ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ

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第7話  綺麗な夜空を眺めた後は…

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 マチルダ様を先頭に歩いていたはずだったのだけれど、気が付くと、マチルダ様の横にはジェリー様が成長すればこんな男性になるのではないか、と思わせるくらいにジェリー様に似た、整った顔立ちの男性がいて、そして、私の右にはトーマ様、左にはジェリー様。

 後ろには怒り顔の若い男性と女性が歩いていた。
 そうであって欲しくないけれど、たぶん、後ろを歩いているのはフェルエン侯爵夫妻だと思われた。
 女性の赤色の髪はトーマ様と同じだし、男性の顔立ちがトーマ様にそっくりだから。

 それで思い出したのだけど…。

「あの、トーマ様も一緒に行かれるのですか…?」
「そうだ! 僕は当事者だからな!」
「お気持ちはわかりますが……」

 婚約者の浮気現場なんて子供に見せてはいけないものなのでは…?

 挨拶をする事も出来ないままのフェルエン侯爵夫妻に目をやると、奥様の方と目があった。
 慌てて立ち止まって挨拶しようとすると手を軽く上げて制してくる。

「挨拶は後でかまいませんわ。それよりも大事なことがありましてよ」

 フェルエン侯爵夫人はそう言ってから「トーマ、あなたはわたくし達の後から来るように」と付け加えた。

 ビューホ様と婚約者が子供に見せてはいけない状況になっているかもしれないから、そういう場面なら見せない様にしようと思われた様だった。

 そんな状況だったりしたら私は違う意味でショックを受けて卒倒しそうだわ…。

 ビューホ様が悪いと思ってくれる様な人なら良いけれど、そんなタイプではなさそうだもの…。

 結婚した初日からあんな事を言われたから、ビューホ様はまともな方ではないと思っていたけれど、ここまでだったなんて…。

 ビューホ様の中ではフィナさんが一番だから、結婚相手の条件に愛人を認めるというものがあったのかもしれない。
 普通の令嬢の親なら、娘が望んでも絶対にビューホ様には嫁がせない。
 だから、ビューホ様は今まで結婚していなかったのね…。

「………大丈夫か? やはりショックなら、あなたは行かない方がいいんじゃ…」
「そうだよ。無理しなくていいよ」

 よっぽど顔色が悪い様で、ジェリー様とトーマ様が心配してくれるので申し訳なくなる。
 金銭面を調べた時に女性のよく行く店で買い物をしておられるから、シェーラ様が買い物をしていると思い込んでいたけど、ビューホ様が愛人に貢いでいたという可能性も出てきた。

 フィナ様の事を可愛がっているシェーラ様が聞いたら、ビューホ様は実の息子とはいえ、どうなるかわからないわね…。

 もし、ビューホ様が愛人に貢いでいたとするなら、私がお金の動きを止めた事により、貢ぐ事が出来なくなっているから、フィナさんの為にも少しは女性遊びがマシになるといいのだけれど…。

 そういえば、トーマ様は婚約者の浮気現場をおさえたら、どうされるおつもりなのかしら。
 婚約の事に関しては、やはり、ご両親が決められるのでしょうね…。

 マチルダ様達が向かった先は、パーティー会場と繋がっているバルコニーだった。
 赤いカーテンで隠されているせいで、今、バルコニー内はどうなっているかはわからない。
 マチルダ様は興奮している様子で旦那様が冷静になる様に声を掛けていらっしゃるけれど、どうも気持ちを落ち着かせる事は出来ないみたいだった。

 旦那様がカーテンを引き、バルコニーに続く扉を開けると、マチルダ様が中に入っていき、私達の方を振り返って首を縦に振る。

 子供が見ても大丈夫なようで、私達も続けて中に入った。

 バルコニーに出ると、夜風が心地よく、雲がないのか、空には綺麗な星がたくさん見えている。

 綺麗な星空の下で、ビューホ様は女性を口説いていたらしく、私達が入ってきた事に気付きもせずにピンク色のドレスに身を包んだ女性の肩に手を回し、手すりにもたれかかりながら、私達には背を向けた状態で話をしている。

「新しい妻は本当に色気がなくてさ。女性だっていうのに胸の膨らみを感じられないんだ」
「あら、触られた事がございますの?」
「ないよ。見るだけでわかるんだ。触ろうにも触りようがない」
「そんな方と結婚なさったの?」
「しょうがないだろう。こっちは金が目当て。相手は俺の顔だよ」

 別にあなたの顔なんてどうでもいいのですが…。
 私の両親は彼になんと言って私を押し付けたのかしら。

「お金ならいくらでも私が差し上げますのに…。ですから、愛人とはお別れして下さい。それから本妻の方とも…。2人とお別れして私をあなたの妻にして下さい。私には婚約者がいますが、まだ子供なんです。私はあなたの様な素敵な男性が好きなんです」
「イボンヌ、君は本当に可愛いことを言う」

 2人が見つめあい、顔を近付けていったところで、マチルダ様とフェルエン侯爵夫人が、少しずつビューホ様達に近づきながら問い掛ける。

「あなた達、よくもまあ、そんなふざけた話が私達の前で出来るわね!」
「イボンヌ様、私の息子と婚約していながら、既婚者の男性と密会ですの…? どうやらフェルエン侯爵家と争いを起こしたい様ですわね?」
「ひっ!」

 やっと私達に気が付いたビューホ様達だったけれど、マチルダ様達の殺気に情けない声を上げる。

「お、お、お2人がどうしてこんな所に…!?」
「こんな所で失礼しましたわね。ここはフェルエン侯爵邸のダンスホールのバルコニーですが? お気に召しません?」
「そ、そういう訳ではなく…!」

 ビューホ様は涙目になり、トーマ様の婚約者である大人しそうなイボンヌ様はガタガタと震えて、その場にしゃがみ込んでしまう。
 すると、マチルダ様とフェルエン侯爵夫人は、それぞれの旦那様の方に目を向けた。
 その意を察したかの様に、マチルダ様の旦那様は大きな手でトーマ様の視界を遮り、フェルエン侯爵はトーマ様の両耳を手で塞いだ。
 それと同時に、マチルダ様とフェルエン侯爵夫人の叫ぶ声が聞こえた。

「このクズ男!」

 マチルダ様の右手がビューホ様の左頬を、フェルエン侯爵夫人の左手がビューホ様の右頬を打った。

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