あなたが幸せならそれでいいのです

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
12 / 30

12  予想していなかった出来事

しおりを挟む
 次の日、わたしはトイズ家に手紙を届けに来た手紙配達人に、レディシト様への返事の手紙を持っていってもらうようにお願いしました。

 リブトラル伯爵家に手紙を届けるのに3日かかるとのことでしたので、レディシト様が手紙を読むことができるかはわかりません。

 どうか、メイナーが嘘を認めて、反省してくれますように――

 レディシト様のためでなく、自分のために祈るのですから、わたしも酷い人間ですね。

「ボーッとしてどうしたんだ」

 庭園の散歩を終え、玄関前で空を見上げながら考えていると、黒の外套を着たキリュウ様が中から出てきて話しかけてきた。

「ごきげんよう、キリュウ様」

 挨拶をしてから、問いかけに答えます。

「心の優しい人なら、迷わずにレディシト様を助けると思うんです。でも、わたしは助けません。ということは酷い人間です」
「嫌なことをされたんだから当たり前だろ」
「わたしは実際に殺されたわけではありませんから助けるべきです」
「人に殺意を持った時点で良くないんだよ。やられる前にやれってよく言うだろ」
「戦略的なものではそうかもしれませんが、人間関係では聞いたことがありません。それに、もうかかわらなければ良いことです」

 そこまで言って、自分の両頬を強く叩きます。

「人のことを考える暇があるなら、自分のことを考えないといけませんね」
「アーシャに話したいことがある。今から時間あるか?」
「……ありますが」
「出かけるぞ。話は馬車の中でする」

 わたしが答える前に、馬車がやって来て、わたしたちの前に停車したのでした。


******



「どこに行くおつもりなんですか?」
「買い物」
「……荷物持ちすれば良いんですね!」

 どこに何のために連れて行くのかわかったわたしが納得して頷くと、キリュウ様は首を横に振る。

「違う。というか、絶対に俺のほうがアーシャよりも荷物は持てるだろ。今からアーシャのものを買いに行く」
「……どういうことですか?」

 意味がわからなくて聞き返すと、キリュウ様は上着のポケットから、白い封筒を取り出して、わたしに渡す。

「……拝見します」

 そう言って、受け取った封筒の中から手紙を取り出そうとして驚きました。

 封蝋がわたしの実家の家紋だったからです。

「こ、これはわたし宛の手紙ですか?」
「いや。俺宛だ」
「なんと言ってきているのですか!?」
「まあ、読んでみろ」
「し、失礼します!」

 急いで手紙に目を通すと、とんでもない内容だったので、慌てて謝ります。

「ま、ま、誠に申し訳ございません!」
「気にすんな。アーシャが良ければ、この話は受けようと思っている」
「で、で、で、ですが!」
「嫌なのか?」
「嫌ではありません!」
「そうしたほうが俺にもメリットがあるし、動きやすい」

 実家からの手紙には「娘をぜひ、あなたの婚約者にしてやってください」と書かれていた。

 辺境伯とのパイプがほしくて、門前払いしたわたしを娘扱いしているようです!

「都合の良い時だけ、わたしを娘扱いするんですね!」
「俺がアーシャの立場でも、間違いなく怒ってるよ。でも、この話にはメリットもあるだろう」
「キリュウ様にはデメリットだらけです! 婚約者が離婚経験のある女性だなんて!」
「じゃあ、アーシャ以外の離婚経験のある女性を俺が選んだら文句を言うのか」
「言いません!」
「なら、問題ないだろ」

 他の人の場合は何も思わないのに、自分の時だけ問題にするのはおかしいと言われればそうかもしれません。

「キリュウ様、こんなことは言いたくありませんが、後悔する日がくると思います」
「元々、クマゴリラたちにも言われていて考えていたんだ。自分が考えて決めたことだから後悔しない。それに、社交場に連れて行くのならば、婚約しておいたほうが良いだろう」

 わたしのせいで、キリュウ様はみんなの前に姿を見せることになったんですよね。

 誕生日を祝うのは別に個人的でも良かったのに、わざと大勢の前で姿を見せてくれたんです。

 姿を見せてしまったことで、キリュウ様の婚約者になりたいという貴族の女性が何人も出てきたそうです。

 迷惑かけてばかりでは嫌われてしまいます。

「わ、わたしでよければお願いいたします!」
「別に今すぐに答えを出さなくても、もっと悩んでいいぞ」
「いえ! わたしにはこのお話を断る理由はありませんから! あ、ですが、メイドの仕事は続けます! メイド服ってポケットもあって、とても動きやすいんです。仕事も慣れてきましたし、お願いします!」

 両親の思い通りになりたくありませんが、もう、捨てられたくもありません。

 キリュウ様はわたしを捨てたりしないとわかっていて、色々と甘えようとするわたしは最低ですね。

「人のことばかり考えるのはやめろ。周りの迷惑を考えるのは悪いことじゃない。でも、気にしすぎると生きていくのが辛いだろ」
「……はい」

 まるで、わたしの心を読んだかのようなキリュウ様の発言に、頷くことしかできませんでした。

 十年の間に付いた心の傷は癒えることはないでしょう。

 でも、幸せになってもいいですよね。

「恩をお返しできるように頑張ります! もし、キリュウ様がドイシン病にかかったら助けますね!」
「縁起の悪いことを言うな」
「でも、悪い人に好かれてしまったら、ドイシン病にかかってしまうかもしれません」
「絶対だとは言えないが、悪い奴の大事な奴も悪い奴じゃないとかからないと思う」
「……そうですよね! 理不尽だと思っていたんです!」

 悪い人の大事な人がかかってしまうのなら、何の関係もない良い人がドイシン病で苦しめられることになります。
 発症率が多く思えるのは、悪い人の周りには悪い人が集まるからなのでしょう。

「少し先になるが、アーシャの実家は俺の地位や財産に興味があるみたいだし、結婚してすぐ、結婚報告と一緒に縁切り報告もするぞ」
「はい!」

 わたしとキリュウ様が婚約者になって結婚するとわかれば、両親やお兄様たちは喜ぶことでしょう。

 これから、甘い汁を吸えると思ったところでの縁切り報告はショックでしょうね。

 良い気分になったところで、目的地に着いたようで馬車を降り、目的の店がある繁華街に向かいました。

 その後、一通りの買い物を終えて、人の多い大きな広場を護衛に囲まれて歩いていた時でした。

「アーシャさん! 待って、アーシャさん!」

 聞き覚えのある声がして立ち止まると、キリュウ様たちも足を止めた。
 人混みをかき分けてくる相手の姿が見えた時、素早く護衛たちがわたしの姿を隠してくれる。

「どうして、ここにいるんだ」

 キリュウ様が舌打ちをした。

「お願いです! レディシトを助けてください!」

 わたしに助けを求めてきたのは、レディシト様のお母様だった。

しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

【完結】さよならのかわりに

たろ
恋愛
大好きな婚約者に最後のプレゼントを用意した。それは婚約解消すること。 だからわたしは悪女になります。 彼を自由にさせてあげたかった。 彼には愛する人と幸せになって欲しかった。 わたくしのことなど忘れて欲しかった。 だってわたくしはもうすぐ死ぬのだから。 さよならのかわりに……

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

処理中です...