あなたが幸せならそれでいいのです

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
26 / 30

26  元夫との対決 ②

しおりを挟む
 レイティア様とお話するのはとても楽しくて、自由に歓談する時間はすぐに過ぎてしまいました。
 その後は、男性に比べて女性の社会的地位がまだまだ低いことや、女性がなりたい職業を選ぶことができる社会にするにはどうすれば良いかなどの話し合いが行われました。

 今の状況では、政治に携わりたいと考える女性がいても、絶対に無理な状況にあります。
 でも、現在の国王陛下が柔軟な考え方を持っておられるため、女性にもその機会が必要だと認めてくれているというお話がありました。

 はっきりとした答えは出なかったものの、自分一人では考えることもなかった話を聞いて、有意義な時間を過ごせたあとに宿に戻ると、キリュウ様が出迎えてくれました。

「遅かったな」
「そうですか? 予定通りの時間に終わったのですが」

 終了時刻が決まっていたので、議論は途中でしたが強制終了になっています。
 それに、ここに帰って来るまでに寄り道をした覚えもありません。

 わたしが気づいていないだけで、御者が遠回りでもしたのでしょうか。

 そんな風に思っていると、クマゴリラ様が笑う。

「アーシャ様の姿が見えないと、心配でしょうがないんだよ」
「お気持ちはとても嬉しいですが、少し、過保護のような気もします」
「うるさいな。で、今日はどうだった?」
「とても有意義な時間を過ごせました」

 笑顔で答えてから、反対を押し切る覚悟を決めて、キリュウ様に宣言します。

「メイナーのことはしばらく様子を見ようと思います。その間に、キリュウ様の命を狙っている、リブトラル伯爵と話をしようと思います」
「駄目だって何度も言ってるだろ」
「ですが、手紙ではわたしの気持ちが全く伝わっていません」
「会って話しても一緒の相手もいるぞ」
「それはわたしも理解しています。ですが、時が過ぎれば諦める相手でもないでしょう。これ以上、過激な真似をされても困るんです。自分が危険な目に遭うよりも、キリュウ様を危険な目に遭わせるほうが嫌ですから!」
「それはこっちも同じ気持ちだよ!」

 口論になりはじめたところで、エルザが手を挙げた。
 発言を求めている仕草だったので、キリュウ様が許可をすると、エルザは頭を下げてから話し始める。

「感情論での話をすることをお許しください。私もアーシャ様と同じように、手紙では気持ちが伝わらないと思います。その時の相手の表情や声色でわかることもあると思うんです」
「俺だって、文章では伝わりづらいってことくらいはわかっている。でも、リブトラル伯爵がアーシャに何かするかもしれないと思うと不安なんだよ」
「では、キリュウ様も一緒に話を聞けばよいのではないでしょうか。アーシャ様の婚約者なのですから、別の男性と二人きりにすることはできないと言って、同席することはおかしくないことだと思います」

 エルザの言葉のあとに、クマゴリラさまが同意する。

「俺もそう思う。それに、もし、アーシャ様に手を出そうとした場合、キリュウ様がそのまま処分しちまえばいいと思うんだよな」
「しょぶん?」

 今いち意味がわからなくて、クマゴリラさまに聞き返すと豪快に笑ってから答えてくれる。

「ああ。手が滑った! って言いながら、斬っちまえばいいだろう」
「そそそ、そ、そんなことにならないようにしなければなりません!」

 わたしは血を見るのが苦手ですから、絶叫して気を失ってしまいそうです。

「アーシャ様の前で、そんな野蛮なことを言うのはやめてください」
「すみません」

 エルザに睨まれたクマゴリラさまは、肩を落として謝った。

 こんなことを言うのもなんですが、エルザは猛獣使いみたいです。

「……わかった」

 キリュウ様は渋々といった様子で頷いて提案する。

「アーシャから出向くんじゃなくて、トイズ辺境伯家に招待する。二人きりにはさせない。話し合いの前にリブトラル伯爵が武器や危険なものを持っていないかのボディチェックをする。この条件が飲めるなら許す」
「ありがとうございます、キリュウ様」

 お礼を言うと、キリュウ様はわたしの頬に触れた。

「え? あ、あの、どうかされましたか?」
「惑わされるなよ」
「……惑わされるとは?」
「何でもない」

 キリュウ様は表情や顔の色は変わりませんが、耳は赤くなっているので照れているようです。

 その時は言葉の意味が分からず終いだったのですが、客室に戻る途中に、エルザが教えてくれました。

「キリュウ様は、アーシャ様の中に、また、リブトラル伯爵が好きだという気持ちが再燃してしまうと思ったのかもしれませんね」

 気持ちが再燃することはありえません。
 どんな理由かわかりませんが、わたしに死んでほしいと思っていた人のことを好きになれるほど、恋に溺れるような人間ではないですから。

 でも、どうして、キリュウ様は照れたのでしょうか。

 不思議に思ってエルザに尋ねると、彼女は苦笑した。

「それは、私の口からは言えませんので、ぜひ、ご本人に聞いてみてくださいませ。」

 エルザの家系はお祖母様の代からトイズ辺境伯家に仕えているそうです。

 そのため、エルザとキリュウ様は長い付き合いですから、言葉にしなくてもわかるものなんですね。

 なんだか少しだけ寂しい気持ちにもなりましたが、今はそんなことを考えている暇はありません。

 気持ちを切り替えて、リブトラル伯爵への手紙を書くことにしたのでした。



◇◆◇◆◇◆
(レディシト視点)




「……レディシトさま……、会いに、来てくれたんですね」

 メイナーが倒れたと聞き、ちょうど、彼女に話したいことがあった僕は様子を見に行った。

 久しぶりに会ったメイナーは、昔の美しさはなく、全身がしわだらけで、まるで、やせ細った老婆のようになっていた。

「レディシトさま……、かおを……見せてください」

 気持ち悪い。

 年齢を重ねた老婆ならまだしも、メイナーはそうじゃない。

 僕よりも若いのに老婆にしか見えない。
 どうして、こんなに一気に老けてしまったんだ?
 生気がないから、そう見えるんだろうか。

 でも、僕はそんな感情を表に出すことはなく、メイナーに近づく。

「具合が悪いみたいだね」
「はい。でも、レディシトさまのかおを……見たら、元気になってきました」

 メイナーはゆっくりと上半身を起こして、僕の手を握る。

「レディシトさま、私はずっと前からあなたのことが好きだったんです。だから、嘘をついてでも、あなたをアーシャから奪いたかった」
「……ごめん」

 僕は彼女の手を取って謝る。

「僕にはアーシャしかいないってわかったんだ」
「……そんな」

 メイナーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 僕は自分が知らないうちに、いろいろな人に愛されていたんだな。

 ショックを受けているメイナーから離れ、扉の前に立って話しかける。

「君をこれ以上傷つけたくないから、もう、僕はここには来ない。今日は君に別れを告げに来たんだ」

 アーシャと復縁するには、メイナーとの縁は切らなければならない。

 これで、もう、僕とメイナーには何のつながりもない。

 メイナーのことを気の毒に思う気持ちもあるけれど、嘘をついて僕を騙したのは彼女だ。
 文句を言われる筋合いはない。


 これから、どうやってアーシャにアプローチをかけようかと思いながら家に戻ると、アーシャから手紙が届いていた。

 
しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

【完結】婚約破棄した王子と男爵令嬢のその後……は幸せ?……な訳ない!

たろ
恋愛
「エリザベス、君との婚約を破棄する」 「どうしてそんな事を言うのですか?わたしが何をしたと言うのでしょう」 「君は僕の愛するイライザに対して嫌がらせをしただろう、そんな意地の悪い君のことは愛せないし結婚など出来ない」 「……愛せない……わかりました。殿下……の言葉を……受け入れます」 なんで君がそんな悲しそうな顔をするんだ? この話は婚約破棄をして、父親である陛下に嘘で固めて公爵令嬢のエリザベスを貶めたと怒られて 「そんなにその男爵令嬢が好きなら王族をやめて男爵に婿に行け」と言われ、廃嫡される王子のその後のお話です。 頭脳明晰、眉目秀麗、みんなが振り向くかっこいい殿下……なのにエリザベスの前では残念な男。 ★軽い感じのお話です そして、殿下がひたすら残念です 広ーい気持ちで読んでいただけたらと思います

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

処理中です...