上 下
26 / 45

19

しおりを挟む
 わたしがオサヤ様のお願いをきいてあげる筋合いもないので、はっきりと言う。

「オサヤ様、申し訳ございませんが、わたしがあなたのお兄様と再度、婚約関係を結ぶ事はございません」
「そ、そんな…っ!」
「先程のお話は聞かなかった事にいたします」

(こうしておけば、下手に揉める必要はないはずだわ)

 トーリ様の方に目を向けると、わたしの意図に気付いてくださったのか、トーリ様が、わたしに話しかけてくれる。

「もう、いいだろう。送っていくから帰ろう」
「ありがとうございます」
「どうしてですか!? どうして聞かなかった事にしようとされるんですか!?」

 歩き出したわたしの背中にオサヤ様が声を掛けてくる。

「……アーカス卿」

 そんなオサヤ様に、トーリ様が目を細めて続ける。

「家に帰ってさっき君が言った話をノーマン伯爵にしてみるんだな。アザレア嬢が言った言葉の意味がわかるはずだ」
「言葉の…意味?」

 オサヤ様はそう呟いた後は、わたし達を追いかけてくる事はなかった。

 その後、わたしとトーリ様は、馬車に乗り込んで向かい合って座った。

 そして、馬車が動き出したところで、同時に大きなため息を吐いた。

 同時のため息に驚いて顔を上げると、トーリ様と目があった。
 だから、わたしが微笑むと、トーリ様は照れくさそうにして視線をそらした。
 
(トーリ様って、ショー様に奪われる事が嫌だから、今まで人とのコミュニケーションを避けてきていたのよね。でも、もしかしたら、元々、シャイな人なのかしら?)

「今日は本当にお疲れ様」

 考えていると、トーリ様が話しかけてくれたので、慌てて頭を下げる。

「今日は色々とありがとうございました。先程の件も予定外で驚いてしまったので、助けていただけて本当に助かりました」
「俺は君の元婚約者の事はそんなに詳しくない。だから、何を思って、あんな事を言い出したのか全くわからないんだが…」
「実際の気持ちはわかりませんけど、今の段階では屋敷から出られませんし、よりを戻せば、また前の様に動ける様になると思ったのかもしれません。そして、当主になりたくないオサヤ様はそれを信じた…。あの感じだと当主には向いてなさそうですね…」
「……そうだな」

 トーリ様は難しい顔で呟く様に言った後、窓の外を見る。

 外は街灯の灯りが届くところは、まだ明るく景色が見えるけれど、ない場所は家の灯りくらいしかなく、それ以外の場所は窓の外は暗闇しかない。

 だからか、トーリ様はすぐにわたしの方に視線を戻して言う。

「君は……」
「どうかれさましたか?」

 何か言おうとして言葉を止められたので、不思議に思って質問を促すと、トーリ様は首を横に振る。

「なんでもない。忘れてくれ」
「……もしかして、わたしがよりを戻したいと思っていると思われていますか?」
「……いや、どうなのかと思っただけだよ」
「それはないです。だって、彼の顔を見たら、嫌なシーンを思い出します。また、体調が悪くなるのは嫌ですから」

 苦笑してから、自分の胸の上に両手をあわせて続ける。

「いつかきっと、上書きできる日がくると信じてるんです。ですから、ビトイは過去の人です」
「……そうか」

(トーリ様は、こういう時になんて言ったら良いのかわからないから、口数が少なくなっちゃうのかしら? トーリ様はわたしと同じ年なんだもの。恋愛経験もそうないでしょうし、何だか気を遣わせてしまって申し訳ないわ)

 そう思い、話題を変える。

「帰ってしまわれるまでのショー様の様子はどうでしたか?」
「機嫌が悪かったよ。だから、さっさと帰ったんだ。たぶん、他人に良い顔をしている余裕がなくなったんだろうな」
「あの…、ショー様はお姉様の事を好きになっていたりしますか?」
「それはない。2人はまだ手紙のやり取りしかしていないし、そこまで心を動かされる何かは起きていないはずだ。まあ、今日のショーはプライドは傷付けられただろうけど」
「プライド?」
「ああ。自分に夢中になっていると思っていたのに、実際は嘘をつかれてたってやつだ」

 トーリ様の言葉を聞いて、納得しながら話す。

「あれですよね。よくお話で読むんですけど、妻とは上手くいっていないんだ、っていって、不倫する男性のお話を…」
「それの逆バージョンだな。それにまんまと騙された自分が恥ずかしいし、騙したマーニャ嬢にも腹を立ててるだろう」
「騙してるのは自分もじゃないですか…。好きでもないのに好きなふりをしているんでしょう?」
「まあな。どっちもどっちだ。だけど、そんな2人だから計画が進めやすかった…」

 トーリ様はそこで言葉を区切った後、難しい顔をされる。

「キトロフ伯爵はどう動くだろうか…。俺も彼と連絡を取った方が良さそうだな。表向きは、彼の妻に手紙を送りつけたお詫びの手紙にするが…、父上とクボン候爵のシナリオ通りに動いてくれるだろうか…」
「たぶん、大丈夫だと思いますけど…。トーリ様達はこれからお義兄様はお姉様をどうされると思っておられるのですか?」
「まずは離婚。そして、離婚をした、その後だが…」

 トーリ様が教えてくれた内容は、わたしにとっては衝撃的なものだった。




※次話はマーニャ視点になります。
しおりを挟む
感想 178

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

側近という名の愛人はいりません。というか、そんな婚約者もいりません。

gacchi
恋愛
十歳の時にお見合いで婚約することになった侯爵家のディアナとエラルド。一人娘のディアナのところにエラルドが婿入りする予定となっていたが、エラルドは領主になるための勉強は嫌だと逃げ出してしまった。仕方なく、ディアナが女侯爵となることに。五年後、学園で久しぶりに再会したエラルドは、幼馴染の令嬢三人を連れていた。あまりの距離の近さに友人らしい付き合い方をお願いするが、一向に直す気配はない。卒業する学年になって、いい加減にしてほしいと注意したディアナに、エラルドは令嬢三人を連れて婿入りする気だと言った。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

処理中です...