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10 残念な知らせ

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「そ、そんな…! そんな馬鹿な。嘘に決まってる。だって、俺には割り切った関係で、多くは望まないと」
「彼女はあなたを愛してしまったんだそうですわ」
「そんなの、俺の知った事ではない!」
「彼女もそういう気持ちでしょうね…」
「ララベル! 信じてくれ! もう彼女には会わない! 彼女と関係を断つから許してくれ!」

 ニールはララベルの両肩をつかんで叫んだ。

「それに対しては、今の段階ではお答えできませんわ」

(許すも許さないも何も今の段階では結婚せざるをえないですけれど…、もし本当に…)

「今の段階? ……まさか…」

 ニールの顔が蒼白になった。

「妊娠していらっしゃる可能性があるそうです」
「そ…そんな…。俺の子じゃない!」
「彼女はあなた以外と関係を持った事はないそうですわ」
「……妊娠していたら、堕ろさせる」
「そんな馬鹿な事を言うのはやめて下さい!」

 ララベルが叫ぶと、ニールも叫び返す。

「では、どうしろって言うんだよ!」
「彼女は、あなたがそう言うかもしれないと、身を隠されましたわ。お腹が大きくなってから、あなたの前に現れるそうですわ」

(彼女は確信していたみたいだった…。たぶん、身ごもっているだろうから、これから、どうなるのかしら…)

 ララベルが目を伏せると、ニールが懇願する。

「彼女は愛人にする。本妻は君だ。結婚したら、君以外を抱かない」
「ニール様…、そういう問題ではないですわ。私達は婚約者であって、結婚はしていませんのよ? 愛人を作るのは認められていますが、貴族の間で何を言われるかはわかりませんわ? そのお覚悟は出来ておられますの?」
「君と一緒なら大丈夫だ」

 ニールはララベルの両手をつかんで言った。
 ララベルは首を横に振る。

(貴族の女性を妊娠させた上に、責任をとらないとなったら、問題になるはず。愛人にする事は責任をとった事にはならないわ。何より…)

「私が嫁入りするわけではないのですよ? 婿入りするのに愛人ですか? それをたとえ私が許しても、キーギス家が許すとは思えません」

(キーギス家の歴史は長いから、婿入りしておいて愛人を作るという事なんて許さないだろうし、何より、結婚前に他の女性に子供を生ませている男性なんて、お父様が許すわけがないわ)

「そ、それは…そうだけど…、だから、そうならない様に…」
「始末しようだなんて、考えておられませんわよね?」
「…!」

 ニールは図星を指されて言葉をなくした。

(冗談でしょう?)

 ララベルは頭が痛くなり、こめかみをおさえながら言う。

「そんな事をして、誰にも気付かれないと思っていらっしゃいますの? 何より、あなた、最中に何度も彼女の名を呼んで、愛してると連呼されたそうですわね」

 言葉にするのも嫌だったが、ララベルが言うと、ニールは彼女から目をそらした。

「君の事を思っていた…!」
「そんな事を信じられると思っておられるのですか!? 本当なら、もっと建設的な話をしようと思っておりましたが、ジェラ伯爵令嬢の件が解決されない限り無理ですわ。たとえ、子供が出来ていなくても、あなたが彼女を切り捨てる様なら、今までの事を話されるそうですわよ。それから、あなたの元に彼女が通っているという証言をしてくれるという方を、ジェラ伯爵が用意されておられるそうですわよ。身分もしっかりした方だそうです。あなたが彼女を拒否する、もしくは殺そうとする様なら、すぐにあなたのお父様、そして、私のお父様に連絡がいくそうですわ」
「そんな…!! 俺ははめられたんだ! 被害者だ! 悪いのはシェルなんだ!」
「何を言ってるんですの!?」

 ララベルが呆れ返って聞き返した時だった。

 ノックも無しに勢いよく扉が開けられた。
 振り返ると、そこには憤怒の表情を浮かべるメフェナム辺境伯が立っていた。
 メフェナム辺境伯は、ララベルに向かって頭を下げた後、入室の許可をララベルに尋ねた。
 ララベルが了承すると、メフェナム辺境伯は叫んだ。

「ニール! こっちへ来い」

 扉とソファーまでの間に広い空間があり、そこに立った辺境伯は、ニールを呼びつけた後、ララベルに深々と頭を下げた。

「お見苦しい場面をお見せする事になりますが、ララベル様にも関係のあるお話ですので、よろしいでしょうか」
「もちろんですわ」

 今から何が起こるのかわからないながらも、ここは断るべきではないと考えたララベルは座ったまま頷いた。

(一体、何があったというの? もしかして、もうジェラ伯爵令嬢がメフェナム辺境伯にお伝えしてしまったの?)

「お前が帰ってきた時に、もう一度、戦地へ送り返してやらなかった自分を、心底悔やんでいるよ。あの時は正直、お前が無事に帰ってきてくれて良かったという気持ちが勝っていた」
「ち、父上?」

 何故か悲しそうな表情で言う辺境伯の前に立ち、ニールが首を傾げると、辺境伯は彼の襟首をつかんで、自分の方に引き寄せると言った。

「勝った」
「はい?」
「我が国が勝利した!!」
「…え?」

 ニールが力なく聞き返すと同時、ララベルが立ち上がって尋ねた。

「戦争が…終わったのですか?」
「…はい」

 勝利したというのに、辺境伯は重い表情で頷き、引き寄せたままのニールに顔を向けると、一瞬にして怒りの表情に変えて続ける。

「戦争を終わらせたのは誰かわかるか…?」
「…そんな…、まさか…」
「そのまさかだ! お前がフィアン様を死なせたいがために、戦地に送ったと誰かがミーデンバーグ家にリークした! そして、それを聞いた公爵夫妻は、自分達が盾になりフィアン様を守りながら、敵陣に入り、フィアン様に敵の総統を生け捕らせて、彼の手柄にさせたんだ!」

 辺境伯は怒りで声を震わせていたが、ニールは呆然としていて、表情に変化が見られない。
 そんな状態でニールは尋ねた。

「どうして…、どうして敵の首をとらないんですか!?」
「何でもかんでも殺せばいいという問題じゃない。これだけ戦争が長引いたのは、相手の総統の軍をまとめる統率力が高かったらだ。その相手を殺してみろ。相手側が何をしでかすかわからない。もっと犠牲者が増える可能性がある。それなら、総統に兵を引かせる様にさせたら良いと考えたんだ。もちろん、今回は相手の総統の人柄を調べ上げた上で出来た作戦だったようだがな」

 そこまで言って、辺境伯は何か思い出したのか、鼻で笑う。

「どうかされましたか?」

 呆然としているニールの代わりに、ララベルが尋ねると、辺境伯は泣き笑いの様な表情を浮かべて、彼女に答える。

「作戦名で思い出したのですが、無事に帰ってきた家族を迎えたソフィア様が、家族に向かって言っていたそうです」
「ソフィーが?」
「ゴリラの大作戦がうまくいって良かったと」

 辺境伯が襟首をつかんでいた手を緩めると、ニールはへなへなと床に崩れ落ちた。

「そんな…! 劣勢だったのに!」
「真正面から戦ったのでは厳しいから、違う方法をとったんだ。普通の人間には出来ないから、しょうがない。ただ、お前にとってはまだ、残念な知らせがある」

 辺境伯の表情から怒りは消え去り、憐憫のものに変わった。
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