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16 前向きな気持ちと逆恨み ②
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「リブトラル伯爵がアーシャとよりを戻したがってるだって?」
トイズ辺境伯家に戻った次の日の朝、キリュウ様の執務室でうさきざんとの話をしてみたところ、キリュウ様は、レディシト様の話に反応した。
「はい。わたしの手紙は読んでくれていると思いますし、わたしがキリュウ様と婚約したことも知っているはずなんですが……」
「罪滅ぼしをしたいとか思ってんのかな」
「レディシト様の場合の罪滅ぼしというのは自己満足ですよね。わたしはよりを戻したくありませんから」
ここでの生活はとても幸せです。
家族のことを忘れることができて、昔のようにいじめをしてくる人もいません。
リブトラル伯爵家の使用人のように、わたしを裏切る人もいないでしょう。
「そういえば、アーシャたちが神聖な森に行っている間に、リブトラル伯爵家に勤めていた奴らが、アーシャに謝りたいと言って押しかけてきた」
「ええ!?」
「解雇されて行くところがないんだろう」
「……紹介状がなければ、問題があるとみなされて、次の仕事を見つけられないと聞きますものね」
自業自得のことなので、助けてあげる気にはなりません。
どんなに酷いことをされても、優しい人間であれば元使用人たちを助けるのかと聞いてみたいですが、目の前にいるキリュウ様は普通の人ではありませんから、あとで他の人に聞いてみることにします。
「ここまで来る旅費も結構かかるらしくて、全員が来たわけじゃなかった。リーダー格になっている元執事は全部、当主のためだと訴えていたな」
「そんな話をキリュウ様にしても意味がないですよね」
「俺に取り次いでもらおうと思ったんだろう。諦めて帰れと言ったが、しばらく、近くの宿屋に泊まっていると言っていた」
「そんな……」
「まあ、そんな自分勝手な奴は放っておけばいい。それよりも、娘を追い出されて怒ったセイブル伯爵家が動き出したぞ」
「メイナー個人ではなく、セイブル伯爵家が動いたんですね」
昔から、彼女の両親はメイナーのことを可愛がっていたから、どんな理由であれ、娘を追い出したことを許さないはずです。
「レディシト様がよりを戻したがっているなんて知ったら、わたしにも怒りの矛先を向けるのでしょうね」
「その可能性は高いな。でも、よりを戻したがっていることを知らないから、しばらくはリブトラル伯爵家への攻撃だけだろう。奴らが遊んでいる間に、こっちも手を打つから心配するな」
「メイナーとの縁は悪縁だと思っていますし、そういう縁こそ切りにくいことはわかっています。キリュウ様に頼ってばかりではいけませんので、何か情報があれば、その都度教えていただけますか」
「ああ」
キリュウ様の口元に笑みが浮かんだので、不思議に思って聞いてみます。
「何か、笑うようなことを言いましたでしょうか」
「いや。初めて会ってそんなに経っていないのに、顔つきが変わったなと思っただけだ」
「よ、良い方向に変わっていますか?」
「ああ」
「あの、キリュウ様。そんなことを言ってもらったのに申し訳ないお願いがあるのですが」
「……何だ?」
キリュウ様が眉間にシワを寄せて聞き返してきた。
「精神的に強くなったつもりではいますが、きっと、何か予想外のことがあれば凹んでしまうと思います。その時は、殴ってもらえますか」
「殴るのは無理だが注意はする。婚約者になったんだから、厳しいことを言わせてもらうぞ」
「お前に人権などない、というような発言はやめていただけると」
「そんなこと言うわけないだろ! アーシャの両親と一緒にすんな!」
ムキになるキリュウ様が何だか子供っぽく見えて、つい笑ってしまいます。
「笑うことは言ってないぞ」
「申し訳ございません。でも、可愛らしいなと思ってしまいまして」
「うるさいな。ばあちゃんたちと同じこと言うな」
キリュウ様は幼い頃から、年配の使用人たちのことを『じいちゃん、ばあちゃん』と呼んでいて、本当の祖父母のことは「おじいさま、おばあさま」と呼んでいるそうです。
「褒めているんですよ」
「大人の男に可愛いというのは褒め言葉じゃない」
「では、お優しいのですね」
「優しくもない。やられる前にやれ、だからな」
「キリュウ様の立場上、それで良いかと思います」
辺境は他国との境界線でもありますから、甘い判断は命取りになります。
攻撃されるとわかっていて、何もしないというのもおかしいですからね。
「そうだ。疲れているところ悪いが、今日からフットマンを増やして、エルザの手伝いに入ってもらうから、アーシャには俺の手伝いをしてほしい」
「……何でしょうか!」
キリュウ様のお役に立てるのは嬉しいです。
そう思い、勢い込んで尋ねると、キリュウ様は封筒の束をわたしに手渡してきた。
「こ、これは……?」
「アーシャはただでさえ時の人なんだ。そこへ、俺との婚約だ。夜会や記念パーティーの誘いが続々と来ている」
「……こ、この分の返事を書けば良いのでしょうか」
「頼む。出席したほうが良いと思うものを選んで出席の連絡を。その他は欠席の詫び状を送ってほしい」
「承知いたしました」
キリュウ様の実務机の近くにあるソファに座り、まずは招待状を分けていくと、個人的に行ってみたいものを見つけました。
「あの、キリュウ様! シルーク侯爵家の結婚披露宴に行ってみたいのですが」
「……かまわないけど、どうしてだ?」
キリュウ様は手を止めて聞いてきた。
「出席者にはティアトレイという武器にも防具にもなるトレイがもらえるそうです!」
「……はあ?」
いつ何時、命が狙われるかはわかりません。
ティアトレイはシルバートレイを改造したものらしいので、私でも扱えるはずです!
しかも、新婦のレイティア様は再婚です。
再婚のことで何か言ってくる人たちに対して、どうあしらったら良いかを聞いてみたいです!
◇◆◇◆◇◆
(メイナー視点)
ああ、レディシト様。
やっと私のものになったと思ったのに、会うことさえもできなくなってしまった。
こんなことなら、元気な内に既成事実を作っておくべきだったわ。
ベッドに寝転んでため息を吐いていると、メイドが手紙を持ってきてくれた。
それは義母になるはずの人からの手紙だった。
「絶対に許さない! なんで、あんな女とよりを戻そうって言うのよ!」
喜んでいた私だったけれど、内容を読んで腹が立ち、手紙を破りながら叫んだ。
レディシト様はアーシャとよりを戻そうとしているらしい。
「馬鹿じゃないの、あの男! 私よりもアーシャが良いって言うの!?」
絶対に許せないし許さない。
レディシト様、未だにアーシャにこだわるというのなら、私にも考えがあるわ!
絶対に後悔させてやる!
今、この瞬間から、私の敵はアーシャだけでなく、レディシト様も追加された。
トイズ辺境伯家に戻った次の日の朝、キリュウ様の執務室でうさきざんとの話をしてみたところ、キリュウ様は、レディシト様の話に反応した。
「はい。わたしの手紙は読んでくれていると思いますし、わたしがキリュウ様と婚約したことも知っているはずなんですが……」
「罪滅ぼしをしたいとか思ってんのかな」
「レディシト様の場合の罪滅ぼしというのは自己満足ですよね。わたしはよりを戻したくありませんから」
ここでの生活はとても幸せです。
家族のことを忘れることができて、昔のようにいじめをしてくる人もいません。
リブトラル伯爵家の使用人のように、わたしを裏切る人もいないでしょう。
「そういえば、アーシャたちが神聖な森に行っている間に、リブトラル伯爵家に勤めていた奴らが、アーシャに謝りたいと言って押しかけてきた」
「ええ!?」
「解雇されて行くところがないんだろう」
「……紹介状がなければ、問題があるとみなされて、次の仕事を見つけられないと聞きますものね」
自業自得のことなので、助けてあげる気にはなりません。
どんなに酷いことをされても、優しい人間であれば元使用人たちを助けるのかと聞いてみたいですが、目の前にいるキリュウ様は普通の人ではありませんから、あとで他の人に聞いてみることにします。
「ここまで来る旅費も結構かかるらしくて、全員が来たわけじゃなかった。リーダー格になっている元執事は全部、当主のためだと訴えていたな」
「そんな話をキリュウ様にしても意味がないですよね」
「俺に取り次いでもらおうと思ったんだろう。諦めて帰れと言ったが、しばらく、近くの宿屋に泊まっていると言っていた」
「そんな……」
「まあ、そんな自分勝手な奴は放っておけばいい。それよりも、娘を追い出されて怒ったセイブル伯爵家が動き出したぞ」
「メイナー個人ではなく、セイブル伯爵家が動いたんですね」
昔から、彼女の両親はメイナーのことを可愛がっていたから、どんな理由であれ、娘を追い出したことを許さないはずです。
「レディシト様がよりを戻したがっているなんて知ったら、わたしにも怒りの矛先を向けるのでしょうね」
「その可能性は高いな。でも、よりを戻したがっていることを知らないから、しばらくはリブトラル伯爵家への攻撃だけだろう。奴らが遊んでいる間に、こっちも手を打つから心配するな」
「メイナーとの縁は悪縁だと思っていますし、そういう縁こそ切りにくいことはわかっています。キリュウ様に頼ってばかりではいけませんので、何か情報があれば、その都度教えていただけますか」
「ああ」
キリュウ様の口元に笑みが浮かんだので、不思議に思って聞いてみます。
「何か、笑うようなことを言いましたでしょうか」
「いや。初めて会ってそんなに経っていないのに、顔つきが変わったなと思っただけだ」
「よ、良い方向に変わっていますか?」
「ああ」
「あの、キリュウ様。そんなことを言ってもらったのに申し訳ないお願いがあるのですが」
「……何だ?」
キリュウ様が眉間にシワを寄せて聞き返してきた。
「精神的に強くなったつもりではいますが、きっと、何か予想外のことがあれば凹んでしまうと思います。その時は、殴ってもらえますか」
「殴るのは無理だが注意はする。婚約者になったんだから、厳しいことを言わせてもらうぞ」
「お前に人権などない、というような発言はやめていただけると」
「そんなこと言うわけないだろ! アーシャの両親と一緒にすんな!」
ムキになるキリュウ様が何だか子供っぽく見えて、つい笑ってしまいます。
「笑うことは言ってないぞ」
「申し訳ございません。でも、可愛らしいなと思ってしまいまして」
「うるさいな。ばあちゃんたちと同じこと言うな」
キリュウ様は幼い頃から、年配の使用人たちのことを『じいちゃん、ばあちゃん』と呼んでいて、本当の祖父母のことは「おじいさま、おばあさま」と呼んでいるそうです。
「褒めているんですよ」
「大人の男に可愛いというのは褒め言葉じゃない」
「では、お優しいのですね」
「優しくもない。やられる前にやれ、だからな」
「キリュウ様の立場上、それで良いかと思います」
辺境は他国との境界線でもありますから、甘い判断は命取りになります。
攻撃されるとわかっていて、何もしないというのもおかしいですからね。
「そうだ。疲れているところ悪いが、今日からフットマンを増やして、エルザの手伝いに入ってもらうから、アーシャには俺の手伝いをしてほしい」
「……何でしょうか!」
キリュウ様のお役に立てるのは嬉しいです。
そう思い、勢い込んで尋ねると、キリュウ様は封筒の束をわたしに手渡してきた。
「こ、これは……?」
「アーシャはただでさえ時の人なんだ。そこへ、俺との婚約だ。夜会や記念パーティーの誘いが続々と来ている」
「……こ、この分の返事を書けば良いのでしょうか」
「頼む。出席したほうが良いと思うものを選んで出席の連絡を。その他は欠席の詫び状を送ってほしい」
「承知いたしました」
キリュウ様の実務机の近くにあるソファに座り、まずは招待状を分けていくと、個人的に行ってみたいものを見つけました。
「あの、キリュウ様! シルーク侯爵家の結婚披露宴に行ってみたいのですが」
「……かまわないけど、どうしてだ?」
キリュウ様は手を止めて聞いてきた。
「出席者にはティアトレイという武器にも防具にもなるトレイがもらえるそうです!」
「……はあ?」
いつ何時、命が狙われるかはわかりません。
ティアトレイはシルバートレイを改造したものらしいので、私でも扱えるはずです!
しかも、新婦のレイティア様は再婚です。
再婚のことで何か言ってくる人たちに対して、どうあしらったら良いかを聞いてみたいです!
◇◆◇◆◇◆
(メイナー視点)
ああ、レディシト様。
やっと私のものになったと思ったのに、会うことさえもできなくなってしまった。
こんなことなら、元気な内に既成事実を作っておくべきだったわ。
ベッドに寝転んでため息を吐いていると、メイドが手紙を持ってきてくれた。
それは義母になるはずの人からの手紙だった。
「絶対に許さない! なんで、あんな女とよりを戻そうって言うのよ!」
喜んでいた私だったけれど、内容を読んで腹が立ち、手紙を破りながら叫んだ。
レディシト様はアーシャとよりを戻そうとしているらしい。
「馬鹿じゃないの、あの男! 私よりもアーシャが良いって言うの!?」
絶対に許せないし許さない。
レディシト様、未だにアーシャにこだわるというのなら、私にも考えがあるわ!
絶対に後悔させてやる!
今、この瞬間から、私の敵はアーシャだけでなく、レディシト様も追加された。
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