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4 辺境伯との出会い
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途中で休憩を挟みながら馬に頑張ってもらった結果、トイズ辺境伯邸に着いた時には夜も遅い時間になっていた。
「1日以上はかかると思ったんだが、アーシャは馬に乗り慣れているのか?」
広い石造りのポーチにわたしを下ろすと、クマゴリラさまは首を傾げた。
「いいえ。快適な乗り心地だったからではないでしょうか」
「馬に長時間乗って快適だと言う奴は初めて聞いたぞ」
普通ならば、こんな短時間でたどり着くことはありえないし、体に支障をきたしてもおかしくないのに、わたしは涼しい顔をしていた。
だからか、クマゴリラさまは不思議そうです。
これもきっと、うさぎさんが手助けしてくれたのでしょう。
そのことを伝えたほうが良いかと思った時、ふと思い浮かんだことがありました。
神様の使いの話が一般的に知られていないのは、口が固い人の前にしか現れないのかもしれません。
ということは、わたしも言わないほうが良いみたいですね。
「わたしには心強い味方がいるんです」
「……そうか」
曖昧な答えだったにもかかわらず、クマゴリラさまは頷くと、出迎えてくれた執事服姿の初老の男性にわたしを預けて、厩舎があるという方向に向かっていった。
男性が柔らかな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「お疲れでしょう」
「あ、あの、面接をするだけですのに、こんな遅い時間に申し訳ございません」
「あなたが元伯爵令嬢であり、伯爵夫人であったことも存じ上げておりますので、わたくしに敬語は使わなくて結構でございますよ」
「それは昔の話ですから、わたしのことはクマゴリラさまのように平民の女性として接してくださいませ」
「……クマゴリラ?」
男性が驚いた顔をして聞き返してきたので、クマゴリラさまの本名を尋ねようとした時だった。
「クマゴリラって、君を連れてきた男のことか?」
バリトンボイスが聞こえたので背後を振り返ると、そこには白シャツに黒のパンツ姿の若い男性が立っていた。
後ろと前が少しだけ長い漆黒の髪に金色の瞳。
長身痩躯で切れ長の目で整った顔立ちをしていて、まるで舞台俳優さんのようです。
「キリュウ様、起きていらっしゃったのですか」
「寝付きが悪くてな。それにしても着くのが思ったよりも早かったな」
ど、ど、どうやら、このお方がトイズ辺境伯のようです!
「お初にお目にかかります。アーシャと申します」
「キリュウ・トイズだ。悪いが色々と調べさせてもらってる」
名乗るだけ名乗ってカーテシーをすると、キリュウ様は手を上げて声をかけてくれた。
レディシト様に離婚され、実家に受け入れてもらえなかったわたしに名字がないことをわかってくれているようです。
色々と聞いてみたいことがありますが、就職が決まったわけでもないので、今から嫌われるわけにはいきません。
「自己申告の書類でしたので、本当のことを書いているかわかりませんから、調べるのは当然のことだと思います」
「そうか。明日に面接するから、とにかく今日は寝ろ」
キリュウ様はそう言うと、執事に目を向ける。
「部屋の用意はできているのか?」
「今日の内に、エルザが掃除をしてくれています。お荷物はフットマンに頼み、その部屋に運んでおりますがよろしかったでしょうか」
「仕事が早くて助かる。それでかまわない」
「お褒めの言葉を預かり光栄に存じます」
キリュウ様とはその場で別れ、執事に部屋まで案内してもらうことになりました。
部屋まで案内してくれた執事は、恭しく頭を下げる。
「申し遅れましたが、わたくし、この家の執事をしております、マギルと申します」
「アーシャです。お世話になります!」
マギルさんは、レディシト様が信用していた執事さんと雰囲気が似ています。
あの執事と同じように、わたしが必要ないとわかると冷たくなるんでしょうか。
「……アーシャ様はお疲れのようですね。今日は何も考えずにお休みください」
執事は深々と頭を下げると、部屋の中の簡単な説明をしたあと、静かに部屋の扉を閉じた。
******
ルーナオを採りにいった時のように、今回もかなり疲れていたはずなのに、あの時のような眠気は襲ってこなかった。
あの時のわたしは眠り薬でも飲まされていたのでしょうね。
私が看病に行かなかったことで、メイナーたちの言葉に信憑性が生まれてしまったのかもしれません。
眠らなければ、レディシト様と別れなくても良かったのでしょうか。
ぼんやりとベッドの上で考えていると、扉がノックされた。
「は、はい!」
飛び起きて返事をすると、女性の声が返ってくる。
「おはようございます。メイドのエルザと申します」
「おはようございます。メイド希望のアーシャと申します」
とても落ち着いた声色の女性に挨拶をすると、静かに扉が開かれた。
現れたのは、グリーンの瞳を持つ、シルバーブロンドの長い髪をシニヨンにした黒のメイド服を着た女性だった。
吊り目気味の目のせいか、少し怖そうに見えますが、わたしを見る目は穏やかそうです。
「朝食後に面接になります。よろしければ、一緒に食事をしませんか。キリュウ様からは許可を得ております」
「よ、良いのですか!?」
「はい。この屋敷に若い女性は私しかおりません。もう、何年も若い女性と話をしていないのです」
「そ、そうだったのですか」
メイドを募集しても人がこないというのは本当の話だったんですね。
動きやすい服に着替えたあとは、エルザさんと一緒に朝食をとり、面接会場である、キリュウ様の執務室に向かったのでした。
*****
エルザさんもクマゴリラさまも執事のマギルさんも皆、良い人そうです。
絶対にここで働きたいです!
そう思ったわたしは、キリュウ様の執務室のソファに座ると、向かい側に座っている、キリュウ様に頭を下げる。
「お願いします! わたしをここに置いてくださいぃ!」
「駄目だ」
「そ、そんなあ」
きっぱりと断られて涙目になっていると、キリュウ様はため息を吐く。
「年頃の男女が同じ家に住むなんて誤解されるだろ」
「……そういう意味ではなくてですね!」
メイド募集の紙を手渡すと、納得したように頷く。
「そうだった。そうか。住み込み希望だったな。というか、まぎらわしい言い方すんな。普通は働かせてくださいだろ」
「申し訳ございません。ですが、離婚された魅力のない女ですから、辺境伯様に間違っても嫁にしてくれだなんて言いませんよ」
「……離婚されたというか離婚してやったんだろ。……でも、元伯爵令嬢がメイドなんてできるのか?」
「仕事のやり方を教えていただければ頑張ります! 尽くすのは得意ですから!」
「……夫の看病をしていたくらいだもんな」
「……どうしてそのことを知っているのですか」
調べただけなら、メイナーが看病していたと思っているはずです。
「……クマゴリラに話をしたろ」
クマゴリラさまには、旅の道中で今までの話をしています。
そして、クマゴリラさまはわたしの言葉を信じると言ってくれました。
キリュウ様もわたしの言葉を信じてくれるんですね。
それだけのことなのに、涙が目に溜まった。
「なんで泣くんだ」
「うう……。元夫は信じてくれなかったのに、キリュウ様たちが信じてくださるので感動してしまって」
「元夫がどうかしてるんだ。普通は妻の言うことを信じるもんだろう」
「周りがメイナーの言うことを本当だと証言したんです」
「数が勝ったってやつか」
キリュウ様は苦虫を噛み潰したような顔になって、わたしを見つめる。
「……他に行く当てがないのか」
「ありません。実家からは門前払いされました。信用できないようでしたら、お手数をおかけしますが、実家に確認してくださいませ」
「……わかった」
キリュウ様は自分の膝をポンと叩いて頷く。
「採用しよう。でも、うちのメイド長は厳しいぞ。泣き言言うなよ」
「もちろんです!」
こうしてわたしは、無事に食と住には困らない生活を手に入れることができたのでした。
◆◇◆◇◆◇
(メイナー視点)
アーシャが出ていってから、5日が経った。
アーシャがどうなったかなんて、私にはどうでも良かった。
でも、心配しているふりをしなければ、レディシト様に怪しまれてしまう。
だから、アーシャの行方を追ってもらうと、彼女がトイズ辺境伯家にメイドとして働くことが決まったとわかった。
トイズ辺境伯は私たちとそう変わらない年齢だけど、熊のような大男で、顔は不細工だと噂されている。
「アーシャにはお似合いだわ」
羽ペンをインクに浸した時、執務室の扉が開き、レディシト様が入ってきた。
昨日から少しずつ歩けるようになっていて、顔色も良くなってきた。
優しくて爽やかな見た目の、素敵なレディシト様に戻りつつあるので胸がときめく。
「レディシト様、私に会いに来てくださったのですか?」
「違うよ。仕事の話だ。君が承諾した取り引きの話だが、受けるメリットなんてないだろう。業者に聞いたが、今までは断っていたそうじゃないか。どうして、今回は発注してしまったのか、理由を聞かせてくれ」
「え、えっと……」
そんなの知らないわよ!
大体、何度も断られていたなら、諦めたらどうなの!?
……そんなことが言えるわけないし、ミスだと言って謝るしかない。
アーシャにできていたことができないなんて屈辱だわ!
「1日以上はかかると思ったんだが、アーシャは馬に乗り慣れているのか?」
広い石造りのポーチにわたしを下ろすと、クマゴリラさまは首を傾げた。
「いいえ。快適な乗り心地だったからではないでしょうか」
「馬に長時間乗って快適だと言う奴は初めて聞いたぞ」
普通ならば、こんな短時間でたどり着くことはありえないし、体に支障をきたしてもおかしくないのに、わたしは涼しい顔をしていた。
だからか、クマゴリラさまは不思議そうです。
これもきっと、うさぎさんが手助けしてくれたのでしょう。
そのことを伝えたほうが良いかと思った時、ふと思い浮かんだことがありました。
神様の使いの話が一般的に知られていないのは、口が固い人の前にしか現れないのかもしれません。
ということは、わたしも言わないほうが良いみたいですね。
「わたしには心強い味方がいるんです」
「……そうか」
曖昧な答えだったにもかかわらず、クマゴリラさまは頷くと、出迎えてくれた執事服姿の初老の男性にわたしを預けて、厩舎があるという方向に向かっていった。
男性が柔らかな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「お疲れでしょう」
「あ、あの、面接をするだけですのに、こんな遅い時間に申し訳ございません」
「あなたが元伯爵令嬢であり、伯爵夫人であったことも存じ上げておりますので、わたくしに敬語は使わなくて結構でございますよ」
「それは昔の話ですから、わたしのことはクマゴリラさまのように平民の女性として接してくださいませ」
「……クマゴリラ?」
男性が驚いた顔をして聞き返してきたので、クマゴリラさまの本名を尋ねようとした時だった。
「クマゴリラって、君を連れてきた男のことか?」
バリトンボイスが聞こえたので背後を振り返ると、そこには白シャツに黒のパンツ姿の若い男性が立っていた。
後ろと前が少しだけ長い漆黒の髪に金色の瞳。
長身痩躯で切れ長の目で整った顔立ちをしていて、まるで舞台俳優さんのようです。
「キリュウ様、起きていらっしゃったのですか」
「寝付きが悪くてな。それにしても着くのが思ったよりも早かったな」
ど、ど、どうやら、このお方がトイズ辺境伯のようです!
「お初にお目にかかります。アーシャと申します」
「キリュウ・トイズだ。悪いが色々と調べさせてもらってる」
名乗るだけ名乗ってカーテシーをすると、キリュウ様は手を上げて声をかけてくれた。
レディシト様に離婚され、実家に受け入れてもらえなかったわたしに名字がないことをわかってくれているようです。
色々と聞いてみたいことがありますが、就職が決まったわけでもないので、今から嫌われるわけにはいきません。
「自己申告の書類でしたので、本当のことを書いているかわかりませんから、調べるのは当然のことだと思います」
「そうか。明日に面接するから、とにかく今日は寝ろ」
キリュウ様はそう言うと、執事に目を向ける。
「部屋の用意はできているのか?」
「今日の内に、エルザが掃除をしてくれています。お荷物はフットマンに頼み、その部屋に運んでおりますがよろしかったでしょうか」
「仕事が早くて助かる。それでかまわない」
「お褒めの言葉を預かり光栄に存じます」
キリュウ様とはその場で別れ、執事に部屋まで案内してもらうことになりました。
部屋まで案内してくれた執事は、恭しく頭を下げる。
「申し遅れましたが、わたくし、この家の執事をしております、マギルと申します」
「アーシャです。お世話になります!」
マギルさんは、レディシト様が信用していた執事さんと雰囲気が似ています。
あの執事と同じように、わたしが必要ないとわかると冷たくなるんでしょうか。
「……アーシャ様はお疲れのようですね。今日は何も考えずにお休みください」
執事は深々と頭を下げると、部屋の中の簡単な説明をしたあと、静かに部屋の扉を閉じた。
******
ルーナオを採りにいった時のように、今回もかなり疲れていたはずなのに、あの時のような眠気は襲ってこなかった。
あの時のわたしは眠り薬でも飲まされていたのでしょうね。
私が看病に行かなかったことで、メイナーたちの言葉に信憑性が生まれてしまったのかもしれません。
眠らなければ、レディシト様と別れなくても良かったのでしょうか。
ぼんやりとベッドの上で考えていると、扉がノックされた。
「は、はい!」
飛び起きて返事をすると、女性の声が返ってくる。
「おはようございます。メイドのエルザと申します」
「おはようございます。メイド希望のアーシャと申します」
とても落ち着いた声色の女性に挨拶をすると、静かに扉が開かれた。
現れたのは、グリーンの瞳を持つ、シルバーブロンドの長い髪をシニヨンにした黒のメイド服を着た女性だった。
吊り目気味の目のせいか、少し怖そうに見えますが、わたしを見る目は穏やかそうです。
「朝食後に面接になります。よろしければ、一緒に食事をしませんか。キリュウ様からは許可を得ております」
「よ、良いのですか!?」
「はい。この屋敷に若い女性は私しかおりません。もう、何年も若い女性と話をしていないのです」
「そ、そうだったのですか」
メイドを募集しても人がこないというのは本当の話だったんですね。
動きやすい服に着替えたあとは、エルザさんと一緒に朝食をとり、面接会場である、キリュウ様の執務室に向かったのでした。
*****
エルザさんもクマゴリラさまも執事のマギルさんも皆、良い人そうです。
絶対にここで働きたいです!
そう思ったわたしは、キリュウ様の執務室のソファに座ると、向かい側に座っている、キリュウ様に頭を下げる。
「お願いします! わたしをここに置いてくださいぃ!」
「駄目だ」
「そ、そんなあ」
きっぱりと断られて涙目になっていると、キリュウ様はため息を吐く。
「年頃の男女が同じ家に住むなんて誤解されるだろ」
「……そういう意味ではなくてですね!」
メイド募集の紙を手渡すと、納得したように頷く。
「そうだった。そうか。住み込み希望だったな。というか、まぎらわしい言い方すんな。普通は働かせてくださいだろ」
「申し訳ございません。ですが、離婚された魅力のない女ですから、辺境伯様に間違っても嫁にしてくれだなんて言いませんよ」
「……離婚されたというか離婚してやったんだろ。……でも、元伯爵令嬢がメイドなんてできるのか?」
「仕事のやり方を教えていただければ頑張ります! 尽くすのは得意ですから!」
「……夫の看病をしていたくらいだもんな」
「……どうしてそのことを知っているのですか」
調べただけなら、メイナーが看病していたと思っているはずです。
「……クマゴリラに話をしたろ」
クマゴリラさまには、旅の道中で今までの話をしています。
そして、クマゴリラさまはわたしの言葉を信じると言ってくれました。
キリュウ様もわたしの言葉を信じてくれるんですね。
それだけのことなのに、涙が目に溜まった。
「なんで泣くんだ」
「うう……。元夫は信じてくれなかったのに、キリュウ様たちが信じてくださるので感動してしまって」
「元夫がどうかしてるんだ。普通は妻の言うことを信じるもんだろう」
「周りがメイナーの言うことを本当だと証言したんです」
「数が勝ったってやつか」
キリュウ様は苦虫を噛み潰したような顔になって、わたしを見つめる。
「……他に行く当てがないのか」
「ありません。実家からは門前払いされました。信用できないようでしたら、お手数をおかけしますが、実家に確認してくださいませ」
「……わかった」
キリュウ様は自分の膝をポンと叩いて頷く。
「採用しよう。でも、うちのメイド長は厳しいぞ。泣き言言うなよ」
「もちろんです!」
こうしてわたしは、無事に食と住には困らない生活を手に入れることができたのでした。
◆◇◆◇◆◇
(メイナー視点)
アーシャが出ていってから、5日が経った。
アーシャがどうなったかなんて、私にはどうでも良かった。
でも、心配しているふりをしなければ、レディシト様に怪しまれてしまう。
だから、アーシャの行方を追ってもらうと、彼女がトイズ辺境伯家にメイドとして働くことが決まったとわかった。
トイズ辺境伯は私たちとそう変わらない年齢だけど、熊のような大男で、顔は不細工だと噂されている。
「アーシャにはお似合いだわ」
羽ペンをインクに浸した時、執務室の扉が開き、レディシト様が入ってきた。
昨日から少しずつ歩けるようになっていて、顔色も良くなってきた。
優しくて爽やかな見た目の、素敵なレディシト様に戻りつつあるので胸がときめく。
「レディシト様、私に会いに来てくださったのですか?」
「違うよ。仕事の話だ。君が承諾した取り引きの話だが、受けるメリットなんてないだろう。業者に聞いたが、今までは断っていたそうじゃないか。どうして、今回は発注してしまったのか、理由を聞かせてくれ」
「え、えっと……」
そんなの知らないわよ!
大体、何度も断られていたなら、諦めたらどうなの!?
……そんなことが言えるわけないし、ミスだと言って謝るしかない。
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