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6 仮住まい ①
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セオドア様の使用人は、私たちを馬車に乗せると、高級宿まで連れていき、部屋にあったバスタブの中でシドの全身を洗ってくれた。その間に他の使用人が子供服や靴を買いに行くなどしてくれ、私のほうはお医者様の問診を受けることになった。
怪我はないことを伝えると、お医者様は去っていき、私は三人掛けのソファに座らされた。
心を落ち着かせる効果があるというフレーバーティーを出してもらい、一口飲んで大きく息を吐いた。
「おねえちゃん!」
しばらくして、髪を整えられ、綺麗な服に身を包んだシドが、私の所に駆け寄ってくると、ぎゅっと私のロングスカートの裾を掴む。
「ぼくのおせわがかりになったせいで、つらいめにあわせてしまってごめんなさい」
「悪いのはアーバネット様たちだから気にしないで」
シドを抱き上げて隣に座らせると、使用人がホットミルクを持ってきてくれた。
連れてこられた場所は高級宿であるだけでなく、部屋は使用人の話からすると、スイートルームのようだった。
寝室らしきものが二つあるし、リビングダイニングもある。調度品はシンプルではあるが質の良さそうなものばかりで、この場にいるだけで何だか落ち着かない気分になる。
フォガード子爵家の歴史はそう長くない。たしか、十年ほど前に与えられた爵位だと聞いている。それなのに、こんなにお金を使えるものなのだろうか。ルームサービスの金額だって通常の数倍以上するはずだ。
シドはホットミルクの入ったコップを手にとって、フーフーと息をかけた。湯気がたっていないので、そう熱くはないはずだが、火傷するよりかはいい。
「おいしい……!」
シドはそう言って笑うと、私にコップを差し出してくる。
「おねえちゃんもどうぞ!」
「それはシドのものだから、飲める分だけ飲んじゃいなさい」
「これ、おいしいよ。おねえちゃんものんで!」
「……シドは優しいのね」
頭を撫でて優しく促す。
「私は飲んだことがあるから気にしないで飲みなさい」
牛乳は栄養価が高いし、短時間にはなるが空腹を満たす。眠りやすくする効果もあるようだし、シドを自然に眠らせて、私から話を聞くつもりかもしれない。
「おねえちゃんはおなかへってない?」
「うん。だから、シドが好きなだけ飲んでね」
「わかった」
そう頷いたけれど、シドは半分ほど残して私の隣で眠ってしまった。
きっと、私に飲ませたかったんだろう。申し訳ないことをしちゃったわ。
「一体、何があったのですか? あんなに痩せて、みすぼらしい格好をした貴族の子供を見るのは初めてです」
フットマンがシドをベッドに運んでいくと、メイドが話しかけてきた。
「私が彼のことを知ったのはついさっきなんです。ですから、詳しいことは私もまだわからなくて……」
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
メイドは一礼したあと、お茶を淹れ直し、たくさんのお茶菓子が載った大皿を置いて部屋から出ていった。
シドのことをお願いしたら、すぐに帰らなくちゃ。アーバネット様に何を言われるかわからないわ。
お茶を飲んで一息ついた時、セオドア様が部屋に入ってきて、私の向かい側のソファに腰を下ろした。
「僕の見立てでは、今のアーバネットは救えない。少し、痛い目にあってもらおうと思う。その前に、君と子供の関係性を教えてくれないかな」
「あの、セオドア様。私は勝手に家を出てきています。早く戻らなければ、アーバネット様に何を言われるかわかりません」
「……君はアーバネットに暴力をふるわれたことはあるのか?」
「……あります」
「なら、それを理由に別居すればいい」
セオドア様は簡単に言うが、私には難しい。
「別居するにもどこへ行けばいいのかわからなくて。実家にも頼れないのです」
「ごめん。言葉足らずだった。君たちは落ち着くまでここに住めばいい。ここは王家御用達のホテルだから、セキュリティもしっかりしているし、ここの料理は美味しいよ」
王家御用達のホテルということは、他国を含む王族クラスでしか泊まれない高い宿だ。そんな宿に勤めている料理人が作るのなら、まずいわけがないわ。
「ロロミナは贅沢が好きなんだ。君やシドがここで暮らしていると聞くと羨ましがると思うよ」
セオドア様はそう言って、にこりと微笑んだ。
怪我はないことを伝えると、お医者様は去っていき、私は三人掛けのソファに座らされた。
心を落ち着かせる効果があるというフレーバーティーを出してもらい、一口飲んで大きく息を吐いた。
「おねえちゃん!」
しばらくして、髪を整えられ、綺麗な服に身を包んだシドが、私の所に駆け寄ってくると、ぎゅっと私のロングスカートの裾を掴む。
「ぼくのおせわがかりになったせいで、つらいめにあわせてしまってごめんなさい」
「悪いのはアーバネット様たちだから気にしないで」
シドを抱き上げて隣に座らせると、使用人がホットミルクを持ってきてくれた。
連れてこられた場所は高級宿であるだけでなく、部屋は使用人の話からすると、スイートルームのようだった。
寝室らしきものが二つあるし、リビングダイニングもある。調度品はシンプルではあるが質の良さそうなものばかりで、この場にいるだけで何だか落ち着かない気分になる。
フォガード子爵家の歴史はそう長くない。たしか、十年ほど前に与えられた爵位だと聞いている。それなのに、こんなにお金を使えるものなのだろうか。ルームサービスの金額だって通常の数倍以上するはずだ。
シドはホットミルクの入ったコップを手にとって、フーフーと息をかけた。湯気がたっていないので、そう熱くはないはずだが、火傷するよりかはいい。
「おいしい……!」
シドはそう言って笑うと、私にコップを差し出してくる。
「おねえちゃんもどうぞ!」
「それはシドのものだから、飲める分だけ飲んじゃいなさい」
「これ、おいしいよ。おねえちゃんものんで!」
「……シドは優しいのね」
頭を撫でて優しく促す。
「私は飲んだことがあるから気にしないで飲みなさい」
牛乳は栄養価が高いし、短時間にはなるが空腹を満たす。眠りやすくする効果もあるようだし、シドを自然に眠らせて、私から話を聞くつもりかもしれない。
「おねえちゃんはおなかへってない?」
「うん。だから、シドが好きなだけ飲んでね」
「わかった」
そう頷いたけれど、シドは半分ほど残して私の隣で眠ってしまった。
きっと、私に飲ませたかったんだろう。申し訳ないことをしちゃったわ。
「一体、何があったのですか? あんなに痩せて、みすぼらしい格好をした貴族の子供を見るのは初めてです」
フットマンがシドをベッドに運んでいくと、メイドが話しかけてきた。
「私が彼のことを知ったのはついさっきなんです。ですから、詳しいことは私もまだわからなくて……」
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
メイドは一礼したあと、お茶を淹れ直し、たくさんのお茶菓子が載った大皿を置いて部屋から出ていった。
シドのことをお願いしたら、すぐに帰らなくちゃ。アーバネット様に何を言われるかわからないわ。
お茶を飲んで一息ついた時、セオドア様が部屋に入ってきて、私の向かい側のソファに腰を下ろした。
「僕の見立てでは、今のアーバネットは救えない。少し、痛い目にあってもらおうと思う。その前に、君と子供の関係性を教えてくれないかな」
「あの、セオドア様。私は勝手に家を出てきています。早く戻らなければ、アーバネット様に何を言われるかわかりません」
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セオドア様はそう言って、にこりと微笑んだ。
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