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1 もう愛なんて求めない ①
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レンジロード様の気持ちを知った2年経っても、関係性が改善することはないまま、わたしとレンジロード様は結婚の話が進められた。レンジロード様はまだ、ミスティック伯爵令嬢に想いを寄せていたから、結婚前に許可を取って、わたしの両親にはレンジロード様には好きな人がいることを伝えた。
それを聞いたお父様は困った顔で、こう言った。
「レンジロード様もお前のことが本当に嫌なら結婚なんてしないだろうし、結婚すれば彼の気持ちも変わるかもしれない。それに、こちらは伯爵家で侯爵家よりも格下だから、こちらからの婚約破棄はできないんだ。本当にすまない」
貴族の多くは政略結婚で、愛のない結婚から始まる人も多いそうだ。だから、わたしたちもそのパターンに当てはまるかもしれないと、お父様は思ったらしい。この時のわたしはまだ、レンジロード様のことが好きだった。容姿も声も大好きだし、性格は思いやりはないけれど真面目だし、彼は嘘をつかない人だった。
わたしのこういうところが嫌いだと、はっきりと言葉にしてくれるから、裏表のない人だと思い込んでいた。
少しでも彼に好かれたくて、ミスティック伯爵令嬢はいつもシニヨンにしていたから、わたしもハーフアップからシニヨンにするようにした。
髪型を真似るだけでなく、髪も黒色からワインレッド色に染めた。髪色については「気持ち悪い」と言われてしまったので、すぐに戻したが、ミスティック伯爵令嬢の見た目に寄せるように頑張り、ミスティック伯爵令嬢に合わせて、口数も少なくして大人しい女性を目指した。
毎回、「君には似合わない」「ミスティック伯爵令嬢のほうが美しい」と言って、レンジロード様の態度が変わることもなかった。それが、誠実なのだと思うように言い聞かせていた。
式は後日にして、先に籍だけ入れるという話になり、わたしはレンジロード様と一緒に暮らし始めた。その時には、レンジロード様のお父様は亡くなっていて、レンジロード様は侯爵になっていた。
伯爵家よりもかなり大きな家だったので、最初は戸惑いを覚えたけれど、屋敷の人とは上手くやれそうだった。
結婚式を10日後に控えた頃、階段や踊り場など、階段付近のカーペットがかなりぶ厚い生地のものに変わった。
不思議に思って使用人たちに聞いてみると、レンジロード様の指示であり、詳しい理由はわからないと答えた。
汚れたわけではなさそうなので、変えた理由が気になりはしたけれど、レンジロード様に質問をすれば、鬱陶しがられるに決まっている。くだらないことで話しかけるなと言われているので、これ以上、嫌われたくないがために何も聞かずにいた。
******
結婚式当日、朝食をとっていると、レンジロード様から使用人には内緒で普段、あまり使われていない、屋敷の奥にある階段に来るように言われた。
一体、何の用事なんだろう。
期待してはいけないとわかっているのに、食事を素早く終えて胸を高鳴らせながら言われた場所に向かうと、すでにレンジロード様は1階と2階の間に続く踊り場に立っていた。
「お待たせして申し訳ございません」
「私も今来たばかりなので気にしなくて良い」
レンジロード様は冷たい声でそう答えると、私を手招きした。ゆっくりと階段を上り、10段ほどまで来たところで、レンジロード様が私に話しかけてきた。
「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」
「……何を言っておられるのですか?」
「結婚式を挙げたくないと言っているんだ」
「そんな! もう、当日ですよ!? そんなに嫌なら最初からしないと発表しておけば良いではないですか!」
「そんなことをしたら、ミスティック伯爵令嬢に酷い男だと思われてしまう!」
階段を上りきって踊り場に立ったところで、レンジロード様は近づいてきて続ける。
「だから、不慮の事故があって中止にせざるを得ないことにする」
「はい?」
聞き返したと同時、わたしの体はレンジロード様に突き飛ばされ、15段ほどの階段を跳ねるように転げ落ちた。
ゴロゴロと床に転がり、壁にぶつかったところで、わたしの体は止まった。
「……いったい……何を……」
「思ったよりも派手に転がったな」
レンジロード様はわたしの所までやって来ると、そう呟いた。
その呟きを聞いた時、カーペットが変更された理由がわかった。
わたしに怪我をさせる前提でクッション性のあるものにしたのだと――
わたしが死ねばまた、新たな相手を探さなければならないし、相手がわたしのように聞き分けが良いとは限らない。
「リコット、できれば死んでほしくないんだが……。まあ、仕方がないか」
クッション性があっても、打ち所が悪ければ死ぬでしょう。
馬鹿じゃないの?
「大変だ! 誰が来てくれ! リコットが階段を踏み外して落ちてしまった!」
レンジロード様がそう叫び、廊下を走っていく足音が聞こえた。
ふざけないでよ!
怒りと全身の痛みで意識が薄れかける中、もし、これで死ぬことになったら、レンジロード様の枕元に立つのではなく、できるかはわからないけれど、ミスティック伯爵令嬢の元へ行って、彼の本性を話してやろうと思った。
それを聞いたお父様は困った顔で、こう言った。
「レンジロード様もお前のことが本当に嫌なら結婚なんてしないだろうし、結婚すれば彼の気持ちも変わるかもしれない。それに、こちらは伯爵家で侯爵家よりも格下だから、こちらからの婚約破棄はできないんだ。本当にすまない」
貴族の多くは政略結婚で、愛のない結婚から始まる人も多いそうだ。だから、わたしたちもそのパターンに当てはまるかもしれないと、お父様は思ったらしい。この時のわたしはまだ、レンジロード様のことが好きだった。容姿も声も大好きだし、性格は思いやりはないけれど真面目だし、彼は嘘をつかない人だった。
わたしのこういうところが嫌いだと、はっきりと言葉にしてくれるから、裏表のない人だと思い込んでいた。
少しでも彼に好かれたくて、ミスティック伯爵令嬢はいつもシニヨンにしていたから、わたしもハーフアップからシニヨンにするようにした。
髪型を真似るだけでなく、髪も黒色からワインレッド色に染めた。髪色については「気持ち悪い」と言われてしまったので、すぐに戻したが、ミスティック伯爵令嬢の見た目に寄せるように頑張り、ミスティック伯爵令嬢に合わせて、口数も少なくして大人しい女性を目指した。
毎回、「君には似合わない」「ミスティック伯爵令嬢のほうが美しい」と言って、レンジロード様の態度が変わることもなかった。それが、誠実なのだと思うように言い聞かせていた。
式は後日にして、先に籍だけ入れるという話になり、わたしはレンジロード様と一緒に暮らし始めた。その時には、レンジロード様のお父様は亡くなっていて、レンジロード様は侯爵になっていた。
伯爵家よりもかなり大きな家だったので、最初は戸惑いを覚えたけれど、屋敷の人とは上手くやれそうだった。
結婚式を10日後に控えた頃、階段や踊り場など、階段付近のカーペットがかなりぶ厚い生地のものに変わった。
不思議に思って使用人たちに聞いてみると、レンジロード様の指示であり、詳しい理由はわからないと答えた。
汚れたわけではなさそうなので、変えた理由が気になりはしたけれど、レンジロード様に質問をすれば、鬱陶しがられるに決まっている。くだらないことで話しかけるなと言われているので、これ以上、嫌われたくないがために何も聞かずにいた。
******
結婚式当日、朝食をとっていると、レンジロード様から使用人には内緒で普段、あまり使われていない、屋敷の奥にある階段に来るように言われた。
一体、何の用事なんだろう。
期待してはいけないとわかっているのに、食事を素早く終えて胸を高鳴らせながら言われた場所に向かうと、すでにレンジロード様は1階と2階の間に続く踊り場に立っていた。
「お待たせして申し訳ございません」
「私も今来たばかりなので気にしなくて良い」
レンジロード様は冷たい声でそう答えると、私を手招きした。ゆっくりと階段を上り、10段ほどまで来たところで、レンジロード様が私に話しかけてきた。
「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」
「……何を言っておられるのですか?」
「結婚式を挙げたくないと言っているんだ」
「そんな! もう、当日ですよ!? そんなに嫌なら最初からしないと発表しておけば良いではないですか!」
「そんなことをしたら、ミスティック伯爵令嬢に酷い男だと思われてしまう!」
階段を上りきって踊り場に立ったところで、レンジロード様は近づいてきて続ける。
「だから、不慮の事故があって中止にせざるを得ないことにする」
「はい?」
聞き返したと同時、わたしの体はレンジロード様に突き飛ばされ、15段ほどの階段を跳ねるように転げ落ちた。
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「……いったい……何を……」
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