気弱な令嬢ではありませんので、やられた分はやり返します

風見ゆうみ

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第5話  話を持ち帰らせる

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「申し訳ございません。本来ならルーベン様がいらっしゃらなければならないところでしたが、体調不良の為、ホットラード家の執事であるリチバットが代わりに馳せ参じました」

 黒の執事服に身を包んだ中肉中背、黒い髪をオールバックにした、見た目が少しやんちゃそうなリチバットさんは深々と頭を下げた。

 別に無理して代理人を寄越さなくても今日は行けません、でいいんじゃない?
 と思ったけれど、ただ、この家に来たくないだけかもしれないわね。
 まあ、いいわ。
 この人も命令されて来ているんだろうし。

 何だっけ?
 ルーベン・ホットラードだっけ?
 その男の顔が見られなかったのは残念だけど、話が通じない相手と話すよりかは、話が通じる相手と話をする方が楽だわ。

「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。ルーベン様? の体調が優れないのでしたら、しょうがないですわ。元々、頭の具合が悪いようですし、お医者様に診てもらうついでに、そちらも一緒に診てもらった方が良いと思いますとお伝え下さいませ。そして、お大事にして下さいとも」
「え? あ、はあ…。あ、ありがとうございます」

 リチバットさんは困惑の表情を浮かべたけれど、私が応接のソファーに座る様に促すと「失礼します」と言ってから、腰を下ろした。

 お茶を入れてくれるようにメイドに頼むと、私の変貌ぶりを知っているメイドは、私の様子を伺いながら、お茶を入れて、なぜか私の所にお茶の入ったカップを置く際には手が震えて、カップとソーサーとスプーンがぶつかり合って、カチャカチャとうるさい音を立てていた。

 そこまで怯えなくてもいいでしょうに。
 私に悪霊でも憑いてるとでも思ってるのかしら…。
 本当のアリスにしてみれば、私は悪霊かもしれないけど。

「で、本日の用件ですが、婚約の解消の話でよろしかったでしょうか?」

 メイドが部屋から出ていったので早速本題に入ると、リチバットさんは持ってきていた茶色の大きなカバンからA4サイズの紙を取り出した。

「婚約の解消についての書類でございます。ご両親とご確認いただきましてからサインをお願いしたいのですが…」
「拝見させていただきます」

 紙を受け取って、内容に目を通してみると、訳のわからない内容が書かれていたので、リチバットさんに確認する。

「あの、ルーベン様が浮気したんですよね?」
「は、はい…。そうでございます。誠に申し訳ございませんでした」

 リチバットさんが申し訳無さげに頭を下げる。

「この紙に書かれてある内容はリチバットさんはご覧になられました?」
「え、ええ。はい。その、作成を任されたのは私ですので、その際に目を通させてはいただきましたが…」
「では、お聞きしますが、浮気された側が慰謝料を払う事になっている事についてはどう思われます?」
「おかしいとは思いましたが、旦那様の指示でございまして…」
 
 リチバットさんはシャツのポケットから白いハンカチを取り出して、額に流れた汗を拭いた。

「おかしいとは思っていらしたんですね?」
「もちろんでございます。旦那様にもその旨はお伝え致しました」
「何と仰っていたんです?」
「息子を浮気させる様な相手なのだから、その責任を取らせると…」

 息子が馬鹿なだけかと思ったら、親が馬鹿だったわけね。
 
「弁明するわけではございませんが、奥様はホットラード家側が払うべきだと仰っておられます」
「まともな人がいて良かったです」

 家族全員、馬鹿だったらどうしようかと思ったわ。

「では、書類を書き直してから改めてご連絡いただけませんでしょうか?」
「…と言いますと…?」
「どうしても慰謝料という明記が必要であれば、ホットラード家がキュレル家に支払うという内容に変更して下さい」
「で…ですが…」
「常識的に考えて下さい。こんな事がまかり通ったらおかしいと思いませんか?」

 笑顔で尋ねると、リチバットさんは苦しそうな顔になった。
 私の言う事はわかるけれど、主人に何て言えば良いのかというところかしら?

「お互いの幸せのためにも婚約の解消を早く進めましょうとお伝えくださいませ。もちろん、慰謝料をこちら側に払えと言うのであれば、婚約の解消は出来ませんと」
「……お気持ちが変わることはないと…?」
「気持ちが変わることなんてありえます? 浮気したくせに私のせいだという人ですよ? しかも、慰謝料を払えっておかしいでしょう? 婚約の解消をしたいという気持ちは変わりませんし、慰謝料を払わないという気持ちも一切変えるつもりはございません」
「そ…、それは、そうだとは思いますが…」

 可哀想に。
 まさか、ここまで私が言い返すとは予想していなかったのか、リチバットさんは焦った表情でオロオロしている。

 この人にはお気の毒だけど、言いたい事は言わせてもらわないと。
 この国には貴族制度があって、子爵よりも伯爵の方が上らしくて、アリスの婚約者は伯爵家だ。
 だから、相手の方が格上らしいけれど、ホットラード家は落ちぶれた伯爵家で、逆にキュレル家は子爵家だけれど繁栄していて貴族の中でも顔が広いから、ホットラード家がゴネる様なら何とかしてくれると言ってくれていた。

 この縁談も元々は向こうからだったらしい。
 それなのに浮気するってどうなのよ…。

 普通に婚約を解消したのではお金が入らないから、慰謝料をくれ、と言ってきてるんでしょうけど、訳がわからないし、そっちがその気なら、こっちも慰謝料を請求させてもらわなくちゃ。

「では、よろしくお願いいたしますね」

 渡された紙を笑顔で返すと、リチバットさんは諦めた様な顔をして受け取ると立ち上がり、深々と頭を下げる。

「本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。もし、この件であなたがクビになったりする様なら、仕事を紹介してもらえる様に、父に話をしますから連絡して下さい」

 あまりにも浮かない顔をしていたから心配になって言うと、リチバットさんは表情を輝かせて、何度も何度も私にお礼を言って帰っていった。
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