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 ざわざわと会場内が騒がしくなる。
 お姉様がこんなに焦っているのを見るなんて初めて見る様な気がする。
 
「何も…、言ってません…」

 お姉様は必死に言い訳を考えている様だけれど、そんな暇を与えてあげる程、わたしは優しくなかった。

「わたしとお義兄様のやり取りは、ごく一般的な会話です。会えて嬉しいという言葉は、他の方にも言います。それが挨拶ですから。もちろん、お義兄様に会えて嬉しいのは確かですけど」
「そうだな。僕もそう思う。マーニャ、君が会った人、もしくは目上の人間に対して、会えて嬉しいという挨拶をしないんだとは知らなかった。この国ではそれがマナーなんだがな」

 お義兄様が冷たく言い放つと、お姉様は言い返せないのか唇を震わせ、なぜかわたしの方を睨んだ。

 今のわたしは、それくらいでは怯んだりしない。

「お姉様、ショー様とまさか、恋愛関係だったりしませんよね?」
「……ないわよ」

 お姉様が答えると、お義兄様がすかさず尋ねる。

「迫られたら、あの時みたいに、と言ってなかったか? あの時とはどの時か聞かせてほしいが」
「いえ…、その…、あのっ…」

 お姉様はしどろもどろになった後に叫ぶ。
 
(こんな所であの時の事なんて言えないわよね?)

「レイジ様! その話は家に帰ってからにしてください」
「え? 何だって?」
「家に帰ってから話します!」
「………」

 お義兄様がお姉様を冷たい目で見つめる。

 お姉様はびくりと体を震わせた後、頭を下げた。

「お願いします……」
「わかった」

 お義兄様は静かに頷くと、わたしに向かって言う。

「君と話しているのを見て、マーニャはなぜか拗ねてしまったようだ。今日はここで失礼する。これ以上、主催者に迷惑をかけてもいけないしな」
「そうですわね。……お姉様、なぜ、お義兄様が厳しい態度を取られているのか、ちゃんと理解してくださいね」
「い、言われなくても理解しているわよ!」

 お姉様の表情は険しくて、お姉様の思い通りに事が進んでいないという事がよくわかった。

(本当は今日のパーティーでショー様と仲睦まじいところを、お義兄様に隠れて、わたしに見せたかったんでしょうけど、残念でした。それをしてもらうのは、お義兄様と別れた後でも出来るから)

 そこまで考えて、わたしは自分の性格が悪くなっている事に気が付いた。

(今まではこんな事を考えた事なんてなかったのに…。強くなったと思う様にした方がいいのかしら? それにやり遂げるなら、ある程度、強い気持ちでいた方が良いわよね?)

 お姉様とお義兄様がこの場を離れると、ギャラリーもバラけていった。

 お義兄様が主催のオブライエン伯爵に謝ってから会場を出ていくのを見て、慌てて、わたしも謝りに行くと、「今日の騒ぎについては事前に聞いてあるから気にしなくていいよ」と、小声で言い、少し出ているお腹を揺らして笑ってくださった。

「アザレア」

 オブライエン伯爵と別れて、とにかく会場の隅に行こうと歩いていると、ショー様から呼び止められた。

「…ショー様!」

 笑顔を見せると、ショー様は貼り付けた様な笑みを浮かべて言う。

「ごめんね。僕は今日は気分が優れないから帰ろうと思うんだ。残りの時間はトーリと一緒に過ごしてくれる?」
「心配です! わたしも一緒に…!」
「付いてくるな、鬱陶しい」

 ショー様は耳元で囁く様に言った後、わたしの返事も待たずに会場を去っていく。

 その姿が見えなくなってから、安堵の大きなため息を吐くと、トーリ様が近寄ってきてくれた。

「ショーが帰ってこないかは見張らせてるけど、人が多いし、あまり喋れない。でも、お疲れ様」

 そう言って、わたしに果実ジュースを渡してくれた。

 わたしの国では学生の間はお酒は飲めないので、トーリ様は紅茶だった。

(わたしが紅茶よりもジュースが好きだって事、知ってくださっているのね)

 多くの人は紅茶が好きだし、無難だからといって紅茶を持ってきてくれる事が多い。

(嫌いではないんだけど、こういうところのジュースって美味しいのよね)

「ありがとうございます、トーリ様」
「詳しい話は、また帰りの馬車で」
「……はい」

 皆の前では、お互いに興味のないふりをしつつも、目指す方向が同じだと運命共同体みたいで嬉しかった。

(考えてみたら、計画がうまくいけば、わたしはトーリ様と結婚するの?)

 今更ながら、そんな事を考えた時だった。

「アザレア嬢…」

 ジュースを飲んでいたわたしに声を掛けてきたのは、ビトイの弟である、オサヤ様だった。




※次話はマーニャsideです。

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