可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

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第一章

12.取り繕えない

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「よぉ!フレッド、久しぶり!」
 勝手知ったる騎士団本部の廊下を歩いていると、背後から呼ばれてフレッドは足を止めた。振り返らずとも誰だか分かる。騎士団で同期だったキースだ。相変わらず大きな声の彼といると、何事かといった視線を周りから浴びてしまうのだが、それも随分と久しぶりだった。

 無愛想なフレッドだが、その裏表のなさを気に入ったらしいキースに何かと絡まれて、いつしか友人と言える間柄になっていた。珍しい組み合わせだと周りからは言われていたが、凹凸を補える関係であった。

「キース。相変わらず元気そうでなにより」
「いやぁ、そういう服を着ていると伯爵様だと痛感するよ」
「代替わりだ。仕方がないだろう」
 フレッドが肩を竦めれば、キースはニヤリと笑った。

「仕方がない、ねぇ。おかげで愛しの姫を囲い込めたくせに。たとえ上層部だとしても騎士団員が妻に望むのと、伯爵が望むのとでは違うからなぁ」
「何のことだか」
 周りの空気がヒヤリと冷える。通りすがりの騎士が狼狽えるも、キースは気にも留めない。
「はいはい。で、何かあったのか?」
「お前も知っているだろう。うちの領境の警備の件で団長に相談にきた」
「じゃなくて。珍しすぎるだろ、お前がそんな寝ぐせを付けているなんて」
 キースがフレッドの側頭部を指差す。その場所に手をやるとピョンと側頭部の毛束が跳ねている感触が。
「……寝坊しそうだったんだ」
「はぁ?フレッドが?寝坊?」
「慌てて出てきたお陰で、お前と話している時間があるほどには間に合ったがな」
「なるほど……」
 切れ長の瞳を見開いたキースだったが、徐に腕を組んでから大仰に頷いた。わざとらしい仕草にフレッドは彼を訝し気に見た。

「なんだ?」
「いやぁ、上手くいってんだなぁって」
「はぁ?」
「あれだろ?昨晩愛しのハニーと張り切りすぎちゃったってことだろう?……って、え?は?」

 氷点下の表情で素気無く返されると思っていたキースは、しかしフレッドの表情をみてポカンと口を開けた。

 頬を染めて手を口に当てている目の前の男は、キースのよく知っているフレッドだろうか?何年も騎士団で寝食を共にしてきたが、こんな表情は初めて見たから逆にキースも狼狽える羽目になった。友人であるとはいえ、大の男の照れた姿は正直気持ち悪い。しかしその相手があのフレッドならば、気持ち悪さよりも驚きのが大きかった。

「いや、その」
「おい、フ、フレッド……マジなやつか」
「…………」

 何事にも動じないフレッドが、羞恥に苛まれたのか俯いてしまった。キースはじわじわと笑いがこみ上げて、抑え切れずについには吹き出してしまった。面白いものが見れたが、それ以上に親友が幸せに過ごしているのを目の当たりにして嬉しかった。

「ブハッ、ハハハッ!いやー、凄いな!チェルシー殿は!お前にそんな表情をさせるなんて。幸せそうでなにより」

「……約束の時間が来たから俺は行く。キース、覚えておけよ。」

 相対するものを氷漬けにせんばかりの視線だが、キースにはちっとも効果がなく、舌打ちを落として爆笑したままの彼を放置し団長室へと向かった。

 * * *

「ご無沙汰しております。グレン団長」
「なんだ、キースにまた揶揄われたのか。相変わらず仲がいいな」
「仲が良いかはさて置き、確かに揶揄われましたね」

 ここのトップである騎士団長グレンは、入室したフレッドに挨拶もなしに話しかけてきた。フレッドからみれば、グレンも陽気で分け隔ての無いキースと似たような系統だと思っている。しかし団長としての統率力と威厳に満ち溢れていて、実力でこの地位まで上り詰めた有能な男だ。そして数少ないフレッドの冷気を気にも留めない人物である。
 彼はフレッドが騎士団に見習いで入団したときに配属になった部隊長であった。黙々と努力を重ね実力をつけていった真面目なフレッドと、天性の剣技と人を惹きつけるキースの二人の才能を見出し、より熱心に厳しく指導に当たった。
 のちにグレンは団長になり、キースは副団長、フレッドは軍務の総監になる。フレッドたちはグレンの最も信頼の置ける部下となったのだった。

 家の後を継がねばならない貴族の嫡男に退団はよくあることだが、フレッドの際はたいそう惜しまれた。騎士たちからは主にトップを諫める役割がいなくなることでも含まれていたが。それでもこうして未だに繋がりを持っていて、軍務を手伝うこともある。


 グレンはフレッドが結婚することになったときは、驚きとともにとても喜んでくれた。一人っ子であるフレッドの、まさに兄のような存在であった。さしずめキースは弟か。
 そしてグレンとキースはフレッドのチェルシーに対する想いを知る数少ない人物の一人でもある。言うつもりなどなかったが、いつの間にかバレてしまったのだ。彼ら曰く、分からないわけがないらしい。

「奥方とは仲良くしているか?もう半年ぐらいだろう。そろそろ子供でも……」
「それよりも、ご連絡させていただいた件を!」
 親戚の伯父さんのような台詞を吐いたグレンに被せるようにしてフレッドは声を上げた。話の途中で止めさせるなんて、面倒くさいほどの真面目な彼にあるまじき行為だ。しかし子供と言われ昨晩の溶けるようなチェルシーの艶めいた表情を思い出してしまい、思わず動揺してしまった。
 パチパチと目を瞬かせたグレンだったが、優し気な表情で「分かった、分かった」と言って団長室のソファーにフレッドを促した。生温かい目線を向けるグレンに気付いているが、反応すると墓穴を掘るようで気付かぬふりをして持ってきた鞄を開ける。

「ではこの書類にまず目を通して頂きたい」
「これが計画案だな。……ふむ、さすがフレッドだ。分かりやすい」
「それで次にこちらの本を見て頂きたいのですが……」

「ん?どうした?」

 書類に目を通していたグレンだったが、フレッドの言葉が途切れたのに気付いて目線を上げた。すると彼は鞄を覗き込んで固まっている。

「フレッド?」

「本を……わ、忘れてしまいました……」

 グレンは驚き目を見開く。

 あのフレッドが忘れ物をしてきたことに?それとも羞恥で頬を染めていることに?実は会ったときから気になっていた寝ぐせに?

 今まで見たこともないフレッドのようすに、グレンもとうとう堪えきれずに吹き出した。
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