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2.義父と弟の秘密(回想 性描写なし)

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(あんときの香月、可愛かったな……)

 2人っきりの誕生日パーティーを境に、俺と香月の関係はより親密なモノとなった気がしていた。

 彼との約束通り週末家に帰っては、義父と母に見つからないようゲーム機を引っ張り出し、音漏れ防止用に弟と片耳ずつイヤホンをつけ、ゲームにいそしむ。

 コントローラーの操作さえおぼつかなかった香月がいつの間にか1人でボスに挑み、攻略法なんかも見ずに敵を一掃したときには度肝を抜かれた。

『香月、お前こんなに強かったっけ……兄ちゃんとの約束、守ってるよな?』

 嫌な予感がした。香月がゲームに夢中になり、俺との約束を破って、平日にも遊んでいるのではないかと疑ったのだ。これが一般家庭であれば問題なかろうが、香月の父親は成人済みの義息にさえ屈辱的な折檻を行う、非道者である。

 あどけなさが残る香月を危険な目に遭わせることだけはどうしても避けなければならなかった。

『約束? うん……父さんと母さんの前では遊んでないよ。でも僕、兄さんに負けないくらい強くなりたいんだ! いつまでも兄さんに助けてもらう訳にはいかないからね』

 どこか誇らしげに彼は語った。想像していた通り……香月は俺との約束を破り、ゲームをしているらしい。

 何か恐ろしいことが起きる予感がして、『一旦預かろうか?』と提案する俺に香月は、『絶対気づかれないから大丈夫。それに……これは兄さんが僕に買ってくれた宝物だもん。どこへも持って行かないで』と請うので、俺は弟を信じてその場を後にするしかなかった。

 しかし――その日はすぐにやってくる。

『父さん、父さん、やめて! やめてぇえッ!!!』

 週末いつものように香月とゲームをする約束をしていた俺は家の庭先で、弟の断末魔のような叫び声を耳にし、心臓が飛び出すくらい驚いた。

(まさかアイツ……とうとう香月にまで手を出しやがったのか!? クソ義父がッ!!)

 自身の脳裏に義父の残像が流れ出す。無抵抗の身体を弄び、目には見えない〝傷〟を与えた男の姿が。

 俺が、『香月ッ‼』と俺が飛び出すのと、ガッシャーンッ‼ と何か金属を投げつけるような音が響いたのは、ほぼ同時だった。

『うわぁあああッ‼』

 香月が発狂し、その場で崩れ落ちるのが見えた。

 地面に這いつくばった彼は何かを探すよう必死に視線を彷徨さまよわせているではないか。

 その姿を憎々し気に見つめているのは義父である。

 彼は地面を何度も音を立てて踏みつけ、そのたびに何かの破片が飛び散り、パリパリ、ミシミシと壊れる音がした。

『兄さん、兄さん、兄さん……』

 目の色を失い、綺麗な指先が土にまみれても、香月は怒り狂う父親の傍らで破片を拾い集めている。

 彼の手元に収まっている〝何か〟に俺は心当たりがあった。

 あちこちに傷がつき、塗装がげ――中身の電子盤までもがむき出しになっているが、それは間違いなく香月に買ってやったゲーム機だった。

『やめて、やめてよぉッ‼』

 恐らく義父は隠れて遊ぶ香月を目にし、怒りに任せて3階にある俺の部屋から機体を地面に叩き落したのだろう。中身が飛び出していたそれは、修理困難であることが一目瞭然だった。

 それでもまだ気が収まらない男は部品を踏みつけ――その足を抱え込んだ香月が悲痛な声を上げる。

『香月、離せッ! こんな幼稚なシロモノで遊ぶだなんぞ、父さんは許さんぞッ‼ どうせ陸朗がお前を跡継ぎにさせまいと悪知恵を教え込んだに違いないッ!!!』

『違う、違う‼ 兄さんはそんな人じゃないっ‼』

 必死で食らいつく香月だが、体格差のある父親に勝てる訳がない。

 顔面を叩かれ、大人しくなったところで緩やかなウェーブが掛かった髪を掴まれたかと思うと、引きずられていく。

 工場の入り口で立ち止まった義父は、先程とは打って変わって優しい声色となり、香月を諭した。

『お前は父さん自慢の息子だ。野木電子を継ぐのはただ1人。お前は沢山の従業員の上に籍を置くのだからな』と。

 彼の目の前であくせく働く工場員たちの誰もがあの日――俺が義父から辱めを受けていた日と同様、香月を救い出そうとはせず、知らぬふりをしている。

『香月を痛めつけるんじゃねぇッ‼』

 痺れを切らした俺が正面から近付くと、『何をヤケになってんだ、陸朗。ちょっとした脅かしじゃねぇか』と義父はあっさりと弟を解放したのだった。

『――ったく無茶しやがって……。アイツを怒らせたら、何してくるか分かったモンじゃねぇんだぞ?』

 昔から母親は何もしてくれない。俺は華奢な香月を抱え、室内に上がり込むと消毒液やガーゼを持ち出して、早速手当ての準備に取り掛かった。

 警察に相談するという手もあったが、誰と繋がっているかわからない義父のことだ。

 水面下で根回しは完璧だろうし、何より香月にこれ以上怖い思いをさせたくなかった。このまま弟を引き取り、生活を共にすべきか迷っている最中、当の香月が口を開いた。

『んぅ……ゲーム……』

 香月は幼声でまだ涙ぐんでいた。俺は当然痛みからくるものだと思っていたのだが、それは違うようだった。

 香月は自身の怪我の程度よりも、ゲーム機が壊されたことに気を落としていたのだ。

『そんなにハマってたのかよ……兄ちゃんがまた買ってやるから泣くな。ゲームなんかより、その傷を治さなきゃな。兄ちゃん、金を貯めてお前を迎えに行くから……それまで、待っていてくれるか?』

『……僕と兄さんが一緒に遊んだデータはさ、あの中にしか入っていないんだよぉ…?』

 友達との付き合いも禁じられていた香月は、誰か気の合う仲間と遊ぶという習慣がない。

 今まで経験のなかったゲームを、誰かと共に行えたことが余程嬉しかったのだろう。

 絶対に逆らうことのなかった父親に対して、大分意固地になっているように思えた。

 このとき、すぐにでも彼を連れ出せばよかったのだが――俺と香月は、あの男の真の恐ろしさに気付いていなかったのである。

 香月が甚振いたぶられられた日から月日がたっても、彼を迎えに行く約束を果たせないまま俺は五十路いそじを迎えていた。大学卒業後、香月は家業の手伝いを行っており、両親ともうまくやっているらしい。

 情けないのは、地位ある役職に就いているべき歳だというのに……今日もまた、中途採用されたばかりの仕事を辞めてしまった俺の方である。

(何で俺が……俺だけがうまくいかねぇんだよ。香月が前を向けたのは、俺が面倒を見てやったからだってのに、アイツ……手の平返しやがって‼)

 あんなに『兄さん、兄さん』と呼んでくれていた香月も、今ではすっかり義父の味方。

 俺が金の援助を願い出る為に片道何時間も掛かる郊外の実家へと近寄っても、煙たがるようになっていた。

(香月の奴、恩を忘れたんじゃねぇだろうな……)

 とうとう手持ちの金も貯蓄もゼロとなった俺は、何か金目の物でも拝借はいしゃくしようと義父が経営する工場を訪れることにしたのである。
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