5 / 45
3
しおりを挟む
薬で眠らされたのか、それともショックで気絶しただけなのか、気が付くと、自分のベッドの上に寝かされていて、部屋に明かりがついているのがわかった。
時計を見ると、今は夜中で、使用人の多くは寝ている時間だった。
身体をゆっくりと起こすと、着ていたはずの学生服ではなく、寝間着に着替えさせてもらっていた。
頭がクラクラして、また、ベッドに倒れ込む。
ビトイの気持ちはわかっていたはずなのに、あそこまでとは思っていなかった。
そして、お姉様のあの笑み。
(わたしがいるとわかったから受け入れたのね…? でも、お姉様は馬鹿ね…。わたしに意地悪したかったのかもしれないけれど、あれだけ証人がいれば、自分だって非があると言われるでしょうし、お義兄様にだって何を言われるかわからないのに…。それとも、お義兄様は、浮気も気にならないくらいに、お姉様が好きなの?)
部屋には誰もいない事もあり、あのシーンを思い出して、涙が溢れてきた。
今まで、何度も婚約の解消を考えた事はある。
でも、お姉様を忘れてくれるんじゃないかという甘い期待があったから、婚約を解消しなかった。
(甘い、本当に甘い考えだった…)
涙が目元から耳に向かって流れていく。
嗚咽が止まらなくなってきたところで、一時だけ部屋を離れていたらしい、メイドが部屋に入ってきた。
一緒に、あのシーンを目撃した40代のメイドで、名はスーザンという。
スーザンはダークブラウンの髪をシニヨンにした、背の高い痩せ気味の女性で、背筋をいつもピンと伸ばしているせいか、一見気難しそうなメイドに見えるけれど、性格はとても優しい。
「アザレアお嬢様、目を覚まされたのですね…。何かお飲みになりますか? 食欲があるようでしたら…」
「ありがとう。お水だけもらえる?」
涙を服の袖で拭いてから、身を起こし笑顔を作って言うと、スーザンは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。
「かしこまりました。お水でしたら、すぐにご用意できます」
そう言って、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう…。それから、迷惑をかけてごめんね」
「何を言っていらっしゃるんですか。お嬢様は悪くありません。悪いのはビトイ様と…」
お姉様の名前を口にしようとして、やめたみたいだった。
スーザンは頭を下げてから続ける。
「辛い出来事を思い出させてしまう様な話をしてしまい、申し訳ございません」
「謝らないで。どんなに好きでも、どうしようもない事があるんだって事がわかったわ」
なんて、自分で言ったくせに、涙が溢れてきた。
「アザレアお嬢様…」
他のメイドやフットマンも部屋に入ってきたところだったので、私の涙を見た、他のメイド達までもが目を潤ませた。
「ごめんね。泣いたりして。それより、お姉様は何か言ってるの?」
「……」
涙を拭ってから聞くと、スーザン達は困ったように顔を見合わせた。
(お姉様は自分のした事を悪いと思っていないのね…。わかっていた事だけど…)
「気にしないから話をしてくれる? どうせ、いつかは知る事だわ」
「その話は僕からしよう」
そう言って、中に入ってきたのはお父様だった。
肩まである黒髪を1つにまとめていて、部屋の入り口で心配げに私を見つめていた。
お母様も遅れて部屋に入ってきて、ベッドの脇までやって来ると、わたしの手を握って涙を流す。
「可哀想に。辛かったわね…」
お母様もお父様も、ラフな服装ではあるけれど、寝間着ではなかった。
自分達の部屋でわたしが目を覚ますのを待っていてくれたみたいだった。
「マーニャは自分は何もしていないと言うんだ。でも、スーザンや騎士達がマーニャ達がした事を目撃しているし、ビトイも事実だと認めた。だから、マーニャは反省していないとみなし、家から追い出した。今は彼女には帰る家があるからな。それから、夫のキトロフ伯爵にも連絡を入れた。マーニャをどうするかは、彼に任せる。離縁されても、ビトイが面倒を見るだろう」
お父様の言葉に胸がずきりと痛んだ。
(あんな場面を見たのに、まだ胸が痛むなんて…)
お父様はわたしの頭を優しく撫でてくれてから続ける。
「ビトイの家には婚約破棄を申し出た。もちろん、ビトイの有責でだ。ビトイの両親は床に額をつけて謝ってくれたが、許す許さないを決めるのはアザレアだと伝えてある。キトロフ伯爵からも慰謝料請求がいくだろう。本当ならばこちらもしたいくらいだが、相手がマーニャだし、彼女も受け入れていたというのがネックだ。それに関しては、キトロフ伯爵と話す。色々と話したが、簡潔に言うと、もう、ビトイの事は忘れなさい。これ以上、アザレアの悲しむ姿は見たくない」
お父様の鳶色の瞳が揺れていて、わたしの事を本当に心配してくれているのだと感じた。
お母様がわたしの手を握り直して、祈るように見つめてきた。
(わたしも覚悟を決めなくちゃ)
まだ、彼の事を少しも忘れられていないのは確かだけれど、きっと彼は、お姉様を忘れないし、お姉様が離婚すれば、きっと一緒になろうとするはず。
会わなくなれば、少しずつかもしれないけれど忘れていけると、自分に言い聞かせた。
それなのにビトイは、わたしと別れたくないと言い出したのだった。
時計を見ると、今は夜中で、使用人の多くは寝ている時間だった。
身体をゆっくりと起こすと、着ていたはずの学生服ではなく、寝間着に着替えさせてもらっていた。
頭がクラクラして、また、ベッドに倒れ込む。
ビトイの気持ちはわかっていたはずなのに、あそこまでとは思っていなかった。
そして、お姉様のあの笑み。
(わたしがいるとわかったから受け入れたのね…? でも、お姉様は馬鹿ね…。わたしに意地悪したかったのかもしれないけれど、あれだけ証人がいれば、自分だって非があると言われるでしょうし、お義兄様にだって何を言われるかわからないのに…。それとも、お義兄様は、浮気も気にならないくらいに、お姉様が好きなの?)
部屋には誰もいない事もあり、あのシーンを思い出して、涙が溢れてきた。
今まで、何度も婚約の解消を考えた事はある。
でも、お姉様を忘れてくれるんじゃないかという甘い期待があったから、婚約を解消しなかった。
(甘い、本当に甘い考えだった…)
涙が目元から耳に向かって流れていく。
嗚咽が止まらなくなってきたところで、一時だけ部屋を離れていたらしい、メイドが部屋に入ってきた。
一緒に、あのシーンを目撃した40代のメイドで、名はスーザンという。
スーザンはダークブラウンの髪をシニヨンにした、背の高い痩せ気味の女性で、背筋をいつもピンと伸ばしているせいか、一見気難しそうなメイドに見えるけれど、性格はとても優しい。
「アザレアお嬢様、目を覚まされたのですね…。何かお飲みになりますか? 食欲があるようでしたら…」
「ありがとう。お水だけもらえる?」
涙を服の袖で拭いてから、身を起こし笑顔を作って言うと、スーザンは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。
「かしこまりました。お水でしたら、すぐにご用意できます」
そう言って、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう…。それから、迷惑をかけてごめんね」
「何を言っていらっしゃるんですか。お嬢様は悪くありません。悪いのはビトイ様と…」
お姉様の名前を口にしようとして、やめたみたいだった。
スーザンは頭を下げてから続ける。
「辛い出来事を思い出させてしまう様な話をしてしまい、申し訳ございません」
「謝らないで。どんなに好きでも、どうしようもない事があるんだって事がわかったわ」
なんて、自分で言ったくせに、涙が溢れてきた。
「アザレアお嬢様…」
他のメイドやフットマンも部屋に入ってきたところだったので、私の涙を見た、他のメイド達までもが目を潤ませた。
「ごめんね。泣いたりして。それより、お姉様は何か言ってるの?」
「……」
涙を拭ってから聞くと、スーザン達は困ったように顔を見合わせた。
(お姉様は自分のした事を悪いと思っていないのね…。わかっていた事だけど…)
「気にしないから話をしてくれる? どうせ、いつかは知る事だわ」
「その話は僕からしよう」
そう言って、中に入ってきたのはお父様だった。
肩まである黒髪を1つにまとめていて、部屋の入り口で心配げに私を見つめていた。
お母様も遅れて部屋に入ってきて、ベッドの脇までやって来ると、わたしの手を握って涙を流す。
「可哀想に。辛かったわね…」
お母様もお父様も、ラフな服装ではあるけれど、寝間着ではなかった。
自分達の部屋でわたしが目を覚ますのを待っていてくれたみたいだった。
「マーニャは自分は何もしていないと言うんだ。でも、スーザンや騎士達がマーニャ達がした事を目撃しているし、ビトイも事実だと認めた。だから、マーニャは反省していないとみなし、家から追い出した。今は彼女には帰る家があるからな。それから、夫のキトロフ伯爵にも連絡を入れた。マーニャをどうするかは、彼に任せる。離縁されても、ビトイが面倒を見るだろう」
お父様の言葉に胸がずきりと痛んだ。
(あんな場面を見たのに、まだ胸が痛むなんて…)
お父様はわたしの頭を優しく撫でてくれてから続ける。
「ビトイの家には婚約破棄を申し出た。もちろん、ビトイの有責でだ。ビトイの両親は床に額をつけて謝ってくれたが、許す許さないを決めるのはアザレアだと伝えてある。キトロフ伯爵からも慰謝料請求がいくだろう。本当ならばこちらもしたいくらいだが、相手がマーニャだし、彼女も受け入れていたというのがネックだ。それに関しては、キトロフ伯爵と話す。色々と話したが、簡潔に言うと、もう、ビトイの事は忘れなさい。これ以上、アザレアの悲しむ姿は見たくない」
お父様の鳶色の瞳が揺れていて、わたしの事を本当に心配してくれているのだと感じた。
お母様がわたしの手を握り直して、祈るように見つめてきた。
(わたしも覚悟を決めなくちゃ)
まだ、彼の事を少しも忘れられていないのは確かだけれど、きっと彼は、お姉様を忘れないし、お姉様が離婚すれば、きっと一緒になろうとするはず。
会わなくなれば、少しずつかもしれないけれど忘れていけると、自分に言い聞かせた。
それなのにビトイは、わたしと別れたくないと言い出したのだった。
88
お気に入りに追加
3,868
あなたにおすすめの小説
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる