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プロローグ
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ヤバス様と出会ったのは、ローラン伯爵家の長女である私、シアが8歳の時だった。
婚約者を紹介すると言われて、私の住んでいる屋敷とは比べ物にならないくらい大きなお屋敷に連れて行かれた。
私の婚約者になったのは、レティカ王国の筆頭公爵家の令息であるヤバス・エビン様だった。
父親同士の仲が良く、生まれてきた子供を結婚させようと昔から話をしていたらしい。
ヤバス様は自己紹介を終えるなり、私の腰まである強いクセのある黒髪を見て言った。
「シアの髪って、どうしてそんなにくるくるなんだ? 普通はまっすぐ下に落ちるものだろう? 手入れが足りないんじゃないか? しかも、黒ってなんか綺麗じゃないな」
「ヤバス様、こういう髪質なのです。手入れが足りないわけではございません」
お父様は焦った顔をして訴え、エビン公爵は「子供の言うことだ。許してやってくれ」と私に謝ってきた。
いま考えれば、子供の私にそんなことを言うのもどうかと思う。
その日から、お父様は私の髪の毛をどうにかしてストレートにしようと試みた。
でも、私の髪のクセは強く、何をしてもストレートにはならなかった。
髪を洗ったり、寝癖がつけば、すぐにくるくるに戻ってしまった。
ヤバス様の好みは、すとんと落ちたストレートの金色の髪の女性で、私のようなクセの強いふわふわした黒い髪の毛はお嫌いのようだった。
「また、くるくるだね」
「どんなに頑張っても、まっすぐにはならないんです。お許しください」
ヤバス様に会うたびに、私はいつもこうやって謝っていた。
ヤバス様のお母様のバニャ様も私を嫌っていて、定期的に屋敷に呼ばれては、二人きりにさせられた。
バニャ様は二人きりになると、私の髪の毛を抜いたり、痕が残らない程度につねってきたりと嫌がらせをしてきた。
そして、帰り際にこう言うのだ。
『今日のことを誰かに話せば、あなたのご両親や弟が不幸になりますよ』
幼かった私は素直にその言葉に怯え、物心がついてからの私は、その言葉の意味を理解して恐怖を覚えた。
ヤバス様は成長するにつれて、人前では私をとても大事にしてくれるようになった。
冷たくされていたのに優しくされるようになり、私は彼が私を愛してくれ始めたのだと勘違いした。
「シアは頼んだことは何でもやってくれるから助かるよ。あ、この書類、提出しておいてくれないか」
「承知しました!」
学園が休みの日に屋敷に呼び出され、彼に笑顔で頼まれれば、彼の役に立てることが嬉しくて喜んで引き受けた。
ヤバス様は金色のサラサラの髪を肩まで伸ばしている美少年で、女性から人気があった。
だから、私のような冴えない人間が、彼の隣にいられることだけでも幸せだった。
「僕は本来なら、シアのような女性と結婚する人間じゃないんだ。親が勝手に決めたものだからね。結婚しても、その髪質がどうにかならない限り、僕は君を愛さないから」
そう、宣言されたのはヤバス様が18歳で、私が16歳の時だった。
彼のお父様が亡くなり、公爵の爵位をヤバス様が継いですぐのことだと記憶している。
公爵になってからのヤバス様は私を退学させ、自分の側近として雇った。
お母様はそのことを良く思わなかったし、私のことを心配してくれた。
でも、お父様は「ヤバス様のお役に立つことがお前の生きている意味だ」と言って、お母様がどんなに意見してくれても聞き入れなかった。
それから2年後、私の両親が事故で亡くなったことをきっかけに、私たちは結婚した。
ヤバス様の好みは何年経っても変わっていなかった。
「シア、本当に君は醜い。顔だけなら見れないことはないのに、どうして、そんなに君の髪の毛はねじ曲がっているんだ? 君の性格が悪いからじゃないのか?」
私のくせ毛はお母様譲りだ。
お母様はとても優しくて、この婚約をずっと反対してくれていた。
そんなお母様は年齢を重ねても、性格も見た目も可愛らしいと愛されていた。
性格は関係ない。
でも、私は何も言い返せなかった。
この時の私にはヤバス様しかいなかった。
私には優しい弟がいたけれど、若くして父の爵位を継ぐことになり苦労している彼に、助けを求めることはできなかった。
それに、私はヤバス様が好きだった。
どんなに罵られても蔑まれても好きだった。
こんな私を養ってくれるのは彼しかいないと思いこんでいた。
そして、彼には私しかいないと思いこんでいた。
私のことが嫌いなら、婚約を破棄すれば良かったのだから。
初夜の日、彼は寝室のベッドで眠り、私はソファで眠った。
結婚して1年経っても彼は、私に触れようとはしない。
でも、私はある日、気付くことになる。
どんなに私が醜い女性であっても浮気をしない、彼が好きだったのだと。
でも、ヤバス様が浮気をしていたら?
私の中でのヤバス様への思いはどうなってしまうのだろうかと――
婚約者を紹介すると言われて、私の住んでいる屋敷とは比べ物にならないくらい大きなお屋敷に連れて行かれた。
私の婚約者になったのは、レティカ王国の筆頭公爵家の令息であるヤバス・エビン様だった。
父親同士の仲が良く、生まれてきた子供を結婚させようと昔から話をしていたらしい。
ヤバス様は自己紹介を終えるなり、私の腰まである強いクセのある黒髪を見て言った。
「シアの髪って、どうしてそんなにくるくるなんだ? 普通はまっすぐ下に落ちるものだろう? 手入れが足りないんじゃないか? しかも、黒ってなんか綺麗じゃないな」
「ヤバス様、こういう髪質なのです。手入れが足りないわけではございません」
お父様は焦った顔をして訴え、エビン公爵は「子供の言うことだ。許してやってくれ」と私に謝ってきた。
いま考えれば、子供の私にそんなことを言うのもどうかと思う。
その日から、お父様は私の髪の毛をどうにかしてストレートにしようと試みた。
でも、私の髪のクセは強く、何をしてもストレートにはならなかった。
髪を洗ったり、寝癖がつけば、すぐにくるくるに戻ってしまった。
ヤバス様の好みは、すとんと落ちたストレートの金色の髪の女性で、私のようなクセの強いふわふわした黒い髪の毛はお嫌いのようだった。
「また、くるくるだね」
「どんなに頑張っても、まっすぐにはならないんです。お許しください」
ヤバス様に会うたびに、私はいつもこうやって謝っていた。
ヤバス様のお母様のバニャ様も私を嫌っていて、定期的に屋敷に呼ばれては、二人きりにさせられた。
バニャ様は二人きりになると、私の髪の毛を抜いたり、痕が残らない程度につねってきたりと嫌がらせをしてきた。
そして、帰り際にこう言うのだ。
『今日のことを誰かに話せば、あなたのご両親や弟が不幸になりますよ』
幼かった私は素直にその言葉に怯え、物心がついてからの私は、その言葉の意味を理解して恐怖を覚えた。
ヤバス様は成長するにつれて、人前では私をとても大事にしてくれるようになった。
冷たくされていたのに優しくされるようになり、私は彼が私を愛してくれ始めたのだと勘違いした。
「シアは頼んだことは何でもやってくれるから助かるよ。あ、この書類、提出しておいてくれないか」
「承知しました!」
学園が休みの日に屋敷に呼び出され、彼に笑顔で頼まれれば、彼の役に立てることが嬉しくて喜んで引き受けた。
ヤバス様は金色のサラサラの髪を肩まで伸ばしている美少年で、女性から人気があった。
だから、私のような冴えない人間が、彼の隣にいられることだけでも幸せだった。
「僕は本来なら、シアのような女性と結婚する人間じゃないんだ。親が勝手に決めたものだからね。結婚しても、その髪質がどうにかならない限り、僕は君を愛さないから」
そう、宣言されたのはヤバス様が18歳で、私が16歳の時だった。
彼のお父様が亡くなり、公爵の爵位をヤバス様が継いですぐのことだと記憶している。
公爵になってからのヤバス様は私を退学させ、自分の側近として雇った。
お母様はそのことを良く思わなかったし、私のことを心配してくれた。
でも、お父様は「ヤバス様のお役に立つことがお前の生きている意味だ」と言って、お母様がどんなに意見してくれても聞き入れなかった。
それから2年後、私の両親が事故で亡くなったことをきっかけに、私たちは結婚した。
ヤバス様の好みは何年経っても変わっていなかった。
「シア、本当に君は醜い。顔だけなら見れないことはないのに、どうして、そんなに君の髪の毛はねじ曲がっているんだ? 君の性格が悪いからじゃないのか?」
私のくせ毛はお母様譲りだ。
お母様はとても優しくて、この婚約をずっと反対してくれていた。
そんなお母様は年齢を重ねても、性格も見た目も可愛らしいと愛されていた。
性格は関係ない。
でも、私は何も言い返せなかった。
この時の私にはヤバス様しかいなかった。
私には優しい弟がいたけれど、若くして父の爵位を継ぐことになり苦労している彼に、助けを求めることはできなかった。
それに、私はヤバス様が好きだった。
どんなに罵られても蔑まれても好きだった。
こんな私を養ってくれるのは彼しかいないと思いこんでいた。
そして、彼には私しかいないと思いこんでいた。
私のことが嫌いなら、婚約を破棄すれば良かったのだから。
初夜の日、彼は寝室のベッドで眠り、私はソファで眠った。
結婚して1年経っても彼は、私に触れようとはしない。
でも、私はある日、気付くことになる。
どんなに私が醜い女性であっても浮気をしない、彼が好きだったのだと。
でも、ヤバス様が浮気をしていたら?
私の中でのヤバス様への思いはどうなってしまうのだろうかと――
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