BLゲームのモブとして転生したはずが、推し王子からの溺愛が止まらない~俺、壁になりたいって言いましたよね!~

志波咲良

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第三話 任務!

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 推しに捕まって早一週間。
 俺は、第二校舎の屋上へと続く階段に身を潜めていた。

 屋上の出入口付近からは、とある二人の男子生徒の会話が聞こえてくる。

「先輩のお家ってぇー、どんなことしてるんですかぁ?」
「宝石商だよ。領地内に鉱山を持ってるから、国内外への輸出を担ってる」
「ほええ! もしかして、一級品なんですかぁ?」
「当然。うちの領地で働く職人は、門外不出の技術を持ってる。販売交渉相手が王族相手になることも多いんだ」
「すごぉい!」

 猫なで声が耳に障り、俺はブルっと鳥肌を立てた。
 チラリと覗けば、目的の人物──セオ様が相手にべっとりと寄り添っていた。

(観察しろって言われたけど……改めて見るとインパクト凄いなぁ)

 相手は、伯爵家の息子。家柄的な地位が近いからか、二人の話は弾んでいるようだ。

 エヴァン様に資料を渡した後、俺は次なる依頼を申し付けられていた。主に、セオ様の行動観察。

「まさか、こっちが悪役だったとは……」

 ゴクリと息を飲みつつ、俺はつい数日前に行われたエヴァン様との会話を思い出す。

 ………
 ……
 …

「えええ! セオ様が敵国のスパイ!?」
「声が大きすぎる。誰かに聞かれたらどうするつもりだ」

 エヴァン様に窘められ、口を手で覆い隠す。
 申し訳なさげに眉尻を下げる俺を見て満足したのか、エヴァン様は言葉を続けた。

「正確には、ビスター家の当主だ。先代の時代から、敵国側と通じている」
「捕まえないんですか?」
「明確な証拠が上がってない。大方、貴族議会の買収でもしてるのか、王家としても分かっていて動けずにいる」

 俺たちが住むスペス王国は、比較的国土の広い国だ。当然、友好国もあれば敵対国もある。
 王家をトップとして、政治経済の大半は各地を収める貴族と、それらを統率する貴族議会によって成り立つ。

 政治的な詳しい事情は分からないが、スパイが悪だというのは馬鹿な俺でも分かる。

「そ、そういえばセオ様は、トイレで確か……エヴァン様が何も国の情報をくれなかったと」
「言うわけがないだろう。アイツの目的は最初から分かっていて付き合った。逆にこっちが尻尾を掴めれば、兄に優位に立てる」

 書類仕事をサラサラとこなしながら淡々と述べる姿は……カッコイイです!! 
 じゃなくて! 

「それで! 何か分かったんですか!」
「何も」

 エヴァン様は筆を止め、俺を見上げる。

「セオは次男だ。当主にとっても、セオの有用性は俺と同じ時期に学園に入学できることだけ。恐らく、アイツ自身には何一つ情報を与えられてない」
「家族なのに……結構シビアなんですね」
「身内すらも裏切る可能性を考えて生きてきたからこそ、今日まで尻尾が掴めずにいるんだろう」

 ただの想像だけれど、ビスター家の構造としてはマフィアみたいなものなのだろう。
 真の情報を持っているのは一部で、配下はいつでもトカゲの尻尾切りをできる駒として扱う。

「じゃあ、八方塞がりですか?」

 首を傾げる俺に、エヴァン様は得意げに鼻で笑った。

「情報を持ってない奴から情報が得られないとは言ってない」

 そう言って、エヴァン様は俺の前に数枚の紙を差し出した。俺がまとめた、生徒情報の一部だ。

「セオは操り人形だ。ならば、アイツの行動を観察すれば、操作している奴の意図を逆算できる」
「なるほど」
「手元に置いていた方が楽だと思って付き合ってたが、セオの行動範囲を広げてやった方が収穫が大きそうだな」
「だから別れたんですか?」
「ああ」

 ふむ。大体は把握できた。
 俺は改めて、机の上に並べられた資料に目を通す。

 学年も爵位もバラバラであるが、資料にある生徒らには一つの共通点があった。

「あっ、特産技術を持ってる家ばかりですね」
「一瞬で見抜くとは。やっぱり、お前を拾って正解だったな」
「ちょ、直感……です」

 ゲームの知識です、とは言えないので冷や汗を流しつつ誤魔化す。
 貴族社会が舞台のBLゲームといえば、醍醐味はお家事情ですから! 

「自国の技術を他国へ密売する。それだけでも、十分こちら側の痛手は大きい」
「そっか。何も王室から直接聞き出す必要はないというわけですね」
「と、いうわけでだ」

 エヴァン様は手を組み、満面の笑みで俺を見つめる。キラッキラに輝いたオーラを放っているけど、これは……悪いことを考えてるときの顔!! 

「犬らしく、邪魔してこい」
「わ、ワン……」

 ああ、やっぱり。
 俺は断れるわけもなく、ガックリと肩を落とす。


 ………
 ……
 …

 思い出した会話に、小さなため息を吐く。
 エヴァン様は証拠は自分で掴むと言っていて、俺はただセオ様の邪魔をしていればいいとだけ言われた。
 どうやって根っこを掴むのか教えられていないし、邪魔の仕方は一任されている。

「うーん、やってることがあまりマフィアと変わらないような」

 これ、俺の身がヤバくなったら、いつでもエヴァン様だけ逃げられるのでは? 
 緊張する。いくら悪役とはいえ、セオ様の実家は伯爵家だ。かたや、俺は弱小貴族。
 先々代の時代にすこーし交易面で役に立っただけの、土地もなく慎ましく生きる一族。

 セオ様の実家に目をつけられれば、父上や兄らは一瞬で社交界出入り禁止になるだろう。
 そうなれば、没落貴族一直線……。

「危険過ぎるってば……」

 俺が頭を抱えている間にも、屋上の会話は進んでいく。

「僕、その宝石と技術見てみたいなぁ」
「し、しかし……我が一族と技術者以外は断じて……」
「そーいえばぁ。僕、エヴァン様と別れたんですよぉ。そのせいか……ちょっと最近、寝つきが悪くて」

 セオ様は、相手の太ももに自分の腰を押し当てる。
 ああ、なんと破廉恥な。エロい! 
 俺は壁とはいえ、まだ直接的な行為を見たことは……!! 

「そ、それはどういう意味だい、セオ殿」
「なんだか体の中も寂しくて。一緒に夜寝てくれる人がいると安心するんですけども……」
「俺で……良いのか?」
「んふふ。おっきくて気持ちよさそうだなぁって……想像した僕は嫌いですか?」

 俺のところにまで、相手の男性が生唾を飲む音が聞こえた。
 気持ちは分かるよ、絡んだこともない同級生! 四年生は成人しているとはいえ、俺たちはまだ健全な男子高校生!! 

 でも、ダメなんだ。
 その誘惑ルートにハマって突き進むと……バッドエンド! 

 俺は意を決して、大袈裟な咳払いをする。

「あ、ああ! 大変だ! 俺は馬鹿だから、またお父様に叱られてしまう! 大事な書類を落としてしまうだなんて! 家にとって一番大切な情報だと言われていたのに! これじゃあ、悪用されて家族が泣いてしまう!」

 エヴァン様が腹を抱えて笑っているような気がする。俺だって、大根役者の自信がある。
 セオ様から顔を見られてはいけないと、俺は屋上先の光景を想像しながら祈る。

 しばらくの空白の時間があった後、先に口を開いたのは相手方の男性の方だった。

「す、すまない。セオ殿。またの機会に」

 俺が隅に隠れているのにも気づかず、男性はバタバタと足音を立てて階段を駆け下りていってしまった。

 ごめんなさい! ごめんなさい! 
 壁が余計なことをしてごめんなさい! 
 色恋絡む駆け引きも、BLゲームの一興であると分かっているです!! 
 公式が考えていたであろうルートを壊してごめんなさい!! 

 ひたすら天に向かって懺悔していれば、俺の耳にセオ様の舌打ちが届いた。

「っち。腰抜けの末っ子が」

 こ、怖すぎる……。
 セオ様の殺気がこちらにまで届くような気分だ。

 これ以上居ては見つかると、俺は気配を消して階段を後にした。
 とりあえずエヴァン様に報告に行こう、と廊下を歩いていれば、人だかりが目に付いた。

「エヴァン様。セオ様と別れられたというのは、本当ですか?」
「ああ。悲しい別れだった。理由は聞いてくれるな」
「勿論ですとも!」
「しかし、エヴァン様が独り身など勿体ない……」

 人だかりの中心には、エヴァン様がいた。
 あわよくば空いた席を狙おうと、多くの男子生徒が機会を狙っているのだろう。

 ちょっと俺は場違いかな、と背中を翻す。後で生徒会室で会えばいいや。
 そう思い歩き出した俺の腕が、誰かに掴まれた。

「独り身……か」

 周囲の男子生徒からどよめきが起こる。
 振り返れば、俺の手を掴んでいたのはエヴァン様だった。

「あいにく、俺の手は可愛い子犬の世話で忙しい」
「え、ちょっ……」

 エヴァン様は俺を腕の中に収め、頬にキスをした。
 自分でも状況が理解できないままに、周囲から女子顔負けの悲鳴が起きる。

「エヴァン、様っ……何をっ……」

 え? 俺、今ほっぺちゅーされた? 
 推しに? いや、エヴァン様は俺が推してたエヴァン様じゃなくて……。
 いやいや、そうはいっても……

 思考がパンクする代わりに、俺の顔は真っ赤に染まっていく。

「どうした? ノエル」
「俺は……壁がいいんですっ……」

 精一杯の主張が細々とした声となって口から出た後、俺はその場でぶっ倒れた。

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