ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ

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第13話 慌ただしい朝

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 信じられない出来事だった為、呆然としてしまった私達だったけれど、いち早く我に返ったのはビューホ様だった。

「ま、待ってくれ、フィナ! どういう事なんだ!?」
「ん? そのまんまの意味っしょ? 何かこの感じだとビューホといると、ヤバそうな感じがするし巻き込まれる前に逃げるだけ。これって普通じゃない?」
「というか、今までの君と印象が違うじゃないか! 一体何が…」
「まだわかんないの? あんたに好かれる為に、長い間、ずーっと演技してきたの。やっと報われる時が来たと思ったのに、他に愛人がいたっていうのは本当の話っぽいし、相手に婚約者とかがいるんだったら慰謝料とか請求されるんじゃないの? お金のないビューホに、私は興味ないんだよね、ごめんね!」

 フィナさんはあっけらかんとした顔で言った後、私の方を見て言う。

「ラノアさんにも迷惑かけたよね! ほんとごめん! まあ、私はもうここで逃げるからさ。すぐに逃げれる様に出来たのはラノアさんが昨日話してくれたおかげだよ。ほんとありがと! ラノアさんも逃げるならさっさと逃げた方がいいよー。あたしが言うのもなんだけど、他の女と作った子供を育てさせようとする男が相手なんだからさ」
 
 あははと笑った後、フィナさんは私にバイバイと手を振ってから、思い出した様にビューホ様に言う。

「あ、あたしを探したりしないでね? そんな事をしたら、あたしの仲間がビューホを襲おうとしちゃうかも! 夜道を歩く時は背後に気をつけて? なんて事になったら困るだろうから、馬鹿な事はしないでよね? あたしだって、自分の初めてをあげた人が殺されちゃったなんて聞いたら悲しいもーん」

 フィナさんは私達が呆然として言葉を返せないでいる内に、私達の目の前から去っていってしまった。

 本当にあっという間の出来事だった。

「そ、そんな…、フィナがあんな子だったなんて…」

 ショックを受けているのはビューホ様だけでなくシェーラ様もだった。
 床にしゃがみ込み、肩を震わせて泣き始めた。

 本当の娘のように可愛がっていたものね。
 ちょっと気の毒に思ってしまうけれど、だからって私に酷い事をしてもいいわけじゃないから、深く同情するのはやめておく。

「では、失礼します」

 慰める必要もないかと思い、廊下で話をしていたので、部屋の中に入ろうとすると、シェーラ様が叫ぶ。

「待ちなさい! あなたがフィナをあんな子にしたんでしょう!!」
「……馬鹿な事を言わないで下さい。私がフィナさんと2人で話をしたのは、昨日の晩くらいです。それ以外につきましては、どなたかがいらっしゃったはずです。だから、変な事を吹き込んだりする時間はありませんが?」
「だって! あなたの仕業としか考えられないじゃないの! あの子はとても良い子だったのよ!?」
「フィナさんが悪い人かどうかはわかりませんが、あれが本性なのではないですか? …ビューホ様、あなたは知っていらしたんですか?」

 床に座り込んだままのビューホ様を見下ろして尋ねると、彼は力なく首を横に振った。

「あんなフィナは初めて見た…。いつも俺には笑顔で…。初めて会った時も震えながら俺を助けてくれたんだ」
「震えながら助けてくれた…?」

 聞き返すと、ビューホ様はフィナさんとの出会いを話してくれた。
 フィナさんとは小さい頃に出会ったらしく、誘拐されそうになったところを助けてくれたんだそう。
 その恩があって、交流を深めていくうちに、ビューホ様は彼女を好きになったそうだった。

 シェーラ様がフィナさんを可愛がる理由もわかる気がする。
 自分の息子の命の恩人なら平民だろうがなんだろうが、とても良い子だと感じてしまうでしょうね…。

 幼い頃の話だというなら、その頃のフィナさんも大人に利用されて、ビューホ様を助けるふりをした可能性もあるけれど、そんな汚い考えをしちゃ駄目よね。

 ビューホ様にとっては辛いけれど、フィナ様と出会った思い出でもあるわけだし。

「そんなに大事な人なら追いかけなくて良いんですか?」
「だ、だって、フィナが…、あんな子だと思ってなかったんだ!」
「ビューホ様、本当にフィナさんが好きだったんですよね? それなら、どうしてあんなに豹変してしまったか聞けば良かったんじゃないですか?」
「……痛い目にあうのは嫌なんだ」
「気持ちはわかりますが…。とにかく、私にはこれ以上何も出来ませんので失礼します」

 このまま相手をしてもいられないので、今度こそ、部屋に戻ろうとすると、シェーラ様が叫んだ。

「絶対にあなたのせいよ! あのフィナがあんな事を言うはずがないんだから!」

 シェーラ様は泣きながら私につかみかかろうとしてきたけれど、それを慌ててビューホ様が止めた。

「母上、落ち着いて下さい!」
「落ち着けるはずがないでしょう!」
「ラノア、早く部屋の中に入るんだ!」

 ビューホ様が体を張ってシェーラ様を止めてくれたので、私は部屋の中に入り鍵を締めた。

「あの女のせいよ! ビューホ、離婚よ! 離婚しなさい! あの女は疫病神なのよ!」
「母上、ちゃんと説明しますから…!」

 ビューホ様は何とかシェーラ様をなだめて、私の部屋の前から移動してくれたようだった。

 さっきのシェーラ様の様子を見て、私は急いで荷物をまとめる事にした。
 10日の猶予期間は伝えたけれど、この家に住み続けるとは言っていないから。

 この家にいたら、ビューホ様は私がいないと困るから手を出してこないにしても、シェーラ様が危害を加えようとしてくる可能性がある。

 命が大事だわ。
 ジェリー様のお家にメイドとして雇ってもらえるまでに時間はかかるだろうから、それまではどこか、家を借りるなりなんなりするしかないかもしれない。

 ジェリー様に会ったら、厚かましい事はわかっているけれど、ミオナの事も相談してみようかしら…。

 少ない荷物だった為、すぐに荷造りを終えると、ミオナを呼んで、着替えを手伝ってもらった。
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