愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ

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3   もう愛なんて求めない ③

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「あなたがこんなにも最低な人だったなんて、思ってもいませんでした」

 わたしがレンジロード様のことを悪く言うなんて初めてだった。そのせいか、レンジロード様は驚いた様子で目を見開いた。でも、すぐに、いつもの無表情に戻ると口を開く。

「あんなに私のことを大好きと言っていたのに、それくらいの気持ちだったのだか? いや、強がっているだけか。それにしても、私は嘘でもそんなことをミスティック伯爵令嬢には言えない。そう思うと、私の彼女への愛の深さは誰にも到達できないものだと実感するよ」
「人を危険な目にあわせてまで、自分の望みを叶えようとするなんて、それは愛の深さではありません。ただ、自分勝手なだけです」
「……今まで、君のことなんて好きでもない。どちらかというと嫌っている私に、好きだという気持ちを押し付けてきておいて、よくもそんなことが言えるのだな」
「押し付けていたと思われていたのなら謝罪いたします。でも、ご安心ください。わたしはもう、あなたに気持ちを押し付けたりするような真似はいたしません」

 厳しい口調で言うと、レンジロード様は椅子から立ち上がって、肩を竦める。

「やっと、自分が愚かだったことに気づいてくれたか。私がミスティック伯爵令嬢を忘れて、君を愛するなんてありえない」
「……はい。あなたのような人に愛してもらおうだなんて馬鹿な考えでした」

 ため息を吐いてから尋ねる。

「離婚はしていただけるのでしょうか」
「今すぐは無理だ。5年は我慢しろ。そして、離婚理由は君の浮気だ。私は一切、悪くない」
「5年待てという理由はなんでしょうか」
「すぐに浮気されてしまう男にはなりたくないんだよ。ミスティック伯爵令嬢に魅力のない男なのだと思われたくない」
「そんな勝手なことを言われても困ります! 5年もあなたと夫婦のふりだなんて無理です! レンジロード様だって辛いでしょう!?」
「勝手なことを言っているのは君だ。あんなに私のことを好きだと言っていたのに、私に尽くすことができないなんておかしいだろう」

 レンジロード様は眉間のシワを深くした。

 どうして、あなたが不機嫌になるの? 気持ちが離れてしまうと、今までは気にならなかったことが気になってくる。

「気持ちが離れるようなことをしたのはあなたです」
「強がるのはやめろ。君が私を諦められるはずがない」
「諦めたと言っているでしょう! 喉が渇きましたので、メイドを呼んでも良いですか?」

 どうせ、話は平行線。これ以上、二人きりで話すのは嫌だし、精神的に無理だったから、レンジロード様には部屋から出て行ってほしかった。

「少しくらい我慢できないのか。……仕方がない。とにかく、君は体を休めるためにしばらくは、部屋にいるといい。世間には結婚式を中止にしてしまい、申し訳なくて引きこもっていると伝えておく」
「あなたはそんな情けない妻を持っていると思われても良いのですか?」
「そんな妻を守る夫は、世間からは優しい夫だと思われるだろう」

 レンジロード様は冷笑し、蔑むような目でわたしを見つめて言った。

「わたしは、わたしなりに戦います」
「そうだな。今まで無駄なことばかりしてきたんだ。同じように頑張れば良い」

 レンジロード様は言い終えると、サイドデーブルに置かれていたベルでメイドを呼び、水を持ってきたメイドと入れ替わりに、部屋から出ていった。

 レンジロード様が視界から消えたことにホッとしていると、メイドが話しかけてくる。

「お目覚めになって本当に良かったです。旦那様もとても心配しておられましたよ」
「心配していたですって? 聞いてほしいんだけど、レンジロード様はわたしが足を踏み外したと言っているけれど、レンジロード様が私を階段から突き落としたのよ!」

 訴えると、メイドは目を大きく見開いて私を見つめたあと、突然、笑い始めた。

「ふふふふ。旦那様の言っておられたとおりですね」
「……どういうこと?」
「旦那様がリコット様のことだから、自分のせいで足を踏み外して結婚式が中止になったことを恥ずかしく思い、そんな嘘をつくだろうと言っておられたのです」
「なんですって?」

 眠っている間に、先手を打たれていた。使用人たちも、レンジロード様がそんな嘘をつくなんて思っていないから、信用しているんだわ。

「旦那様はとてもお優しい方です。そんなことをするような人ではありませんわ」

 わたしの考えを肯定するように年配のメイドは優しい口調で言ったあと、急に真顔になって続ける。

「そんな嘘を言ったなんて、若いメイドが知ったら嫌な顔をするに決まっています。絶対に、他の人の前ではそんなことを言わないようにしてくださいませ」

 メイドの真剣な表情から、わたしのことを心配して言ってくれているのだとわかった。

 レンジロード様はいつから、このことを計画していたんだろう。わたしが真実を話しても、それを嘘だと思い込んでしまうくらい、彼は使用人たちからの信頼が厚いようだった。

 ミスティック伯爵令嬢に嫌われないためなら、何でもするということね。

 レンジロード様はどうせわたしには何も出来ないと思い込んでいる。そう思われているからこそ、このまま、彼の思い通りになんてなってやるもんですかと思う。

 今までは愛されたくて我慢してきた。 

 もう愛されることなんて望んだりしない。離婚させないというのなら、離婚したくなるようにすれば良いのよね!

 どうにかして、ミスティック伯爵令嬢と連絡を取れるようにしなくっちゃ!
 
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