愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
2 / 31

1   もう愛なんて求めない ①

しおりを挟む
 レンジロード様の気持ちを知った2年経っても、関係性が改善することはないまま、わたしとレンジロード様は結婚の話が進められた。レンジロード様はまだ、ミスティック伯爵令嬢に想いを寄せていたから、結婚前に許可を取って、わたしの両親にはレンジロード様には好きな人がいることを伝えた。

 それを聞いたお父様は困った顔で、こう言った。

「レンジロード様もお前のことが本当に嫌なら結婚なんてしないだろうし、結婚すれば彼の気持ちも変わるかもしれない。それに、こちらは伯爵家で侯爵家よりも格下だから、こちらからの婚約破棄はできないんだ。本当にすまない」

 貴族の多くは政略結婚で、愛のない結婚から始まる人も多いそうだ。だから、わたしたちもそのパターンに当てはまるかもしれないと、お父様は思ったらしい。この時のわたしはまだ、レンジロード様のことが好きだった。容姿も声も大好きだし、性格は思いやりはないけれど真面目だし、彼は嘘をつかない人だった。

 わたしのこういうところが嫌いだと、はっきりと言葉にしてくれるから、裏表のない人だと思い込んでいた。

 少しでも彼に好かれたくて、ミスティック伯爵令嬢はいつもシニヨンにしていたから、わたしもハーフアップからシニヨンにするようにした。

 髪型を真似るだけでなく、髪も黒色からワインレッド色に染めた。髪色については「気持ち悪い」と言われてしまったので、すぐに戻したが、ミスティック伯爵令嬢の見た目に寄せるように頑張り、ミスティック伯爵令嬢に合わせて、口数も少なくして大人しい女性を目指した。

 毎回、「君には似合わない」「ミスティック伯爵令嬢のほうが美しい」と言って、レンジロード様の態度が変わることもなかった。それが、誠実なのだと思うように言い聞かせていた。

 式は後日にして、先に籍だけ入れるという話になり、わたしはレンジロード様と一緒に暮らし始めた。その時には、レンジロード様のお父様は亡くなっていて、レンジロード様は侯爵になっていた。

 伯爵家よりもかなり大きな家だったので、最初は戸惑いを覚えたけれど、屋敷の人とは上手くやれそうだった。
 結婚式を10日後に控えた頃、階段や踊り場など、階段付近のカーペットがかなりぶ厚い生地のものに変わった。

 不思議に思って使用人たちに聞いてみると、レンジロード様の指示であり、詳しい理由はわからないと答えた。
 汚れたわけではなさそうなので、変えた理由が気になりはしたけれど、レンジロード様に質問をすれば、鬱陶しがられるに決まっている。くだらないことで話しかけるなと言われているので、これ以上、嫌われたくないがために何も聞かずにいた。


******


 結婚式当日、朝食をとっていると、レンジロード様から使用人には内緒で普段、あまり使われていない、屋敷の奥にある階段に来るように言われた。

 一体、何の用事なんだろう。

 期待してはいけないとわかっているのに、食事を素早く終えて胸を高鳴らせながら言われた場所に向かうと、すでにレンジロード様は1階と2階の間に続く踊り場に立っていた。

「お待たせして申し訳ございません」
「私も今来たばかりなので気にしなくて良い」

 レンジロード様は冷たい声でそう答えると、私を手招きした。ゆっくりと階段を上り、10段ほどまで来たところで、レンジロード様が私に話しかけてきた。

「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」
「……何を言っておられるのですか?」
「結婚式を挙げたくないと言っているんだ」
「そんな! もう、当日ですよ!? そんなに嫌なら最初からしないと発表しておけば良いではないですか!」
「そんなことをしたら、ミスティック伯爵令嬢に酷い男だと思われてしまう!」

 階段を上りきって踊り場に立ったところで、レンジロード様は近づいてきて続ける。

「だから、不慮の事故があって中止にせざるを得ないことにする」
「はい?」

 聞き返したと同時、わたしの体はレンジロード様に突き飛ばされ、15段ほどの階段を跳ねるように転げ落ちた。

 ゴロゴロと床に転がり、壁にぶつかったところで、わたしの体は止まった。

「……いったい……何を……」
「思ったよりも派手に転がったな」

 レンジロード様はわたしの所までやって来ると、そう呟いた。

 その呟きを聞いた時、カーペットが変更された理由がわかった。

 わたしに怪我をさせる前提でクッション性のあるものにしたのだと――

 わたしが死ねばまた、新たな相手を探さなければならないし、相手がわたしのように聞き分けが良いとは限らない。

「リコット、できれば死んでほしくないんだが……。まあ、仕方がないか」

 クッション性があっても、打ち所が悪ければ死ぬでしょう。

 馬鹿じゃないの?

「大変だ! 誰が来てくれ! リコットが

 レンジロード様がそう叫び、廊下を走っていく足音が聞こえた。

 ふざけないでよ!

 怒りと全身の痛みで意識が薄れかける中、もし、これで死ぬことになったら、レンジロード様の枕元に立つのではなく、できるかはわからないけれど、ミスティック伯爵令嬢の元へ行って、彼の本性を話してやろうと思った。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。

しげむろ ゆうき
恋愛
 キリオス伯爵家の娘であるハンナは一年前に母を病死で亡くした。そんな悲しみにくれるなか、ある日、父のエドモンドが愛人ドナと隠し子フィナを勝手に連れて来てしまったのだ。  二人はすぐに屋敷を我が物顔で歩き出す。そんな二人にハンナは日々困らされていたが、味方である使用人達のおかげで上手くやっていけていた。  しかし、ある日ハンナは学園の帰りに事故に遭い……。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...