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第9話 決意した夜
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フェルエン侯爵邸の応接間に着くと、案内してくれていたメイドが部屋の扉を開け、私は一番最後に部屋の中に入り、フェルエン侯爵夫人に促されるまま、夫人の隣に腰をおろした。
マホガニーのローテーブルをはさんだ向かい側にあるソファーに座ったのは、イボンヌ様とビューホ様で、先程までは薄暗くてわからなかったけれど、明るいところで見ると、二人共顔が青ざめていた。
一大事だという事は理解している様だけれど、何をどうしたら良いのかわかっていない感じに見えたので、私も無関係なわけではないから、黙ったままの2人に代わり、立ち上がって頭を下げる。
「誠に申し訳ございませんでした」
「あなたが謝る事ではないと言っているでしょう」
フェルエン侯爵夫人に無理やり座らされた。
謝る事以外に、私に出来る事はないのだろうか。
慰謝料を払いますだなんて、そう簡単には言えない。
なぜなら、そんなお金がないんだもの。
応接間にいるのはフェルエン侯爵夫妻、ビューホ様とイボンヌ様、そして私とジェリー様だった。
ジェリー様は私の顔色の悪さを心配してくださって無理だと判断したら部屋から出すと言って、一緒に入ってきてくれて、今は私から向かって左斜め前にある1人掛けのソファーに腰を下ろしている。
視線を感じてジェリー様を見ると、目があって「外に出るか?」と聴いてくださったので、慌てて首を横に振る。
「いいえ。夫の関わる話ですから…」
「イシュル公爵令息、彼女は私の妻です。あまり馴れ馴れしくされるのはどうかと…」
「馴れ馴れしくしたつもりはなかったが、そう思われたのなら謝ろう。悪かった」
ビューホ様に謝った後、ジェリー様は私にも謝ってこられた。
「ジェリー様の事を馴れ馴れしいだなんて思った事はございません!」
公爵令息にあんな言い方をするだなんて、ビューホ様は今までは、何を学んでこられたの!?
焦りながら首を横に振ると、ジェリー様は苦笑する。
「いや、邪な気持ちがなかったとはいえ、既婚の女性に近付き過ぎたと反省している。申し訳なかった」
「私はそんな事は感じておりません。それよりも、先程の発言は妻がいながら愛人が何人もいる男性が言う言葉でもないと思います。ジェリー様はお気になさらないで下さい」
「あなたがそう言ってくれると気は楽になるが、だが、不機嫌になっているのは君の旦那様だから謝っておくべきだろう」
ジェリー様がビューホ様を見ると、ビューホ様は勝ち誇った様な表情になった。
「わかっていただければ良いんですよ。まさか、イシュル公爵令息が、こんな軽率な行動をされるだなんて思ってもいませんでしたからショックです」
表情だけでも無礼なのに、ビューホ様の口から出た言葉はもっと酷かった。
さすがの私も腹が立って、家に戻れなくなる事を覚悟で叫ぶ。
「ビューホ様、いいかげんになさってください。先程も申しましたが、あなたが言える立場ではありません! 謝らなければいけないのはあなたです」
「何を怒っているんだよ、愛人の件は君も了承していただろう」
「それはフィナさんの事だけです」
「フィナ様と言えと言っただろう!」
ビューホ様がニヤニヤしていた笑みを消して怒りの声を上げた時だった。
「いいかげんにしてくれ。ここは君達の家じゃないんだぞ」
フェルエン侯爵の冷たい声に、私は我に返り、ソファーから立ち上がり跪いて謝る。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした」
「それから君はさっきから謝りすぎだ。安っぽくなるからやめておけ」
「あなた、今の状態で謝らない方がおかしいわ。そんな言い方はやめてあげて。謝る以外にどんな事をしたら良かったって言うの」
フェルエン侯爵に対して夫人は怒ってくださり、逆に跪いている私には優しく微笑んでくれる。
「辛い事や驚く事が重なって、あなたの精神は参っていると思うわ。今日は私達に任せて家にお帰りなさい。もしくは、トライト伯爵が許されるのであれば、我が家の客室に泊まっていってちょうだい」
「ですが、夫が大変な事をしでかしましたのに…」
「マチルダ様から話も聞いているし、イボンヌ様の件で私達もトライト伯爵については調べさせてもらったの。だから、あなたが、今、家の中でどんな扱いを受けているかも知っているわ。そんなあなたに離婚をすすめる事はあっても、トライト伯爵の罪を一緒になって償えとは言わないから安心してちょうだい」
フェルエン侯爵夫人のお言葉はとても有り難いものだったけれど、離婚しない限り、持参金は全て慰謝料に持っていかれてしまう。
こんな事を言ってはいけないとわかっているけれど、ビューホ様の為に自分の管理していたお金を使われたくない。
少しでも早く離婚しなくちゃ。
自分の事しか考えてないと言われるかもしれないけれど、ビューホ様と心中はしたくない。
頭の中で決意してから、ゆっくりと立ち上がる。
「気分が優れませんので、お言葉に甘えさせていただいて、本日は失礼させていただきます」
「お、おい! 夫を置いて帰るっていうのか!?」
「自分の妻が体調が優れないと言っているのに心配しない夫もどうかと思いますが」
ジェリー様がすかさず言うと、ビューホ様が叫ぶ。
「も、もしかして2人はそういう関係だったんですか!? き、傷付いた! 傷付きました! これは慰謝料案件です!」
ビューホ様は立ち上がり、私とジェリー様を指差して続ける。
「2人がそんな仲だなんて知りませんでした! 妻が不貞をしていてショックを受けて、だから僕はこんな事をしたんです! 悪いのは2人です!」
言っている事が無茶苦茶だわ。
知らなかったのに、私が不貞をしていてショックを受けるってどういう事なの?
「ジェリー、トライト伯爵夫人をお送りしてやってくれないか」
「承知しました。トライト伯爵夫人、家までお送りする」
こめかみをおさえて険しい顔をしているフェルエン侯爵に言われ、ジェリー様が立ち上がる。
気持ちは有り難いけれど、そんな事をしたら、またビューホ様が訳のわからない事を言い出すんじゃないかと思って逡巡していると、フェルエン侯爵がビューホ様に向かって言う。
「これは私の命令だ。不貞だなんだと騒ぐなよ? ジェリーがどんな人間かはよく知っている。2人の関係を疑うのなら私を疑っている事と一緒だと思え」
「……申し訳ございません」
ビューホ様は体を縮こまらせて頭を下げた。
「行こう」
これから、どんなお話をされるのか気になったけれど、ジェリー様に急かされた事と、本当に気分が優れなかった事もあり、私は促されるままに部屋を出た。
マホガニーのローテーブルをはさんだ向かい側にあるソファーに座ったのは、イボンヌ様とビューホ様で、先程までは薄暗くてわからなかったけれど、明るいところで見ると、二人共顔が青ざめていた。
一大事だという事は理解している様だけれど、何をどうしたら良いのかわかっていない感じに見えたので、私も無関係なわけではないから、黙ったままの2人に代わり、立ち上がって頭を下げる。
「誠に申し訳ございませんでした」
「あなたが謝る事ではないと言っているでしょう」
フェルエン侯爵夫人に無理やり座らされた。
謝る事以外に、私に出来る事はないのだろうか。
慰謝料を払いますだなんて、そう簡単には言えない。
なぜなら、そんなお金がないんだもの。
応接間にいるのはフェルエン侯爵夫妻、ビューホ様とイボンヌ様、そして私とジェリー様だった。
ジェリー様は私の顔色の悪さを心配してくださって無理だと判断したら部屋から出すと言って、一緒に入ってきてくれて、今は私から向かって左斜め前にある1人掛けのソファーに腰を下ろしている。
視線を感じてジェリー様を見ると、目があって「外に出るか?」と聴いてくださったので、慌てて首を横に振る。
「いいえ。夫の関わる話ですから…」
「イシュル公爵令息、彼女は私の妻です。あまり馴れ馴れしくされるのはどうかと…」
「馴れ馴れしくしたつもりはなかったが、そう思われたのなら謝ろう。悪かった」
ビューホ様に謝った後、ジェリー様は私にも謝ってこられた。
「ジェリー様の事を馴れ馴れしいだなんて思った事はございません!」
公爵令息にあんな言い方をするだなんて、ビューホ様は今までは、何を学んでこられたの!?
焦りながら首を横に振ると、ジェリー様は苦笑する。
「いや、邪な気持ちがなかったとはいえ、既婚の女性に近付き過ぎたと反省している。申し訳なかった」
「私はそんな事は感じておりません。それよりも、先程の発言は妻がいながら愛人が何人もいる男性が言う言葉でもないと思います。ジェリー様はお気になさらないで下さい」
「あなたがそう言ってくれると気は楽になるが、だが、不機嫌になっているのは君の旦那様だから謝っておくべきだろう」
ジェリー様がビューホ様を見ると、ビューホ様は勝ち誇った様な表情になった。
「わかっていただければ良いんですよ。まさか、イシュル公爵令息が、こんな軽率な行動をされるだなんて思ってもいませんでしたからショックです」
表情だけでも無礼なのに、ビューホ様の口から出た言葉はもっと酷かった。
さすがの私も腹が立って、家に戻れなくなる事を覚悟で叫ぶ。
「ビューホ様、いいかげんになさってください。先程も申しましたが、あなたが言える立場ではありません! 謝らなければいけないのはあなたです」
「何を怒っているんだよ、愛人の件は君も了承していただろう」
「それはフィナさんの事だけです」
「フィナ様と言えと言っただろう!」
ビューホ様がニヤニヤしていた笑みを消して怒りの声を上げた時だった。
「いいかげんにしてくれ。ここは君達の家じゃないんだぞ」
フェルエン侯爵の冷たい声に、私は我に返り、ソファーから立ち上がり跪いて謝る。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした」
「それから君はさっきから謝りすぎだ。安っぽくなるからやめておけ」
「あなた、今の状態で謝らない方がおかしいわ。そんな言い方はやめてあげて。謝る以外にどんな事をしたら良かったって言うの」
フェルエン侯爵に対して夫人は怒ってくださり、逆に跪いている私には優しく微笑んでくれる。
「辛い事や驚く事が重なって、あなたの精神は参っていると思うわ。今日は私達に任せて家にお帰りなさい。もしくは、トライト伯爵が許されるのであれば、我が家の客室に泊まっていってちょうだい」
「ですが、夫が大変な事をしでかしましたのに…」
「マチルダ様から話も聞いているし、イボンヌ様の件で私達もトライト伯爵については調べさせてもらったの。だから、あなたが、今、家の中でどんな扱いを受けているかも知っているわ。そんなあなたに離婚をすすめる事はあっても、トライト伯爵の罪を一緒になって償えとは言わないから安心してちょうだい」
フェルエン侯爵夫人のお言葉はとても有り難いものだったけれど、離婚しない限り、持参金は全て慰謝料に持っていかれてしまう。
こんな事を言ってはいけないとわかっているけれど、ビューホ様の為に自分の管理していたお金を使われたくない。
少しでも早く離婚しなくちゃ。
自分の事しか考えてないと言われるかもしれないけれど、ビューホ様と心中はしたくない。
頭の中で決意してから、ゆっくりと立ち上がる。
「気分が優れませんので、お言葉に甘えさせていただいて、本日は失礼させていただきます」
「お、おい! 夫を置いて帰るっていうのか!?」
「自分の妻が体調が優れないと言っているのに心配しない夫もどうかと思いますが」
ジェリー様がすかさず言うと、ビューホ様が叫ぶ。
「も、もしかして2人はそういう関係だったんですか!? き、傷付いた! 傷付きました! これは慰謝料案件です!」
ビューホ様は立ち上がり、私とジェリー様を指差して続ける。
「2人がそんな仲だなんて知りませんでした! 妻が不貞をしていてショックを受けて、だから僕はこんな事をしたんです! 悪いのは2人です!」
言っている事が無茶苦茶だわ。
知らなかったのに、私が不貞をしていてショックを受けるってどういう事なの?
「ジェリー、トライト伯爵夫人をお送りしてやってくれないか」
「承知しました。トライト伯爵夫人、家までお送りする」
こめかみをおさえて険しい顔をしているフェルエン侯爵に言われ、ジェリー様が立ち上がる。
気持ちは有り難いけれど、そんな事をしたら、またビューホ様が訳のわからない事を言い出すんじゃないかと思って逡巡していると、フェルエン侯爵がビューホ様に向かって言う。
「これは私の命令だ。不貞だなんだと騒ぐなよ? ジェリーがどんな人間かはよく知っている。2人の関係を疑うのなら私を疑っている事と一緒だと思え」
「……申し訳ございません」
ビューホ様は体を縮こまらせて頭を下げた。
「行こう」
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