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ifストーリー(クズーズの王位継承権が剥奪された場合)
第38話 新たな始まり
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「わ、私は…、そんな事は…」
エイナは必死に考えているみたいだった。
素直に答えたら、セルディス殿下の言う通りになってしまった場合、自分は伯爵令嬢となり、シシリー様の侍女として隣国へ行かないといけない事になる。
仕えられる事はあっても、誰かに仕えた事のないエイナにとっては、とても屈辱的なものだと思った。
けれど、エイナがわざとではなかったと言った場合、セルディス殿下は拷問してでも吐かせる様な言葉を発されていた。
それについては、さすがのエイナも気付いているはず。
エイナの身柄を引き渡すように要請されたら、国王陛下も彼女を引き渡すだろうから、セルディス殿下の国で拷問される可能性は十分にあり得る事だった。
彼女が拷問に耐えられるほど嘘をつき通せるとも思えない。
本当にエイナがわざとしたわけではないなら黙って悩んでいないはず。
こんな風に迷っているという事は、わざとやった事に間違いはないわ。
「とにかく、今日はここでお開きにした方が良さそうだ。アレク殿下、後は頼んでも良いですか? シシリーを休ませたいんです」
「もちろんです。こんな事になり申し訳ございませんでした」
「謝らないでほしい。防ごうと思えば防げた事なんだから。謝らないといけないのはこちらの方かもしれない」
セルディス殿下は首を横に振ると、シシリーと聖女様らしき少女を促して歩き出す。
すると、何歩か歩いたところで少女だけがこちらに戻ってきて私に尋ねてくる。
「無礼を承知でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「かまわないわ」
頷くと、凛として強い意思を宿した鳶色の瞳を持つ少女は口を開く。
「私の直感で申し上げますが、アレク殿下が国王陛下になるのであれば、エリナ様がお相手である方が良いと思います。ですから、エリナ様のお気持ちはわかりますが、セルディス殿下の言われた様になさって下さいませ」
「で…、でも…」
「どうしても納得いかないというのであれば、アレク殿下に相談なさった方が良いと思われます」
そう言って少女は黒色のストレートの髪を揺らして一礼した後、先に行ってしまったセルディス殿下達を追いかけていった。
呆然としていると、黙り込んでいたエイナが口を開く。
「あ、あの、私はどうなったの!? 許してもらえたの?」
「エイナ、あなたは今から取り調べをしてもらわないといけないわ」
「取り調べだなんて! 私がやったって言ったのはミシャ様でしょう!? 子供の言った事なのよ! 子供の言う事を信じるの!?」
「そうね。だけど、本人の言い分も聞かなくちゃいけないから、あなたに確認するんじゃないの?」
「わざとじゃないって言ったら拷問されるんでしょ! そんなの嫌よ!」
「なら、素直に罪を認めて減刑してもらうしかないな」
アレク殿下がそう言うと、エイナがクズーズ殿下を指さして叫ぶ。
「私はクズーズ殿下にやれと言われたからやったんです! 断れなかっただけなんです!」
「な、何を言ってるんだ! 僕は何もしていない!」
「だってそうじゃないですか! 熱いスープを用意させたのはクズーズ殿下ですよ! 証人がいるはずです! 私は殿下にやれと言われたからしょうがなくやったんです! 王族の命令ですから断れるわけがないでしょう!?」
「違う! 僕はそんな命令をしていない!」
クズーズ殿下とエイナが言い争いを始めた時だった。
国王陛下と王妃陛下、そしてお父様とお母様が会場内に入ってきた。
そして、クズーズ殿下とエイナに向かって陛下が言った。
「話がある。クズーズとエイナは一緒に来い」
「陛下、聞いて下さい! 私は何もしておりません! クズーズ殿下が!」
「違います父上! 僕に熱いスープを用意しろと言ったのは彼女です!」
「うるさい! とにかく一緒に来い!」
陛下に一喝され、エイナとクズーズ殿下は顔を見合わせて口を閉ざすと、エイナは私を睨み、クズーズ殿下は私を見て何か言いたげにしながらも会場を出て行った。
人がいなくなり、広い空間には私とアレク殿下だけが残された。
言葉を発せずにいると、アレク殿下が大きく息を吐いてから口を開く。
「兄上とエイナ嬢は一体何を考えてるんだ…」
「きっとエイナは自分よりもシシリー様が愛されているように感じて悔しくなったのでしょう。今までの手口と一緒です。今回は自分でやらざるを得なくなっただけで…」
「シシリー様の侍女になれば、彼女の性格は直るだろうか…?」
「わかりません。ただ、セルディス殿下の仰った様になれば、エイナは公爵令嬢ではありませんし、伯爵令嬢であり、しかも他国から来た人間ですから冷遇される可能性はありますね」
小さく息を吐くと、アレク殿下が聞いてくる。
「そんな事になったら、エイナ嬢は懲りずに嫌な事をしようとするんじゃないか?」
「それがシシリー様の目的だと思います。公爵令嬢のままでは立場の問題もあり、今までは罪が認められなかったり、軽くなってしまっていました。ですが…」
「伯爵令嬢では今までの様にいかないという事か。しかも他国だしな」
「はい。エイナもそれを理解すれば馬鹿な事はせずに、シシリー様に大人しく仕えるでしょうけど…」
「そんなタイプではないな」
アレク殿下の言葉に無言で首を縦に振った。
「気にするなとは言わないが、そんな顔をしないでくれ」
泣き出しそうになっていたからか、アレク殿下は私の頬に触れて悲しそうな顔をした。
「アレク殿下…、お話があります」
エイナがやった事は私にも責任がある。
だから、私だけ安全圏に逃れるわけにはいかないわ。
きっと、お父様ももう覚悟はしていらっしゃるはず。
陛下達に呼ばれたのは、ピート兄様に家督を譲れという話だったのかもしれない。
公爵令嬢の間にアレク殿下の妻になってしまえば、しきたり通りになるから問題はない。
だから、セルディス殿下も結婚を急ぐようにと言ってくれているのだろうけれど、そんな事、私には無理だわ。
私もエイナと同じ様に伯爵令嬢にならないと。
お父様とお母様が責任を取るというなら、私だって取らないと。
ピート兄様はこの3年間、家にいなかった。
だから、せめてピート兄様だけは許してほしい。
私が言えた義理ではないけれど、ピート兄様だけでも守りたい。
それに公爵家がなくなれば、エイナのせいで傷をおった人達の治療費などが払えなくなってしまう。
聖女様のアドバイスを無駄にする様な事になってしまうけれど…。
「婚約を解消して下さい」
声が震えそうになるのを必死にこらえた。
これが正しい選択なのよ。
公爵令嬢が必要だというのなら、他の公爵令嬢が大きくなるのを待ってもらえばいい。
私は彼にはふさわしくない。
もっと早くに気付くべきだったのに…。
見ないふりをしようとしてたんだわ。
「今、なんて言った…?」
もう一度、先程の言葉を言わなければいけないのかと思うと辛かった。
けれど、さっきはアレク殿下の目を見えて言えなかった。
今度こそは彼の目を見つめて告げる。
「婚約を解消して下さい」
「断る」
「……はい?」
「断ると言った」
そう言って、アレク殿下は私の腕をつかんで引き寄せると抱きしめてきた。
「アレク殿下!?」
痛いとまではいかないけれど、強く抱きしめられて、口から心臓が飛び出そうだった。
息が出来なくなるかもしれないと思うくらい苦しい。
だけど、離れなければいけないとわかっているのに、逃げる事も出来なかった。
「君の気持ちはわかるし、俺のワガママだという事もわかってる。国を捨てられたらいいんだろうが、俺はそんな立場ではないんだ」
「そ、それは当たり前ですわ! アレク殿下は王太子なんですから!」
元々、クズーズ殿下が王太子だったところをアレク殿下に変更されたのだから、今更、王太子の座を降りるだなんてありえない事だもの。
「だから、婚約解消は出来ない」
「え? え?」
パニックになってしまって頭が働かず、アレク殿下の胸に頬を当てたまま聞き返すと、アレク殿下が言う。
「俺は君が好きだ」
「………?」
聞き間違いよね?
そう思って顔を上げて声に出して聞いてみる。
「あの、今、なんとおっしゃいました?」
すると、アレク殿下が私の顎をあげて、私の右頬の少し下、唇と触れてしまいそうなギリギリの所にキスをした。
「えぇっ!?」
淑女らしからぬ声を上げると、アレク殿下は顔を離して微笑む。
「キスしても良いかわからなかったからな」
「え!? いえ、その、駄目な事はないのですけど、その、ど、どうして!?」
あわあわしている私が面白いのか、アレク殿下優しく微笑んだ後、私の左頬を親指で優しくなでながら口を開く。
「実は3年前、ピートが社会勉強に出る事が決まった時に、ピートから頼まれていた」
「…ピート兄様から?」
「…ああ。ピートは君を置いて家を離れる事をとても気にしていた。君の味方が少なくなってしまうからと。だが、行かないわけにもいかない。だから、俺に頼んできたんだ。兄上ではあてにならないから、エイナ嬢だけでなくエリナの事も頼むと」
「その頃のアレク殿下の婚約者はエイナでしたものね」
「そういう事だ。だから、あからさまに君に近付く事は出来なかったが、一応、見守ってはいた。学園に付いていく事が出来なかったから、全く役に立っていなかったようだが」
アレク殿下はそこで言葉を止めて「すまない」と謝ってきた。
「いえ。私が無関心すぎただけですから」
「君の気持ちが俺にない事はわかっている」
「そ、そんな事はありませんわ! ですが、どうしてアレク殿下は私なんかを!? エイナの方が可愛いじゃないですか!」
「顔の可愛さは認めるが、彼女の性格のどこが可愛いんだ?」
「そ、それは…」
「俺は君と彼女なら本心だけなら君を選ぶに決まっている。俺の婚約者がエイナ嬢だった時は、君の事をそういう目で見ないようにしていたんだがな」
アレク殿下は苦笑してから続ける。
「本来なら都合が良すぎる話だと理解しているが、セルディス殿下もシシリー様も了承してくれているし、きっと父上も母上も文句は言わないだろう」
アレク殿下は私の体を離すと、今度は私の足元に跪いた。
「アレク殿下!?」
「エリナ・モドゥルス公爵令嬢」
「は…はい」
「俺と結婚して下さい」
アレク殿下と視線がぶつかった瞬間、嬉しくて涙が出そうになった。
頷きたい。
けれど、駄目よ。
「も」
申し訳ございません、と言おうとしたところで、アレク殿下が口を開く。
「はい以外の返事は認めない」
「……はい?」
「言ったな?」
「え!? ち、違います! 聞き返しただけで!」
「はいと言っただろ」
「ですから、聞き返しただけですわ!」
アレク殿下は笑いながら立ち上がると、私の両頬に手を当てて言う。
「はい以外の返事は認めないんだから一緒だ」
「暴君ですわ!」
「君だけにだ」
真剣な瞳で見つめられて、それ以上は何も言えなくなってしまった。
本当に私は意思が弱いわ…。
こんな性格だから、エイナがあんな風になってしまったの?
「エリナ」
「……はい」
「卑怯だと言われるかもしれないが、嫌というわけではなさそうだし、これは命令だ。俺と結婚してもらう。だから行こうか」
「ど、どこへですか?」
「まずは父上達の所へ。それからセルディス殿下とシシリー様の所へ行って、勝手な言い分を許してもらえる様にお願いしにいこう」
元々、結婚を早めるという案はセルディス殿下の案だわ。
だけど、そのまま鵜呑みにしてすんなり結婚するわけにはいかないって事なんでしょうけれど…。
アレク殿下に手を引かれて歩きながら、自分自身の意思の弱さを呪いそうになったけれど、この選択肢が間違いだったという事にならない様に、国の為に、国民の為に精一杯、頑張ろうと心に決めた。
「ところでアレク殿下…」
「どうした?」
「いつ、私を好きになってくれたんですか?」
「それは――」
アレク殿下は照れくさそうな顔をして、私の質問に答えてくれた。
ーーーーーーーーーーー
次話からエイナざまぁ編になり、他国での話となります。
先日のアンケートでは両方読みたいといってくださる意見が多かった為、第三者視点とエイナ視点からの2パターンでの話になります。
エイナざまぁ編終了後、エリナ視点に戻り、クズーズざまぁ編に移る予定をしております。
長くなってしまい申し訳ございません。
お付き合い願えますと幸せです。
エールなど励みになっております!
お読みいただき、本当にありがとうございます。
エイナは必死に考えているみたいだった。
素直に答えたら、セルディス殿下の言う通りになってしまった場合、自分は伯爵令嬢となり、シシリー様の侍女として隣国へ行かないといけない事になる。
仕えられる事はあっても、誰かに仕えた事のないエイナにとっては、とても屈辱的なものだと思った。
けれど、エイナがわざとではなかったと言った場合、セルディス殿下は拷問してでも吐かせる様な言葉を発されていた。
それについては、さすがのエイナも気付いているはず。
エイナの身柄を引き渡すように要請されたら、国王陛下も彼女を引き渡すだろうから、セルディス殿下の国で拷問される可能性は十分にあり得る事だった。
彼女が拷問に耐えられるほど嘘をつき通せるとも思えない。
本当にエイナがわざとしたわけではないなら黙って悩んでいないはず。
こんな風に迷っているという事は、わざとやった事に間違いはないわ。
「とにかく、今日はここでお開きにした方が良さそうだ。アレク殿下、後は頼んでも良いですか? シシリーを休ませたいんです」
「もちろんです。こんな事になり申し訳ございませんでした」
「謝らないでほしい。防ごうと思えば防げた事なんだから。謝らないといけないのはこちらの方かもしれない」
セルディス殿下は首を横に振ると、シシリーと聖女様らしき少女を促して歩き出す。
すると、何歩か歩いたところで少女だけがこちらに戻ってきて私に尋ねてくる。
「無礼を承知でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「かまわないわ」
頷くと、凛として強い意思を宿した鳶色の瞳を持つ少女は口を開く。
「私の直感で申し上げますが、アレク殿下が国王陛下になるのであれば、エリナ様がお相手である方が良いと思います。ですから、エリナ様のお気持ちはわかりますが、セルディス殿下の言われた様になさって下さいませ」
「で…、でも…」
「どうしても納得いかないというのであれば、アレク殿下に相談なさった方が良いと思われます」
そう言って少女は黒色のストレートの髪を揺らして一礼した後、先に行ってしまったセルディス殿下達を追いかけていった。
呆然としていると、黙り込んでいたエイナが口を開く。
「あ、あの、私はどうなったの!? 許してもらえたの?」
「エイナ、あなたは今から取り調べをしてもらわないといけないわ」
「取り調べだなんて! 私がやったって言ったのはミシャ様でしょう!? 子供の言った事なのよ! 子供の言う事を信じるの!?」
「そうね。だけど、本人の言い分も聞かなくちゃいけないから、あなたに確認するんじゃないの?」
「わざとじゃないって言ったら拷問されるんでしょ! そんなの嫌よ!」
「なら、素直に罪を認めて減刑してもらうしかないな」
アレク殿下がそう言うと、エイナがクズーズ殿下を指さして叫ぶ。
「私はクズーズ殿下にやれと言われたからやったんです! 断れなかっただけなんです!」
「な、何を言ってるんだ! 僕は何もしていない!」
「だってそうじゃないですか! 熱いスープを用意させたのはクズーズ殿下ですよ! 証人がいるはずです! 私は殿下にやれと言われたからしょうがなくやったんです! 王族の命令ですから断れるわけがないでしょう!?」
「違う! 僕はそんな命令をしていない!」
クズーズ殿下とエイナが言い争いを始めた時だった。
国王陛下と王妃陛下、そしてお父様とお母様が会場内に入ってきた。
そして、クズーズ殿下とエイナに向かって陛下が言った。
「話がある。クズーズとエイナは一緒に来い」
「陛下、聞いて下さい! 私は何もしておりません! クズーズ殿下が!」
「違います父上! 僕に熱いスープを用意しろと言ったのは彼女です!」
「うるさい! とにかく一緒に来い!」
陛下に一喝され、エイナとクズーズ殿下は顔を見合わせて口を閉ざすと、エイナは私を睨み、クズーズ殿下は私を見て何か言いたげにしながらも会場を出て行った。
人がいなくなり、広い空間には私とアレク殿下だけが残された。
言葉を発せずにいると、アレク殿下が大きく息を吐いてから口を開く。
「兄上とエイナ嬢は一体何を考えてるんだ…」
「きっとエイナは自分よりもシシリー様が愛されているように感じて悔しくなったのでしょう。今までの手口と一緒です。今回は自分でやらざるを得なくなっただけで…」
「シシリー様の侍女になれば、彼女の性格は直るだろうか…?」
「わかりません。ただ、セルディス殿下の仰った様になれば、エイナは公爵令嬢ではありませんし、伯爵令嬢であり、しかも他国から来た人間ですから冷遇される可能性はありますね」
小さく息を吐くと、アレク殿下が聞いてくる。
「そんな事になったら、エイナ嬢は懲りずに嫌な事をしようとするんじゃないか?」
「それがシシリー様の目的だと思います。公爵令嬢のままでは立場の問題もあり、今までは罪が認められなかったり、軽くなってしまっていました。ですが…」
「伯爵令嬢では今までの様にいかないという事か。しかも他国だしな」
「はい。エイナもそれを理解すれば馬鹿な事はせずに、シシリー様に大人しく仕えるでしょうけど…」
「そんなタイプではないな」
アレク殿下の言葉に無言で首を縦に振った。
「気にするなとは言わないが、そんな顔をしないでくれ」
泣き出しそうになっていたからか、アレク殿下は私の頬に触れて悲しそうな顔をした。
「アレク殿下…、お話があります」
エイナがやった事は私にも責任がある。
だから、私だけ安全圏に逃れるわけにはいかないわ。
きっと、お父様ももう覚悟はしていらっしゃるはず。
陛下達に呼ばれたのは、ピート兄様に家督を譲れという話だったのかもしれない。
公爵令嬢の間にアレク殿下の妻になってしまえば、しきたり通りになるから問題はない。
だから、セルディス殿下も結婚を急ぐようにと言ってくれているのだろうけれど、そんな事、私には無理だわ。
私もエイナと同じ様に伯爵令嬢にならないと。
お父様とお母様が責任を取るというなら、私だって取らないと。
ピート兄様はこの3年間、家にいなかった。
だから、せめてピート兄様だけは許してほしい。
私が言えた義理ではないけれど、ピート兄様だけでも守りたい。
それに公爵家がなくなれば、エイナのせいで傷をおった人達の治療費などが払えなくなってしまう。
聖女様のアドバイスを無駄にする様な事になってしまうけれど…。
「婚約を解消して下さい」
声が震えそうになるのを必死にこらえた。
これが正しい選択なのよ。
公爵令嬢が必要だというのなら、他の公爵令嬢が大きくなるのを待ってもらえばいい。
私は彼にはふさわしくない。
もっと早くに気付くべきだったのに…。
見ないふりをしようとしてたんだわ。
「今、なんて言った…?」
もう一度、先程の言葉を言わなければいけないのかと思うと辛かった。
けれど、さっきはアレク殿下の目を見えて言えなかった。
今度こそは彼の目を見つめて告げる。
「婚約を解消して下さい」
「断る」
「……はい?」
「断ると言った」
そう言って、アレク殿下は私の腕をつかんで引き寄せると抱きしめてきた。
「アレク殿下!?」
痛いとまではいかないけれど、強く抱きしめられて、口から心臓が飛び出そうだった。
息が出来なくなるかもしれないと思うくらい苦しい。
だけど、離れなければいけないとわかっているのに、逃げる事も出来なかった。
「君の気持ちはわかるし、俺のワガママだという事もわかってる。国を捨てられたらいいんだろうが、俺はそんな立場ではないんだ」
「そ、それは当たり前ですわ! アレク殿下は王太子なんですから!」
元々、クズーズ殿下が王太子だったところをアレク殿下に変更されたのだから、今更、王太子の座を降りるだなんてありえない事だもの。
「だから、婚約解消は出来ない」
「え? え?」
パニックになってしまって頭が働かず、アレク殿下の胸に頬を当てたまま聞き返すと、アレク殿下が言う。
「俺は君が好きだ」
「………?」
聞き間違いよね?
そう思って顔を上げて声に出して聞いてみる。
「あの、今、なんとおっしゃいました?」
すると、アレク殿下が私の顎をあげて、私の右頬の少し下、唇と触れてしまいそうなギリギリの所にキスをした。
「えぇっ!?」
淑女らしからぬ声を上げると、アレク殿下は顔を離して微笑む。
「キスしても良いかわからなかったからな」
「え!? いえ、その、駄目な事はないのですけど、その、ど、どうして!?」
あわあわしている私が面白いのか、アレク殿下優しく微笑んだ後、私の左頬を親指で優しくなでながら口を開く。
「実は3年前、ピートが社会勉強に出る事が決まった時に、ピートから頼まれていた」
「…ピート兄様から?」
「…ああ。ピートは君を置いて家を離れる事をとても気にしていた。君の味方が少なくなってしまうからと。だが、行かないわけにもいかない。だから、俺に頼んできたんだ。兄上ではあてにならないから、エイナ嬢だけでなくエリナの事も頼むと」
「その頃のアレク殿下の婚約者はエイナでしたものね」
「そういう事だ。だから、あからさまに君に近付く事は出来なかったが、一応、見守ってはいた。学園に付いていく事が出来なかったから、全く役に立っていなかったようだが」
アレク殿下はそこで言葉を止めて「すまない」と謝ってきた。
「いえ。私が無関心すぎただけですから」
「君の気持ちが俺にない事はわかっている」
「そ、そんな事はありませんわ! ですが、どうしてアレク殿下は私なんかを!? エイナの方が可愛いじゃないですか!」
「顔の可愛さは認めるが、彼女の性格のどこが可愛いんだ?」
「そ、それは…」
「俺は君と彼女なら本心だけなら君を選ぶに決まっている。俺の婚約者がエイナ嬢だった時は、君の事をそういう目で見ないようにしていたんだがな」
アレク殿下は苦笑してから続ける。
「本来なら都合が良すぎる話だと理解しているが、セルディス殿下もシシリー様も了承してくれているし、きっと父上も母上も文句は言わないだろう」
アレク殿下は私の体を離すと、今度は私の足元に跪いた。
「アレク殿下!?」
「エリナ・モドゥルス公爵令嬢」
「は…はい」
「俺と結婚して下さい」
アレク殿下と視線がぶつかった瞬間、嬉しくて涙が出そうになった。
頷きたい。
けれど、駄目よ。
「も」
申し訳ございません、と言おうとしたところで、アレク殿下が口を開く。
「はい以外の返事は認めない」
「……はい?」
「言ったな?」
「え!? ち、違います! 聞き返しただけで!」
「はいと言っただろ」
「ですから、聞き返しただけですわ!」
アレク殿下は笑いながら立ち上がると、私の両頬に手を当てて言う。
「はい以外の返事は認めないんだから一緒だ」
「暴君ですわ!」
「君だけにだ」
真剣な瞳で見つめられて、それ以上は何も言えなくなってしまった。
本当に私は意思が弱いわ…。
こんな性格だから、エイナがあんな風になってしまったの?
「エリナ」
「……はい」
「卑怯だと言われるかもしれないが、嫌というわけではなさそうだし、これは命令だ。俺と結婚してもらう。だから行こうか」
「ど、どこへですか?」
「まずは父上達の所へ。それからセルディス殿下とシシリー様の所へ行って、勝手な言い分を許してもらえる様にお願いしにいこう」
元々、結婚を早めるという案はセルディス殿下の案だわ。
だけど、そのまま鵜呑みにしてすんなり結婚するわけにはいかないって事なんでしょうけれど…。
アレク殿下に手を引かれて歩きながら、自分自身の意思の弱さを呪いそうになったけれど、この選択肢が間違いだったという事にならない様に、国の為に、国民の為に精一杯、頑張ろうと心に決めた。
「ところでアレク殿下…」
「どうした?」
「いつ、私を好きになってくれたんですか?」
「それは――」
アレク殿下は照れくさそうな顔をして、私の質問に答えてくれた。
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次話からエイナざまぁ編になり、他国での話となります。
先日のアンケートでは両方読みたいといってくださる意見が多かった為、第三者視点とエイナ視点からの2パターンでの話になります。
エイナざまぁ編終了後、エリナ視点に戻り、クズーズざまぁ編に移る予定をしております。
長くなってしまい申し訳ございません。
お付き合い願えますと幸せです。
エールなど励みになっております!
お読みいただき、本当にありがとうございます。
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そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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