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第5話  ご要望を受け入れます

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「セレン、あなたはディル殿下の婚約者なのよ? そんな事を言ってはいけないわ。何より、人の外見をどうこう言うだなんて失礼すぎるわ。謝りなさい」
「どうしてですか? お母様は愛する人と一緒になってほしいと、いつも言ってくださっていたじゃないですか。わたくしは、マシューを愛しているんです。それに思った事を口に出す事の何がいけないんですか?」

 王妃陛下に窘められたセレン様だったけれど、何が駄目なのかわかっていないみたいで不思議そうな顔をして聞き返した。

 そんな事を平気で言えてしまうセレン様が私には不思議に思えるんだけれど、そんな事を彼女に言っても理解してもらえないんでしょうね…。

「セレン、今はその事を言って良い時ではないのよ。わかってちょうだい!」

 聞き返された王妃陛下も焦った顔で叫ぶと、助けを求めるかの様に陛下の方を見た。
 陛下は難しい顔で思案されていて、すぐには答えを返されなかった。

 セレン様に発言させてと言っていたのは王妃陛下なんですから、少しは御自分でも考えればよろしいのに…。

 と口に出したいけれど我慢よ、我慢。

 そうしている内に陛下が口を開く。

「ディル殿下、娘が申し訳ない」

 陛下が頭を下げた為、ロトス国の貴族のほとんどが同じ様に、ディル様に向かって頭を下げた。

 ほとんど、というのは、ミーヨ様とセレン様は頭を下げていなかったみたいで、きょとんとした顔をされていた。

 ミーヨ様って、ここまで常識のない方だったの?
 それとも、マシュー様が可愛すぎて、何も考えられなくなってしまっているの?

「マ、ママ。謝らないといけませんよ。相手は王太子殿下なんです! しかも他国の!」
「何を言っているのマシュー。王女様と結婚すれば、あなたは王族になるのよ? 怖いものはないわ」

 ミーヨ様の言葉に、周りにいた人間たちは、皆、不思議そうな顔をした。
 もちろん、セレン様が女王になる事が出来ないわけではない。
 セレン様はお兄様もお姉様もいらっしゃらないので、普通ならばロトス国の女王になっていたはずなのだから。
 でも、セレン様は昔からターリー国に嫁ぐ事が決まっていたから、現在の王位継承順位の1位は弟のギレン様になっていて、覆される事はないと思われる。

 こんなセレン様を皆に見られたのだから余計に…。

 だから、ディル殿下と結婚せずに、マシュー様と結婚するのなら降嫁になるだけなんだけれど…。
 
 この場にいるほとんどの人間が知っているはずの事を知らないミーヨ様を見て、頭を抱えてしまったロマウ公爵を、お母様が気の毒そうな目で見つめ、お父様は背中をポンポンと撫でた。

 ミーヨ様も箱入り娘で、ちやほやされて育ったと聞いているけれど、そんな事がわからないだなんてどうなってるの?
 ミーヨ様に家の事を任せていないという話もお聞きした事があるけれど、こんな状態ならば納得もいくわ。

「もういい! 謝って許されるものでもないかもしれないが、セレン、今すぐ、ディル殿下に謝るんだ!」
「だって…、こんな気持ち悪い仮面をつけた人なんて絶対に嫌です! どうせ、仮面をとっても不細工なんでしょう!? 生きている事を許しているだけでマシだと思います!」

 セレン様に話させれば話させるほど、ロトス国にとって不利益にしかならない事もあり、陛下が叱責したけれど、セレン様はディル殿下を指差して暴言を吐いただけだった。

 もう無茶苦茶だわ…。
 この国、滅びるかもしれない。

 こんな人がターリー国の王妃になるはずだったかもしれないなんて、ターリー国を潰そうとしたと思われてもしょうがないわ。

 指を差されたディル殿下は胸の前で腕を組み、大きく息を吐いた後、口を開く。

「セレン王女殿下、あんたは…じゃなくて、あなたは俺との婚約を破棄したいという事か?」
「破棄と言いますか、婚約者の変更をお願いしたいのです」
「……変更する相手はプラウ公爵令嬢か?」
「そうです。2人はお似合いだと思います」
「そうか…。その言葉に嘘はないんだな?」
「もちろんです」

 セレン様の言葉の後、ディル殿下は少し考えてから、私の方に近付いてくる。

「おま…君はどう思う? 正直に話せ」

 先程から何度か言い直しているけれど、平民時代の話し方の癖が抜けないのね。

 という事は、この人が本当のディル殿下だという可能性が高いわ。
 セレン様もお気の毒ね。
 ざまぁみろ、だなんて思う事は公爵令嬢としてはあるまじき事なんでしょうけれど、そんな言葉がついつい頭に浮かんでしまった。

「私とディル殿下がお似合いかどうかはわかりません。私などにはディル殿下はもったいないお方ですから。ですが、セレン様とマシュー様のお二人はとてもお似合いだと思います。それに、セレン様にもディル殿下はもったいないお方だと思います。ですので、マシュー様とセレン様が愛し合っておられるのなら…」

 そこまで言って胸がちくりと傷んだので言葉を止めた。
 マシュー様に対して恋愛感情があっただけに胸が少しだけ苦しくなってしまい、胸の上に手を置いた。

「ロマウ公爵令息は王女よりもママの方が好きそうだけどな」
「……それは私もそう思います」

 私の気持ちを軽くする為か、冗談っぽく言ってくれた言葉に、私もふっと力が抜けて苦笑して頷いた。
 
「あら、レイア、どういう事? 負け惜しみなの? 逆でしょう? ディル殿下にわたくしだなんてもったいない、というのが正しいでしょう? わたくしの事を可愛くてスタイルも良いと皆は褒め称えてくれるのよ? それなのに、こんな不細工で口の悪い男性だなんて…」
「セレン、いいかげんにしろと言っているだろう!」

 陛下が近付き、彼女に向かって手を振り上げたせいで、セレン様はびくりと体を震わせて、涙目になって訴える。

「酷いわ、お父様。そんなに怖い顔なんて今までされた事はなかったのに…」
「そうだな。馬鹿な子でも可愛いと言って甘やかせすぎていた私が悪い。嫁に行く前に良識を学んでくれると信じていた私が悪いんだ! 今頃悔やんでも遅いかもしれないが、出来る事はやる。お前への叱責は後ほどゆっくりするから今は黙っていなさい」
「マシュー! わたくし、どうなっちゃうの!?」

 陛下が何とか怒りをおさえ、振り上げていた手を元の位置に戻すと、セレン様は陛下の怒っている姿を見てブルブル震えているマシュー様の胸にすがりついた。

「私の可愛いマシュー! 今こそ、素敵な姿を見せてちょうだい!」

 ミーヨ様に促され、マシュー様は首を傾げる。

「素敵な姿…?」
「ええ、そうよ! 堂々とレイアさんとの婚約を破棄し、セレン様を守ると誓いなさい」
「わ、わかりました!」

 わかりましたじゃないでしょう…。

 ため息をつきたくなったけれど、何とかこらえる。

「レイア、ごめん。君の事は好きだけど、ママの望む通りに僕は生きていきたいんだ」
「…何を仰りたいんですか?」
「ごめん! 君との婚約を破棄する。そして、僕はセレン様を幸せにする。君はディル殿下と幸せに」
「レイア、私はマシューと幸せになるから、あなたもディル殿下と幸せになってね」

 セレン様は勝ち誇った顔をして言った。

 そうですね。
 それがお二人のご要望というのであれば、幸せにならないといけませんよね!
 
「承知いたしました。ですが、婚約破棄については、マシュー様と私の意思だけで済むものではないという事をお忘れのようですので、このまま話が終わるとは思わないでくださいね?」

 マシュー様に冷たい目を向けると、彼はびくりと体を震わせて、ミーヨ様にすり寄った。
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