上 下
5 / 30

5   パーティーのお誘い

しおりを挟む
 採用が決まったその日から、エルザとペアを組んで働くことになった。

 他にもメイドはいるけれど、高齢の方ばかりなので、掃除などの体力が必要な部分を年齢の若いわたしに担当してほしいと言われたのです。

 わたしも体力はありませんが、まだ若さがありますので、体力をつけていこうと思います。

 トイズ辺境伯家は3階建ての木造建築で、横に広くて廊下の端から端までがかなり距離がある。

 モップ掛けにも一苦労ですが、廊下ですれ違う人たちが、皆、笑顔で話しかけてくれるので疲れも飛ぶような気がします。

 まるで、おじいさまとおばあさまが一気に増えたみたいです。

 クマゴリラ様率いる騎士隊は若い男性ばかりなので、最初は警戒したけれど、高いところを掃除したりする時は手伝ってくれたりする優しい人ばかりで、この屋敷には良い人しかいません!

 そうです。
 いつまでも、クマゴリラ様と呼んでいてはいけません。

「エルザ、聞きたいことがあるのですが」
「何でしょうか」

 彼女とは同等の立場なのだけど、わたしが元貴族だということで敬語を使ってくれています。

 普通に話してほしいとお願いしても困った顔をするので、もう少し仲良くなってから、改めて話をすることにしました。

「クマゴリラさまのお名前はなんて言うんですか? 皆さん、教えてくれないんです」

 騎士の人たちはクマゴリラ様から口止めされているようで「クマゴリラ隊長です」としか答えてくれません。

「クマゴリラがお気に召さないようでしたら、ゴリラクマでいかがでしょうか」
「……え?」
「それに、あの男にさまなんて付ける必要はありませんよ」

 エルザは冷たい笑みを浮かべると、モップ掛けを再開した。

 もしかして、二人は仲が悪いとかでしょうか。

 まだ、二人のことを詳しくは知りませんが、タイプ的に真逆という感じはします。

 ……これから、ここでお世話になるわけですし、少しずつ知っていけば良いですかね。


 
******


 トイズ辺境伯家で働き始めて5日経った日の夕方、キリュウ様から呼び出された。

 何か悪いことをしてしまったのかとドキドキしながら執務室に向かうと、キリュウ様は笑顔で中に招き入れてくれた。

 キリュウ様のお茶を淹れようとすると、ソファに座るように促されたので手を止めて、キリュウ様の向かい側に座った。

「アーシャの話とリブトラル伯爵家の使用人の話は全く違うな」
「……はい。メイナーに買収されたのだと思うのですが」

 そこまで調べてくれてはいませんよね……。

 そう思って俯く。

「おい。まだ、何も言ってないだろ。顔を上げろ」
「申し訳ございません!」
「アーシャに聞きたいことがある」
「……なんでしょうか」
「あなたが幸せならそれでいいと言ったのか?」

 レディシト様に言ったことだとわかって、顔を上げて頷く。

「はい。わたしのせいでレディシト様を困らせたくなかったんです。レディシト様は大好きな人でしたから」
「確認しておくが未練はあるのか?」
「未練がないといえば嘘になります。ですが、時が経てば完全に未練も断ち切れると思います」

 意思が弱いと誤解されたくないので補足しておく。

「人生の半分くらいはレディシト様に心を救われていたんです。メイナーにだってそうです」
「リブトラル伯爵の件は良いとして、セイブル伯爵令嬢への情は捨てろ」

 セイブル伯爵令嬢というのは、メイナーのことです。

「……どういうことでしょうか。わたしにとって、メイナーは命の恩人なんです。彼女がいなければ、わたしはこの世にいないかもしれません」

 いじめられている時は本当に辛かったです。

 家族に相談すると、いじめられるだなんて人として欠陥があるからだと言われました。

 わたしに悪いところがないだなんて言いません。

 でも、あの時のわたしは、本当にどうすれば良いのかわからなかったんです。
 悪いところを直そうにも「気持ち悪い」「鬱陶しい」「消えろ」など、そんな心無い言葉しか言われなかったんです。
 そんな時にメイナーから救いの手が差し伸べられて、本当に嬉しくて嬉しくて、生きていこうと思えたんです。

 そのことをキリュウ様に伝えると、苦々しい表情で話し始める。

「気持ちはわかる。でもな、いじめは作られたものだ」
「……はい?」
「悪いが、アーシャを雇う際に、学生時代のことまで調べさせてもらった」
「そ、それはかまいませんが」
「同級生に確認すると、いじめに加担していなかった複数の人間がと証言した」

 誰かに頼まれていた?

 そんな、まさか――

「自分で気がついてくれたようで良かった。今の話を聞いて、エルザやクマゴリラたちが、お前の心が壊れるんじゃないかと心配していたが、どうだ?」
「……どうだ?」
 
 かなりのショックでしたが、どうだとは?

 意味がわからなくて聞き返すと、キリュウ様は言い直す。

「前を向いて歩けそうか」
「も、もちろんです! 逆にメイナーに何が遭っても動じないと思います」
「そうか。なら、一つ頼みたいことがある」
「わたしにできることなら何なりとお申し付けください」

 キリュウ様がいなければ、わたしはずっと騙されていたままでした。
 まだ、信じられないという気持ちもどこかにはありますが、キリュウ様が嘘をつく必要もないですし、この方は必要のない嘘をつくことを嫌っていると、皆さんから教えてもらっています。

 真実を教えてくれたキリュウ様に何か恩返しがしたいです。

「セイブル伯爵令嬢はお前がこの屋敷に勤めることになったと聞いて、真実を知っている友人たちの前では小馬鹿にしているらしい」
「どうして馬鹿にする理由があるのでしょうか。辺境伯家に勤められるなんて、光栄なことです」
「この家に働きに来たがる人間は、ほとんどいない」
「そういうことですか」

 キリュウ様の姿をメイナーは他の人と同じように、熊のような大男と思い込んでいるはずです。
 
 だから、そんな人の家にしか勤められない私を小馬鹿にしているといったところでしょうか。

「舐められているのも腹が立つ。俺はどうやらゴリラクマでもクマゴリラでもない」
「はい。とても素敵な見た目です。でも、ゴリラクマさんはゴリラクマさんで素敵です」
「セイブル伯爵令嬢の好みはどっちだ?」
「キリュウ様だと思います」
「なら、セイブル伯爵令嬢は俺と一緒にいるアーシャを見て、どう思うと思う?」
「きーっ! 悔しい! でしょうか」

 自分で言ってから、ぱちぱちと目を瞬かせる。

「もしかして、わざと、メイナーの前に現われろとおっしゃるのですか」
「近々、俺の数少ない友人の誕生日パーティーがあるんだ。ここ最近はずっと欠席していて、友人は俺の顔ももう思い出せないと文句を言ってきている。だから、出席したいんだ」
「キリュウ様の見た目でしたら、パートナーがいなくても何も言われないでしょうけれど、いたほうが良いですものね」
「リブトラル伯爵は出席すると言っているらしいから、パートナーはセイブル伯爵令嬢だろう。お前は二人の前に現れて幸せアピールしてやれ」
「しょ、承知しました!」

 勢いよく頷いたはいいものの、すぐに冷静になって肩を落とす。

「パーティーに出席できるようなドレスを持っていないのですが」
「それくらい用意する。給料から天引きな」
「そんなぁ!」
「嘘だよ。俺が一緒に行ってくれと言ってるのに、そんな馬鹿なことするか」

 キリュウ様は小さく息を吐いて続ける。

「お前の純粋さは長所でもあり短所でもある。全てを否定する必要はない。だけど、疑うことは覚えろよ」
「はい!」

 両手に拳を作って頷くと、キリュウ様は満足そうに口元に笑みを浮かべた。




◇◆◇◆◇◆
(メイナー視点)




 レディシト様と一緒に夕食をとっていると、少し躊躇いがちに彼が話しかけてきた。

「メイナー、忙しいところ悪いけど、僕と一緒にパーティーに出席してもらえないか」
「パ、パーティですか!? 喜んで!」

 今までずっと、レディシト様の隣にいるのは、アーシャだった。
 それが、やっと私になったのね!

 ああ、十年近く我慢してきたかいがあったわ!

 喜びを隠せずに笑顔になっていると、レディシト様が浮かない顔をしていることに気がついた。

「どうかしましたか?」
「アーシャがトイズ辺境伯家にメイドとして働いていることは知ってるのかな」
「も、もちろんです。ずっと心配していましたから!」
「トイズ辺境伯と仲の良い子爵のパーティーに出席するんだ。もしかしたら、トイズ辺境伯も来るかもしれない。そして、彼には婚約者がいないから」
「アーシャが来るかもしれないということですわね」

 必死に笑みをこらえて、落ち込んでいるふりをする。

「君は会いたくないだろう?」
「会いたくないわけではありません。アーシャが嘘をついていたことを謝ってくれれば許したいと思っています」
「君は優しいね」
「いいえ、そんなことはありません」

 レディシト様、あなたに好かれるためなら、どんな演技でもできるわ!

 だって、あなたのは本当に私好みなんだもの。

 それに比べてアーシャのパートナーは熊よ、熊!

 皆の笑いものになる姿を見るのが楽しみだわ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃に強制的に王城に連れてこられたわたしには指定の場所で水を汲めば、その水を飲んだ者の見た目を若返らせたり、傷を癒やすことができるという不思議な力を持っていた。 大事な人を失い、悲しみに暮れながらも、その人たちの分も生きるのだと日々を過ごしていた、そんなある日のこと。性悪な騎士団長の妹であり、公爵令嬢のベルベッタ様に不思議な力が使えるようになり、逆にわたしは力が使えなくなってしまった。 それを知った王子はわたしとの婚約を解消し、ベルベッタ様と婚約。そして、相手も了承しているといって、わたしにベルベッタ様の婚約者である、隣国の王子の元に行くように命令する。 隣国の王子と過ごしていく内に、また不思議な力が使えるようになったわたしとは逆にベルベッタ様の力が失われたと報告が入る。 そこから、わたしが笑い方を思い出すための日々が始まる―― ※独特の世界観であり設定はゆるめです。 最初は胸糞展開ですが形勢逆転していきます。

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

婚約者が高貴なご令嬢と愛し合ってるようなので、私は身を引きます。…どうして困っているんですか?

越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
大切な婚約者に、浮気されてしまった……。 男爵家の私なんかより、伯爵家のピア様の方がきっとお似合いだから。そう思って、素直に身を引いたのだけど。 なんかいろいろ、ゴタゴタしているらしいです。

【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

鳴宮野々花
恋愛
 貴族学園に入学した公爵令嬢ステファニー・カニンガムは、ランチェスター公爵家の次男マルセルとの婚約の話が進みつつあった。しかしすでに婚約者のいるラフィム王太子から熱烈なアプローチを受け続け、戸惑い悩む。ほどなくしてラフィム王太子は自分の婚約を強引に破棄し、ステファニーを妻に迎える。  運命を受け入れ王太子妃として妃教育に邁進し、ラフィム王太子のことを愛そうと努力するステファニー。だがその後ラフィム王太子は伯爵令嬢タニヤ・アルドリッジと恋仲になり、邪魔になったステファニーを排除しようと王太子殺害未遂の冤罪を被せる。  なすすべもなく処刑される寸前、ステファニーは激しく後悔した。ラフィム王太子の妻とならなければ、こんな人生ではなかったはずなのに………………  ふとステファニーが気が付くと、貴族学園に入学する直前まで時間が巻き戻っていた。混乱の中、ステファニーは決意する。今度は絶対に王太子妃にはならない、と───── (※※この物語の設定は史実に一切基づきません。作者独自の架空の世界のものです。) ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...