踏み外してても、わざとじゃないなら謝らなくていい」
「……使用人たちはみんな、レンジロード様の話を信じているんです。こんなことになったのも、わたしが馬鹿だったからなのでしょうか」
「リコットが馬鹿になっていたのは確かだ。だけど、ちゃんと目が覚めたんだろう?」
「階段から突き落とされて、やっとわかりました」

 ため息を吐くと、シリュウ兄さまは苦笑する。

「実は今まで言えなかったんだけど、ブロフコス侯爵は同年代の貴族の男性には評判が悪いんだ。屋敷の使用人が信じてくれなくても、他の人たちが聞けば、リコットの話を信じてくれる人は多くいると思う」
「そういえば、シリュウ兄さまがレンジロード様のことを悪く言うと、わたしは怒っていましたものね。それから、シリュウ兄さまのことを避けてしまっていました。本当にごめんなさい」
「気にしなくていいよ」

 シリュウ兄さまは優しく微笑んで、すぐ近くに置かれている椅子に座った。再度、反省したあと、疑問に思ったことを聞いてみる。

「ミスティック伯爵令嬢のお願いだと聞きましたが、シリュウ兄さまはミスティック伯爵令嬢とどのようなご関係なのです?」
「ルイーダは友人だよ」
「……ルイーダ?」
「ああ。ミスティック伯爵令嬢のことだよ。ルイーダは俺の学生時代からの友達だ。元々、彼女の婚約者のジリンと仲が良かったから知り合った」
「そ、そうだったんですか!?」
「うん。その話をしようと思ったら、リコットはミスティック伯爵令嬢の話は聞きたくないと言って逃げてたよね」

 ミスティック伯爵令嬢のことを調べていた時期はあったけれど、シリュウ兄さまと話をしたことはなかったわ。

「も、申し訳ございません。で、では、シリュウ兄さま、わたしがレンジロード様かに階段から突き落とされたという話を、ミスティック伯爵令嬢に」

 話をしている最中だったけれど、ノックのあとに扉が開かれたので、驚いて止めた。

「もう、話はいいだろう。リコットの体によくないから、お引き取り願いたい」

 聞き耳を立てていたのか、それとも、時間でも計っていたのか、レンジロード様は部屋に入ってきてシリュウ兄さまを睨みつけた。

しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

私を「ウザイ」と言った婚約者。ならば、婚約破棄しましょう。

夢草 蝶
恋愛
 子爵令嬢のエレインにはライという婚約者がいる。  しかし、ライからは疎んじられ、その取り巻きの少女たちからは嫌がらせを受ける日々。  心がすり減っていくエレインは、ある日思った。  ──もう、いいのではないでしょうか。  とうとう限界を迎えたエレインは、とある決心をする。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

処理中です...