我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ

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1巻

1-1

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   プロローグ


 私、アリカ・ルージーは、伯爵である父と継母のプリシラ様、プリシラ様の連れ子であるロザンヌと一緒に暮らしている。
 生みの母は私が幼い頃に病気で亡くなっていて、父は一年前にプリシラ様と再婚した。
 母を亡くしてからの父は、幼い私が眠りについたあと、寂しさを紛らわせるために、貴族ながら平民がよく利用する酒場に通っていたらしい。お酒の力を借りたり、人と会話をしたりすることで母を亡くした悲しみを忘れようとしていたようだった。
 そこで出会ったプリシラ様に優しく慰めてもらった父は、いつしかプリシラ様に恋をしていたそうだ。
 私の十五歳の誕生日の次の日に、父は周囲の反対を押し切ってプリシラ様と結婚を決めた。私とプリシラ様、ロザンヌが初めて顔を合わせたのは、結婚が決まったその日のことだった。
 初対面の時からプリシラ様は私のことを嫌っていたようで、屋敷内ではお父様の前以外でプリシラ様のことをお母様と呼ぶことは許さないと言った。
 パーティーなどの公の場では、プリシラ様から私に近付くことは良くても、私から彼女に近付くことは許されない。
 それ以外にも色々とルールを決められた。
 そのうちの一つは、罵声を浴びせられていることは絶対に他人には言わないこと。
 プリシラ様は言葉遣いが悪く、機嫌が悪いと自分の部屋に私を呼びつけては罵声を浴びせてくる。
 痕が残る可能性があるから、決して暴力は振るわない。
 罵声だけなら、たとえ私の精神が病んでしまっても、私がプリシラ様にいじめられていたという証拠が残らなくてちょうど良いのだそうだ。仮に私が証言しても、精神を病んだ人間の言うことを他の人が鵜呑うのみにしないと考えているようだった。
 性格が悪いのはプリシラ様だけではない。娘のロザンヌも酷かった。
 ロザンヌは私と同年齢だが、誕生日は私のほうが早いので私が姉扱いになっている。

「アリカのドレスはダサいわね。新しいドレスを買いに行かない?」

 そんなことを言って嫌がる私を外に連れ出しては、自分のドレスだけ買って帰り、父に浪費を責められると、「買ったのはアリカの分だけで、自分のものは何一つ買っていないわ」と泣き真似をする。

「アリカはなんて性格の悪い子なんでしょう! あなた、こんな子はこの家に必要ありませんわ!」

 プリシラ様はロザンヌが嘘をついているのを知っているくせに、私だけを責めた。

「プリシラ、そんなことを言わないでくれ。アリカ、お前もあまりワガママばかり言ってはいけないよ。うちはそこまで裕福ではないんだから」

 お父様は私がそんな子ではないと知っているはずなのに、プリシラ様に逆らうことはできなかった。彼女に捨てられることが怖かったのだ。
 そんなお父様の気持ちはわからなくはない。でも、していないことを認めるのも嫌だった。

「ロザンヌを止められなかったことについては謝りますが、無駄遣いをしたのはロザンヌです。私は自分の服を一着も買っていませんから」

 こんな風に言い返すと、大抵の場合、お仕置き部屋とプリシラ様が名付けた部屋に半日ほど軟禁される。そこで、プリシラ様が嫁入りと同時に連れてきた、現在のメイド長にねちねちと叱られるのだ。

「アリカさん、これ以上馬鹿な真似はしないでください。プリシラ様に逆らうとどうなるか、もうわかったでしょう」

 この家でプリシラ様の言うことは絶対だ。彼女が白いものを黒と言うのならそれは黒なのだ。
 私が騒げばプリシラ様が屋敷を出ていき、お父様が悲しむことになると思うと、友人にも相談ができなかった。この時の私は、ただお父様の幸せだけを望んでいた。
 耐えて、耐えて、耐え続けて、一年が経った。
 多くの使用人は私を信じてくれていたし、学園に行けば友人も婚約者も私の味方だったから、何とか過ごしていくことができた。
 でも、私がそこまで悲しんでいないことをプリシラ様とロザンヌは良く思わなかった。
 そのせいで、ロザンヌのすることがエスカレートし始めたのだ。
 私の持っているものを欲しがるようになり、それを断れば無理やり奪ったり、部屋に勝手に入って盗んだりするようになった。鍵をかけても、メイド長がマスターキーを渡してしまうので意味がなかった。
 私はいつしか、ロザンヌの行動にいちいち反応することをやめた。悲しむ姿を見せてロザンヌを楽しませたくなかったのだ。
 無反応になった私が面白くなかったのか、とうとうロザンヌはこんなことを言い出すようになった。

「わたしの好きな人が一番素敵だと思うけれど、あなたの婚約者も素敵ね」

 ロザンヌは私の悲しむ顔を見たいがために、私の婚約者まで欲しがり始めたのだ。



   第一章


 プリシラ様が私の継母になったと同時に、ロザンヌも私と同じ学園に通うようになった。
 ロザンヌは私のことが嫌いなくせに、学園内ではいつも私と一緒にいようとする。腹が立つことに去年も今年も彼女と同じクラスになってしまった上に、学園に通い始めて一年以上経ってもロザンヌには同性の友達ができないからだろう。
 クラス替えをして私には新たな友達ができたのに、彼女にはできない。
 私の友人たちはロザンヌのことをよく思ってはいない。でも、皆、精神的に大人なので彼女が同じグループ内にいることを許してくれている。
 ロザンヌを嫌う素振りを見せると、一部の男子生徒がうるさいという理由もある。
 ロザンヌは今まで学園に通っていなかったので成績は良くないけれど、スタイルが良く十六歳らしからぬ色気を持つため、男子生徒のみならず男性教師からも人気が高い。
 プラチナブロンドの長い髪にエメラルドグリーンの瞳。長いまつ毛とぽってりとした唇は印象的で、顔も整っている。
 一方、私はお母様譲りのダークブラウンの腰まである少しクセのある長い髪に、髪と同じ色の瞳でどちらかというと童顔だ。ロザンヌと並んでいると私が年の離れた妹だと思われてしまうことが多い。

「ねえ、今日も一人みたいだわ。何の本を読んでいらっしゃるのかしら」

 昼休み、中庭のベンチで昼食をとっていると、ロザンヌがうっとりした表情で一点を見つめながら、ほう、とため息を吐いた。
 ロザンヌの視線の先にいたのは、ギルバート・レンウィル公爵だ。髪と同じ色のダークブラウンの瞳で、男性に対しては表情豊かだけれど、女性には仏頂面で有名な男子生徒である。
 彼は両親が早くに亡くなったことで、学生でありながら二年前に爵位を継いでいる。職務は周りの人間に助けてもらっているらしいが、仕事と学業を両立しているすごい人だ。
 しかも、長身痩躯そうく眉目秀麗びもくしゅうれい、成績優秀なので、学園だけではなく社交界で彼の名を知らない人間はいない。
 そんな彼は、婚約者がまだ決まっていない。だから、あわよくばと思う女性が多くいる。ロザンヌもその一人だ。
 レンウィル公爵は、私たちが座っている場所の向かい側のベンチに座り、カバーがかけられた分厚い本を読んでいた。
 食堂で昼食をとったあとはそのベンチに座り、昼休みが終わるぎりぎりまで読書をするというのが、レンウィル公爵の日課だ。
 どうしてそんなことを私が知っているかというと、私の婚約者がレンウィル公爵と仲が良いからだ。

「ねえ、アリカ。シーロン様が来たわよ」

 ロザンヌに言われて視線を向けると、私の婚約者で同学年のシーロン・パージが金色の長い髪を揺らして、レンウィル公爵の隣に座った。

「美男子が揃うと目の保養ね」

 私の右隣に座る友人がシーロンたちを見て小声で話しかけてきた。
 婚約者の私が言うのも何だけれど、シーロンは美男子でスタイルも良く、女子に人気がある。青い瞳はとても綺麗だし、笑った顔がとても可愛い。
 シーロンは伯爵家の次男なので、ルージー伯爵家に婿入りし、お父様の跡を継いでくれることになっている。
 私とシーロンの仲は上手くいっている。一つだけ心配なのは、ロザンヌの存在だ。ここ最近の彼女はやけにシーロンのことを気にしていた。

「やっぱり、シーロン様も素敵だわ。もらっちゃおうかな。わたしには婚約者もいないし、ちょうど良いわよね?」
「良くないわよ。馬鹿なことを言わないで」
「あのね、アリカ。欲しいものを欲しいと口にすることは罪じゃないわ。それに、シーロン様がわたしを選ぶのであれば、あなたよりもわたしのほうが魅力的だったというだけよ」

 クスクスと笑うロザンヌをにらみつけると、ロザンヌは小声で言う。

「こわーい。お母様に報告しちゃおーっと」

 こんな風に感情を見せたらいけないことはわかっている。だけど、シーロンだけは彼女に奪われたくなくて、ついムキになってしまった。

「勝手にしなさいよ」
「何よ、面白くないわね。それよりもせっかくだし、二人に話しかけてこよーっと!」

 昼食を終えていたロザンヌは、上機嫌でシーロンたちのほうへ走っていく。

「ちょっと、ロザンヌ!」

 一人にしておくと何をするかわからないので、慌てて彼女を追いかけた。

「シーロン様、ギル様ぁ!」
「やあ、ロザンヌか」

 シーロンはロザンヌに笑顔を向けたあと、レンウィル公爵に話しかける。

「ギル、紹介するよ。彼女は僕の婚約者の妹のロザンヌだ。綺麗な子だろう?」
「はじめまして、ギル様! わたしの名前はロザンヌです! よろしくお願いいたします!」
「……俺はギルという名前じゃない。ギルバートだ」
「え、でも、今、シーロン様はギルって呼んでいましたよね」

 小首を傾げたロザンヌに、レンウィル公爵は冷たく言い放つ。

「ギルという愛称は仲の良い人間にしか呼んでほしくない。君だって初対面の人間に馴れ馴れしく愛称で呼ばれたくないだろう?」
「ギル、そんなに怒るなよ。それからロザンヌ、君も悪い。相手は公爵だぞ。礼儀をわきまえないといけない」

 シーロンは眉根を寄せてそう言うと、私の存在に気が付いて表情を和らげた。

「ああ、アリカ。君もいたんだな。ギル、彼女は僕の婚約者のアリカ・ルージー伯爵令嬢だ」
「はじめまして、アリカ・ルージーと申します。婚約者のシーロンがお世話になっております」

 カーテシーをすると、レンウィル公爵は読んでいた本を閉じて立ち上がる。

「よろしく。俺は、ギルバート・レンウィルだ。シーロンから話は聞いているよ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 レンウィル公爵やシーロンとは学科が違うので、校舎も別棟だ。学園内では顔を合わせる機会がほとんどなく、レンウィル公爵と話をするのは今日が初めてだった。

「あの、はじめまして」

 レンウィル公爵に冷たい態度を取られて固まっていたロザンヌが、私とレンウィル公爵の間に入ってきて、今頃になってカーテシーをする。

「ロザンヌ・ルージーと申します。仲良くしていただけると嬉しいです」
「ギルバート・レンウィルだ。仲良くできるかはわからないが、顔と名前は覚えておくよ」

 レンウィル公爵は私に対応した時よりも、やや低い声色で言葉を返すと、シーロンに話しかける。

「今日はもう教室に帰る」
「ん? あ、ああ、そうだな」

 どうやら、レンウィル公爵は普通の男性とは違い、ロザンヌに興味はないようだった。
 どちらかというと、嫌悪感を示しているように見える。
 レンウィル公爵は私に向かって軽く頭を下げたあと、背を向けて歩き始めた。
 シーロンはロザンヌに声をかける。

「無愛想だけど、根は悪い人じゃないんだ。たぶん、ロザンヌの態度が気に食わなかっただけだ。次からは礼儀に気を付ければ、ちゃんと話をしてくれるよ」

 シーロンはレンウィル公爵をフォローしたあと、私には笑顔で手を振ってから、レンウィル公爵のあとを追いかけていった。

「……ロザンヌ、あなた、本当にいい加減にしてくれない?」

 プリシラ様に怒られてもかまわない。
 言わないといけないことは言わないとと思ってロザンヌを叱ってみたけれど無駄だった。

「レンウィル公爵も素敵だけれど、やっぱりシーロンも素敵ね」

 ロザンヌはシーロンの背中をうっとりとした目で見つめて、そう呟いたのだった。


 それから数日の間は、ロザンヌが何か問題を起こすことはなかった。
 レンウィル公爵の特等席である中庭のベンチの向かい側の席が、他の女性たちに占領されるようになったからだ。
 レンウィル公爵の親衛隊が、ロザンヌから彼をガードするために動いているんじゃないかと友人の一人が言っていた。
 ある日の昼休み、シーロンに中庭に呼び出された。

「アリカ、学園行事のダンスパーティーのパートナーだけど、もう決まっているのか?」
「決めていないわ。私はあなたがパートナーじゃなければ行かないつもりだったんだけど、あなたは誰かと行くつもりなの?」

 私は人の多い場所が苦手だ。ダンスパーティーは自由参加なので、シーロンが行かないのであれば参加するつもりはなかった。

「僕も君と行くつもりだったんだけど、ロザンヌから君は他の人と行くと言われたんだ」
「そんな予定はないわ! ロザンヌが嘘をついているのよ!」

 シーロンにはロザンヌがよく嘘をつくという話はしている。それなのに、シーロンは私を信じていないようで、苦笑して尋ねてくる。

「本当に?」
「本当よ!」
「僕のクラスの担任の先生にも言われたんだ。アリカは他の男性と行くから、僕はロザンヌと一緒に行くようにと」
「そんなことを先生が言うこと自体おかしいじゃないの。それに、あなたには私が他の男性と行くような人間に見えるの?」

 ショックを受けていると、シーロンが両手を合わせて謝ってくる。

「だよな? ごめん。さっき言ったことは忘れてほしい。謝るから、僕のパートナーになってくれないか」
「……もちろんよ。でも、本当にロザンヌの言葉には騙されないでね」

 差し出された手のひらに私の手を乗せると、シーロンは優しく握って頷く。

「騙されるつもりはないよ」
「それなら良いけど。でも、先生はどうしてそんなことを言ってきたのかしら?」
「さあな。勘違いしただけかもしれない」

 シーロンは少し考えただけで、すぐに話題を変えた。

「それよりもパーティーに着ていく服の話をしないか?」
「それはかまわないけど」

 ロザンヌはどうしてシーロンにそんな嘘をついたの? もしかして、シーロンのクラスの先生までロザンヌのとりこなのかしら?
 そんなことを考えながらシーロンと一緒に校舎に向かって歩いていると、ロザンヌの声が聞こえてきた。

「ギルバート様! 今度のダンスパーティー、わたしと出席してくださいませんか?」
「悪いが断る」
「何でですか!? わたしにはパートナーがいないんです! ギルバート様だっていないじゃないですかぁ!」

 レンウィル公爵の読書タイムを邪魔しているのだから、明らかに嫌がられているはずなのに、ロザンヌは食い下がっている。

「パートナーがいないと困りますでしょう?」
「パートナーがいなくてもパーティーに出席はできる」
「一人じゃ寂しいじゃないですか。わたし、友達がいなくて……」
「……友人が欲しいのか?」
「そうなんです!」

 レンウィル公爵が話に食い付いたと思ったのか、ロザンヌが彼の横に腰を下ろした時だった。

「では、パートナーを探す前に友人を作る努力をしたらどうだ?」

 レンウィル公爵は立ち上がると「失礼する」と言って、呆然としているロザンヌを置いて去っていった。


 ロザンヌのパートナーは、パーティー前日になっても見つからなかった。
 ロザンヌならすぐに見つけられると思っていた。でも、それが無理だったのは、彼女が相手を選り好みしすぎたからだ。

「わたしのパートナーなんだから、素敵な人じゃないと駄目よ」
「そうよ、ロザンヌ。アリカの相手よりも素敵な人じゃないと許さないわ。あなたのほうがアリカなんかより、とっても可愛いんだから。というより、アリカがブサイクすぎるのかしら?」

 お父様が仕事で忙しくて家族全員で食事をとれない時は、プリシラ様は遠慮なく皆の前で悪口を言う。
 メイド長はうんうんと頷き、他のメイドやフットマンは言い返すことも納得することもできなくて俯いているだけだ。
 ほとんどの使用人たちからプリシラ様とロザンヌは嫌われている。皆が口を揃えて言うことは「早く、この屋敷から出て行ってほしい」だった。
 私が結婚して、シーロンがお父様から家督を継いだら、ロザンヌもプリシラ様もこの家から出て行ってもらうつもりだ。お父様には申し訳ないけれど、この先も二人と同居し続けるのは勘弁してほしかった。
 先は長いけれど、シーロンと結婚すれば屋敷の雰囲気も変わるだろうし、それまでの辛抱だと思っていた。
 シーロンが私を裏切るわけがない。この時の私はそう思い込んでいた。


 パーティー当日、迎えに来てくれたシーロンは、事前に決めていた紺色のタキシードではなく、黒色のタキシードを着ていた。
 シーロンが私のお母様の形見のドレスを着ているところを見たいというから、そのドレスとお揃いの紺色のタキシードを着てくると言っていたのに、忘れてしまったのかしら。

「シーロン? 今日は紺色で来るって言っていたじゃない」
「学園に着いたら話すよ。それよりもロザンヌは?」
「ロザンヌ? どうしてロザンヌのことを気にするの?」

 普段ならドレス姿の私を見たらまず褒めてくれていたのに、シーロンは私と視線を合わせようともしない上に、なぜかロザンヌを気にしている。
 今日のロザンヌのドレスが黒色だったことを思い出して、嫌な予感がよぎった。
 ちょうどその時、ロザンヌがやって来てシーロンに声をかける。

「あ、シーロン! もう来ていたの? 馬車には一緒に乗せていってもらえるわよね?」
「駄目よ、ロザンヌ!」

 パートナーが決まっていないのだから、ルージー家の馬車で行きなさいと言おうとしたら、シーロンが頷いた。

「ああ。一緒に行こう」
「ありがとう。嬉しいわ、シーロン!」

 ロザンヌはシーロンの腕に自分の腕を絡めて頬を寄せると、勝ち誇った顔をして私を見た。


 黒のワンショルダーのドレスに身を包んだロザンヌは、髪をシニヨンにまとめている。彼女の艶やかなうなじを見て、シーロンがごくりと生唾を呑み込んだのがわかった。

「シーロン、どういうことなの?」
「と、とにかく行こう。時間に遅れてしまう」

 私の問いかけには答えずに、シーロンはロザンヌを連れて歩き出す。

「シーロン!」

 答えを求めて彼の名を叫んだ。でも、振り返った彼は悲しそうな顔をするだけで何も答えてくれない。

「ほら、アリカ。早く乗ってよ。遅れちゃうわ!」

 シーロンと一緒に先に馬車に乗り込んだロザンヌは、私に向かって偉そうに言った。
 悔しい。それに、一体どういうことなの?
 だけど、ここで悔しがる姿を見せたら、ロザンヌの思うつぼだわ。道中でシーロンを問いただそうと思って、馬車に乗り込んだ。


   ******


 結局、馬車の中でもロザンヌのせいでシーロンから話を聞くことはできず、この状況の理由がわからないまま学園に着いてしまった。
 パーティー会場に入る前にロザンヌに声をかける。

「あなたは自分のパートナーと一緒に行きなさいよ。もしくは一人で入って」
「一人で入るのはアリカよ」

 ロザンヌはそう言うと、シーロンを見つめる。シーロンはロザンヌを見て悲しそうな顔をしたあと、私に目を向けた。そして、次にシーロンが口にした言葉は信じられないものだった。

「悪いけど、今日はロザンヌと出席するから、君は一人で中に入ってほしい」
「……何を馬鹿なことを言っているのよ」
「馬鹿なことなんかじゃないわよ。シーロンはあなたじゃなくて私を選んだの」

 ロザンヌは彼から離れて私に近付いてくると、私の耳元で囁く。

「あなたにはお似合いの相手を用意しておいたわ」
「どういうこと?」

 ロザンヌに聞き返した時、背後から数人の男がやってきた。

「お嬢さん、服を破られたいとか変わった趣味してますね」
「な、何? 何なの?」

 話しかけてきた男たちは、正装はしているけれど見たことのない顔だし、貴族とは思えないような下卑た笑みを浮かべていた。何が何だかわからなくて困惑していると、ロザンヌがシーロンに話しかける。

「シーロン、見て! アリカの恋人たちよ!」
「……アリカ、本当にそうなのか?」
「違うに決まっているでしょう! ロザンヌ! あなた、一体何がしたいのよ!?」
「わたしのせいにしないでよ。あなたが遊び歩くのが悪いのよ」
「私は遊び歩いてなんかいないわ」

 男の一人がヘラヘラ笑いながら、私の肩を掴む。

「あんなに愛し合ったのに酷くないっすか?」


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