1 / 27
プロローグ
しおりを挟む
ヤバス様と出会ったのは、ローラン伯爵家の長女である私、シアが8歳の時だった。
婚約者を紹介すると言われて、私の住んでいる屋敷とは比べ物にならないくらい大きなお屋敷に連れて行かれた。
私の婚約者になったのは、レティカ王国の筆頭公爵家の令息であるヤバス・エビン様だった。
父親同士の仲が良く、生まれてきた子供を結婚させようと昔から話をしていたらしい。
ヤバス様は自己紹介を終えるなり、私の腰まである強いクセのある黒髪を見て言った。
「シアの髪って、どうしてそんなにくるくるなんだ? 普通はまっすぐ下に落ちるものだろう? 手入れが足りないんじゃないか? しかも、黒ってなんか綺麗じゃないな」
「ヤバス様、こういう髪質なのです。手入れが足りないわけではございません」
お父様は焦った顔をして訴え、エビン公爵は「子供の言うことだ。許してやってくれ」と私に謝ってきた。
いま考えれば、子供の私にそんなことを言うのもどうかと思う。
その日から、お父様は私の髪の毛をどうにかしてストレートにしようと試みた。
でも、私の髪のクセは強く、何をしてもストレートにはならなかった。
髪を洗ったり、寝癖がつけば、すぐにくるくるに戻ってしまった。
ヤバス様の好みは、すとんと落ちたストレートの金色の髪の女性で、私のようなクセの強いふわふわした黒い髪の毛はお嫌いのようだった。
「また、くるくるだね」
「どんなに頑張っても、まっすぐにはならないんです。お許しください」
ヤバス様に会うたびに、私はいつもこうやって謝っていた。
ヤバス様のお母様のバニャ様も私を嫌っていて、定期的に屋敷に呼ばれては、二人きりにさせられた。
バニャ様は二人きりになると、私の髪の毛を抜いたり、痕が残らない程度につねってきたりと嫌がらせをしてきた。
そして、帰り際にこう言うのだ。
『今日のことを誰かに話せば、あなたのご両親や弟が不幸になりますよ』
幼かった私は素直にその言葉に怯え、物心がついてからの私は、その言葉の意味を理解して恐怖を覚えた。
ヤバス様は成長するにつれて、人前では私をとても大事にしてくれるようになった。
冷たくされていたのに優しくされるようになり、私は彼が私を愛してくれ始めたのだと勘違いした。
「シアは頼んだことは何でもやってくれるから助かるよ。あ、この書類、提出しておいてくれないか」
「承知しました!」
学園が休みの日に屋敷に呼び出され、彼に笑顔で頼まれれば、彼の役に立てることが嬉しくて喜んで引き受けた。
ヤバス様は金色のサラサラの髪を肩まで伸ばしている美少年で、女性から人気があった。
だから、私のような冴えない人間が、彼の隣にいられることだけでも幸せだった。
「僕は本来なら、シアのような女性と結婚する人間じゃないんだ。親が勝手に決めたものだからね。結婚しても、その髪質がどうにかならない限り、僕は君を愛さないから」
そう、宣言されたのはヤバス様が18歳で、私が16歳の時だった。
彼のお父様が亡くなり、公爵の爵位をヤバス様が継いですぐのことだと記憶している。
公爵になってからのヤバス様は私を退学させ、自分の側近として雇った。
お母様はそのことを良く思わなかったし、私のことを心配してくれた。
でも、お父様は「ヤバス様のお役に立つことがお前の生きている意味だ」と言って、お母様がどんなに意見してくれても聞き入れなかった。
それから2年後、私の両親が事故で亡くなったことをきっかけに、私たちは結婚した。
ヤバス様の好みは何年経っても変わっていなかった。
「シア、本当に君は醜い。顔だけなら見れないことはないのに、どうして、そんなに君の髪の毛はねじ曲がっているんだ? 君の性格が悪いからじゃないのか?」
私のくせ毛はお母様譲りだ。
お母様はとても優しくて、この婚約をずっと反対してくれていた。
そんなお母様は年齢を重ねても、性格も見た目も可愛らしいと愛されていた。
性格は関係ない。
でも、私は何も言い返せなかった。
この時の私にはヤバス様しかいなかった。
私には優しい弟がいたけれど、若くして父の爵位を継ぐことになり苦労している彼に、助けを求めることはできなかった。
それに、私はヤバス様が好きだった。
どんなに罵られても蔑まれても好きだった。
こんな私を養ってくれるのは彼しかいないと思いこんでいた。
そして、彼には私しかいないと思いこんでいた。
私のことが嫌いなら、婚約を破棄すれば良かったのだから。
初夜の日、彼は寝室のベッドで眠り、私はソファで眠った。
結婚して1年経っても彼は、私に触れようとはしない。
でも、私はある日、気付くことになる。
どんなに私が醜い女性であっても浮気をしない、彼が好きだったのだと。
でも、ヤバス様が浮気をしていたら?
私の中でのヤバス様への思いはどうなってしまうのだろうかと――
婚約者を紹介すると言われて、私の住んでいる屋敷とは比べ物にならないくらい大きなお屋敷に連れて行かれた。
私の婚約者になったのは、レティカ王国の筆頭公爵家の令息であるヤバス・エビン様だった。
父親同士の仲が良く、生まれてきた子供を結婚させようと昔から話をしていたらしい。
ヤバス様は自己紹介を終えるなり、私の腰まである強いクセのある黒髪を見て言った。
「シアの髪って、どうしてそんなにくるくるなんだ? 普通はまっすぐ下に落ちるものだろう? 手入れが足りないんじゃないか? しかも、黒ってなんか綺麗じゃないな」
「ヤバス様、こういう髪質なのです。手入れが足りないわけではございません」
お父様は焦った顔をして訴え、エビン公爵は「子供の言うことだ。許してやってくれ」と私に謝ってきた。
いま考えれば、子供の私にそんなことを言うのもどうかと思う。
その日から、お父様は私の髪の毛をどうにかしてストレートにしようと試みた。
でも、私の髪のクセは強く、何をしてもストレートにはならなかった。
髪を洗ったり、寝癖がつけば、すぐにくるくるに戻ってしまった。
ヤバス様の好みは、すとんと落ちたストレートの金色の髪の女性で、私のようなクセの強いふわふわした黒い髪の毛はお嫌いのようだった。
「また、くるくるだね」
「どんなに頑張っても、まっすぐにはならないんです。お許しください」
ヤバス様に会うたびに、私はいつもこうやって謝っていた。
ヤバス様のお母様のバニャ様も私を嫌っていて、定期的に屋敷に呼ばれては、二人きりにさせられた。
バニャ様は二人きりになると、私の髪の毛を抜いたり、痕が残らない程度につねってきたりと嫌がらせをしてきた。
そして、帰り際にこう言うのだ。
『今日のことを誰かに話せば、あなたのご両親や弟が不幸になりますよ』
幼かった私は素直にその言葉に怯え、物心がついてからの私は、その言葉の意味を理解して恐怖を覚えた。
ヤバス様は成長するにつれて、人前では私をとても大事にしてくれるようになった。
冷たくされていたのに優しくされるようになり、私は彼が私を愛してくれ始めたのだと勘違いした。
「シアは頼んだことは何でもやってくれるから助かるよ。あ、この書類、提出しておいてくれないか」
「承知しました!」
学園が休みの日に屋敷に呼び出され、彼に笑顔で頼まれれば、彼の役に立てることが嬉しくて喜んで引き受けた。
ヤバス様は金色のサラサラの髪を肩まで伸ばしている美少年で、女性から人気があった。
だから、私のような冴えない人間が、彼の隣にいられることだけでも幸せだった。
「僕は本来なら、シアのような女性と結婚する人間じゃないんだ。親が勝手に決めたものだからね。結婚しても、その髪質がどうにかならない限り、僕は君を愛さないから」
そう、宣言されたのはヤバス様が18歳で、私が16歳の時だった。
彼のお父様が亡くなり、公爵の爵位をヤバス様が継いですぐのことだと記憶している。
公爵になってからのヤバス様は私を退学させ、自分の側近として雇った。
お母様はそのことを良く思わなかったし、私のことを心配してくれた。
でも、お父様は「ヤバス様のお役に立つことがお前の生きている意味だ」と言って、お母様がどんなに意見してくれても聞き入れなかった。
それから2年後、私の両親が事故で亡くなったことをきっかけに、私たちは結婚した。
ヤバス様の好みは何年経っても変わっていなかった。
「シア、本当に君は醜い。顔だけなら見れないことはないのに、どうして、そんなに君の髪の毛はねじ曲がっているんだ? 君の性格が悪いからじゃないのか?」
私のくせ毛はお母様譲りだ。
お母様はとても優しくて、この婚約をずっと反対してくれていた。
そんなお母様は年齢を重ねても、性格も見た目も可愛らしいと愛されていた。
性格は関係ない。
でも、私は何も言い返せなかった。
この時の私にはヤバス様しかいなかった。
私には優しい弟がいたけれど、若くして父の爵位を継ぐことになり苦労している彼に、助けを求めることはできなかった。
それに、私はヤバス様が好きだった。
どんなに罵られても蔑まれても好きだった。
こんな私を養ってくれるのは彼しかいないと思いこんでいた。
そして、彼には私しかいないと思いこんでいた。
私のことが嫌いなら、婚約を破棄すれば良かったのだから。
初夜の日、彼は寝室のベッドで眠り、私はソファで眠った。
結婚して1年経っても彼は、私に触れようとはしない。
でも、私はある日、気付くことになる。
どんなに私が醜い女性であっても浮気をしない、彼が好きだったのだと。
でも、ヤバス様が浮気をしていたら?
私の中でのヤバス様への思いはどうなってしまうのだろうかと――
100
お気に入りに追加
1,358
あなたにおすすめの小説

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。
加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。
そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

【完結】正妃に裏切られて、どんな気持ちですか?
かとるり
恋愛
両国の繁栄のために嫁ぐことになった王女スカーレット。
しかし彼女を待ち受けていたのは王太子ディランからの信じられない言葉だった。
「スカーレット、俺はシェイラを正妃にすることに決めた」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。

〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
父が転勤中に突如現れた継母子に婚約者も家も王家!?も乗っ取られそうになったので、屋敷ごとさよならすることにしました。どうぞご勝手に。
青の雀
恋愛
何でも欲しがり屋の自称病弱な義妹は、公爵家当主の座も王子様の婚約者も狙う。と似たような話になる予定。ちょっと、違うけど、発想は同じ。
公爵令嬢のジュリアスティは、幼い時から精霊の申し子で、聖女様ではないか?と噂があった令嬢。
父が長期出張中に、なぜか新しい後妻と連れ子の娘が転がり込んできたのだ。
そして、継母と義姉妹はやりたい放題をして、王子様からも婚約破棄されてしまいます。
3人がお出かけした隙に、屋根裏部屋に閉じ込められたジュリアスティは、精霊の手を借り、使用人と屋敷ごと家出を試みます。
長期出張中の父の赴任先に、無事着くと聖女覚醒して、他国の王子様と幸せになるという話ができれば、イイなぁと思って書き始めます。


今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。
ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」
書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。
今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、
5年経っても帰ってくることはなかった。
そして、10年後…
「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる