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5  嘘でしょ?

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「そういえば、王太子殿下は、国王陛下の横に座ってニヤニヤしていただけで、口を挟んでこなかったな」

 部屋の用意が出来たと言われたので、メイドさんに案内してもらう事にすると、リュークが一緒に付いてきて話しかけてきた。

「そうね。いつもなら、私に対して嫌味を言いそうなものなんだけど、大人しかったわね。まあ、伝言をもらったから、結局は同じ様なものかもしれないけど。」

 王太子殿下は、私の事を役立たずや無能というだけではなく、背が高い女は気に入らん、など、手紙以外にも、時折出くわす事があれば、私にどうして欲しいのかわからない発言をまじえながら罵声を浴びせてきては、私の謝罪を聞いて満足するという人だった。

 去り際に側近の人から伝言はされたけど、いつもなら、ネチネチと国王陛下と一緒になって、私を責め立ててきそうなものなのに…。

「でも、ただでさえ、不快な場面だったから、黙っていてくれたおかげで余計に嫌な気分にならなくて良かったわ。ニヤニヤしてて気持ち悪かったけど」
「王太子殿下は、ミーファにはやけに風当たりが強いみたいだな」
「王太子殿下、素敵! なんて、一回も言った事がないからじゃないかしら」
「そんな事を言わないと優しくしてもらえないなんておかしいだろ」
「だけど、相手は王太子殿下なのよ。あの人、陛下と性格が似ているところあるし、下手に文句を言ったら、何をいわれるかわからないから面倒よ」

 小さく息を吐くと、リュークは申し訳なさそうな顔で言う。

「今まで、力になれなくてごめん。さすがに従兄弟といっても立場が違いすぎて、あまり干渉できなかったんだ。だけど、これからは近くにいれるし、ミーファを守るから」
「何言ってるのよ。 リュークにはいつも助けてもらってるじゃない! 今までもそうだし、今日だって助けてくれたじゃない!」

 不思議だけど、助けてほしい時に一番に浮かぶのは彼の顔だし、今日も発言しにくい雰囲気の中、私を引き取ると言ってくれた。

 国王陛下が何を言い出すかわからないから、他の人達は怖くて何も言い出せなかった。
 もちろん、リュークは親戚という強みもあるのかもしれないけれど、彼だって何を言われるか恐怖があったはずなのに。

 リュークの行動は本当に勇気のいる事だったと思う。

「ありがとう、リューク。一緒にいれる様になれて、本当に嬉しい」
「ほ、本当に!? その、俺も、嬉しい!」

 パアッと明るい笑みを浮かべて言うリュークに、私が笑顔を返すと、メイドさんが話しかけてくる。

「お邪魔をしてしまい申し訳ございません。こちらが、ミーファ様のお部屋になります」
「ありがとうございます!」
 
 部屋の前で立ち止まってくれたメイドさんにお礼を言うと、彼女は笑顔で部屋の扉を開けてくれた。

 部屋の中には、私が持ってきていた荷物が運び込まれていて、元々は客室だったからか、ベッドや書き物机、安楽椅子など、家具としては少なめだけれど、私にとっては十分な部屋だった。

「女性に必要なものだと他に何がいるだろうか」

 リュークがメイドさんに聞くので、慌てて止める。

「これで十分よ!」
「ミーファ様! そんな事はございません! 何より化粧台がありません。こちらに関しましては、当主様から新しい物を準備するようにと言われておりますので、届くまで、少々お待ちいただけますでしょうか」

 メイドさんは興奮気味に言った後、慌てて頭を下げてくる。

「生意気な口をきいてしまい、申し訳ございません!」
「いいのよ、気にしないで! これからお世話になるんだから、そんなに気を遣わないで?」
「で、ですが!」
「ミーファは彼女にとっては、元聖女ではなく、今でも聖女なんだよ」
「どういう事?」

 リュークに聞き返すと、彼が笑いながら、メイドさんの方を見て言う。

「彼女に聞いたらいい。俺はここで一度失礼するよ。女性同士だけの方が話しやすいだろうから」

 リュークと別れ、メイドさんと一緒に部屋に入ってから、彼女には申し訳ないけど、私は安楽椅子に座り、彼女には立ってもらったまま、話を聞いた。

「ミーファ様は覚えていらっしゃらないと思いますが、私の父が、ミーファ様に怪我を治してもらった事があるんです」
「そうだったの? でも、それは聖女として当たり前の事だし…」

 昼間は結界を張り、夜は泊まっている宿まで来てくれた人のみになるけど、事故などで大きな怪我をしてしまい、後遺症が残ってしまった人などに、無償で回復魔法をかけていた。

 引き継ぎの際に、聖女の先輩には、そうする様に教えてもらったから、それが普通だと思っていたので、有難がられてしまうと困ってしまう。
 
「ここ最近の他の聖女様は、お金を払わないと治してくれなかったんです」
「はあ!?」

 どこのどいつよ。
 色ボケだけじゃなく、守銭奴にまでなってんの!?

 も、もしかして、今の現役の聖女達は、皆、お金を取ってたの?
 思い返してみると、見回りにいっていた土地で、回復魔法をかける際にお金を渡してこようとしてきた人がいたから、おかしいなとは思っていた。

 その時はおかしいと思いつつも、治してくれたお礼としての善意かと思ってたけど、他の人達がお金をとってたからなのね!?
 どうせ、王太子殿下をオトす為のアクセサリーやドレス代に消えたに違いない。
 経済をまわしている事は確かだけど、お金のない人には回復魔法をかけてあげないなんて、歴代の聖女ではありえない。
 
 恋をするのはかまわないけど、聖女の評判を落とす様な事ばかりするのはやめてほしい。

 声を上げたくなったけど、彼女には関係ないので、まずは謝罪する。

「ごめんなさい。本当は無償なはずなんだけど、間違ってお金をとってしまっていたみたい」
「気になさらないで下さい! 私の父は一度、違う聖女様にそう言われて、お金が払えなくて断念したんです。でも、ミーファ様が来て下さり、駄目元でお願いしてみたら、快く回復魔法をかけていただけたみたいで、父は本当に感謝しています! もちろん、父だけでなく、家族全員です!」

 たくさんの人に回復魔法をかけてるから、どの人かなんて、さっぱりわからないけど、喜んでもらえたなら本当に良かった。

「役に立てたのなら、本当に良かった。そう言ってくれて、私も嬉しい」
「申し遅れました、私、カーラと申します! ミーファ様付きのメイドになりますので、なんなりとお申し付け下さい!」

 赤色の髪をシニヨンにし、髪と同じ色の瞳を持つの幼い顔立ちで小柄なカーラは満面の笑みを浮かべて、私に向かって言った。

 その笑みを受けて、私も笑みを返す。

「こちらこそ、よろしくね」

 あまり、スコッチ家に長くお邪魔するのは良くないと思いつつも、自分一人で暮らしていくには、まだまだ時間がかかるだろうし、申し訳ないけど、彼女とは長い付き合いになりそう。

 そして、彼女も含め、この屋敷の人と仲良くやれますように。
 ここの使用人達が王城にいる聖女達のように、仕事をサボりまくる人達じゃありませんように…!

「ミーファさん!」

 カーラと話をしていると、リュークの妹のアンナが腰まである長いストレートの黒髪を揺らして、開けっ放しにされていた扉の向こうからひょっこりと顔を出した。

「どうしたの、アンナ」
「今まではゆっくりお話出来なかったじゃない? 聖女様じゃなくなったんだったら、少しは時間はあるわよね?」
「え…、ええ」

 もしかして、新人いじめみたいな事をされるのかと気構えていると、アンナは笑顔で言う。

「明日、お洋服を買いに行くのを付き合ってくれない? ミーファさんと一緒にお出かけしたかったのよ!」

 予想外の発言に呆気にとられている私の事など気にせずに、アンナがなぜか手招きしてくるので、近寄っていくと、私よりも背の低い彼女は少しだけ背伸びをして、私の耳元で言う。

「少し、相談したい事があるの」
「え? どんな?」
「明日、詳しく話そうと思うんだけど」

 カーラに聞こえないようにするためか、アンナは私を部屋から廊下に引っ張り出すと、小さな声で言う。

「実は私、外見がおば様に生き写しだと言われているの」
「おば様?」
「ええ。亡くなった王妃様にそっくりだって言われてるの。お祖母様とおば様は見た目がそっくりだったらしいから、そのせいかも」
「そ、そうなの!?」

 城にあった王妃様の肖像画を思い出す。
 そう言われてみれば、似ていると言われれば似ているかもしれない。
 肖像画の王妃様は今のアンナより五歳上の二十歳の時のものだし、アンナが大人になれば、もっと似てくるかもしれない。

「そのせいで、面倒な事になっていて」
「面倒な事?」
「ええ…」

 アンナは前後左右を見回したあと、明日に話せばいいのに、彼女自身は少しでも早く言ってしまいたかったのか、小さな声で言った。

「ここ最近、おじ様から、二人きりで会いたいって言われてるの。元々、おじ様は私をその、気に入っているというか…」

 おじ様…。
 おば様は王妃様…。

 という事は、おじ様って?

 国王陛下!?

「まさか、嘘でしょ?」
「そう言いたくなる気持ちはわかるけど嘘じゃないわ。家族には言わないでくれって言われてるの。ミーファさんはまだ家族じゃないから、言ってもいいわよね?」

 ミーファが困ったような顔で私を見上げた。

「嘘でしょだなんて言ってごめんなさい。あまりの事で驚いてしまって…。本当に嘘だと思ったわけじゃないの」
「気にしていないから、謝らないで! ちゃんと今は信じてくれているしいいのよ。陛下から、何度もお誘いを受けている内に、段々、怖くなってきて…。相手は国王陛下だから、友人にも相談できなくて、ミーファさんなら、国王陛下の実態を知っておられるでしょう?」
「そうね、よく知ってるわ」

 アンナは誰かに相談したいけど、家族には言うなと言われているし、いくら親戚とはいえ、国王陛下から二人きりで会いたいと言われてるなんて、友人には相談できないわよね。

 かといって、すごく面倒くさそうな相談を受けてしまう事になってしまった!

 そりゃあ、スコッチ家の役には立ちたいけれど、こんな相談を受けるのは、元聖女には辛いんだけど…。

 でも、アンナの悲しそうな表情を見たら、そんな気持ちなど一気に吹き飛んだ。
 
 そうよね。
 解決策が見つからなくとも、誰かに話を聞いてもらうだけでも楽になったりするもの。

 私がアンナを支えてあげなくちゃ。
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