ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ

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第5話  女性だけのティータイム

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 結局、私が嘘をついていなかったとわかったのに、誰も私に謝る事はなかった。
 せめて、フィナさんだけでも謝ってくれるかと思ったけれど、彼女はメグさん達が持ってきてくれたマドレーヌに夢中で、私に対する発言は彼女の中ではなかった事になっている様だった。

 次の日の朝、踏まれた手と殴られた腕の痛みはなくなったけれど、心の傷は簡単には癒えない。
 実家では暴力はふるわれなかったけれど、この家では暴力をふるわれる…。

 役に立てば認めてもらえると思ったけれど、この家でも私は認めてもらえない。
 お飾りの妻を演じれているはずなのに…。

 たった1人でもいい。
 私と出会えて良かったと思ってくれるような人に出会いたい。
 そして、そんな風に思ってもらえる様な人間になりたいと思って努力してきたはずなのに、ことごとく失敗している。
 
 あれ程の悪意を他人からぶつけられたのは初めてで、かなり心が弱っていたけれど、気持ちを切り替える事にした。

 だって、ビューホ様達に私と出会えて良かったと言われても嬉しくないという事に気が付いたから。

 朝食を食べ終えた後は、銀行の方に頼んでいた書類が届いた為、そちらに目を通している内に、すぐに昼食の時間になってしまった。
 慌てて確認作業を途中でやめて、馭者が昼食を食べ終えてからイツースに向かった。

 昨日よりも早い時間に着いたけれど、やはりお店の中には何もなく完売御礼といった感じだった。
 けれど、私の姿を認めた奥様が店の奥から出てきて、私を手招きしてくれた。

「ラノア様、どうぞこちらへ!」

 店の奥は厨房になっていて、その奥に休憩所があり、四角のテーブルを囲んで、平民かと思われる30代くらいからご老人と思われるまでの女性が5人座っていた。

 イツースの奥様は私を空いている席に案内してくれると、「汚い所で申し訳ございませんが、ゆっくりしていって下さい」と言って厨房に戻っていく。

「あ…、え…?」

 一体どういう事ですか?
 と聞きたかったけれど、奥様の姿はすぐに見えなくなってしまった為、見知らぬ女性達しかいない部屋で困惑していると、女性達は奥様のお知り合いで、お茶を飲みながら普段の生活についての愚痴を話す為に定期的に集まっているらしく、良かったら自分たちの愚痴を聞いてほしいとお願いされた。

 本来なら貴族の女性に平民が馴れ馴れしく話しかけるなんてありえない事なのだけれど、ここにいる女性達は私が嫌がらない限り、ジェリー様が店に来るまで私の話し相手になってほしいとジェリー様からお願いされたらしかった。

 皆さんの家庭の愚痴を聞いていると、私自身も誰かに聞いてほしかったり聞きたかった気持ちもあったから、旦那様に愛人がいたならどうするかと聞いてみると、土下座させて、これから一生言う事をきくなら許す、半殺しにする、慰謝料をもらって別れる、愛人と旦那様の社会的地位を無くすなど、色々な意見を教えてくれた。

「新婚で貴族となると、相手が悪くてもそう簡単には別れられないものなのですか?」

 質問を受けたので、私は苦笑してから答える。

「貴族の場合は離縁した場合、女性の再婚は厳しくなるんです。あと、離縁した後に帰る家があれば良いのですが、私の場合は実家に帰る事も出来ないんです。ですので、離縁すると平民になって、1人で生きていかないといけなくなります。ですから、いつか別れるとしても色々と準備をしておきたいんです」
「貴族の方が平民になるなんて、とても大変ですよね」
「なら、この近所に住んだらどうかしら? 出来る限りになりますが、私達も生活のお手伝いを致しますよ」
「そうね。特にこの地域は安全だもの。ぜひ、離縁されたら、この近所に住まわれると良いと思います」
「私達もいますし、私達で手に負えなくなった時には、坊っちゃんが助けて下さいますよ。あ、最近、あの家は空き家になったんじゃないかしら?」

 私の意見は関係なく進んでいくけれど、皆が私の事を考えてくれている、この空気が嫌いじゃなくて、ほっこりして、とても幸せな気持ちになった。

 実家にいた時やトライト家にいる時には絶対に感じられない安らぎの時間だった。

 そうこうしている内にジェリー様がやって来たので、今日の井戸端会議はお開きになり、「そんな旦那は捨ててやりましょう」という意見で終わった。

「昨日は大変お世話になりました」

 頭を下げると、ジェリー様は心配そうな顔をして聞いてくる。

「軽く話を聞いたが、やはり怒られていたんだな。気になってはいたんだが…」
「もしかして、昨日、引き止めてくださっていたのは出来上がりを待っていたのですか?」
「まあな。かといって、帰りが遅くなってもいけないから帰ってもらったんだ。夜道は危ないし」
「お気遣いいただき、本当にありがとうございます。あの、ジェリー様、お礼をしたいので、よろしければどちらのご令息かを教えていただけないでしょうか…?」
「教えてもいいんだが、そうするとあなたはここに来にくくなると思うんだ」
「それは、どういう…?」

 意味が分からなくて聞き返すと、ジェリー様は苦笑してから提案してくる。

「10日後に友人の父が主催するパーティーがあるんだ。ちょっと確かめたい事があるから、あなたもご主人と一緒に出席してくれないか? その時に伝えるよ。あと、急遽、あなた方が参加するというのは友人に伝えておくから、招待状が届くと思う」
「……え? パーティー、ですか?」
「……そういえば、あなたがパーティーに出席しているのを見た事がないと母上も言っていたな…。でも、礼儀作法は習っているんだろ?」
「学園では少しだけ…。ただ、平民が多く通う学園でしたので、詳しくは習っておりません」

 ジェリー様は眉根を寄せて聞いてくる。

「一応、聞いておくけど、ドレスは持ってるよな?」
「……申し訳ございません。持っていませんので用意します」
「いや、俺が誘ったんだから、あなたがわざわざ用意する必要はない。……今から、オーダーメイドは間に合わないだろうし、既製品のドレスを買いに行くとしても既婚者の女性と俺が一緒にドレスを見に行くわけにはいかないし…」
「気になさらないで下さい! 自分で用意できますので!」

 詳しく調べたところ、トライト伯爵家のお金は銀行にはほとんど残っておらず、支出が収入の9割近くあり、酷い時は収入を上回っている時もあった。
 ビューホ様とシェーラ様は買い物をする時に、金額を見るという事をしないようで、2人の行きつけの店には恥ずかしい話だけれど、銀行にはもう残高はないから、現金での支払いしか受け付けないようにとお願いしたし、銀行にもお金を貸さない様にお願いした。
 銀行も含めて商売人だから、お金がもらえない、返してもらえない事は絶対に困るので、売らない、貸さないとなる為、ビューホ様達の無駄遣いはもう出来なくなった。
 店を変えたとしても、そういう噂はすぐにまわるので現金でしか受け付けてくれないだろうから。
 
 これからは少しずつマシになっていくかもしれないけれど、現段階でお金がない事は確かなので、ドレス代は私の持参金で出す事になる。

 でも、それはしょうがない。

 ジェリー様には助けていただいたから、私もちゃんと恩を返さなくちゃ。

「ちょっと待ってくれ。あなたは普段はどう過ごしてるんだ? 自由に動けるのか?」
「はい。ただ、伯爵家での仕事もありますので、毎日が自由だとは言えませんが…」
「では、3日後にまたここに来る事は可能かな?」
「もちろんです。時間はこの時間に?」
「出来れば午前中に来てもらえると助かるんだが……」
「承知しました」

 この時はパーティーについての話をしてくれるのだと思い込んでいたけれど、実際は違っていた。
 指定された日の午前中にイツースに着くと、数人のメイドと明らかに貴族だとわかる綺麗な女性が待っていた。
 ルグさんの奥様、マルル様に聞くと綺麗な女性はジェリー様のお母様で、とても高貴な方だと教えてくれた。
 だから、カーテシーをすると、ジェリー様のお母様は「私はマチルダよ。よろしくね。今からあなたのドレスを買いに行くから! ジェリーは着せ替えさせてくれないから面白くなかったのよ!」と言ったかと思うと、私を豪華な馬車の中に押し込んだ。
 そして、私はマチルダ様と共にドレスの既製品が売っている店を何軒も回る事になったのだった。





 そして、パーティー当日、私はビューホ様と一緒に招待してくださった侯爵家に向かう馬車に乗っていた。
 マチルダ様は何着もドレスを買ってくださっただけでなく、アクセサリーや化粧品まで買ってくださった。
 何度も姓を聞こうとしたけれど「私はマチルダよ?」と笑顔で答えてくれるだけだった。
 ただ、どの店に行っても、マチルダ様を高位貴族にしか入れない様な奥の部屋に案内しようとするので、よっぽど偉い人だという事はわかった。

 イシュル公爵の奥様のお名前はマチルダ様だけれど、まさか…、そんな訳ないわよね?
 いや、でも、その可能性の方が高い…?

 そんな事を考えていると、視線を感じて前を見た。
 ビューホ様は紺色のイブニングドレスを着た私の胸元をジロジロと見た後、ため息を吐いて言う。

「顔はまあ、好みなんだが頭も悪いし、何より胸が小さすぎるんだよな」
「…何の話をしてるんです?」
「君の話をしてるんだ。だって子供みたいな胸の大きさじゃないか」
「……申し訳ございません」

 私も胸がない事は自覚しているし、ストレスと栄養不足も一因だと言われていたから、どうしようもないと諦めていた。
 明らかに失礼な発言だけれど、ビューホ様に言われてもショックなどは受けない。
 ただただ不快なだけだった。

「ビューホ様にはフィナ様がいらっしゃるのですから良いではないですか」
「そうだな…。それに今日は久しぶりににも会えるからな」
「彼女…?」
 
 ニヤニヤしているビューホ様の顔を見て尋ねたけれど、ビューホ様は馬車の窓の外を流れる景色を眺めながら鼻歌を歌い始めたので、持ってきていたマナーについて書かれた本を読む事にした。
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