上 下
17 / 21

17  辺境伯令嬢の拾得物 ②

しおりを挟む
 次の日から、シエッタ殿下は学園に来なくなった。大人しく国に帰ってくれるのかと思いきや、学園生活を延期にしただけで、落ち着いたら改めて学園に通うとのことだった。

「延期の理由は体調不良か何かですか?」

 談話室でその話を教えてくれたお父様に尋ねると、苦笑して答える。

「表向きは体調不良だが、実際はそうではないと思う。腹痛は宿屋に戻ったら治ったらしいし、医者もどこも悪くないと言っている。それなのに、学園に来れないのはおかしいし、国に戻ろうとしないことも変だ」
「リディアスを婚約者にしようとしているから、国に戻らないというわけではないわよね?」

 お母様が不安そうな顔をして言うと、お父様は否定する。

「それはない。今のところ、うちにも王家にもそんな連絡は来てないからな」
「早く諦めてくれねぇかな。絶対にシエッタ殿下を好きになることなんてないし、俺にこだわるのは時間の無駄だと思う」

 お兄様が不機嫌そうな顔をして言うと、お母様がため息を吐く。

「あなたに婚約者ができない限り、ああいうタイプは諦めないと思うわ」
「婚約者を作ればいいんですか」
「そうね。そうすれば、婚約の申し込みはなくなるでしょう。あなたもそうだけど、ミリルも婚約者がいないから、変な人に婚約の申し込みをされない内に、相手を探さないといけないわね」
「が、頑張って婚約者になってくれそうな人を探すことにします!」

 両手にこぶしを作って言うと、お母様は苦笑する。

「違うのよ、ミリル。……まあ、いいわ。今度、女性だけでゆっくり話をしましょう」
「……はい」

 何かおかしなことを言ってしまったのかしら。

 お父様とお母様は苦笑しているし、お兄様は恨めしそうな顔で私を見ている。

 まさか、私とお兄様を婚約者にする、なんて考えていないわよね?
 嫌じゃないんだけど、嫌なの。 
 この複雑な気持ちを、ちゃんとお兄様たちと話をしなくちゃいけないわ。

 こほんと咳ばらいをして、お父様が口を開く。

「話題を変えるが、ビサイズ公爵家からミリルに慰謝料が支払われた。成人するまでは、そのお金は私が預かっておくことにしておいていいか?」
「もちろんです」
「ノンクード様の件は抗議しておいたから、大人しくなるはずだ。迷惑をかけたとして、追加でビサイズ公爵はお金を払ってくれることになった」
「ありがとうございます」

 慰謝料も含めてもらったお金は、今までお世話になった分のお金として、お父様たちに渡したいです。

 と言っても、きっと受け取ってくれないだろうし、本当の家族なら親に育ててもらったお金を返すなんてことは、他人からもらったお金ではしないわよね。それに、返すにしても一度に返すものでもない気もする。

 いつか、薬師になってお金を稼げるようになったら、良くしてくれた使用人たちにも何かプレゼントしたいな。

「リディアス、いいか。私たちは手伝わないぞ。自分で話をしなさい」
「わかっています」
「頑張ってね、応援しているわ」

 私が呑気に妄想している間に、お父様たちはそんな会話を交わしていた。


*******


 十日経っても、学園にも警察にも石を落としたという届け出がなかった。そのため、警察から連絡が来て、拾った石は私のものだと認められた。

「シイちゃんを磨いてもらおうと思うんだけど、どこに持っていこうか迷っているの」
「シイちゃん?」

 ノンクード様との婚約破棄後は、お兄様が帰りも一緒に帰ってくれるようになっていた。教室まで迎えに来てくれたお兄様と一緒に馬車の乗降場に向かって歩きながら、ハンカチにくるんでいた石を見せて答える。

「何か愛着が湧いちゃって。石だからシイちゃんって名前をつけたの」
「ミリル、その話は仲の良い友人以外には言うなよ」
「なんだかわからないけど、今はキララにも話すつもりはないの。石に名前をつけるなんてって馬鹿にされることも嫌だからというのもあるけど、あまり、多くの人に知られないほうがいいような気がするの。どうしてかな」
「もしかしたら、普通の石とは違うのかもしれないな」

 お兄様がそう言うと、光沢のない石のはずなのに、きらりと光った気がした。

「何か光らなかったか?」
「私もそう思った!」
「普通の石じゃないのかもな。誰かに見られないほうがいい」

 お兄様もシイちゃんが普通の石ではないと感じたのか、私を急かすと周りを見回した。そして、なぜか足を止めた。

「どうかしたの?」

 シイちゃんを制服のポケットに入れてから尋ねたあと、お兄様の視線の先を追ってみる。

 乗降場の建屋の入り口の柱に背を預けた、ピンク色の髪に青色の瞳を持つ少年が立っているのがわかった。彼を目にした瞬間、背筋に悪寒が走り、無意識にシイちゃんが入っているポケットに手を当てた。

「はじめまして、リディアスさんとミリルさんですね。姉がお世話になっています」
「「ロブ殿下にお会いできて光栄です」」

 近づいてきたロブ殿下に、私とお兄様は声を揃えて言ったあと、頭を下げた。

「ぼくのことを知っていてくれて光栄ですよ。一応、自己紹介しますね。ぼくはロブ・レドリーです。今日はミリルさん。あなたに話があって来たんです」
「話……ですか」

 私はロブ殿下と話したいことなんてない。だけど、それを口に出すわけにのいかない。一体、何を言うつもりなのかしら。

「ミリルさんには、婚約者がいないんですよね? 僕と婚約してくれませんか?」

 は?
 何を言っているの。
 
 にたりと笑ったロブ殿下に、私よりも早くお兄様が反応する。

「申し訳ございませんが、ロブ殿下。そのようなお話は子供同士でするものではございません。正式にあなたのお父上から、私の父に連絡いただけますでしょうか」
「そ、そんなことはわかっていますよ! た、ただ、ミリルさんがどんな人か見てみたくて」
「どんな人かもわからないのに、婚約を申し込もうとしていたんですね。父に伝えておきます。行くぞ、ミリル」
「はい!」

 すれ違いざま、私とお兄様を睨んできたロブ殿下を睨み返したい気持ちになった。でも、わたしは辺境伯令嬢だ。そんなことをしたら不敬に当たる。

 小さく一礼して、お兄様の背中を追った。

 一体、ロブ殿下は何を目的に私を婚約者にしようと考えたのかしら。

 お兄様から私を引き離すため?

 とにかく、お父様に相談しなくちゃ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

処理中です...