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第五話 寡黙キャラっていいよね

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 俺にとんでもない宣言をしたエヴァン様は、保健室で会って以降、姿を見せていない。
 元々学生でありながら公務をこなす身でもあるので、忙しいのは当然だ。

「はー! 日常がこんなに穏やかだったなんて、思いもしなかったなぁ」

 授業が終わった放課後の教室にて、俺はグッと背中を伸ばす。
 セオ様観察任務は、当然継続中だ。彼は狙い通り、リストにあった人物との接触を試みている。都度俺が邪魔をしているので、相当なフラストレーションが溜まっているのだろう。先日、木を蹴っている姿を目撃してしまった。

 心配していた生徒による俺への認知だが、全くもって気づかれていない。
 人が多すぎたことが功を奏したのか、噂話は統一性がなく、どれが本当の俺に関する情報なのか誰も分かっていなかった。

「さて、今日も仕事仕事」

 放課後はセオ様の行動を観察する時間だ。とはいえ、四年生と三年生では授業の終わり時間に差がある。

「っと、あと三十分くらいあるな」

 四年生が不用意に三年生の階を歩き回れば、目立つ。俺は時間が来るまで、仮眠をしようと机に突っ伏した。

 しかし、すぐに肩が誰かに叩かれる。
 顔を上げた視線の先にいたのは、銀髪でガタイのいい青年だった。
 身長はエヴァン様に劣らないほど高く、太めの凛々しい眉は彼の精悍さを表していた。

「あ、ダミアン」

 知識もあったが、四年間同じクラスだった身として自然と名前がでてくる。
 彼は言葉を発することも、表情一つ変えることもなく、教室の入口を指さす。

 最初は意図が分からなかったが、教室を見渡して彼の言い分を理解した。

「あ、俺が最後?」

 こくり、とダミアンが頷く。
 彼の手には、教室の鍵が持たれていた。

 出るなら閉めるが、いるなら鍵当番をしろ。ということだろう。

「貰うよ」

 手を差し出せば、鍵が渡された。

 ダミアン・ハリス。ハリス辺境伯爵家の六男であり、俺の同級生。
 ハリス辺境伯家は、代々国内最大の防衛都市を治めており、辺境伯軍の頂点に君臨する。
 国の安全は、ハリス家あってこそ。という声も多い。まさに、剣豪一族。

 真面目で媚びない気質は脈々と受け継がれているようで、俺を初めとするクラスの全員、ダミアンの声を聞いたことがない。

 まあ、一言で言ってしまえば超・寡黙キャラだ。

「気を使わせてごめんね。じゃ、おやすみ」

 俺は欠伸を噛み殺しつつ、再び机に伏せようと体を動かす。

「……最近、疲れているみたいだが?」

 そういえば、学園ではモブに徹するため、一切他人との関わりを持たない俺だが、ダミアンにだけは普通の同級生として接する。

 なぜなら、ダミアンには恋愛ルートが存在しないからだ。
 いや、存在しないというと語弊があるかも。

 乙女ゲームに負けヒロインがいる通り、BLゲームにも負けヒーロー……当て馬が存在する。
 このダミアンは、特定キャラとの恋愛ルートを進もうとする際に現れる、当て馬キャラだ。
 ダミアンとのハッピーエンドルートが用意されていないので、俺としては安心して交流できる人物なのだ。

 この世界に来たからこそだが、ダミアンがずっと当て馬だったのは、そのあまりの寡黙さが原因だろ、としみじみ思う。
 どうやって好感度稼ぎしたらいいんだって、話だよな。

「聞いているのか、ノエル・フィニアン」

(あれ。でもたしか、0.001パーセントの確率で隠しルートが……)

 だめだ、眠過ぎて頭が回らない。
 ともかく。俺の唯一の友候補であるに違いは無いが、コミュニケーションが取れないならどうしようもない。

 クラスの余り物同士、なんだかんだ一年生の頃は交流を試みたけれども……。

「……は?」

 思考を止め、再度顔を上げる。
 そこには、変わらず俺を見ているダミアンの姿があった。

「喋っ、た……!?」

 俺の驚きが不愉快だったのか、ダミアンは僅かに眉を寄せる。

「嘘、もう一回喋って!」
「……見世物を見たかのような反応をするのは、品があるとは言えんな」

 俺はあまりの衝撃に、眠気が吹き飛ぶ。
 口をパクパクさせるだけの俺に呆れたのか、ダミアンは背中を翻して歩き始めた。

「ちょ、ダミ……」
「それと。どうせ隠したいなら、眼鏡を外し、適当に髪を整えるのではなく。もう少し現代的な髪型を研究したらどうだ」
「あ、はい。って、ええええええ!!!」

 喋った! ダミアンが長文喋ってる!! 
 それ以上に……誰にもバレてなかった、エヴァン様の犬の正体が俺だってバレてる!! 

 俺は慌てて立ち上がり、ダミアンの腕を掴んだ。

「待って! なんで知ってるの!」
「……逆に、なんで隠せていると思ったんだ」
「結構話回っちゃってる? どこまで気づかれてる?」

 捲し立てる俺に反して、ダミアンは至って冷静に考える素振りを見せる。

「まあ……俺くらいしか気づいてないんじゃないか」
「よかったぁ……」

 剣士の観察眼、ってやつかな? 
 安心から胸を撫で下ろす俺に、ダミアンは言葉を続けた。

「それで。疲れているようだが、と訊ねたんだが」
「ああ、ちょっと最近忙しくてね。でも大丈夫」

 笑顔でなけなしの力こぶを作ってみせるが、ダミアンの反応はスルーだった。ちょっと、自分だけがハイテンションでから回っているみたいで恥ずかしい。

「……あの第二王子のためにか?」
「ああ、えっと。まあ、半分はそうだけど。半分は自分のためでもあるというか」

 どこまでエヴァン様との契約を話していいのか分からないので、曖昧に濁す。

「……気に食わんな」
「え? なんて?」

 ダミアンの声が小さすぎて聞き取れず、聞き返す。しかし彼からの返答はない。ただただ、何を考えているのか分からない無表情で俺を見下ろしていた。

「ど、どうしたの?」
「呆れているんだ。お前のそのひ弱さに」

 ピリッとした空気を感じて、俺は思わず怯む。

「男児たるもの、己の自我こそが唯一無二であるという自覚を持て。半分たりとも他人に渡すなど、言語道断」
「いつの時代の武士だよぉ……」
「権力に怯え、尻尾を振るだけの犬畜生に成り下がるなど。俺であったら腹を切る」

 だから、いつの時代の考え方なんだよ。異世界とはいえ、そこそこ発展してるよ、今! というか、さっき俺に現代的な髪型をしろと言った本人だよね!

 圧倒される俺を差し置いて、ダミアンは教室を出ていってしまった。
 残された俺は、ため息と共に肩を落とす。

「友達候補だと思ったんだけどなぁ……嫌われてるのかな?」

 落ち込みそうになったが、よく考えれば距離を置かれる存在くらいが丁度いいかもしれない。

 俺は机の中に隠していたリストアップ資料の、最後をめくる。

「……あの堅物がセオ様の思惑通りに動くとは思えないけど」

 そこには、確かにダミアン・ハリスの名があった。
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