上 下
32 / 40

31 伝えておかなければいけないこと

しおりを挟む
 エンバーミングのおかげで、数日経ってもシュティル様のお祖父様のお顔は綺麗なままだった。

 シュティル様は棺の中で目を閉じているお祖父様を見て、涙をこらえて祈りを捧げていた。
 葬儀後はイーノ王国で一泊して、明日には帰る予定だけれど、私とルラン様は帰る前にやらなければいけないことがあった。

 それは、マゼッタ様との話し合いだ。

 トッテム公爵家は中立の立場ではあるものの、悪を許す公爵家ではなかった。
 というのも、戦後、ロラルグリラの息がかかっているのではないかと怪しまれたノヌル公爵家をロラルグリラが政務担当に指名した時、他国から反対が出た。
 けれど、ロラルグリラも譲らなかった。
 どうしてもノヌル公爵家を政務につかせたかったロラルグリラは、公平性をアピールするために、筆頭公爵家のユリアス家にシュティル様を任せたのではないかというのが他国の予想だった。
 本当に公平性を訴えるのであれば、それをジャッジするためにトッテム公爵家が選ばれたらしいのだけれど、トッテム公爵家を選んだのはロラルグリラではなく、ロラルグリラと冷戦状態にあった国、トラブレル王国だった。

 トラブレル王国の国民の多くは知っている話らしいけれど、現在のロラルグリラの国王陛下がお若い頃に、トラブレル王国の第一王女殿下をかどわかそうとしたらしい。
 正確にいえば、誰かに誘拐させようとしたのだけれど失敗に終わり、捕まった男はロラルグリラの国王陛下から指示されたと訴えた。
 でも、ロラルグリラの陛下はそれを認めず、確たる証拠もなかったため、その男が処刑されただけで終わった。

 けれど、トラブレル王国の王家含む上層部は疑わしき国として、ロラルグリラとの国交をその日から断絶していた。

 ロラルグリラを疑い続けていたトラブレル王国は、このままではシュテーダムが危ないと判断し、国交を再開する代わりにトッテム公爵家を指名した。

 トッテム公爵家とトラブレル王国の国王陛下がお知り合いだったこともあり選ばれたのだそうだ。

 そのトッテム公爵家が、マゼッタ様にこの事実を伝えるようにと要請してきたので、私とルラン様はマゼッタ様にお時間をとってもらった。

 通された応接室でしばらく待っていると、気怠げな表情のマゼッタ様が入ってきた。
 お悔やみの言葉と大変な時期に話し合いのお願いをしてしまったことをお詫びすると、マゼッタ様は扇で口元を隠して急かしてくる。

「悪いと思うのなら用件を早く言いなさい」
「では、早速本題に入らせていただきます」

 ルラン様は少し間を空けてから話を続ける。

「終戦後すぐの話ですが、シュティル様だけでなく、マーラ様も助かる道があったのに、その話を却下した人間がいることがわかりました」
「……なんですって?」

 マゼッタ様は呆然とした表情になり、持っていた扇を床に落とした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

処理中です...