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19.5 (マーニャside)

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「お早いお帰りでしたね…」

 出迎えた執事の言葉にレイジは無言で頷いてから、すぐに指示を出す。

「マーニャと話をする。応接室で話すから準備を頼む。あと、僕とマーニャの分のお茶を入れてくれ」

 自室ではない事に執事は驚いたが、何の話か勘付いた様で、ちらりとマーニャを見てから恭しく礼をする。

「承知いたしました。手配いたします」

(何よ。どうせ馬鹿にしてるんでしょう! だって、私はすてられるんだものね!)

 マーニャはそう思った後に、急に不安になった。

(本当にすてられたらどうしたらいいの。1人で生きていけやしないわ。さすがに、お父様達が面倒を見てくれるかしら? ネックなのはお兄様だけど、お兄様に内緒で連絡がとれれば、屋敷に帰るのは無理でも、どこかに家を借りたりしてくれるわよね?)

 マーニャは楽観的に考えるようにした。
 まだ起きてもいない事で悩むのは嫌だったのだ。

 まずは自分の部屋に戻り、メイドの手を借りて楽な服に着替えた。

「今日はパーティー会場で何かあったのですか?」

 お喋り好きなメイドは好奇心を隠さずに聞いてくる。
 いつもなら、自分の作った話を彼女に聞かせて喜ばせ、そして、自分の自尊心を高めていた。

(今日はそんな気分じゃないのよね。何より、この家を追い出されるかもしれないんだから…。でも、私の名誉を守っておく事は大切だわ)

「実はね、妹のアザレアの事なんだけど…」
「どうかなさったんですか?」
「私と彼女の婚約者が仲が良い事に嫉妬して、アザレアはレイジ様に嘘の話をしたのよ。私を貶めようとしたの。そして、それをレイジ様が真に受けてしまって…」
「まあ、お可哀想なマーニャ様! 大丈夫です。旦那様はお優しいお方ですから、正直にお話すればわかってくださいます」
「あら、嬉しい事を言ってくれるのね」

 このメイドは他のメイドに比べて、マーニャにとても好意的なので、マーニャが嘘をついているだなどと微塵も思っていなかった。
 
(今までなら、皆、こうやって私の言う事を信じてくれていたのに、いつから、こうじゃなくなったの? やっぱり、ビトイのせいね…。まあ、調子にのった私も悪いかもしれないけれど、誘惑に負けたのはビトイよ。私のせいじゃない。それなのに、こんなとばっちりを受ける事になるなんて)

 全く反省していないマーニャは、メイドと共に応接室に向かった。

 すでにレイジーは部屋におり、他のメイドがいれたと思われるお茶を飲んでいた。

(呑気にくつろいで、本当に腹が立つわ)

「早速だが、離婚を承諾してくれ」

 マーニャが向い側に座るなり、レイジは離婚届とペンをテーブルに置いた。

「……嫌です。別れたくありません! あなたの勝手な意見を押し付けられても困ります!」
「それはこっちの台詞だ。1度は多めに見た。そして、というから、他の男との文通も許可した。だが、僕と上手くいっていないといったのはそっちだ。それなら、別れてやろう」
「それはアザレアがついた嘘です! どうして、私の言っている事を信じてくださらないんですか!」
「簡単だ。アザレアの方が信用できる人間だからだ」
「なんですって!? やっぱり、あなた達は、私に隠れて…」
「隠れて連絡を取ってはいたが、君の家族を介してだ。僕は妻がいるのに、他の女性に手を出す様な男じゃない。君と一緒の部類にしないでくれ」

 レイジに言われ、マーニャは拳を作った。

 そうして、なんとか悔しさをこらえる事が出来た。

(どうして、こんな事を言われないといけないの!? 全部、全部、アザレアのせいだわ!)

「離婚なんてされたら、私には行く場所がなくなってしまいます! 私にはあなたしかいないんです!」
「……」

 レイジが大きくため息を吐いた。
 迷っているのかと思い、マーニャはここぞとばかりに訴える。

「お願いです! 私の事を信じて下さい! レイジ様、お願いです」
「……わかった」

 レイジが首を縦に振った瞬間、マーニャは思わず喜びの声を上げそうになったが、それをレイジが遮った。

「君には住み込みで働ける家を探してやる」
「……は?」
「言っただろう? 離婚は決定事項だと。働く先が決まり、準備が整ったら離婚届にサインしてくれ。拒んだら、どうなるかわかっているだろうな?」
「……どうなるんですか…」
「そんなに知りたければ拒めばいい。まだ、使ったことがないんだ、地下の部屋は」

 レイジはにっこりと微笑んで言った。

 屋敷の地下には何があるか、マーニャは知っていた。

「そ…、そんな本気で言ってるんですか…」
「本気だ。出来れば、そんな事はしたくない。頼むから時が来たら、素直にサインをしてほしい」

 レイジは笑みを消して、冷たい目で彼女を見つめて言った。

(嘘でしょ…。本気なの?)

 マーニャは自分の体が震えている事に気が付いた。
 なぜ、震えているかの理由はわかった。

 レイジが遠回しに何を言っているのかわかるからだ。
 
 この国の辺境伯家以上の屋敷の地下には拷問部屋がある。
 キトロフ家は伯爵家だが、実家が侯爵家の為、それがある事が普通だと思っていたレイジは、この家にも拷問部屋を作っていた。

 もちろん、彼も使う気はなかった。
 拷問部屋があるという事で、悪いことをすれば、この部屋を使用すると、使用人に忠告する時に使うくらいのつもりだった。

 だが、彼はマーニャが離婚に応じなければ、彼女をその部屋に連れて行くといっているのだった。
 
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