ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
2 / 19

第1話  最悪の初夜

しおりを挟む
 今日は伯爵令嬢である私、ラノア・ナンルーの結婚式だった。
 相手は伯爵位を持つビューホ・トライト様だ。

 彼の家は私の実家の財力と権力を狙い、私の家は私を家から少しでも早くに追い出したかったという理由で決まった結婚であり、私とビューホ様の間に愛などはない。

 トライト家は私を嫁に迎えるというのに「結婚式は挙げるので、手配をしておいてくれ」と言っただけで、何も動こうとはしなかった。

 結婚式の段取りも私が手配したし、費用は全てナンルー家が出した。
 どうしてそんな事が出来たのかというと、家のお金の管理は私がしていたという事と、私が出ていくのであれば多少はお金をかけても良いという許可がお父様から下りたからだ。

 政略結婚に愛がないなんて事はつきものだし、ビューホ様の評判は貴族の間でも良くなかったから、姉にはもっと良い人に嫁がせたかったという事もあるのでしょうね。

 女子しかいない学園に通っていた私は、19歳になった今でも初恋というものをした事がない。
 それくらい男性と関わる事がなかった。
 両親は私の事をナンルー家の恥だと言って、デビュタントもさせてもらえなかったから。
 だから、恋に夢を見ていた事は確かだ。

 けれど、友人の恋人との破局や婚約者が碌な人間じゃなかったりと、全てが上手くいくものでもないと実感した私は、恋愛結婚ではなく、政略結婚でも良いと思った。
 
 相性が合えば、お互いに思い合えるはずだと思っていた。
 こんな私でも必要としてくれる誰かはいるのだと信じたかった。

 私より3つ年上のビューホ様は金色のサラサラの髪に碧色の瞳をもつ美丈夫で、私の方はダークブラウンの髪に同じ色の瞳、目は大きい方だけれど少しだけ吊り目のせいで冷たい印象を受けてしまう見た目だ。

 結婚式でも愛想笑いが上手く出来ず、笑顔が引きつっていたと思う。
 参列していた私の家族は花嫁姿の私を見て、なぜかクスクスと笑っていて、他の参列者が不思議そうにしていたので、とても嫌な気持ちになった。
 
 誓いのキスもなく式を終えた、その日の夜、私の夫になったビューホ様は、寝室に入った私にこう言った。

「俺には小さい頃から思い合っている平民のフィナという人がいる。俺とフィナの間に君が入る隙はない。彼女の事は母上も気に入っているんだ。だから君はお飾りの妻だ。特に何もしなくていい。それから、フィナを君の侍女にするから」
 
 ちょっと待って。

 初日からこんな話を聞かされるの?
 愛している人がいたのに私と結婚したの?
 相手が平民だから結婚できないという理由で?

 それにどうして、愛人を私の侍女にしようとするの?
 意味がわからない…。

 とにかく言わなければいけない事は言うべきだと思って口を開く。

「…侍女の件はお断りします」
「……は?」
「どうして、ビューホ様の好きな人を私の侍女にするんでしょうか? ビューホ様のお傍に置いておけば良いのではないでしょうか」

 言い返した事が気に食わなかったのか、ビューホ様は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「そんな事をしたら世間体的に良くないだろう!」
「お言葉を返すようですが、伯爵夫人に平民を侍女として付けるのは世間体的に良いのですか? それなら、新婚当初から愛人を連れ込んでいる旦那様でよろしいのでは? 私の評判も多少は落ちるかもしれませんが、私には一応、友人もおりますし、友人から社交界には正しい話を流してもらいますので」
「た、正しい話だと!?」
「もちろんです。嘘をつく必要はありませんから」

 目を伏せて小さく息を吐いてから続ける。

「で、あなたのお好きな方はどちらにいらっしゃるのでしょう? 初夜の晩は言われずとも、その方にお譲りいたします。 私の眠る場所は用意してくださっていますわよね?」
「そ、そんな態度で良いと思ってるのか!? 君が家族から疎まれているのは知っているんだぞ!」
「そうかもしれませんが、ナンルー家のお金を管理していたのは私です。ですから、ここから追い出すと仰るのなら、ナンルー家からこちらに嫁入りする為に用意した持参金は一銭もあなたの手に入らないという事は理解していただけますか?」

 持参金は私が用意して私の銀行口座に預けてある。
 だから、ビューホ様は持参金のお金を自由に使う事が出来ない。
 お金目当てのビューホ様は焦った様な顔をした。

 ああ、またやってしまったわ。
 こんな性格だから、両親にも姉にも嫌われていたというのに…。

 その時、寝室の扉が叩かれ、返事も返していないのに扉が開いたと思うと、白いベビードール姿の女性が中に入ってきた。

 この人、どこからそんな格好で歩いてきたのかしら?

「話は終わりましたか? わたし、平民だから礼儀作法がわからなくて、本当にごめんなさい!」
 
 金色のストレートの長い髪にエメラルドグリーンの瞳を持った小麦色の肌の幼い顔立ちの少女は、オドオドしながら私とビューホ様を見た。

 可愛らしいし、男性がころりと落ちるのもわかる気がする。
 女性の私から見ても可愛いもの。

 初日からこんな事になるだなんて思ってもいなかったけれど、実家にいるよりかはまだマシだと思う事にするしかない。
 何かと私と姉を比べては両親はうるさかったから。
 今のこの状態なら、私は蔑まれる事はなく、相手にされないだけだもの。

 無視が辛いというのは赤の他人に無視された時は当てはまらないと私は思っている。

 ……戸籍上は夫婦だから赤の他人ではないけれど、気持ちは赤の他人だから良いわよね。

「あの、お飾りの妻に関しては承知致しましたが、お飾りの妻の役割を果たす報酬をいただけませんでしょうか?」
「金にがめつい女だな。好きな様に使うが良い。だけど、無駄遣いはするなよ」
「もちろんですわ」

 一礼した後、愛人であるフィナさんは瞳をうるませて背の高い私を見上げて聞いてくる。

「本当にわたしを認めて下さるんですか?」
「あなた達は愛し合っているんでしょう?」
「……はい」
「なら、人の恋路の邪魔は出来ないわ」

 苦笑してから答えると、フィナさんは申し訳無さそうな顔をする。

「本当にごめんなさい。そのかわり頑張って元気な子供を生みますから育てて下さいね?」
「………」
 
 この件に関しては返答が出来なかった。

 ビューホ様はフィナさんとの子供を世間的には私との子供として発表するつもりなんだわ…。

 子供に罪はないけれど、どうしたら良いの?
 私が育てるべきなの?
 私に名前だけの夫と愛人の子を育てられるだろうか…。

 パニックになっていると、ビューホ様が言う。

「君は何も考えなくていいし、何もしないでくれ! ただ、お飾りの妻を演じるだけでいいんだ。それから、早く出て行ってくれ! 今日は待ちわびた夜なんだよ!」
「…承知いたしました」
「ごめんなさい……」

 フィナさんは私に頭を下げると、ビューホ様に近付いていく。
 すると、ビューホ様は彼女を引き寄せ、私に見せつけるようにキスをすると、そのまま彼女を抱き上げベッドに押し倒し、私の方に振り返った。

「見たいのなら見ててもいいんだぞ?」
「駄目よ、やめて」

 ビューホ様の言葉を聞いたフィナさんがいやいやとばかりに首を横に振る。

 こんなの見ていられないわ。

 黙って部屋を出ると、廊下に立っていたメイドと目があった。 
 メイドは悲しそうな顔をして俯いた後、顔を上げて小さな声で言う。

「お部屋にご案内致します」
「……ありがとう」

 こうして、私とビューホ様の初夜の晩は、私にとっては最悪で、ビューホ様にとっては最高の夜となったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

処理中です...