可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

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第二章

45.可愛すぎてつらい

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 段々と意識が浮上するのを感じたチェルシーは、身体を動かそうとしたものの、重くて叶わず困惑した。もしかして風邪でもひいてしまったのだろうか?しかし特有の寒気や発熱している様子もない。ただし喉は若干ヒリヒリと痛んだ。

 この状態には身に覚えがある。初めてフレッドに激しく求められた日の翌日に、とてもよく似ていた。いや、それよりも酷い気がする。あの時はまだチェルシー自身、行為にも慣れていなくて、フレッドの変わりように戸惑いのほうが大きかったのだ。
 頭が動き出すとどうして今、こんな状態なのかすぐに思い出せた。昨晩、満を持して着用したランジェリーにフレッドがいたく感動してくれたことを。そしてひたすら愛された。そう滅茶苦茶に。その結果、散々啼かされてこの喉の状態なのだと理解した。

 普段のフレッドはチェルシーを甘く求めながらも冷静だ。それなのに、あの箍が外れたかのように激しく抱かれるなんて思いもよらなかった。自分の痴態を思えば、恥ずかしくて仕方ないけれど、とても満たされた一夜だった。

 思わずにやけてしまう頬に手を当てようとして、チェルシーはハッした。

(あ!そういえば!)
 ランジェリーはどうなったのか。身体を覗いてみると今はいつもの夜着を纏っていた。いつものようにフレッドが整えてくれたのだろう。
 今は何時頃なのかは分からないが、まだ昼には至っていないはずだ。ベッドの上にはチェルシーひとりだけで少し寂しいけれど、忙しいフレッドだから既に執務を始めているのかもしれない。

 ――ちなみにフレッドが多忙なのは、もちろん当主ゆえに仕事量は確かに多いが、主にチェルシー関連で度々手が止まることが原因でもある。

 とりあえず水でも飲もうと、チェルシーは軋む身体に鞭を打って起き上がった。

「きゃあっ!」
 の、だが。ベッドの下に座り込んでいるフレッドの頭が視界に入って、驚き声を上げた。どうやら俯いているようで形の良い旋毛が見える。

「チェルシー!大丈夫か?どこか痛むところは……!」
 チェルシーの声に勢いよく顔を上げたフレッドだったが、その表情はひどく狼狽えていた。
「それより!そんなところで何をなさっているのですか!?」
 何がどうなって屋敷の主を床に座らせる事態になったというのか。一体彼に何が……?

「その、昨晩本当に我を忘れてしまって、君を激しく抱いてしまったから反省を……」
 再びしょんぼりと首を垂れる。

「あっ!そ、それは……」

 そんなことはないです、とは言えず口を噤む。なんせあまりにもその通りすぎて……。

 昨晩、意識が朦朧とする中で、フレッドが我に返って落ち込んでしまわないだろうか?と心配していたことはどうやら現実となったらしい。

「それでもどうか今後も私と閨を共にすることを許して欲しい。チェルシーがいないともうどうやって寝たらいいのか……」

 悲壮感たっぷりの声を振り絞ってそう言うフレッドに、チェルシーはちょっとムッとしてしまった。落ち込んでいるフレッドは予想通りだし可哀そうだけれど、大切なことを彼はまだ理解してくれていない。

 軋む身体を無視して、床に行儀よく座り込んでいるフレッドの前に移動する。ベッドの上から手を伸ばして、もごもごと何か呟いているフレッドの両頬に手を当て上を向かせた。

「チ、チェルシー……?」

 少し眉を上げたチェルシーの表情に何かを察したのか、途端にフレッドの瞳が動揺に揺れる。

「フレッド様はもうちょっと自覚されるべきです」
「へ、どういう……?」
 両頬を挟まれたフレッドを可愛く思えてしまい、頬が緩みそうになるのをなんとか堪えて、チェルシーは努めて表情を引き締めた。一方フレッドもチェルシーのそんな顔も可愛いと、うっとり眺めたわけだが流石に空気を読んだ。

「愛されているという自覚です。そんなことくらいでは嫌いになんてなりません。フレッド様が私以外を愛されたとしても、この気持ちは変わらない自信がありますから」
「なっ!そんなことは死んでも、いや、死んでからでもありえない。寧ろ私だってそう思っている」
「良かった。私とフレッド様、同じですね?だったら私がフレッド様を激しく求めて続けて、ずっと離さなかったらどうします?」
 チェルシーの言わんとすることが分かったのだろう。フレッドは途端にバツの悪そうな表情に変わった。
「う、嬉しすぎて、もっとして欲しいと思う……」
 目元を少しだけ赤く染め、口籠りながらも小さく呟くフレッドが愛おしい。またもや緩みそうになる頬を引き締めたチェルシーだった。

「それでもフレッド様はまた不安になってしまうんでしょう?」
「さすがチェルシーだ。私を良く分かっている」
 嬉しそうに頷くフレッドだが、チェルシーが頬に手を添えたままのために、やや動きはぎこちない。

 ああ、こんなにもかっこよくて、素敵で、何でもできるのに。こんなに可愛らしいなんて誰が想像できるだろう。

「その度に教えて差し上げます。その代わり私が不安になったときはどれくらい愛しているのか教えて下さいね?」

 頬に触れていた手はそのままに、唇を重ねた。頬を押されて少しだけ突き出た唇は、いつもより柔らかくて面白い。食むようにしていると手首を取られて、フレッドがベッドに乗り上げてきた。
 チェルシーはそのまま彼の首の後ろに腕を回す。優しく背中を支えられて寝かされ、シーツの上に逆戻りだ。誘うようなものではなく、じゃれるように顔中をキスされて、くすぐったさに笑うとまた唇が塞がれるのを暫く繰り返す。

「そういえばあの、私が着ていたものはどうしたのですか?」
 チェルシーは不意に浮かんだ疑問を口にした。フレッドならばまた仕立てればいいと言ってくれるだろうが、できればまたお世話になりたい。そしてあのフレッドにまた会いたい。
「メイドが店主から専用の洗剤を渡されたらしく、シーツと一緒に洗うと持っていった」
「あー……」
 ランジェリーショップの店主たちが屋敷に商品を持ってきたとき、メイドたち皆で下着を選んでいたのを思い出す。あの時にでも渡されたのだろう。彼女たちはチェルシーが買った物を知っていたし、それが仕事であるとはいえさすがに恥ずかしすぎる。
 だからといってチェルシーが一人で上手く洗濯できるとは思えず、ここは恥を忍んでメイドたちに任せたほうが綺麗に仕上がるだろう。あとでなにかお礼をしてあげようと、心に決めた。

「また、着てくれるだろうか?良ければ他にも色んなデザインのものを見てみたい。今度は箍が外れないように気を付けるから……」
「うふふ、もちろんです。でもそんなフレッド様がとっても素敵だったので我慢しないでくださいね」
 フレッドは全てのものに感謝した。その筆頭であるチェルシーは、どれだけフレッドを夢中にさせるのだろう。

「……ああ、もう可愛すぎる」

 眉根を寄せるフレッドの表情は一見、不機嫌そうに見える。が、しかしこれは彼が溢れんばかりの想いを堪えているのだと今なら分かる。結婚した当初、見た目通りに受け取っていた日々を思い出し、チェルシーは苦笑いした。あの『可愛すぎてつらい』と書かれた紙がいい切っ掛けとなってくれたことを思い出す。
「フレッド様にそう言われるの、すごく嬉しいんですよ?」
「今まではチェルシーに対して想いを上手く言葉にできなかったから、本や手帳に書いてバランスをとっていたが、今は直接言う事ができて嬉しい」

 唐突にフレッドからそのことに触れられて、チェルシーは目を見開いた。

「え?もう書いてはくださらないの?」
 驚きのまま思わず口にしてしまうが、フレッドは察しのいい男だ。チェルシーが何かを知っていることに気付いた。
「……もう?もしかして……そのことを知っていたのだろうか?」

「実は――」

 チェルシーは落ちていたその紙を拾ったことで、フレッドに興味を持ったのだと話した。そこからフレッドの為人に触れ、どれほど愛されているかを知り、いつの間にかチェルシーも同じように愛するようになったのかを。

「まさか……そんな。でも不思議だった。いきなり君が歩み寄ってくれたから」
 ベッドに仰向けになったフレッドは手で顔を覆っている。横髪から覗く耳が赤くなっていた。
「でも拾わなかったとしても、その内にフレッド様のことを好きになっていたと思います」
 チェルシーは上半身を肘で支えて、恥ずかしがっている可愛い夫を見下ろした。
「……いや、そうなってくれる前に、チェルシーが他の男に拐かされたらと思うと、落とした自分を褒めてやりたい」
 自己肯定感が低いフレッドの珍しい言葉に、チェルシーは嬉しくなった。
「そうですよ!フレッド様のお陰なんです。私を気に入ってくれたのも、結婚してくれたのも、全部」
 褒められたフレッドは指の間を空けて、その隙間からチェルシーを伺い見る。そして小さな声で「そう思ってくれたなら嬉しい」と言った。
「でも、恥ずかしいからどうか捨ててくれないか」
 フレッドの顔が見たくて覆っている手を退かすと、少し拗ねたような表情が現れてそう告げた。宝箱に入れてあると言ったから気になっていたのだろう。でも……。
「フレッド様、もし私の書いたメモが落ちていたら……」
 臙脂色の瞳を覗き込んで、そう問いかけた。もちろん、答えなんて分かりきっている。
「……拾って宝物にする」
「また書いて下さいね?」
「いや、もう今ならば直接何度でも言おう」

 チェルシー、君が――
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