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第3話  イメチェンする

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 メイドに教えてもらった通りに階段を降りて、言われたように進んでいくと、大きな茶色の二枚扉が見えて、その扉の前に黒のスーツに身を包んだ、背の高い細身の老爺が立っているのが見えた。

 老爺といっても背筋はピンと伸びていて、真っ白な髪も綺麗に整えられていて清潔感がある。

 この人はこの屋敷の執事ってやつ?
 
 そんな事を思いながら、ゆっくりと執事らしき老爺に近付いていく。

「おはよう」
「おはようございます、お嬢様。本日は学園はお休みの日ですが…」
「ええ。知ってるわ。着る服がないから着ているだけなの。だから服に関しては気にしないで」
 
 そこで一度言葉を区切ってから、鼻の下の白い口ひげがとっても素敵な老爺に笑顔で言う。
 
「で、ごめんなさい。私、記憶がないの」
「はい?」

 細い目の老爺は目を見開いて聞き返してきた。

 そりゃそうなるわよね。
 気持ちはわからないわけでもないから、嘘を交えつつ説明してみる。

「私の部屋を見てもらったらわかるけど、どうやら間違って毒を飲んじゃったみたい。で、そのショックなのか、記憶が抜け落ちていて、あなたの事もわからないの。ごめんなさいね?」

 間違えて毒を飲むって、どういう状況?
 しかも、その毒はどこから手に入れたのよ…って自分でツッコミたくなるけど我慢する。
 
 だって、もう口にしてしまったんだから。

 すると、老爺は悲鳴の様な声を上げた。

「ど! 毒をですか?! それは大変です! 医者を、医者を呼びましょう!」
「大丈夫よ。少ししか飲んでないし、今だって元気に歩けてるでしょう? だからお医者さんは呼ばなくて大丈夫よ?
呼んでくれるなら、髪の毛をカット出来る人にしてちょうだい?」 
「も、もちろんお呼びしますが、体の方は本当に大丈夫なのですか…?」

 どうして、この人はこんなに心配そうにしてるのかしら?
 もしかして、アリスが自殺するんじゃないかと心配する何かがあったの?

「大丈夫よ、心配してくれてありがとう。でも、そのせいか記憶がまったくないの。だから申し訳ないけれど、ここに勤めている使用人の名前と特徴を書いたものを用意してもらえないかしら?」
「か、畏まりました! ルーベン様とお話を終えられるまでにご用意しておきます! それから、わたくしは執事のロッカと申します」
「ありがとう、ロッカ。面倒かもしれないけれどよろしくね。というか、ルーベン様って誰かしら?」
「ルーベン・ホットラード伯爵令息は、お嬢様の婚約者であらせられる方で、本日、お嬢様とお約束をしておられます」

 婚約者の名前はルーベン・ホットラードっていうのね。
 日記にはホットラード卿としか書かれてなかったから、ルーベンという名前ではわからなかったわ。

「教えてくれてありがとう。お父様とお母様と話がしたいから中に入ってもいいわよね?」
「もちろんでございます。お嬢様の朝食もすぐにご用意させていただきます」

 そう言うと、ロッカはダイニングルームの扉を開けてくれた。

 普通は医者に来てもらうのが当たり前だろうけど、どうやらロッカが、私の変わりように気が動転してしまっているみたいで乗り切れたみたいね。
 ここは、私をアリスに憑依させた神様か何かが融通をきかせてくれた感じ?

 さあ、あとは無事に両親を騙せるかだけど…。

 気合を入れてダイニングルームに入り、アリスの両親に朝の挨拶をした。

 私が制服姿な事に驚いた後は、記憶がないという私を疑うこともなく、身体の心配だけしてくれたあと、食事などそっちのけで、私に色々な事を教えてくれた。

 私が転生した国の名前はアダルシュという大国で、アリスは隣国との境目にある、リージュという街に住んでいるらしい。

 子爵家の長女で5つ年のはなれた兄がいるらしいけれど、その兄は王都に働きに出ていて、年に数回くらいしか家に帰ってこないらしい。
 兄妹の仲は良かったらしく、帰省してくると兄は彼女にべったりくっついて離れないんだそう。

 記憶喪失というふりで、その兄に関しても何とかのりきれればいいけど、可愛がっていた妹が見た目も中身も豹変していたら、ショックを受けないか心配になるし、疑われる可能性が高い。

 かといって、今までのアリスのふりをするのは私には無理だし、出来るだけ兄の前では大人しくする様にしようと思った。
 外見の事に関しては、記憶をなくしたついでに新しい自分に生まれ変わろうと思ったとか何とか言う事に決めた。

 両親が私にこの世界の事を教えてくれて、ちょうど話が途切れたところで、伝えないといけない事を伝えておく事にする。

「お父様、お母様、ホットラード卿との事なのですが、彼との婚約を解消してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。浮気しておいて、浮気するきっかけを作ったのはアリスのせいだから慰謝料を払えだなんて言ってくるなんて普通の人間が考える事ではないから、アリスが望むなら婚約を解消したら良いんだ。私からも正式に連絡を入れるよ」
「ありがとうございます、お父様、お母様」

 笑顔で言ってから頭を下げると、お母様はなぜか今にも泣き出しそうな表情になった。




 ホットラード卿が来るのは午後かららしく、朝食を食べ終えた頃には、美容師さんらしき人がスタンバイしてくれてないた。
 長い髪を肩につくかつかないかのセミロングにしてとお願いすると、かなり渋られた。
 この国の貴族は髪が長いのが当たり前だからだそう。
 
 でも、絶対にしてはいけないわけではないそうなので、切る様にお願いすると、何度も確認してくれながらも切ってくれた。

 魔法が存在する世界らしく、前髪を縮毛矯正したい、とお願いすると、最初はわかってもらえなかったけど、ストレートにしたい、と言い直したら、なんと呪文一つでまっすぐストレートの髪になった。

 魔法ってなんて便利なの!
 こんな事なら、最初からアリスもしてもらったら良かったのに!

 服に関しても、ホットラード卿とやらに会うためのドレスが別部屋に用意されてあるとの事なので確認してみると、お姫様が着るようなフリルとリボンが一杯使われたピンク色のドレスだった。

 正直、このドレスを着る事に抵抗はあるけど、この世界ではこれが普通だというのならしょうがない。
 お化粧は髪を切ってくれた人にしてもらう様にお願いして、まずはドレスに着替えよう、と思ったんだけど、着方が全くわからない。

 普通ならここで侍女なり何なりが、私を着替えさせてくれるところなんだろうけど、メイド服を着ている、それらしき者達は壁際に立って、ぺちゃくちゃおしゃべりしたまま、仕事をしようとしない。

 この給料泥棒めが。

 一生懸命やって仕事が遅いならまだしも、ぺちゃくちゃ話をして仕事しないんなら、これくらい言ってやっても許されるわよね?

 仕事が終わらないとか言って残業するくせに、昼間は私語ばかりしている職場の先輩を思い出してしまった。

 思い出すとイラッとしてきてしまい、壁際に立つ2人に話しかける。

「ちょっと」
「・・・・・なんですかぁ?」

 さっきのメイドとは違う顔だから、私の性格が変わってしまった事を知らないようで、一人が私を小馬鹿にするような顔で聞き返してきた。

 この屋敷にはまともなメイドはいないの?

 相手がその調子なので、私もきつい口調で言い返す。

「暇そうにしてるんなら、着方くらい教えてよ」
「何言ってるんですか、お嬢様、いつもお一人でお着替えなさってましたよ。まぁ、ちゃんと着れてませんでしたけど」
「ちょっとやめなさいよ。言ったら可哀想だって。それに泣き出されたらどうするのよ。面倒じゃない」

 メイド二人は、私の方をチラチラと見ながらクスクスと笑った。

 可哀想だと思ってる奴が人を見て笑うわけないでしょ。
 ふざけんじゃないわよ。
 
 というか、アリス、ここまで言われて何も言い返さなかったの?
 我慢してたのは偉いと思うけど、限度があるわよ。
 私は怒りの沸点が低いから黙ってられないわ。
 あなたの評判を落とさないように気をつけるけど、多少は悪くなっても許してくれるわよね?

 息を吐いて、一呼吸置いてから言葉を発する。

「ああ、そうね。あんた達の可哀想な頭じゃ、このドレスの着せ方もわからないわよね」
「はあ!?」
「今まで、ドレスの着せ方がわからないから、仕事してなかったんじゃないの? それともぺちゃくちゃ無駄話するしか脳がないわけ?」
「な、なんて事を! お嬢様に言われたくありません!」
「はあ? 私に言われたくない? 職務放棄してる人間に私だって言われたくないわよ。そんなに私の面倒が見たくないと言うんなら安心して? この家にいられなくさせてあげるわ?」

 私の言葉を聞いたメイド2人の表情が恐怖の色に変わったのがわかった。
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