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1巻

1-2

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「何を言っているの?」
「……ロザンヌ、中に入ろう。嫌な話は聞きたくない」

 そう言うと、シーロンはロザンヌの手を引いて会場に向かって歩いていく。

「待ってシーロン!」

 呼び止めてもシーロンは振り向きもしない。振り向いたのはロザンヌで、私と目が合うと、にたりと笑った。

「ほら、ちょっと俺たちに付き合ってくださいよ。周りの人に怪しまれるじゃないっすか」

 一瞬にして男たちに囲まれて、周りから私の姿は隠されてしまう。近くに先生の姿はあるのに、ロザンヌの味方なのか、私を助ける素振りは一切見せなかった。
 男たちに押されるようにして、ひと気のない中庭に連れて行かれた。日は完全に落ちてしまい、外灯の明かりが届かない場所は真っ暗闇に近い。
 助けを求めて叫ぼうとしたけれど、恐怖で声が出ない。涙が溢れそうになるのを必死にこらえた。

「ドレスを直せないくらいボロボロにしろって言われたけど、どうしたらいいんだ?」

 外灯の下にある中庭のベンチに無理やり座らされて、ドレスに手をかけられそうになった時だった。

「おい、そこで何をしている」
「た、助けてっ!」

 聞き覚えのある声が聞こえ、大きな声は出せなかったけれどやっとのことで声を出すと、取り囲んでいた男に口を押さえられる。

「――っ!」

 ここで助けを求めなければ、私はもう駄目だと思った。声は出せなくても必死に手足を動かして暴れると、私の口を押さえていた男が、手を放して私の頬を叩いた。

「ふざけやがって! 大人しくしてろ!」

 男がそう叫んだ時だった。

「それはお前だ」

 その言葉とともに、男の体が後ろに引っ張られて地面に叩きつけられた。

「……あなたは」

 痛む頬を押さえながら男を地面に叩きつけた人物を確認して、安堵の息を吐く。
 私の目の前に現れたのは、タキシード姿のギルバート・レンウィル公爵だった。

「大丈夫か?」

 レンウィル公爵に尋ねられ、無言で何度も頷くと、彼は少しだけ表情を緩めた。でも、すぐに地面に倒れている男や、突然の出来事に驚いて動けなくなっている男たちの顔を見回して、私に尋ねる。

「念のため聞いておくが知り合いか?」
「いいえ、違います」

 はっきりと否定すると、レンウィル公爵は小さく息を吐いてから、男たちに問いかける。

「自首するか、痛い目に遭ってから警察に連れて行かれるか、どちらを選ぶ? 賢い人間なら自首だろうが。いや、賢ければ、最初からこんなことはしないか」
「何を言ってんだ、こいつ」

 動きを止めていた男たちは、この場に現れたのがレンウィル公爵一人だとわかり、数で勝ると思ったようだった。一人が舌打ちをしてレンウィル公爵に殴りかかろうとすると、レンウィル公爵は自分に向かって伸ばされた男の手首を掴んで言う。

「誰が俺に触れていいと言った?」
「何だよ、偉そうに。貴族ってのはそんなに偉いのかよ!」

 別の男がそう言って、背後から襲いかかろうとしたけれど、レンウィル公爵はその男のお腹に空いているほうの腕の肘を一発入れた。そして、手首を掴んでいた男を手前に引っ張り、足を払って地面にうつ伏せにさせると、ノーガードの背中を踏みつけた。

「どうしてこんな奴らが学園の敷地内にいるんだ……」

 レンウィル公爵は男の背中に足を乗せたままため息を吐き、向かってきた他の男たちをあっという間に一人で片付けてしまった。
 そうしているうちに巡回していた警備員が騒ぎに気付き、慌てて私たちの所へ来てくれた。
 レンウィル公爵は、駆け付けた警備員に指示をする。

「彼らを警察に連れて行ってください。罪状は伯爵令嬢と公爵への暴行でお願いします」
「こ、こ、公爵だって!?」

 警備員に取り押さえられた男たちが口々に叫ぶ。

「公爵閣下だなんて知らなかったんです! 俺たちは、知らない男から『伯爵令嬢を好きにして良い』と言われたからここに来ただけで! 助けてください!」
「うるさい。自首するか警察に連れて行かれるか、どちらが良いか事前に聞いたはずだ。どちらにしても罪を軽くしてやるつもりはないがな」

 レンウィル公爵は許しを請う男たちに冷たく告げたあと、私のもとにやって来て、優しい口調で話しかける。

「君の友人を呼んで来よう。友人の名前を教えてくれるか」

 友人の名を口にしようとした瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。

「……申し訳ございません」
「困ったな。泣かないでくれ。いや、怖かったのだろうから仕方がないか。ああ、えっと、そうだな。とりあえず」

 レンウィル公爵はあたふたしながら胸ポケットからハンカチを取り出すと、私に差し出した。

「……ありがとうございます」

 目元をハンカチで押さえ、少し落ち着いたところで改めてお礼を口にする。

「助けていただき、本当にありがとうございました」
「君が襲われそうになっていた場所が、俺の休憩場所で良かった。そうでなければ君を助けられなかった」

 そう言われてみれば、私が座っているのは、レンウィル公爵のお気に入りのベンチだった。

「申し訳ございません。勝手に座ってしまって」
「謝らなくていい。というか、別にこれは俺が所有しているベンチじゃない」

 警備員が男たちを連れて行くと、レンウィル公爵が再び口を開く。

「誰かを呼びに行こうと思ったが、今、君をここで一人にするのも心配だから、君が落ち着くまで隣に座っていてもいいか?」
「もちろんです」

 頷くと、レンウィル公爵は私の隣に静かに腰を下ろした。

「落ち着いたらパーティー会場に戻ろう。君がパーティー会場に入るのを見届けたら、俺は帰る」
「パーティーには出席されないんですか?」
「出欠確認は済ませてきた」

 レンウィル公爵はそう答えたあと、眉根を寄せて言う。

「それにしても、シーロンは何をしているんだ。婚約者をほったらかしにするなんて信じられないな」

 シーロンの名前を聞くと、また目から涙が溢れ出した。

「す、すまない。いや、その、シーロンはどうしたんだ? きっと心配しているはずだ」
「……それはありえません」
「どうしてそんなことを言うんだ」

 不思議そうにするレンウィル公爵に、先程の出来事を話すと、彼は腕を組んで目を細める。

「信じられないな。そんなことをするなんて彼らしくない。何か理由があるのかもしれないが、目の前で君が助けを求めているのに無視したことは、どんな事情があっても許せるものではない」

 レンウィル公爵はそこまで言ったあと、慌てて、言葉を付け加える。

「シーロンを擁護しているわけじゃない。ただ、そこまで酷い奴だと思っていなかったんだ」
「私もそう思っています。ロザンヌに騙されたか、何か弱みでも握られたのかもしれません」
「弱みを握られた可能性のほうが高いな。ただ、本当に君が襲われるとわかっていて知らないふりをしたんだろうか」

 答えが見つからず何も言えずにいると、それから、しばらくの間は沈黙が続いた。
 気持ちが落ち着いてきたところで、ふと疑問が浮かんでくる。
 どうしてシーロンはお母様の形見のドレスを指定したのかしら。それに、ロザンヌがどうやってあの男たちを学園内に入れることができたのかもわからない。
 誰かのパートナーとして入ることは可能だけど、男たちは五人以上はいたから、あれだけの人数を学園の敷地内に入れるのは正攻法だと難しいはずだ。

「色々と確認してみようと思います」

 口を開くと、レンウィル公爵は立ち上がり、私を見下ろして尋ねてくる。

「少しは落ち着いたか?」
「はい」
「じゃあ、戻ろうか。それと、シーロンには俺から確認してもいいか?」
「お願いします。私は妹と先に話をしようと思います」

 ロザンヌが関わっていることは確かだろうけれど、あの子が自分がやったとすんなり認めるとは思っていない。でも、彼女の目的が何なのか知りたいし、このまま何も言わないわけにはいかない。
 そして、シーロンが私ではなくロザンヌを選ぶのかどうかも、はっきりさせなければならなかった。


   ******


 お母様の形見のドレスは、プリンセスラインで胸や肩が大きく開いているデザインだ。夜風に当たっていたせいで少し肌寒くなってきたけど、羽織るものは馬車に置いてきてしまった。会場に戻る前に取りに行こうかと考えていると、レンウィル公爵が自分の着ていた上着を脱いで私にかけてくれた。

「俺の着ていたものですまない。シーロンと合流したら彼から借りればいい」
「……あの、大丈夫です。お返しします」
「いいから。気が付くのが遅くなって悪かった。あっちに先生がいるから、先程の件を俺から話してくる」

 パーティー会場の出入り口に私のクラスの担任の姿を見つけたレンウィル公爵は、そう言って私の返事は待たずに歩いて行った。残された私は、入り口のすぐ近くでホール内を見渡して友人の姿を捜す。
 すると、先生が大きな声で友人の名前を呼ぶ声が聞こえた。捜すより本人に来てもらったほうが早いと判断したようだった。
 でも、友人がやって来る前に、ロザンヌが私を見つけて近付いてきた。

「ねえ、どうだった? 思ったよりも早かったわね。あ、その上着はどうしたの? 男性のものよね? ドレス、破れちゃった? 可哀想! 死んだお母さんの形見だったのにね! そんな大事なドレスを着てくるから悪いのよ!」

 ロザンヌは早口で言いたいことだけ言うと、きゃっきゃっと笑う。
 どうやらロザンヌは、ドレスのことを気にしている様子だ。まさか、ロザンヌの目的は男たちに私を襲わせることではなく、お母様の形見を破らせたかっただけなの?

「ロザンヌ、一体何が目的なの?」
「言わなくてもわかるでしょ」

 ロザンヌは周りを見回してから、わざとらしく心配そうな顔を作って話を続ける。

「大丈夫? ショックよね? どこかのお店に持っていったら、綺麗に直してくれるんじゃないかしら。とにかくその汚い上着を脱いだほうがいいわよ」

 ロザンヌは、私が羽織っている上着はあの男たちからもらったのだと思い込んでいるようだった。
 あなたが好きだと言っている人の上着なんだけど、汚い上着なんて言って大丈夫なの?
 そう言ってやりたい気持ちを我慢して尋ねる。

「ロザンヌ、これはあなた一人で考えた計画じゃないわよね? あなたは賢くないからこんな大掛かりなことを一人ではできないでしょう」
「失礼なこと言わないで! それにそんな怖い顔しないでよ。勝手にわたしの仕業だと思い込んだり、人を馬鹿にしたりするなんて、アリカは本当に酷い人ね!」

 ロザンヌは近くに男子生徒がいることに気が付き、私を責めてから泣き真似を始めた。
 その時、先生が呼んでくれた友人のルミーがやって来た。ルミーはロザンヌがいることに気付くと眉根を寄せた。

「ロザンヌ。あなた、シーロンと一緒にいたんじゃないの? こんな所にいないで彼のもとへ戻ったらどうなの」
「シーロンなら別の場所にいるわ。もうすぐこっちに来るんじゃないかしら。アリカの所へ行くことは伝えておいたから」

 ロザンヌは悲しんでいるふりをしながら、ルミーに言う。

「そんなことより大変よ。アリカが男性に襲われて、大事なドレスを破られてしまったみたい」
「ちょっと、どういうこと? シーロンがロザンヌと一緒に入ってきたから、変だと思って彼にアリカのことを聞いても知らないって言うし。それに襲われただなんて大丈夫なの?」

 ルミーはロザンヌを押しのけて、私の背中を優しく撫でながら尋ねた。

「心配してくれてありがとう。襲われそうにはなったけれど、助けてもらったから大丈夫よ」

 私がそう言うと、嘘泣きをしているロザンヌが口を開いた。

「可哀想なアリカ。そうやって嘘をつくしかないわよね。でも、嘘を重ねても自分が辛くなるだけよ。今のうちに素直に言っておいたほうが良いと思うわ。以前、恋人だった男性たちに襲われたんでしょう」

 ロザンヌは本気で私が襲われたと思っているようだ。

「恋人だった男性たちですって? アリカに限ってそんなことがあるわけないでしょう。第一、私たちは貴族なのよ。プライベートな空間以外は一人になることがないのに、どうやって、他の人に知られずに恋人を作るって言うのよ」

 私と同じ伯爵令嬢であるルミーはロザンヌにそう言ったあと、彼女の背後に現れたシーロンに話しかける。

「シーロン。あなたまさか、こんな嘘を真に受けたんじゃないでしょうね」
「僕が何を信じようが、君にあれこれ言われる筋合いはない」
「本気で言っているの?」

 ルミーがシーロンに食ってかかった時だった。ロザンヌがシーロンの腕に自分の腕を絡めて、私を見つめる。

「そんなことはどうでもいいわ。わたしはアリカのほうが心配だわ。乱暴なことをされたみたいだもの。ねえ、シーロン。可哀想だから、アリカが着ている上着をシーロンのものに変えてあげたら? だって、ほら、ねえ? その上着は平民のものでしょう? 汚いに決まっているもの」

 ロザンヌはシーロンの腕に頬を寄せて、また泣き真似を始めようとした。でも、何がそんなに楽しいのか、笑みをこらえることができていない。
 よくもまあ、涙を出したり引っ込めたりできるものだわ。
 笑いたいのはこっちのほうよ。上着の持ち主が誰なのか伝えようとしたところで、ちょうど本人がやって来た。

「先程から汚い汚いとうるさいな」
「ギルバート様! あの、聞いてください! アリカが男性に襲われてしまったんです! その上着はアリカを襲った男性のものなんですって! 汚いから触らないほうがいいですよ」

 レンウィル公爵は汚物を見るような目でロザンヌを見たあと、険しい表情で私に尋ねてくる。

「俺は知らない間に君を襲っていたのか」
「とんでもないです。助けてくださったんです。この上着をあの男性たちのものだと、ロザンヌが勝手に思い込んでいるだけです」

 答えると、レンウィル公爵はロザンヌを見て言う。

「汚い上着で悪かったな」
「……え?」
「これは俺の上着だ」
「ど、どういうこと!? どうして、ギルバート様の上着をアリカが持っているんですか? 嘘でしょう!? 羨ましすぎるわ!」

 ロザンヌは一人で勝手に話し続ける。

「そうだわ。ギルバート様はアリカをかばっているんじゃないの。きっと、そうなのね!」
「俺が嘘をつく必要はないだろう。これは俺の上着で間違いない。そんなに汚いと思うなら、視界に入らないように移動すればいい」

 レンウィル公爵はロザンヌに冷たく言い放つと、ルミーに顔を向ける。

「詳しいことは話せないが色々とあったんだ。彼女を一人にするのは心配だ。悪いが一緒にいてあげてくれないか」
「も、もちろんです!」

 ルミーは何度も頷いた。
 ルミーはどうしてレンウィル公爵が関係しているのかわからず、かなり困惑しているみたいだけど、珍しく男性に言い負かされているロザンヌを目の当たりにしたからか、彼女の表情はどこか楽しそうにも見える。

「どういうことだよ、ギル!」

 シーロンが悔しがっているロザンヌの腕を振り払い、レンウィル公爵に近付いて叫んだ。

「どういうことだ、だと? それはこっちのセリフだ。お前は婚約者をほったらかしにして他の女性をエスコートしているのか? 何を考えているのかわからないな」
「こ、これには事情があって!」

 レンウィル公爵はシーロンの胸ぐらを掴むと顔を近付け、周りには聞こえないように小声でこう言った。

「事情? 危険な目に遭っている婚約者を助けるよりも、優先しなければならない事情がどんなものか聞かせてくれ」
「そ、それはギルには関係ないだろう」
「そうか。なら、俺に説明しなくてもいい。だけど、彼女には納得してもらえるまでその事情とやらを説明して、許しを請え」
「……わかったよ」

 シーロンはレンウィル公爵の手を振り払うと、私に体を向けた。

「少し、話がしたいんだけど」
「私が話をしたい時には聞いてくれなかったくせに、自分の言うことは聞けって言うのね」
「だから、ちゃんと説明したいんだ」
「わかったわ。じゃあ今すぐ説明して」
「ここでは無理だ。二人きりで話がしたい」
「二人きりなんて嫌よ!」

 拒否すると、シーロンは傷付いた顔をして私を見つめる。

「どうしてそんなことを言うんだよ」
「どうしたもこうしたもないわ!」
「詳しい話はわからないけど、ロザンヌをエスコートしている時点で、あんたは婚約者として失格よ」

 ルミーが興奮する私の背中を撫でながらシーロンに言い返し、私に促す。

「アリカ、出欠確認が終わったのなら、もう帰りましょう」
「待ってくれ! ちゃんと話がしたいんだ! 二人きりが駄目なら……そうだ。ギル、君も一緒に聞いてくれないか」
「どうして俺が? お互いの両親を交えて話をすればいいだろう」
「それだと時間がかかるじゃないか。今すぐに話をしたい。でも、先生には聞かれたくないんだ」

 レンウィル公爵は大きく息を吐き、こめかみを押さえて頷いた。

「後は勝手にやってくれ、とは言い難い状況だな。わかった。俺も話を聞こう」
「……アリカ、私はここで待っているわね」

 ルミーはそう言って微笑んだ。

「ごめんね。せっかく抜け出してきてもらったのに」
「そんなことは気にする必要はないわ。友達のほうが大事よ」

 ルミーはレンウィル公爵に頭を下げる。

「アリカのことをよろしくお願いいたします」
「承知した」

 レンウィル公爵が頷くと、ルミーは安堵の表情を浮かべた。ルミーはその後、私には笑みを向け、シーロンとロザンヌをにらみつけてから、パートナーの所に戻っていった。
 ルミーにもそうだけれど、彼女のパートナーにも悪いことをしてしまったわ。あとでお詫びをしなくちゃ。

「ここではさすがに話せないから場所を変えたい。中庭でどうだ?」

 シーロンが私に提案してきたけれど、中庭に行くのは今はまだ怖い。それを察してくれたのか、レンウィル公爵が却下する。

「暗い場所で話をする必要はないだろ」
「……じゃあ、休憩室の個室はどうだ? 使用中の札を出しておけば、誰も入ってこないだろうから」

 私たちが頷くと、シーロンは休憩室に向かって歩き出そうとした。でも、すぐにロザンヌの存在を思い出したのか、彼女に話しかける。

「ロザンヌ、君はもう帰ってくれ」
「嫌よ。ギルバート様がいるんなら、わたしも一緒に話を聞くわ。それに、あなたの今日のパートナーはわたしだから、一人にするのはおかしいでしょ」
「君がいると話がややこしくなるから嫌なんだ」
「どうしてよ!?」

 シーロンとロザンヌが揉めている間に、私はレンウィル公爵に話しかける。

「あの、レンウィル公爵」
「レンウィル公爵だと長いだろう。ギルでいい」
「え!? で、ですが!」
「俺が良いと言っているんだから良いんだ」
「で、では、お言葉に甘えてギル様で」
「どうして様をつけるんだよ。ギルでいい」

 不思議そうな顔をされたけれど、公爵を呼び捨てにできるわけがない。そう言おうとすると、ロザンヌが会話に割って入ってくる。

「ギル様、わたしも一緒に話を聞いてもいいですよね?」
「君にギル呼びを許可した覚えはない」
「そ、そんな。では、許可をお願いします!」
「嫌だ」

 柔らかい表情を一変させ、厳しい表情でギル様が言うと、ロザンヌが目に涙を浮かべたのがわかった。


   ******


 学園の別棟には、具合が悪くなった時や疲れた時に休めるように、休憩室が用意されている。それらは全て個室になっていて、ベッドは置いていないけれど、大きなソファがあるので横になることはできる。
 人混みが苦手な私は、学園でときどき気分が悪くなることがあった。でも、今までこの部屋を使ったことはなかった。
 一緒に来たがるロザンヌを近くにいた先生に任せて、私たち三人は空いていた休憩室に入った。一人掛けのソファにギル様が座り、私とシーロンは別々のソファに向かい合って座った。

「で、今回の件はどういうことなんだ?」

 しばらく経ってもシーロンが話し出そうとしないので、ギル様が口を開いた。すると、シーロンは俯いていた顔を上げ、勢い良く立ち上がって私に頭を下げる。

「アリカ、本当にごめん! 本当は僕も君と一緒にパーティーに出たかったんだよ」
「……じゃあ、どうしてロザンヌと一緒に出席することにしたの?」
「ロザンヌに脅されたんだ」
「脅された?」

 ロザンヌがシーロンを脅す理由がわからない。シーロンは答えようとしないので、私は改めて尋ねる。

「ロザンヌに脅されるだなんて、シーロン、あなた何かしたの?」
「僕は何もしていない! ロザンヌが、いや、あの人が悪いんだ」
「シーロン、何が言いたいのか全くわからない。ちゃんと説明しろ」

 ギル様に言われ、シーロンは大きく息を吐いてから話し始める。

「この学園が貴族の名門校であるのは有名だよな」


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