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ifストーリー(クズーズの王位継承権が剥奪された場合)
第29話 見えてくる裏の顔
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開場すると、たくさんの人が受付の方にやって来て、招待状と名前の確認を終えた後、吸い込まれるように会場の中に入っていく。
会場の中身はわりと好評な様で、おしゃべりな年配の方がゆっくり話せる様にと作ったスペースには予想通りに年配の御婦人方が座って話を始めた。
今回、15歳以上から投票権がある為、若い人に人気のないアレク殿下は、そちらに関しては諦めて、顔ではなく中身で判断できる20代以上の年齢層をターゲットにする事にされた。
圧倒的に人数も多いから、最初から顔だけで選んでいる子の意見を変えさせるよりかは楽だと判断されたんだと思う。
もちろん、若い子の中にもアレク殿下の顔が好きだという子もいるし、顔だけで選んでいない子もいるのは知っているので、全部の票がクズーズ殿下にいくことはないと考えている。
「エリナ!」
アレク殿下はこの3日間の主役でもあるから、パーティーが始まってからの顔見せにした方が良いため、今は控室にいる。
落ち着かなくて会場の裏側からこっそり様子を見ていると、お父様達がやって来た。
関係者という事で中に入れてもらえたようだった。
「お父様、お母様! ピート兄様も!」
「さっき、ルーミに会ったよ。えらく忙しそうにしていたけど、エリナ達に協力してくれるみたいだね」
ピート兄様が笑顔で話しかけてくるので、彼女が婚約破棄された話をすると驚いた顔をされた。
「ルーミが? エイナのせいで?」
「ええ。相手の方にエイナの裏の顔の話をしたら婚約破棄ですって。最低な男性ですよね」
「ああ。婚約者よりもエイナを信じるだなんて酷すぎる。ルーミは傷付いてなかった?」
「どちらかというと、腹を立てているといった感じでした。ピート兄様、チャンスなのでは?」
不謹慎だとわかってはいるけれど、ルーミにはこれ以上傷ついてほしくない。
ピート兄様が相手なら、きっと幸せになれると思うわ。
と、今はそんな事を考えている場合ではないかしら。
ピート兄様もそう思われた様で首を横に振る。
「おめでたい話ではないわけだし、今はそんな状況でもないだろ」
いつもなら頭を撫でてくださるけれど、今日は髪のセットが崩れない様にか、肩を優しく叩いてくれてから続ける。
「エリナもこれからだよ。気を引き締めないと。って、今からエリナの味方をしてるってバレたらエイナに怒られそうだ」
「そうですね。贔屓しているなんて言われるかもしれません」
「そう言われない様にエイナの所にも行ってくるよ」
ピート兄様の言葉にお父様とお母様も頷いて、連れ立って歩いていく。
家族の背中を見ながら思う。
お母様は心労のせいかやつれてしまっていて、化粧も意味がないくらいだった。
家に帰ってから、ちょっとお話しなくちゃ。
しんみりしてしまい、このままではいけないと改めて気合いを入れたところで、パーティー開始時刻になった。
やはり、パーティー会場に人は入りきらなかったけれど、中庭を開放した分、何とかなった感じだった。
クズーズ殿下とエイナ、アレク殿下と私が同時に登場して、クズーズ殿下とアレク殿下が夜会の開幕を告げた後は各々の自由時間となった。
クズーズ殿下は話しかけてくれた人達に、エイナは親衛隊の男性を優先に自分のアピールをしていて、私とアレク殿下も二手に分かれた。
私はいつも通りに年配のご婦人方のところに向かった。
やはり、彼女達の権力は家の中でも圧倒的に強いし、何より社交界での連絡網も広い。
若い間はそれを疎ましく感じる時もあるけれど、今はそれがたとえ無駄話に付き合わされただけだとしても、必要な付き合いであることがわかってきた。
「エイナ様の用意された会場は準備が間に合わなかったのね」
「申し訳ございません。張り切りすぎたのかもしれません」
いくつかのグループを移動し、腰を落ち着けたところで、とある婦人の言葉に素直に謝った時だった。
「そんな事くらい自分でわかっているわよ! でも、あなたも酷すぎない!?」
「君がわからず屋だから言ってるんだ!」
「止めてください! 私のために喧嘩しないで下さい!」
男女の言い争う声と最後にエイナの声が聞こえて、慌てて婦人方に「失礼します」と一声かけてから立ち上がり、声の聞こえてきた方向に向かう。
人の輪は出来ていなかったけれど、見ている方向が皆同じだったので、エイナの居場所はすぐにわかった。
「何の騒ぎだ?」
私がエイナ達の姿が確認できるところまで近付いた時には、クズーズ殿下が先に彼女達の所へ到着した。
男性はエイナの親衛隊の1人のフォーリン子爵令息で相対している女性は、たしか男爵令嬢だったかと思う。
今にも泣き出しそうな男爵令嬢の横には、友人らしき若い女性が何人かいて、フォーリン子爵令息の方を睨みつけていた。
「クズーズ殿下! 彼女がエイナ様の事を悪く言っていたんで窘めていただけです! この女性を罰して下さい!」
「そんな! あなた、彼女の婚約者でしょう!」
フォーリン子爵令息の言葉に真っ青になった男爵令嬢の友人達が叫ぶと、彼は答える。
「エイナ様の事を悪くいう女性なんてこっちからお断りだと思っていたんだ。こんなに大勢の前でエイナ様の悪口を言ったんだ。罰せられて当然だ」
「悪口だなんて言っていないわ! あまりにもあなたがエイナ様ばかり見ているから失礼だから止めなさいと言っただけよ!」
「可愛さはエイナ様の足元にも及ばないくせに偉そうに言うな!」
フォーリン子爵令息は叫んだ後、ふんと鼻を鳴らすと、彼にすがりついているエイナを見て優しく微笑む。
「エイナ様、あなたの事は僕がお守りします」
「そんなぁ! 気持ちは嬉しいけれど、彼女が可哀想だわ」
「何を言っているんです。大して可愛くもないくせに、エイナ様の可愛さに嫉妬した彼女が悪いんです」
「駄目よ! 本当の事をなんでもかんでも言ってもいいってものじゃないわ! それが本当の言葉だとしたって、どんな言葉に人が傷つくのかわからないんですよ?」
フォーリン子爵令息とエイナの言葉を聞いた男爵令嬢は両手で顔を覆って泣き始めた。
さすがに黙ってみていられないわ。
というか、クズーズ殿下は横に突っ立っているだけで何をしているの?
「ちょっと通らせて下さい」
人混みをかきわけて、エイナ達のところへたどり着くと、クズーズ殿下が笑顔で話しかけてくる。
「やあ、エリナ。どうしたんだ1人なのか? アレクは酷い男だな。こんなに綺麗になった君を1人にしておくなんて」
「夜会の間に四六時中パートナーと一緒にいなければいけないという決まりはございませんわ。それよりもクズーズ殿下、目の前で婚約者が他の男性と寄り添っていらっしゃいますけれど、それについてのお咎めはなしですの?」
「え? あ、いや、その、エイナの可愛さに嫉妬するのはしょうがない事だろう」
「理解できませんが、しょうがない事と仰るのであれば、彼女に対してもお咎めはありませんわよね?」
泣いている男爵令嬢を手で示すと、クズーズ殿下は焦った表情で頷く。
「あ、あ、ああ、そうだな。罰する事はない」
「ですわよね? フォーリン子爵令息とエイナには後でお話があります」
くるりと踵を返して男爵令嬢と彼女を慰めている女性達の方に近付いて謝る。
「妹がごめんなさい。婚約者のいる男性に思わせぶりな態度を取ってしまったんだと思うわ。それに、詳しく聞いたわけではないけれど、エイナばかり見ている婚約者を咎めただけよね? それはあなたは悪くないと思うわ。婚約者の前で他の女性を見つめている男性の方が良くないと思うし、あなたは何も悪くないわ。もし、この事でフォーリン子爵令息と婚約解消をしたいと望む様になったら、いつでも相談してちょうだい。力になるわ」
男爵家の方から子爵家への婚約解消、もしくは婚約破棄は難しいと思われる。
だから、今まで出来なかったのかもしれない。
そう思って言ってみると、彼女は顔を上げて、大粒の涙を流しながら何度も首を縦に振った。
「エリナ」
その時、アレク殿下がやって来て、私に声を掛けた後、泣いている男爵令嬢を見て驚いた顔をした。
「何があった?」
「エイナとフォーリン子爵令息が…」
未だに寄り添っている2人の方を見ると、アレク殿下は小さく息を吐いてから、まずは男爵令嬢達に声を掛ける。
「嫌な思いをさせた様だな」
「とんでもございません!」
男爵令嬢が首を横に振ると、アレク殿下は男爵令嬢の名前だけではなく、周りにいる女性達の名前を1人ずつ顔を見ながら呼び、「この事で君達に不利益がない事を約束する」と微笑すると、周りの女性達から悲鳴に近い声が上がった。
アレク殿下の微笑は破壊力があるものね。
悲鳴を上げたくなる気持ちもわかるわ。
私なんかは直視できないもの。
彼女達は一度、休憩所の方に行って化粧を直すと言うので見送ってから、手持ち無沙汰にしているエイナ達の方に振り返る。
「エイナ、あなた、何度同じ事をしたらわかるの。そんな事をしているとフォーリン子爵令息までもが拘束されるわよ」
「ど、どうしてよ!?」
「エイナ、私はもうあなたに同じ事を言うのはうんざりなの! いいかげんにわかって! 婚約者がいる人間が婚約者以外の人にそうやってべったりする事は良くないのよ!」
「だって! この人は私の為に婚約解消しようとしているのよ!?」
「それを止めるのがあなたでしょう」
「……どうして?」
エイナがこてんと首を傾げる。
ここまで話が通じない事に、私がどうしてと言いたいわ!
腹が立つ事に、エイナに寄り添われているフォーリン子爵令息は鼻を下をのばしている。
エイナの親衛隊って本当にろくな人間がいないわ。
アレク殿下も呆れ返ってしまったのか、エイナに正論でわからせる様な事をするのは諦めた様だった。
「フォーリン子爵令息。少し話がある」
「ぼ、僕にですか!?」
「ああ。婚約者がいる君がどんな考えでエイナ嬢に近付いたか知りたい。先程、エイナ嬢の為なら自分の身を捧げても良いくらいの人間がいたのでな」
「それは僕も同じ気持ちです!」
「なら、一緒に来てもらおうか」
アレク殿下がフォーリン子爵令息を促した時だった。
「お待ち下さい!」
落ち着いた男性の声が聞こえたかと思うと、私達の前に夫婦らしき中年の男性と女性が現れた。
たしか、フォーリン子爵夫妻だわ。
そう思った時、フォーリン子爵がアレク殿下にお願いする。
「わたくし共の話を聞いてはいただけないでしょうか」
「…何だ?」
アレク殿下が眉を寄せて聞き返すと、今度は息子が叫ぶ。
「父上! 余計な事をしないで下さい! そこにいるのはあく」
悪魔と言おうとしたのだろうけれど、フォーリン子爵が息子の頬を拳で殴った為、最後まで言葉を言う事が出来なかった。
エイナは驚いて彼から離れて、今度はクズーズ殿下の腕をつかもうとしたけれど、クズーズ殿下から振り払われていた。
「うるさい! 静かにしていろ!」
「父上…、そんな、酷い…」
頬をおさえて、目に涙をためる息子を子爵は睨みつける。
「泣きたいのはこっちの方だ!」
「アレク殿下、エリナ様、わたくし共の話を聞いていただけませんでしょうか…」
たくさんのギャラリーが見守る中、フォーリン子爵夫妻が私達に話してくれたのは学生時代のエイナの悪行だった。
会場の中身はわりと好評な様で、おしゃべりな年配の方がゆっくり話せる様にと作ったスペースには予想通りに年配の御婦人方が座って話を始めた。
今回、15歳以上から投票権がある為、若い人に人気のないアレク殿下は、そちらに関しては諦めて、顔ではなく中身で判断できる20代以上の年齢層をターゲットにする事にされた。
圧倒的に人数も多いから、最初から顔だけで選んでいる子の意見を変えさせるよりかは楽だと判断されたんだと思う。
もちろん、若い子の中にもアレク殿下の顔が好きだという子もいるし、顔だけで選んでいない子もいるのは知っているので、全部の票がクズーズ殿下にいくことはないと考えている。
「エリナ!」
アレク殿下はこの3日間の主役でもあるから、パーティーが始まってからの顔見せにした方が良いため、今は控室にいる。
落ち着かなくて会場の裏側からこっそり様子を見ていると、お父様達がやって来た。
関係者という事で中に入れてもらえたようだった。
「お父様、お母様! ピート兄様も!」
「さっき、ルーミに会ったよ。えらく忙しそうにしていたけど、エリナ達に協力してくれるみたいだね」
ピート兄様が笑顔で話しかけてくるので、彼女が婚約破棄された話をすると驚いた顔をされた。
「ルーミが? エイナのせいで?」
「ええ。相手の方にエイナの裏の顔の話をしたら婚約破棄ですって。最低な男性ですよね」
「ああ。婚約者よりもエイナを信じるだなんて酷すぎる。ルーミは傷付いてなかった?」
「どちらかというと、腹を立てているといった感じでした。ピート兄様、チャンスなのでは?」
不謹慎だとわかってはいるけれど、ルーミにはこれ以上傷ついてほしくない。
ピート兄様が相手なら、きっと幸せになれると思うわ。
と、今はそんな事を考えている場合ではないかしら。
ピート兄様もそう思われた様で首を横に振る。
「おめでたい話ではないわけだし、今はそんな状況でもないだろ」
いつもなら頭を撫でてくださるけれど、今日は髪のセットが崩れない様にか、肩を優しく叩いてくれてから続ける。
「エリナもこれからだよ。気を引き締めないと。って、今からエリナの味方をしてるってバレたらエイナに怒られそうだ」
「そうですね。贔屓しているなんて言われるかもしれません」
「そう言われない様にエイナの所にも行ってくるよ」
ピート兄様の言葉にお父様とお母様も頷いて、連れ立って歩いていく。
家族の背中を見ながら思う。
お母様は心労のせいかやつれてしまっていて、化粧も意味がないくらいだった。
家に帰ってから、ちょっとお話しなくちゃ。
しんみりしてしまい、このままではいけないと改めて気合いを入れたところで、パーティー開始時刻になった。
やはり、パーティー会場に人は入りきらなかったけれど、中庭を開放した分、何とかなった感じだった。
クズーズ殿下とエイナ、アレク殿下と私が同時に登場して、クズーズ殿下とアレク殿下が夜会の開幕を告げた後は各々の自由時間となった。
クズーズ殿下は話しかけてくれた人達に、エイナは親衛隊の男性を優先に自分のアピールをしていて、私とアレク殿下も二手に分かれた。
私はいつも通りに年配のご婦人方のところに向かった。
やはり、彼女達の権力は家の中でも圧倒的に強いし、何より社交界での連絡網も広い。
若い間はそれを疎ましく感じる時もあるけれど、今はそれがたとえ無駄話に付き合わされただけだとしても、必要な付き合いであることがわかってきた。
「エイナ様の用意された会場は準備が間に合わなかったのね」
「申し訳ございません。張り切りすぎたのかもしれません」
いくつかのグループを移動し、腰を落ち着けたところで、とある婦人の言葉に素直に謝った時だった。
「そんな事くらい自分でわかっているわよ! でも、あなたも酷すぎない!?」
「君がわからず屋だから言ってるんだ!」
「止めてください! 私のために喧嘩しないで下さい!」
男女の言い争う声と最後にエイナの声が聞こえて、慌てて婦人方に「失礼します」と一声かけてから立ち上がり、声の聞こえてきた方向に向かう。
人の輪は出来ていなかったけれど、見ている方向が皆同じだったので、エイナの居場所はすぐにわかった。
「何の騒ぎだ?」
私がエイナ達の姿が確認できるところまで近付いた時には、クズーズ殿下が先に彼女達の所へ到着した。
男性はエイナの親衛隊の1人のフォーリン子爵令息で相対している女性は、たしか男爵令嬢だったかと思う。
今にも泣き出しそうな男爵令嬢の横には、友人らしき若い女性が何人かいて、フォーリン子爵令息の方を睨みつけていた。
「クズーズ殿下! 彼女がエイナ様の事を悪く言っていたんで窘めていただけです! この女性を罰して下さい!」
「そんな! あなた、彼女の婚約者でしょう!」
フォーリン子爵令息の言葉に真っ青になった男爵令嬢の友人達が叫ぶと、彼は答える。
「エイナ様の事を悪くいう女性なんてこっちからお断りだと思っていたんだ。こんなに大勢の前でエイナ様の悪口を言ったんだ。罰せられて当然だ」
「悪口だなんて言っていないわ! あまりにもあなたがエイナ様ばかり見ているから失礼だから止めなさいと言っただけよ!」
「可愛さはエイナ様の足元にも及ばないくせに偉そうに言うな!」
フォーリン子爵令息は叫んだ後、ふんと鼻を鳴らすと、彼にすがりついているエイナを見て優しく微笑む。
「エイナ様、あなたの事は僕がお守りします」
「そんなぁ! 気持ちは嬉しいけれど、彼女が可哀想だわ」
「何を言っているんです。大して可愛くもないくせに、エイナ様の可愛さに嫉妬した彼女が悪いんです」
「駄目よ! 本当の事をなんでもかんでも言ってもいいってものじゃないわ! それが本当の言葉だとしたって、どんな言葉に人が傷つくのかわからないんですよ?」
フォーリン子爵令息とエイナの言葉を聞いた男爵令嬢は両手で顔を覆って泣き始めた。
さすがに黙ってみていられないわ。
というか、クズーズ殿下は横に突っ立っているだけで何をしているの?
「ちょっと通らせて下さい」
人混みをかきわけて、エイナ達のところへたどり着くと、クズーズ殿下が笑顔で話しかけてくる。
「やあ、エリナ。どうしたんだ1人なのか? アレクは酷い男だな。こんなに綺麗になった君を1人にしておくなんて」
「夜会の間に四六時中パートナーと一緒にいなければいけないという決まりはございませんわ。それよりもクズーズ殿下、目の前で婚約者が他の男性と寄り添っていらっしゃいますけれど、それについてのお咎めはなしですの?」
「え? あ、いや、その、エイナの可愛さに嫉妬するのはしょうがない事だろう」
「理解できませんが、しょうがない事と仰るのであれば、彼女に対してもお咎めはありませんわよね?」
泣いている男爵令嬢を手で示すと、クズーズ殿下は焦った表情で頷く。
「あ、あ、ああ、そうだな。罰する事はない」
「ですわよね? フォーリン子爵令息とエイナには後でお話があります」
くるりと踵を返して男爵令嬢と彼女を慰めている女性達の方に近付いて謝る。
「妹がごめんなさい。婚約者のいる男性に思わせぶりな態度を取ってしまったんだと思うわ。それに、詳しく聞いたわけではないけれど、エイナばかり見ている婚約者を咎めただけよね? それはあなたは悪くないと思うわ。婚約者の前で他の女性を見つめている男性の方が良くないと思うし、あなたは何も悪くないわ。もし、この事でフォーリン子爵令息と婚約解消をしたいと望む様になったら、いつでも相談してちょうだい。力になるわ」
男爵家の方から子爵家への婚約解消、もしくは婚約破棄は難しいと思われる。
だから、今まで出来なかったのかもしれない。
そう思って言ってみると、彼女は顔を上げて、大粒の涙を流しながら何度も首を縦に振った。
「エリナ」
その時、アレク殿下がやって来て、私に声を掛けた後、泣いている男爵令嬢を見て驚いた顔をした。
「何があった?」
「エイナとフォーリン子爵令息が…」
未だに寄り添っている2人の方を見ると、アレク殿下は小さく息を吐いてから、まずは男爵令嬢達に声を掛ける。
「嫌な思いをさせた様だな」
「とんでもございません!」
男爵令嬢が首を横に振ると、アレク殿下は男爵令嬢の名前だけではなく、周りにいる女性達の名前を1人ずつ顔を見ながら呼び、「この事で君達に不利益がない事を約束する」と微笑すると、周りの女性達から悲鳴に近い声が上がった。
アレク殿下の微笑は破壊力があるものね。
悲鳴を上げたくなる気持ちもわかるわ。
私なんかは直視できないもの。
彼女達は一度、休憩所の方に行って化粧を直すと言うので見送ってから、手持ち無沙汰にしているエイナ達の方に振り返る。
「エイナ、あなた、何度同じ事をしたらわかるの。そんな事をしているとフォーリン子爵令息までもが拘束されるわよ」
「ど、どうしてよ!?」
「エイナ、私はもうあなたに同じ事を言うのはうんざりなの! いいかげんにわかって! 婚約者がいる人間が婚約者以外の人にそうやってべったりする事は良くないのよ!」
「だって! この人は私の為に婚約解消しようとしているのよ!?」
「それを止めるのがあなたでしょう」
「……どうして?」
エイナがこてんと首を傾げる。
ここまで話が通じない事に、私がどうしてと言いたいわ!
腹が立つ事に、エイナに寄り添われているフォーリン子爵令息は鼻を下をのばしている。
エイナの親衛隊って本当にろくな人間がいないわ。
アレク殿下も呆れ返ってしまったのか、エイナに正論でわからせる様な事をするのは諦めた様だった。
「フォーリン子爵令息。少し話がある」
「ぼ、僕にですか!?」
「ああ。婚約者がいる君がどんな考えでエイナ嬢に近付いたか知りたい。先程、エイナ嬢の為なら自分の身を捧げても良いくらいの人間がいたのでな」
「それは僕も同じ気持ちです!」
「なら、一緒に来てもらおうか」
アレク殿下がフォーリン子爵令息を促した時だった。
「お待ち下さい!」
落ち着いた男性の声が聞こえたかと思うと、私達の前に夫婦らしき中年の男性と女性が現れた。
たしか、フォーリン子爵夫妻だわ。
そう思った時、フォーリン子爵がアレク殿下にお願いする。
「わたくし共の話を聞いてはいただけないでしょうか」
「…何だ?」
アレク殿下が眉を寄せて聞き返すと、今度は息子が叫ぶ。
「父上! 余計な事をしないで下さい! そこにいるのはあく」
悪魔と言おうとしたのだろうけれど、フォーリン子爵が息子の頬を拳で殴った為、最後まで言葉を言う事が出来なかった。
エイナは驚いて彼から離れて、今度はクズーズ殿下の腕をつかもうとしたけれど、クズーズ殿下から振り払われていた。
「うるさい! 静かにしていろ!」
「父上…、そんな、酷い…」
頬をおさえて、目に涙をためる息子を子爵は睨みつける。
「泣きたいのはこっちの方だ!」
「アレク殿下、エリナ様、わたくし共の話を聞いていただけませんでしょうか…」
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