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30 あなたが幸せならそれでいいのです ②
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メイナーがどうやって保釈金を支払えたのか調べると、恐ろしいことにメイナーは勝手に婚姻届を提出し、妻としての身分証まで作っていました。
持ち出していた印鑑で銀行からお金を引き出し、自分のものにしていたのです。
婚姻届については夜中に提出されていたため、リブトラル伯爵には確認の手紙がいっていたそうですが、わたしとの話し合いで外出していたせいで、確認が遅くなったようです。
メイナーはお金を自分の両親に預けて、キリュウ様の件で警察に自首し、保釈金はリブトラル伯爵から奪ったお金で払ったのです。
「リブトラル伯爵とセイブル伯爵令嬢は今は行方不明だが、たぶん、行き先は同じだろうな」
「……はい。リブトラル伯爵はわたしに会わないという約束を忘れて、助けを求めに来るでしょう。そして、メイナーは彼を追うはずです」
メイナーのリブトラル伯爵への愛情は、彼女にしか理解できないものなのでしょう。
彼を追い詰めて、自分が救いの手を差し出すつもりなのでしょうか。
そう思い、何気なく、窓から外を見た時でした。
鉄柵の向こう側の大きな通りに、馬車が一台停まったかと思うと、中から男性が降りてきました。
「キリュウ様」
リブトラル伯爵だとわかったわたしが声を掛けると、キリュウ様は隣に立って外を確認したあと、踵を返した。
「見に行ってくる」
「キリュウ様、わたしも行きます!」
クマゴリラさまたちと一緒に門の所に向かうと、大変なことになっていました。
メイナーがリブトラル伯爵の上に馬乗りになって叫んでいたのです。
「わ、悪かった! 悪かったよ! でも、こんなことをすることは良くない!」
「あなたが私の側にいてくれればそれで良いの! 義両親なんていらない! 私と一緒に暮らすのよ! 無理なら今までの私の人生を返してよ!」
「い、い、嫌だ! 君は犯罪者じゃないか! 人生なんて返せるわけないだろ!」
呆気にとられていると、騎士の一人が近寄ってきた。
「報告が遅くなって申し訳ございません」
メイナーの後を追っていた騎士がクマゴリラさまに謝ると、クマゴリラさまは首を横に振る。
「監視対象者から目を離さなかったんだから気にするな。面白いものが見れてるしな」
「クマゴリラ、見世物じゃないんだぞ」
キリュウ様はクマゴリラさまを窘めると、わたしを彼に預けて、リブトラル伯爵たちに近づき、メイナーに話しかける。
「いい加減にしろ。また捕まりたいのか」
「一緒にいられるなら、何だっていいわ!」
門越しに叫んでいるメイナーの目は血走っていて、まるで別人のようにやつれています。
「メイナー、僕は君とは一緒にならない! 結婚は無効だと屋敷に届けておいた! だから、君から金を返してもらうだけだ」
リブトラル伯爵はそう叫ぶと、起き上がって、今度はメイナーを押し倒した。
「僕の金を返せ! 両親の保釈金に必要なんだ!」
「……残念ね。大部分は使っちゃったわ。だけど、条件を飲むなら残りは返してあげる」
「何を考えているんだ! このままでは僕も君の家もお終いだぞ!」
「何を言っているのよ! 私の人生はもう終わってる! 一緒に行けるところまで行きましょうよ!」
メイナーは地面に押し付けられたまま続ける。
「絶対にあなたを離したりなんかしない!」
メイナーがにやりと笑い、リブトラル伯爵の表情が凍りついた時でした。
ぴょんぴょんと、ピンク色のうさぎさんが中庭の木々の隙間から出てくるとメイナーの顔の上に乗った。
「うぷっ! な、なんなの!?」
メイナーは必死に顔の上に乗っているうさぎさんを退けようとするけれど、掴むことはできない。
「な、何だよ、どうしたって言うんだよ!?」
「わからない! 顔に何か乗ってるのよ!」
メイナーとリブトラル伯爵にはうさぎさんが見えないようで、しかも、触ることもできないようです。
うさぎさんの重みはメイナーには感じられるのに、掴むことはできないという不思議な現象です。
「うさぎ?」
キリュウ様たちには見えるようで、訝しげな顔をして見つめています。
「ちょっと! どうして重いのよ!?」
メイナーがじたばたと暴れ始めたので、リブトラル伯爵は彼女から離れ、わたしに目を向ける。
「アーシャ、申し訳ない。助けてくれないか。僕にはもう頼る人がいないんだ!」
「あなたにはお友達がいるでしょう!」
「両親が捕まったと聞いて、友人の妻が怒って会わせてくれないんだよ!」
奥さまとしては、犯罪者の息子を夫に近づけさせたくないのでしょう。
奥さまの気持ちはわかります。
「わたしがあなたを助けるわけがないでしょう」
冷たく言い放ち、キリュウ様を無言で見つめると、キリュウ様は門兵たちに命令する。
「セイブル伯爵令嬢とリブトラル伯爵を追っ払ってくれ」
「承知いたしました!」
命令された門兵たちが、リブトラル伯爵に近づく前に、キリュウ様はリブトラル伯爵たちに話しかける。
「二度とここに近づくな。その時は敵とみなして容赦しない」
「……そんなっ!」
リブトラル伯爵は何か言おうとしたけれど、言えば状況が悪くなると感じたのか、口を閉ざし、よろよろとした足取りで馬車に戻っていく。
「ねえ! ちょっと、一体なんなのよ!?」
メイナーの顔の上には、相変わらずうさぎさんが表情もなく座っています。
そのお顔もとっても可愛いです。
重しになっているのか、メイナーは起き上がることもできません。
リブトラル伯爵が馬車に乗って去っていくのと入れ替わりに、違う馬車がやって来て、中年の男性が二人降りてきました。
二人はメイナーを見て「窃盗の罪で逮捕する」と言った。
うさぎさんが乗っているせいで身動きがとれないメイナーは、警察にすぐに捕まえられた。
警察の人にもうさぎさんが見えるらしく、「珍しいうさぎだな」と言われると、うさぎさんは中庭に向かって走っていく。
そして、見えなくなる前に立ち止まり、振り返ってわたしを見つめると、首を縦に振った。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、うさぎさんは低木と低木の間に飛び込んでいった。
*****
その後、捕まったメイナーは貴族の女性が罪を犯した時に行くことで有名な施設に送られることが決まったそうです。
その施設から出てきた人は、性格がまるで別人のようになって出てくるということで有名ですので、過酷な環境にあるのだと思われます。
ですが、出てきていない人のほうが圧倒的に多く、そこで死を迎える人が多いため、メイナーも二度と出てこられないのではないかと言われています。
セイブル伯爵夫妻も加担したということで、罰金を支払わされ、爵位も剥奪されました。
そして、メイナーが再度、捕まったことにより、過去の悪事も掘り返され、メイナーに頼まれて、わたしをいじめていた人たちが注目されるようになりました。
この人たちについては、事情があったり、大人になって本当に反省していると思われる人たちは許すことにして、どうしていじめをしてはいけないのかわかっていない人や、うわべだけの謝罪の人は許さないことに決めました。
許しても良いと思った人たちのことは、お茶会などで話題にしたため、少しずつではあるけれど、社交界に居場所ができ始めているそうです。
でも、婚約破棄された人が再婚約になるということはないと聞きました。
子供の頃でも、いじめをしない人はしなかったのですから、よっぽどの事情がない限り、性根を疑ってしまいますものね。
リブトラル伯爵はセイブル伯爵家からお金が戻ってきたのは良いものの、ほとんど使われていたこともあり、両親を助けることはできませんでした。
それでも、彼の両親は彼は無関係だと言い張り、キリュウ様を殺そうとした件については、リブトラル伯爵は無罪となりました。
このまま、何事もなかったように伯爵として過ごしていくのかと思った時、領民から領主の変更を求められ、それを国王陛下が認めたため、彼は男爵に降格となりました。
「とりあえず、一段落といったところでしょうか」
とある日の夕食時、キリュウ様に問いかけると、少し考えてから答えてくれる。
「……そうだな。あとは、結婚報告といったところか」
「け、結婚報告、ですか!?」
「ああ。結婚は今すぐじゃなくても良いかもしれないけど、アーシャもさっさと実家と縁も切りたいだろ?」
「そ、それはそうですが」
実家のほうは、いつ結婚するのだとうるさいので、早く縁を切りたいのは山々です。
でも、それで結婚を急ぐというのもどうかと思うのですよね。
「あの、キリュウ様、無理はしなくても結構ですよ」
「無理はしてない」
「ですが、結婚を急ぐということは無理をしてもらっているのではないでしょうか」
「いや、そうじゃなくてだな」
「わたしはキリュウ様が幸せならそれでいいのです。ですから、キリュウ様がしたいと思ったときでかまいません。逆にしたくないのであれば、今の状況のままでも、わたしはかまいませんよ」
「そんなわけないだろ!」
キリュウ様が苦虫を噛み潰したような顔になった時、エルザや周りのメイドたちが急に笑い始めた。
「どうかしたんですか?」
「ふふっ! キリュウ様、はっきりおっしゃったほうが良いかと思いますが」
「う、うるさいな! わかってる!」
その時は話の意味がわからずじまいでしたが、数日後にキリュウ様から指輪と結婚の申込みの言葉をいただき、迷うことなく承諾のお返事をしたのでした。
******
実家に結婚の報告をしに行くと、以前とは打って変わって笑顔で出迎えてくれました。
「いや、本当にめでたい」
「さすが私たちの娘だわ」
両親はわたしを褒めちぎり、お兄様も「自慢の妹だったんです」なんて嘘を平気で言う始末です。
辟易したわたしは、長居はせずに帰ることにしました。
「アーシャ、実はあなたたちが結婚すると知って、王都に別荘を買ったのよ」
帰り際、お母様が近寄ってきて、キリュウ様に聞こえないように、小声で話しかけてきました。
「王都にですか。そんなお金がよくありましたね」
田舎ならまだしも、王都の土地はものすごく高いはずです。
「ほら、だからね。あなたからキリュウ様に言って、お金の融通を」
「あ、そのことなのですが」
馬車に乗り込み、扉が閉まる直前に、お母様だけでなく、お父様たちにも聞こえるように大きな声を出します。
「今日でわたしはこの家と縁を切りますので!」
「「「……は?」」」
ぽかんと口を開けたお母様たちを見て、吹き出しそうになりましたが、御者が扉を閉めてくれたので、何とかなりました。
「王都に別荘を買ったそうですが、どうやって、お金を返していくんでしょうか」
「さあな。売りに出して、その分の金で払うんじゃないか?」
馬車が動き出してもしばらくの間は、お父様たちが何か叫んでいる声が聞こえていましたが、気にせずに会話を続けます。
「これから、トイズ辺境伯家で改めて頑張らせていただこうと思うのですが」
「どうした?」
「そろそろ、クマゴリラさまのお名前を教えてもらえませんか?」
「……ああ。そうだな。クマゴリラの名前は――」
クマゴリラさまは、わたしが本名を知ったとわかれば、どんな顔をするのでしょう。
どんな反応をするのか楽しみで、わたしたちは屋敷へと急いだのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
クマゴリラの本名が知りたいという方は下にスクロールお願いします。
いやいや、謎のままのほうが楽しい!
という方はスクロールはなしでお願いします。
「わたしの夫は独身らしいので!」というタイトルで新作を始めましたので、そちらも読んでいただけますと幸いです。
では、クマゴリラの本名を……!
マーク・リゴラです。
そして、本人はクマゴリラというあだ名を気に入っております。
ここまでお付き合い、本当にありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていましたら幸いです。
お気に入り登録、エール、いいねなど、励みになりました。
ありがとうございます!
また、どこかでお会いできますように!
持ち出していた印鑑で銀行からお金を引き出し、自分のものにしていたのです。
婚姻届については夜中に提出されていたため、リブトラル伯爵には確認の手紙がいっていたそうですが、わたしとの話し合いで外出していたせいで、確認が遅くなったようです。
メイナーはお金を自分の両親に預けて、キリュウ様の件で警察に自首し、保釈金はリブトラル伯爵から奪ったお金で払ったのです。
「リブトラル伯爵とセイブル伯爵令嬢は今は行方不明だが、たぶん、行き先は同じだろうな」
「……はい。リブトラル伯爵はわたしに会わないという約束を忘れて、助けを求めに来るでしょう。そして、メイナーは彼を追うはずです」
メイナーのリブトラル伯爵への愛情は、彼女にしか理解できないものなのでしょう。
彼を追い詰めて、自分が救いの手を差し出すつもりなのでしょうか。
そう思い、何気なく、窓から外を見た時でした。
鉄柵の向こう側の大きな通りに、馬車が一台停まったかと思うと、中から男性が降りてきました。
「キリュウ様」
リブトラル伯爵だとわかったわたしが声を掛けると、キリュウ様は隣に立って外を確認したあと、踵を返した。
「見に行ってくる」
「キリュウ様、わたしも行きます!」
クマゴリラさまたちと一緒に門の所に向かうと、大変なことになっていました。
メイナーがリブトラル伯爵の上に馬乗りになって叫んでいたのです。
「わ、悪かった! 悪かったよ! でも、こんなことをすることは良くない!」
「あなたが私の側にいてくれればそれで良いの! 義両親なんていらない! 私と一緒に暮らすのよ! 無理なら今までの私の人生を返してよ!」
「い、い、嫌だ! 君は犯罪者じゃないか! 人生なんて返せるわけないだろ!」
呆気にとられていると、騎士の一人が近寄ってきた。
「報告が遅くなって申し訳ございません」
メイナーの後を追っていた騎士がクマゴリラさまに謝ると、クマゴリラさまは首を横に振る。
「監視対象者から目を離さなかったんだから気にするな。面白いものが見れてるしな」
「クマゴリラ、見世物じゃないんだぞ」
キリュウ様はクマゴリラさまを窘めると、わたしを彼に預けて、リブトラル伯爵たちに近づき、メイナーに話しかける。
「いい加減にしろ。また捕まりたいのか」
「一緒にいられるなら、何だっていいわ!」
門越しに叫んでいるメイナーの目は血走っていて、まるで別人のようにやつれています。
「メイナー、僕は君とは一緒にならない! 結婚は無効だと屋敷に届けておいた! だから、君から金を返してもらうだけだ」
リブトラル伯爵はそう叫ぶと、起き上がって、今度はメイナーを押し倒した。
「僕の金を返せ! 両親の保釈金に必要なんだ!」
「……残念ね。大部分は使っちゃったわ。だけど、条件を飲むなら残りは返してあげる」
「何を考えているんだ! このままでは僕も君の家もお終いだぞ!」
「何を言っているのよ! 私の人生はもう終わってる! 一緒に行けるところまで行きましょうよ!」
メイナーは地面に押し付けられたまま続ける。
「絶対にあなたを離したりなんかしない!」
メイナーがにやりと笑い、リブトラル伯爵の表情が凍りついた時でした。
ぴょんぴょんと、ピンク色のうさぎさんが中庭の木々の隙間から出てくるとメイナーの顔の上に乗った。
「うぷっ! な、なんなの!?」
メイナーは必死に顔の上に乗っているうさぎさんを退けようとするけれど、掴むことはできない。
「な、何だよ、どうしたって言うんだよ!?」
「わからない! 顔に何か乗ってるのよ!」
メイナーとリブトラル伯爵にはうさぎさんが見えないようで、しかも、触ることもできないようです。
うさぎさんの重みはメイナーには感じられるのに、掴むことはできないという不思議な現象です。
「うさぎ?」
キリュウ様たちには見えるようで、訝しげな顔をして見つめています。
「ちょっと! どうして重いのよ!?」
メイナーがじたばたと暴れ始めたので、リブトラル伯爵は彼女から離れ、わたしに目を向ける。
「アーシャ、申し訳ない。助けてくれないか。僕にはもう頼る人がいないんだ!」
「あなたにはお友達がいるでしょう!」
「両親が捕まったと聞いて、友人の妻が怒って会わせてくれないんだよ!」
奥さまとしては、犯罪者の息子を夫に近づけさせたくないのでしょう。
奥さまの気持ちはわかります。
「わたしがあなたを助けるわけがないでしょう」
冷たく言い放ち、キリュウ様を無言で見つめると、キリュウ様は門兵たちに命令する。
「セイブル伯爵令嬢とリブトラル伯爵を追っ払ってくれ」
「承知いたしました!」
命令された門兵たちが、リブトラル伯爵に近づく前に、キリュウ様はリブトラル伯爵たちに話しかける。
「二度とここに近づくな。その時は敵とみなして容赦しない」
「……そんなっ!」
リブトラル伯爵は何か言おうとしたけれど、言えば状況が悪くなると感じたのか、口を閉ざし、よろよろとした足取りで馬車に戻っていく。
「ねえ! ちょっと、一体なんなのよ!?」
メイナーの顔の上には、相変わらずうさぎさんが表情もなく座っています。
そのお顔もとっても可愛いです。
重しになっているのか、メイナーは起き上がることもできません。
リブトラル伯爵が馬車に乗って去っていくのと入れ替わりに、違う馬車がやって来て、中年の男性が二人降りてきました。
二人はメイナーを見て「窃盗の罪で逮捕する」と言った。
うさぎさんが乗っているせいで身動きがとれないメイナーは、警察にすぐに捕まえられた。
警察の人にもうさぎさんが見えるらしく、「珍しいうさぎだな」と言われると、うさぎさんは中庭に向かって走っていく。
そして、見えなくなる前に立ち止まり、振り返ってわたしを見つめると、首を縦に振った。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、うさぎさんは低木と低木の間に飛び込んでいった。
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その後、捕まったメイナーは貴族の女性が罪を犯した時に行くことで有名な施設に送られることが決まったそうです。
その施設から出てきた人は、性格がまるで別人のようになって出てくるということで有名ですので、過酷な環境にあるのだと思われます。
ですが、出てきていない人のほうが圧倒的に多く、そこで死を迎える人が多いため、メイナーも二度と出てこられないのではないかと言われています。
セイブル伯爵夫妻も加担したということで、罰金を支払わされ、爵位も剥奪されました。
そして、メイナーが再度、捕まったことにより、過去の悪事も掘り返され、メイナーに頼まれて、わたしをいじめていた人たちが注目されるようになりました。
この人たちについては、事情があったり、大人になって本当に反省していると思われる人たちは許すことにして、どうしていじめをしてはいけないのかわかっていない人や、うわべだけの謝罪の人は許さないことに決めました。
許しても良いと思った人たちのことは、お茶会などで話題にしたため、少しずつではあるけれど、社交界に居場所ができ始めているそうです。
でも、婚約破棄された人が再婚約になるということはないと聞きました。
子供の頃でも、いじめをしない人はしなかったのですから、よっぽどの事情がない限り、性根を疑ってしまいますものね。
リブトラル伯爵はセイブル伯爵家からお金が戻ってきたのは良いものの、ほとんど使われていたこともあり、両親を助けることはできませんでした。
それでも、彼の両親は彼は無関係だと言い張り、キリュウ様を殺そうとした件については、リブトラル伯爵は無罪となりました。
このまま、何事もなかったように伯爵として過ごしていくのかと思った時、領民から領主の変更を求められ、それを国王陛下が認めたため、彼は男爵に降格となりました。
「とりあえず、一段落といったところでしょうか」
とある日の夕食時、キリュウ様に問いかけると、少し考えてから答えてくれる。
「……そうだな。あとは、結婚報告といったところか」
「け、結婚報告、ですか!?」
「ああ。結婚は今すぐじゃなくても良いかもしれないけど、アーシャもさっさと実家と縁も切りたいだろ?」
「そ、それはそうですが」
実家のほうは、いつ結婚するのだとうるさいので、早く縁を切りたいのは山々です。
でも、それで結婚を急ぐというのもどうかと思うのですよね。
「あの、キリュウ様、無理はしなくても結構ですよ」
「無理はしてない」
「ですが、結婚を急ぐということは無理をしてもらっているのではないでしょうか」
「いや、そうじゃなくてだな」
「わたしはキリュウ様が幸せならそれでいいのです。ですから、キリュウ様がしたいと思ったときでかまいません。逆にしたくないのであれば、今の状況のままでも、わたしはかまいませんよ」
「そんなわけないだろ!」
キリュウ様が苦虫を噛み潰したような顔になった時、エルザや周りのメイドたちが急に笑い始めた。
「どうかしたんですか?」
「ふふっ! キリュウ様、はっきりおっしゃったほうが良いかと思いますが」
「う、うるさいな! わかってる!」
その時は話の意味がわからずじまいでしたが、数日後にキリュウ様から指輪と結婚の申込みの言葉をいただき、迷うことなく承諾のお返事をしたのでした。
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実家に結婚の報告をしに行くと、以前とは打って変わって笑顔で出迎えてくれました。
「いや、本当にめでたい」
「さすが私たちの娘だわ」
両親はわたしを褒めちぎり、お兄様も「自慢の妹だったんです」なんて嘘を平気で言う始末です。
辟易したわたしは、長居はせずに帰ることにしました。
「アーシャ、実はあなたたちが結婚すると知って、王都に別荘を買ったのよ」
帰り際、お母様が近寄ってきて、キリュウ様に聞こえないように、小声で話しかけてきました。
「王都にですか。そんなお金がよくありましたね」
田舎ならまだしも、王都の土地はものすごく高いはずです。
「ほら、だからね。あなたからキリュウ様に言って、お金の融通を」
「あ、そのことなのですが」
馬車に乗り込み、扉が閉まる直前に、お母様だけでなく、お父様たちにも聞こえるように大きな声を出します。
「今日でわたしはこの家と縁を切りますので!」
「「「……は?」」」
ぽかんと口を開けたお母様たちを見て、吹き出しそうになりましたが、御者が扉を閉めてくれたので、何とかなりました。
「王都に別荘を買ったそうですが、どうやって、お金を返していくんでしょうか」
「さあな。売りに出して、その分の金で払うんじゃないか?」
馬車が動き出してもしばらくの間は、お父様たちが何か叫んでいる声が聞こえていましたが、気にせずに会話を続けます。
「これから、トイズ辺境伯家で改めて頑張らせていただこうと思うのですが」
「どうした?」
「そろそろ、クマゴリラさまのお名前を教えてもらえませんか?」
「……ああ。そうだな。クマゴリラの名前は――」
クマゴリラさまは、わたしが本名を知ったとわかれば、どんな顔をするのでしょう。
どんな反応をするのか楽しみで、わたしたちは屋敷へと急いだのでした。
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「わたしの夫は独身らしいので!」というタイトルで新作を始めましたので、そちらも読んでいただけますと幸いです。
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感想をありがとうございます。
その後はどうなったんでしょう。
エルザの落とすのは大変そう(´∀`*)ウフフ
感想をありがとうございます。
ざまぁ、どうだったでしょうか😱
お祝いのお言葉をありがとうございます。
紙の遣いのうさぎさんは何匹もいるので別物かもしれません(´∀`*)ウフフ
あの子は肩入れしすぎだと怒られてましたからね😭
おお!
外国の方?がいらっしゃったんですね。
かっこいい!
こちらとしてはある意味、リアリティのある名前がつけれて良かったです😊
最後までお読みいただき、ありがとうございました✨