あなたが幸せならそれでいいのです

風見ゆうみ

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8   元親友との再会 ③

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「アーシャさんが私に嘘を教えたんですよ!」

 イルナ子爵令嬢がわけのわからないことを言い出したすぐのことだった。

「不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」

 メイナーがキリュウ様に頭を下げたあと、すぐに顔を上げて、イルナ子爵令嬢に話しかける。

「嫌だわ。あなたがあんなことを言うものだから信じてしまったじゃないの」
「あ……、あんなこと?」
「そうよ。トイズ辺境伯がこんなに素敵なわけがないって言うから。今回の件はアーシャは関係ないじゃないの。あなたまで嘘つきになってはいけないわ」
「そ、そんな、メイナー様!?」

 イルナ子爵令嬢は困惑した表情でメイナーを見つめる。

 イルナ子爵令嬢も賢くないですよね。
 メイナーは人を簡単に裏切れる人です。
 ということは、自分が裏切られる可能性だってあると思っていなければいけません。

 キリュウ様を横目で見ると、呆れたような顔でメイナーを見ています。
 そんな視線に気がついたのか、メイナーは笑顔で話しかける。

「トイズ辺境伯、驚かれましたわよね。でも、私も知らなかったんです。罰するのであれば、彼女だけお願いいたしますわ」
「罰するだなんて一言も言ってないだろ」

 キリュウ様は冷たい声で答えると、イルナ子爵令嬢に尋ねる。

「そういえば君には婚約者がいるのか」
「……は、はい」

 イルナ子爵令嬢は何度も首を縦に振ると、何事かと近くで見守っていた人たちの中から、自分の婚約者の姿を探す。

「……あのぉ、僕の婚約者が何か失礼なことをしたんでしょうか」

 逃げても無駄だと思ったのか、恐る恐る出てきた男性の顔は忘れもしません。
 イルナ子爵令嬢がわたしをいじめていた時、加担はしませんでしたが、その様子を見て笑っていた人物です。

「俺は自分の家で働いてくれる人間は特に大事にする。だから、アーシャが嘘つきだと言われたことが気に入らない。婚約者として、どう落とし前をつけてくれる?」

 いきなり話題が飛んだので、どうしたのかと思っていると、メイナーが割って入る。

「トイズ辺境伯、実際にアーシャはずっと嘘をついているんです! イルナ子爵令嬢はそれで迷惑していたんです! アーシャは大人しそうな顔をしているので信じられないかもしれませんが、嘘は良くないって私はずっと彼女に言い続けてきたんです」
「と言ってるが、どうなんだ?」

 キリュウ様に尋ねられたので、わたしは一歩前に出てメイナーに質問をぶつけます。

「……お聞きしますが、あなたは学生時代のわたしがどんな嘘をついていたと言いたいんです?」
「……薬草を採りに行ったのは私なのに、自分が採ってきたようにしろって言ったじゃないの」
「言ってませんし、それは最近のことではないですか。学生時代の話ではありません。私とイルナ子爵令嬢は学生時代にしかかかわりがありませんから、その時の話をしてください」
「そ、それは……」

 口ごもるメイナーを睨みつけて忠告する。

「嘘をついているのはあなたです。このままでは、レディシト様が不幸になりますよ。不幸にしたくなければ」
「アーシャ! あなた、レディシト様に何かするつもりなの!?」

 メイナーは叫びながら辺りを見回す。
 みんなに話を聞かせて、自分は何もしていないと言いたいのでしょう。

「メイナー、レディシト様がドイシン病を再発したら、あなたはどうするんですか?」
「……は?」
「あなたには薬草をことはできません」
「そんなことないわ! 前回だって持って帰れたんだもの!」

 メイナーはわたしが持って帰れたのだから、自分が持って帰れないはずがないと思っているようです。

「……後悔してもしりませんよ」
「アーシャ、どうして、あなたが被害者ぶるの? トイズ辺境伯は優しい御方だから、あなたの嘘を信じてしまっているわよ! 良心が痛まないの!?」

 悔しいことに役者としては、メイナーのほうが上です。

 でも、ここに来た以上、このままでは終われません。

「まだ聞きたいことがあるのですが」
「……何かしら」
「……イルナ子爵令嬢はわたしのことをいじめていましたよね。それをあなたが庇ってくれていた。それは間違いないですね?」
「……そ、それが何だって言うの?」

 メイナーはわたしの質問の意図が掴めなくて困惑している。

「あなたはいつ、イルナ子爵令嬢と仲良くなったんですか?」
「……え? い、いつだってかまわないでしょう! 話をすり替えようとしないで!」
「わたしはっ!」

 メイナーに負けじと大きな声で叫ぶ。

「学生時代、イルナ子爵令嬢や他の令嬢から嫌な言葉を浴びせられていたんです! あなたは、庇ってくれていましたよね! あなたはわたしの知らないところで、イルナ子爵令嬢と仲良くしていたんですか」
「それは、その、最近よ」
「セイブル伯爵令嬢とは最近、仲が良くなったって、僕も聞いたよ」

 イルナ子爵令嬢の婚約者が話に入ってきたので、矛先を彼に向けます。

「あなたが、イルナ子爵令嬢がわたしをいじめている時、止めることなく黙ってみていましたよね? しかも笑いながらです!」
「……え、あ、そ、それは、でも、君が助けを求めなかったから」
「ふざけないでください! わたしにとって、あなたの行動はいじめを容認していたことと同じです。わたしが親から愛されていないから好き勝手しても良いと思ったのですか!」

 声を荒らげると、イルナ子爵令嬢たちは焦った顔で辺りを見回した。

 貴族の間でも表向き、いじめは良しとされていません。
 陰でやるような人はいますが、多くの人はいじめをするような人を軽蔑しています。
 
 わたしは伯爵令嬢でしたが、いじめを受けたことで、両親からは伯爵家の娘として扱われていませんでした。

 公になれば、伯爵令嬢がいじめられていたとして、実家の恥になると思われ、なかったことにされていたんです。

 そして、あの時のわたしはメイナーとレディシト様がいれば頑張れると思っていたから、声を上げませんでした。

「わたしはもう伯爵令嬢ではありません。でも、トイズ辺境伯家に勤めているというプライドがあります。ですから、嘘なんてつきません! あなたたちみたいな最低な人たちの嘘に負けません!」

 親友も夫も失った。

 今、わたしに残っているのは、トイズ辺境伯家に勤められているという誇りだけ。

 わたしが馬鹿にされるということは――

「俺に対しての無礼はどうでもいい。さっきも言ったが、アーシャを嘘つき呼ばわりしたことは許せない。それから、イルナ子爵令嬢、いじめをして、人の心を傷つけた罪に、この国では時効なんてないからな」

 キリュウ様は怯えきっているイルナ子爵令嬢に近づき、小声で話しかける。

「法で裁けなくても、裁き方なんていくらでもあるんだよ。お前の家を潰すとかな」
「ひっ!」

 イルナ子爵令嬢は悲鳴を上げて、その場に座り込んだ。





◇◆◇◆◇◆
(レディシト視点)


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 主催者のご厚意で医者に診てもらったあと、休憩室の簡易ベッドで横になり、メイナーが来るのを待ちながら考えていた。

 咳だけといっても、連続で長く続くと辛い。

 横になって、今までのことを反省すると、少しだけ楽になる。

 だから、今までのことを反省すると同時に、どうしてドイシン病にかかってしまったのかを考えていた。

 頭に浮かんでくるのは、ドイシン病にかかる前に執事とした会話のことだ。

 もう18歳になった、あの時のアーシャはまだ17歳だった。

 18になったら、彼女と夜を共にしなければならない。
 僕にとってアーシャは恋愛対象じゃない。
 だから、そんな気になれなくて、執事にぼやいたことがある。

『彼女のことは妹にしか思えない。だから、18になるまでに何かの間違いでいなくなってくれないかな』
『レディシト様、あなたがそんなことをおっしゃるだなんて』
『……冗談だよ。アーシャのことは可愛いと思ってる』

 執事がショックを受けた顔をしたから、慌てて冗談だと言った。

 それに僕だって本気で思ったわけじゃなかった。

 だけどその後、僕はドイシン病にかかり、メイナーのおかげで回復した。

 でも、今、僕の体には、あの時の症状とまったく同じことが起きている。

 アーシャを裏切ろうなんて、一瞬でも考えたから、僕はドイシン病にかかったのか?

 そして、執事は僕のために、嘘をついてアーシャを追い出そうとしたのか?
 だから、僕の病気が再発しようとしてるんじゃないだろうか。

 いや、それなら使用人の誰かがおかしいと言うはずだ。

 ルーナオはメイナーが採ってきてくれたんだ!

 メイナーも使用人もそんな嘘をつく必要はないじゃないか!






ーーーーーー

前の話での質問にお答えいただいた皆様、本当にありがとうございました。
もし、追加、変更ありましたら、また教えていただけますと幸いです。
今回は答えていないけど、追加あるという方も歓迎です!(乱暴な言葉はお控えくださいませ)
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