気弱な令嬢ではありませんので、やられた分はやり返します

風見ゆうみ

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第二部

第14話 自称ヒロインと口論になる

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「イグスって俺のことだよな?」
「そうよ」

 ただでさえ頭が痛いのに、哲平がボケたようなことを聞いてくるからイライラしてきたので冷たく答えた。
 すると、哲平はボートワールに話しかける。

「悪いけど無理。俺は女は苦手だし、イグスって呼ぶ奴も好きじゃない」
「ああ、今のあなたはテツくんだっけ。ふーん、テツくんは元の子が好きだったのかしら」

 ボートワールは私のほうを見てから、納得したように頷く。 
 元の子って、アリスのことを言っているのかしら。
 言っている意味がわからなかったのは哲平もそうらしく、眉根を寄せてボートワールに尋ねる。

「一体なんの話だ」
「だって、そうじゃないと説明がつかないじゃないの」
「は? だから、意味がわかんねぇって言ってんだろ」
「私の魅力になびかない男なんていないのよ」

 ボートワールはふふん、と鼻で笑ったあと、ツインテールにした自分の髪の一部を手にとって話を続ける。

「見てよ、この艶のある髪。何もしなくてもこうなのよ?」

 いやいや、メイドさんたちが綺麗に手入れしてくれてるからでしょうよ。
 私の心のツッコミは聞こえるはずもないので、ボートワールはご機嫌な様子で話を続ける。

「それにキュレルは顔も大して可愛くないもの。私よりもキュレルが良いだなんて、テツくんが元々の子を好きだったとしか考えられないじゃない」

 元の子というのは、どうやら前世のわたしのことらしい。
 哲平が私のことを好きだったなんてことは……、まあ、あるか。
 今は知らないふりをしておく。

「この顔がテツの好みの顔なだけかもしれないわよ」
「そんなことは絶対にあるわけがないわ!」
「あんたにそんなこと言われる筋合いなんてないと思うんだけど?」

 アリスがバカにされている気がして腹が立って言い返すと、ボートワールは堰を切ったように話しはじめる。

「あなたが中に入ってない時のあの子はウジウジして本当にウザかった。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに言わないの。だから、余計にウザかった。まるで昔の私みたいでね」
「昔の自分だなんて思うなら、どうして婚約者を奪ったり嫌がらせをしたりしたのよ」
「見ていてムカついたから」

 はあ?
 学年も違うのに、わざわざいじめてたくせに、理由がムカついたから?

 ボートワールの言葉に、ここでキレてはいけないとわかっていながらも駄目だった。

「ふざけんじゃないわよ。あんたにあの子の何がわかんのよ。あの子はあんたみたいに性格が悪くないから言いたくても言えなかったんじゃない言わなかっただけよ」
「どうしてよ!?」
「あんた、すでになめきってる相手に言い返されて、それで素直に謝るタイプ? 違うでしょ? エスカレートするだけでしょう。大体、あんただって自分と重ね合わせたならわかってるはずよ! いじめをするような奴はターゲットをころころ変えて新しいターゲットが出来ればそっちに移るだけよ。アリスは我慢して、いつか自分がターゲットじゃなくなる、その日を待ってた」

 問題はいじめてくる相手が、一グループだけではなかったことだ。
 一グループが飽きても違うグループがからんできた。
 だから、アリスへのいじめはエンドレスに近かった。

「そんなの、わからないじゃない」

 ボートワールは胸の前で腕を組み、私を睨みつけてくる。
 
 どうやら図星だったみたいね。
 こういうタイプは自分が仲間外れにされたら辛いくせに、他人を傷つけることは容易にできる。
 なんにしても、私に言う権利はないかもしれないけど、哲平をコイツに渡す訳にはいかない。
 自分もそうだったのなら辛い気持ちがわかるはずなのに、弱者を攻撃することを当たり前に思うなんて納得いかない。

「絶対にあんたの思うようにはさせないから」

 哲平の前に立ち、高ぶった気持ちを落ち着けてから哲平のほうは見ずに問いかける。

「テツ、あんた、この女のものになりたい?」
「は? んな訳ねーだろ。大体、俺の選択肢はほとんどお前に握られてるようなもんなんだから」

 迷うこともなく、すぐに答えが返ってきた。
 
 私を暴君みたいに言わないほしい。
 まあいいわ。

 ボートワールを見つめて話しかける。

「ということでテツは私のものなの。だから、あんたには渡すつもりはないから。大体、よく言うでしょ。自分の人生は自分がヒーローなりヒロインなの。ヒロインはあんただけじゃない」
「じゃあ、あなたもヒロインってわけ? 大して可愛くもないしスタイルだって良くないのに?」
「あんた、今の私の話の意味を全く理解してないのね」

 考え方の違いもあるのだろうけど、ボートワールは自分の考えていることが正しいと信じて疑う気もないんでしょう。

 それならば、私も私なりの正義で受けて立つわ。

「いいわ。あんたの世界で私はモブのようだけど、私の世界ではあんたはただの性悪というか、性格の悪いモブだから、からんでくるなら全力でたたきつぶすことにするわね」
「はあ?! 私がモブですって?! そんなことを言うあなたは悪役令嬢がお似合いよ!」
「嬉しいわ。でも、あんたの中では私はモブだったんじゃないの?」

 わざとらしく首を傾げて聞き返すと、ボートワールは地団太を踏みながら叫ぶ。

「そんなことを言うモブなんていないわよ!」
「いるでしょ。それにモブだって言い出したのはそっちじゃない。それとも、あんたの中で私を悪役令嬢に格上げしてくれるの?」
「あなたっておかしいんじゃない? 悪役令嬢と呼ばれて喜ぶなんて」

 うふふ、と笑って答えたら何か恐ろしいものでも見るような目でボートワールは私を見た。

 は?
 いやいや、あんたの妄想に付き合ってあげているのはこっちなんだけど?
 それに悪役令嬢の何が悪いのかもわからない。

 だって、感じ方は人それぞれだものね。

「あんたに言われたくないわよ。ただ、気をつけたほうがいいわね。私が知っている転生ものだと、悪役令嬢に転生したほうが元々のヒロインを痛い目に遭わせるか、良くても友情ルートだと思うんだけど」
「友情ルートなんてありえないわ!」
「わあ、嬉しい!」
「喜ぶとこじゃないのよ! いい? 覚えてなさいよ! テツくんを絶対に私のものにしてやるんだから!」

 ボートワールは捨て台詞を吐くと、早足で屋上から去っていった。
 残された哲平と私は思わず顔を見合わせる。

「俺はものじゃねぇんだけどな」
「そうね。それもそうだし、私は何を覚えていたらいいと思う?」
「知らん」

 哲平は鬱陶しそうな表情で吐き捨てるように言った。

 結局、ボートワールとの初顔合わせは疲れただけで終わってしまった。

 まあ、相手がチョロそうで良かったわ。
 戦うにも楽に勝てそうだもの。
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