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 眠らなくても朝は訪れる。

 カーテンの隙間から、明るい光が射し込みはじめた頃、静かだからか、かなり離れた場所にあるというのに、門の方からビトイの声が聞こえてきた。

「アザレアが目を覚ましたと聞いたんです! 謝りたいので会わせてください!」

 そんな言葉が聞こえてきて、大きなため息を吐く。

(勝手な事を言っているわ…。謝りたいと思うくらいなら、最初からしなければいいし、もっと早くに駄目だとわかっていても、お姉様に気持ちを打ち明けておくべきだったんじゃない? わたしの事が好きだなんて嘘をつくから言えなくなったのよ)

 ベッドからおり、カーテンの隙間から門の方を見ると、門番と話をしているビトイの姿が見えた。

「お願いです! アザレアの看病をさせて下さい!」

 ビトイの切羽詰まった声が聞こえる。
 彼の声を聞くだけで決心が揺らぎそうになる。

 それでは駄目だと自分に言い聞かせて、窓から離れた。

(謝ればわたしが彼を許すと思ってる…。こんな状況であっても、彼と顔を合わせてしまえば、わたしは彼が思うように許してしまうかもしれない。それじゃ駄目よ。何度同じ事を繰り返すの? それに、今回はあまりにもひどすぎる。思いを伝えるだけならまだしも…)

 思い出すと、ショックよりも気分が悪くなった。

 恋人というわけではないけれど、婚約者の立場である以上、それに近い。

 それなのに、あんなシーンを見てしまうと、裏切りとしか感じられない。

(気持ち悪いと思える感情が生まれただけマシね…)

 そう思う事にして、夜遅くまで起きていてくれた両親や使用人達に、せめて自分の元気な姿を見せようと思った。

 部屋にあった鏡を見てみると、目が腫れていて酷い顔になっていた。

(この顔を見せたら余計に心配させてしまうかもしれないけれど、心は元気だと伝えなくちゃ)

 枕元に置いていたベルを鳴らすと、すぐに扉がノックされたので返事を返した。
 すると、スーザンが中に入ってきた。

「おはようございます、アザレア様」
「おはよう。まだ、仕事していたの? 今日はお休みしたら? こんな顔だし、学園はお休みさせてもらって、部屋でゆっくりしていようと思うの。だから、わたしに付いてくれていたメイドは皆、お休みしてくれていいわ」
「皆、勝手に起きていただけですから、気になさらないで下さい。交代で休んでおりますし、一睡もしてないという事はないんです」
「でも駄目よ。わたしが気にするの! お父様に話をしに行くわ」
「ありがとうございます。ではまずは、お着替えをお手伝いしますね」

 部屋着に着替えるだけなので、自分1人でも着替えられるのだけれど、今日はスーザンだけじゃなく、他の使用人達もわたしの世話を焼きたがった。

 もしかしたら、最悪な事を考えるかもしれないと思っているのかもしれない。

(お姉様が相手じゃなければ、ショックで何を考えていたかわからないけれど、お姉様が相手だから、わたし的には助かったのよね…)

 両頬をたたき、気合を入れるてから、スーザン達と部屋を出て、お父様の所へ向かった。

 お父様はすでに起きていらして、執務室で仕事をされていた。

「おはようございます、お父様」
「おはよう、アザレア。あれだけ叫んでいれば起きてしまうよな。済まなかった。今、グードがビトイをなぐ…、いや、帰らせる為に向かったから静になるだろう」
「お兄様が…?」

 わたし達は3人兄妹で、お兄様はわたしより5つ年上。
 今はお父様の後を継ぐ為の勉強も兼ねて、公爵家で働いている。
 屋敷から馬車で1時間以上かかるけれど、お兄様はよっぽどじゃない限り、家に帰ってきていた。
 そうじゃないと、仕事をし続けてしまいそうだからと言っておられた。

(帰る時間を決めて、その時間になったら仕事が残っていても、よっぽどじゃない限り帰る事にしておられるのよね)

 わたしとしては体に悪い事はないだろうから良いと思っているし、何より、公爵閣下もそれで良いと言ってくださっているのだし問題はない。

「ああ。昨日の晩、ビトイの両親と話した時には、まだ帰っていなかったから、せめてビトイには文句を言いたいんだろう」

 そうお父様が答えた時だった。

「や、やめてください! 暴力はっ! 誰か、誰か助けてください!」
「誰もお前なんか助けるか! 大体、そんなにマーニャが好きならマーニャのいる所へ行けばいいだろ!」

 ビトイが助けを求める声を上げた後、お兄様の怒声が聞こえてきた。
 
「だ、だから一緒に連れてきているんです!」
「はあ!?」

 ビトイの言葉にお兄様は聞き返し、わたしとお父様は驚いて顔を見合わせた。

「お兄様! 私は本当に何もしていないの! アザレアが嘘をついて、使用人に言わせてるだけなのよ!」

 お姉様の声が聞こえた瞬間、お父様の眉間のシワが深くなり、わたしに言う。

「アザレア、ノナと一緒にいなさい」

 ノナはお母様の名前だ。

 わたしが首を大きく縦に振ると同時に、お母様がお父様の執務室に現れた。

「ああ、アザレア、ここにいたのね…」
「ノナ、アザレアを頼む。マーニャがこれ以上嘘を言い続けるつもりなら、最悪の事を考えなければいけなくなる。覚悟しておいてくれ」
「……そんな」

 お母様は小さく息を呑んだあと、わたしを抱きしめて言う。

「ごめんね、アザレア。辛いのはあなたなのに。マーニャの顔なんてもう見たくもないわよね…」
「いいえ」

(お母様達にとってはお姉様も自分の子供なんだもの。躊躇して当たり前だわ。それなら、わたしが家を出て行ったらいいの? そうすれば、ビトイとの婚約も破棄できる?)

 お母様を抱きしめ返しながら、わたしに何が出来るのかを必死に考えた。

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